コラム
2021年10月11日

交通とジェンダー~交通事業者で働く女性は少なく、性犯罪対策に遅れ。高速バス「WILLER EXPRESS」は女性の視点を取り入れて急成長~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任   坊 美生子

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9月の自民党総裁選は、1回の投票で当選者が決まらず、決選投票にもつれ込む展開が注目されたが、筆者にとって最も印象的だったのは、高市早苗、野田聖子両衆院議員が立候補し、初めて女性が立候補者の半数を占めたことである。総裁選にはこれまで、女性が複数立候補したこともなかった1。国会議員の女性比率は約1割2、世界経済フォーラムが公表するジェンダーギャップ指数ランキングは156か国中の120位というジェンダー平等が遅れた日本において3、テレビカメラが映し出す立候補者討論会の壇上の右半分が女性、という光景自体が新鮮だった4

結果的に両氏は落選したが、高市氏は党政調会長に、野田氏は内閣府特命担当大臣(地方創生・少子化対策・男女共同参画)に就任した。社会の様々な場で起きるジェンダー不平等の根底には、固定的な性別役割分担意識や性差に関する偏見があると考えられるため、解消は簡単ではないが、各方面で女性の数が増えることが、改善に向けた一歩となるだろう。
 
筆者の専門である交通・移動分野について、女性の数はどうかと言うと、鉄道やバス、タクシーなどの業界で働く女性の割合は、著しく小さい。総務省の2020年度「労働力調査」によると、「鉄道業」の就業者約25万人のうち、女性はわずか約3万人(11.5%)である(図表1)。バスやタクシーなどの「道路旅客運送業」は、就業者約46万人のうち約4万人(8.7%)と、いずれも1割前後に過ぎない(図表2)。交通業界は、伝統的に「男性の職場」であったと言える。女性が少ないこと自体が悪い訳ではないが、企画や接客などにおいて、女性やジェンダーの観点、多様性が欠けたものになりやすいのではないだろうか。
図表1 鉄道業における男女別就業者割合/図表2 道路旅客運送業における男女別就業者割合
ジェンダーの観点が不足している表れとして、筆者が最大の問題だと考えているのが、交通機関で発生する性犯罪防止への取組みが遅れていることである。交通機関内で発生する痴漢等に関する全国調査はほとんど存在しないが、福岡県警が今年2~3月に行ったインターネット調査の結果、女性の35.1%、男性の4.8%が「痴漢被害経験がある」と回答し、うち6割以上が列車内で被害に遭ったと回答している5。福岡県警は被害場所について具体的な鉄道名や路線名を公表していないが、「県内の全路線で被害実態があった」とまとめている。

また、警視庁が2020年に検挙した痴漢事案についても、発生場所の最多は電車の25.4%となっている6。その他、盗撮も駅構内で多発している7。新型コロナウイルスの感染拡大以降、テレワークや分散出勤が増え、以前に比べれば通勤時間の電車やバスの混雑状況は緩和しているが、各地域では依然、電車内での痴漢事案が報道されている8。これまで電車や地下鉄の一部では、女性専用車両や専用座席を設けるなどの対応が取られてきたが、未だに多くの乗客が交通機関の中で性犯罪被害に遭っている現状を鑑みれば、交通事業者も、所管する行政も含めて、対策は不十分だと言わざるを得ない。
 
特に対策が急務であるのが、子どもたちの被害である。警視庁のまとめによると、2020年に迷惑行為防止条例違反(痴漢)で検挙された事案のうち、被害者の年代別は、10歳未満が0.9%、10歳代が25.7%となっている9。こうした問題に対して、「来学期からは学校に通う時には痴漢のない世の中に」と、40歳未満の若者で組織する一般社団法人日本若者協議会は、政府に抜本的な痴漢対策を要望するため、オンラインで署名活動に取り組んでいる10。同協議会は10項目の要望を挙げているが、その中で、児童生徒から相談を受けた教員が適切な対応を取らないケースもあるとして、▽学校で相談できる場所を用意する、▽痴漢被害に遭った生徒に対する欠席や遅刻の取り扱いを免除する、▽生徒が被害に遭ったり痴漢を目撃したりした時にどうすれば良いかを教える――など、子どもたちに最も身近な学校に対し、実践的な教育や対応を行うことを求めている。
 
