- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 人口動態 >
- 犯罪抑止という「子育て支援」- 少子化社会再考・犯罪データからの考察 -
犯罪抑止という「子育て支援」- 少子化社会再考・犯罪データからの考察 -
生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子
【はじめに】
今年3月には少子化社会対策基本法(2003年成立)に基づき、3回目の「少子化対策大綱」が閣議決定された。平成27年少子化対策大綱を概観すると、きめ細やかな少子化対策の推進として「結婚」「妊娠・出産」「子育て」「教育」「仕事」の各テーマ別に対策が記載されている。
その中でも「子育て」の中において「子どもの事故や犯罪被害防止」が掲げられている。図表1はそのうち犯罪に関して言及した部分である。
大綱には別添資料として「政策に関する数値目標」が添付されているが、男性の育児休業取得率の目標値である80%のような具体的な数値目標は、子どもに関する犯罪被害に関しては見当たらない。
勿論、犯罪行為は決してあってはならない行為であり、目標数値がゼロであることは当然のことであるので数値目標を掲載するまでもないのであるが、では現状として、子どもが被害となる犯罪はどのような状況になっているのだろうか。
少子化の流れの中、貴重な命の健全な成長のために子ども被害の犯罪抑止はますます重要なテーマになっていることを鑑み、本稿では特に子どもの犯罪被害の現状について注目してみたい。
【犯罪に占める子どもの被害件数割合は上昇傾向】
警察庁が公表したデータによると13歳未満の子どもが被害者となった犯罪件数が全体の犯罪に占める割合が近年上昇傾向にあるという(図表2)。
また24年中の子どもの犯罪被害を罪種別にみると、1番多い犯罪が強制わいせつ(1054件)でここ10年間不動の1位となっている。これに暴行(843件)、傷害(492件)が続く状態も不動である。
少子化による人口減少が進む中で犯罪件数の総数そのものは減少傾向にあるため、見落としてしまいがちであるが、少子化進行に関わらず近年子どもの犯罪被害が上昇していることは残念であり、社会全体での警戒強化の必要性を感じさせられる。
【急増する児童虐待】
子どもに対する犯罪のうち児童虐待事件として検挙された件数は残念であるが急増の傾向にあり、白書でも「児童虐待の現状は極めて深刻な情勢」にあると報告されている(図表3)。
過去5年において最も多いのは身体的虐待であり、性的虐待、怠慢または拒否(ネグレクト)iが続く。
未婚化・非婚化とともに子どもの数が減少する中、せっかく社会に生をうけた命までも危険にさらし、その命や明るい将来を奪うような事件が増加していることは残念でならない。
【見知らぬ子どもにも積極的に目を向ける社会づくりを】
ドイツ、フランス、スイスなど西欧社会において、全くの見ず知らずの大人が子どもを厳しく注意・叱責する場面を見かけることが少なくない。これは筆者のみならず駐在員、国際結婚をした人などからよく耳にする日本との違いである。
筆者自身も小学生のころ、ヨーロッパを走る列車内で見ず知らずの大人(おそらくはスイス人)から注意を受けたことがある。こういうことは当然だ、という面持ちでの堂々とした男性からの注意であった。そばには筆者の祖父母がいたのであるが、おかまいなしであった。不快というよりもむしろその男性が非常に思慮深く、思いやり深く感じられたのを子ども心に記憶している。一方、少なくとも筆者の周りでは他人の子どもに厳しく注意する・叱責するという場面はほとんど見かけない。
なぜこのようなことが起こるのだろうか。
ひとつ参考になるのが、フランスの中世社会研究家のフィリップ・アリエスiiの著書『〈子供〉の誕生』(原題:L'Enfant et la Vie familiale sous l' Ancien Regime)である。アリエスによれば、子どもらしくてかわいい、というのは近代になってようやく現れた考え方であり、中世において子どもは大人の不完全な状態、すなわち「小さな大人」として認識されていた。人間は不完全な状態で生まれてくるため、望ましい方向へと積極的に矯正し大人へと進化させるべきであるという考え方が、中世の子ども感だったとされる。
そのような認識の歴史を長く持つ社会において、大人が子どもに自分の子であるなしに関係なくしっかり注意・叱責するのは至極当然の流れであろう。また、他人から自分の子どもに対して注意・叱責をうけることを子どもの親が受け入れやすい社会が形成されてきたとも言えるだろう。
一方、わが国では1990年代以降増大しているとされるいわゆる「モンスターペアレントiii」などの問題を背景として、子どもを厳しく注意・叱責するのは親任せ、という、自分の子ども以外への社会の無関心・様子見ともよべる状態があまり問題視されなくなってきたように思われる。しかしながら、このような状態は子どもを対象とする犯罪者には非常に都合がよく、犯罪を増加させるリスクを高めてしまうだろう。
児童虐待に関しても同様に、ふと目にした子どもの様子や近所から聞こえる音、ちょっとしたことへの大人たちの関心のよりいっそうの強化が小さな命を守ることにつながってゆくはずである。
非婚化・未婚化が進む社会において、身近に子どもがいない、すなわち未体験の子どもの行動パターンやおかしやすいリスクを予想しづらい大人がよりいっそう増加することが予想される。
大阪の寝屋川で発生した中学1年生の子ども2人の命を一度に奪った事件の反省もふまえ、私たち大人一人一人が、少し過敏なくらいに見知らぬ子どもの行動にも目を向け、図表1の対策文にもあるように子どもを対象とする犯罪防止にむけ大人同士より一層緻密に連携する方法を考えてゆきたいものである。
(例えば)
・ 病気になっても医者に診せない
・ 乳幼児を家に残したまま長時間外出する
・ 乳幼児を車の中に長時間放置する
・ 適切な食事を与えない
・ 衣服や室内を長期間不衛生なままにする
・ 児童が登校する意思があっても登校させない
など、と警察によって定義されている
膨大な文献調査をもとにした『〈子供〉の誕生』(1960年)では近代以降の子供観の形成を研究するなど、既存の歴史学の分野にとらわれないテーマに積極的に取り組んで注目される。1977年フランスにおける国立の高等教育および研究機関である社会科学高等研究院の研究主任に就任。
(2015年09月28日「研究員の眼」)
03-3512-1878
- プロフィール
1995年:日本生命保険相互会社 入社
1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向
・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
・【こども家庭庁】内閣府特命担当大臣主宰「若い世代の描くライフデザインや出会いを考えるワーキンググループ」構成員(2024年度)
・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
※都道府県委員職は年度最新順
・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
・【高知県】高知県「元気な未来創造戦略推進委員会 委員」(2024年度)
・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年度)
・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年度)
・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
・【愛媛県法人会連合会】えひめ結婚支援センターアドバイザー委員(2016年度~)
・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)
日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
日本労務学会 会員
日本性差医学・医療学会 会員
日本保険学会 会員
性差医療情報ネットワーク 会員
JADPメンタル心理カウンセラー
JADP上級心理カウンセラー
天野 馨南子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/07/11 | 【地方創生・人口動態データ報】2023年 都道府県転入超過ランキング~勝敗を決めたのはエリアの「雇用力」~ | 天野 馨南子 | ニッセイ基礎研所報 |
2024/07/08 | 【人口戦略会議レポート解説】消滅可能性自治体割合都道府県ランキング-勝者に学ぶ。そして勝者は世界を目指せ- | 天野 馨南子 | 基礎研レター |
2024/06/07 | 2023年20代人口流出率にみる「都道府県人口減の未来図」-大半が深刻な若年女性人口不足へ | 天野 馨南子 | 基礎研マンスリー |
2024/04/08 | 2023年20代人口流出率にみる「都道府県人口減の未来図」(1)-大半が深刻な若年女性人口不足へ- | 天野 馨南子 | 基礎研レポート |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年09月17日
今週のレポート・コラムまとめ【9/10-9/13発行分】 -
2024年09月13日
ECB政策理事会-予想通り利下げ、今後は引き続きデータ次第 -
2024年09月13日
自動車保険料率の引き上げに向けた動き-自動車保険と傷害保険の参考純率の改定 -
2024年09月13日
インド消費者物価(24年8月)~8月のCPI上昇率は小幅上昇も2ヵ月連続で物価目標を下回る -
2024年09月12日
外国株式ファンドが一時、売却超過に~2024年8月の投信動向~
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【犯罪抑止という「子育て支援」- 少子化社会再考・犯罪データからの考察 -】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
犯罪抑止という「子育て支援」- 少子化社会再考・犯罪データからの考察 -のレポート Topへ