筆者は、研究員の眼「首都圏で急ピッチで進む電車内の防犯カメラ設置 ~東京五輪で前進する痴漢対策、関西には遅れ~」(2017年)の中でも、交通事業者による自主的な取組みと、行政による調査や啓発が必要であることを述べた。今後、交通事業者に求められるのは、女性専用車両または座席の増設、防犯カメラの増設、アプリなど痴漢に遭った時に通報しやすいツールの整備、通報受信時の警告の車内放送など、ハードとソフト両面での対策だろう。
 
新型コロナで経営難に陥っている状況で、新たに対策を講じるには費用がかかって経営にマイナスだと思う交通事業者もいるかもしれないが、そればかりではない。「女性や子どもが安心、安全に乗車できる」と地域で認知されれば、乗客増加にもつながる可能性がある。

その例が、高速バス大手「WILLER EXPRESS株式会社」(本社・東京)である。同社は2006年に高速ツアーバスの運行を始め、乗客を配置する時に、女性客の隣は必ず女性客にしたり11、乗客がカスタマーセンターや営業所に24時間、メールで通報・連絡できるシステムを導入したりと12、女性客も安全、安心に利用できるサービスを打ち出して新たな市場を創造してきた。

他にも、女性客の「すっぴんや寝顔を見られたくない」という要望を受けて、ベビーカーのようなフード付き座席「カノピー」を開発するなど、夜行バスという閉鎖空間の中で快適に過ごしてもらえるように工夫を重ねてきた。同社の従業員も約半数は女性だといい13、「女性社員が絡まない仕事は無い」(同社)という態勢が、これらのサービスの推進力になってきたと言える。

同社は女性客の掘り起こしに成功し、新型コロナ感染拡大前の2019年には、全国20路線で計297便、年間利用者は300万人を超えるまで急成長した。コロナ禍以降、乗客は急減しているが、感染対策を徹底して、いずれ訪れる回復期に備えているという。
 
新型コロナの影響で人の移動自体が縮小し、鉄道もバスも、全国的に乗客が落ち込んだ状況が続いている。しかし、今後感染状況が改善し、人の移動が回復した時に、従来以上に地元や観光の女性客たちから移動手段として選ばれるように、ジェンダーの観点を取り入れた取組みが求められる。

冒頭で述べたように、現状では交通事業者に女性従業員は少ないが、内勤の女性従業員の意見を取り入れたり、アンケートで女性客らの意見を収集したりして、まずは職場全体で、性犯罪防止と安全安心への意識向上に取り組んでもらいたい。教育現場においても、一般社団法人日本若者協議会が要望したように、子どもの相談に応じる態勢を整えたり、被害に遭った時の対処方法を学習させたりするなど、通学で使う交通機関内での安全対策にも目を向けてほしい。

日本でジェンダー平等を少しずつ達成していくために、交通にもジェンダーの視点が必要である。
 
1 朝日新聞2021年9月21⽇ 朝刊。
2 内閣府男女共同参画局HP「令和2年度 女性の政策・方針決定参画状況調べ」
3 内閣府男女共同参画局「共同参画」2021年5月号
4 日本記者クラブ主催「自民党総裁選立候補者討論会」(2021年9月18日)
5 福岡県警察HP「痴漢被害の実態等に関するアンケート結果について」(https://www.police.pref.fukuoka.jp/tiiki/tekkei/tikanzittaiannke-to.html
6 警視庁HP「こんな時間、場所がねらわれる」
https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kurashi/higai/koramu2/koramu8.html
7 大阪府警HP「令和2年中の性犯罪の発生状況」によると、 2020年に検挙された迷惑行為等防止条例違反の事案のうち、「痴漢」が42%、「盗撮等」が32%だった。盗撮の発生場所は「駅のエスカレーターや階段」が多いという。(https://www.police.pref.osaka.lg.jp/seikatsu/kodomo_jyosei/6/11624.html
8 2021年7月14日読売新聞など。
9 警視庁HP 同
10 一般社団法人日本若者協議会HP 本気の痴漢対策を求めます!来学期から #NOMORECHIKAN 署名のお願い
   (https://youthconference.jp/archives/3736/
11 現在は、予約時・予約後に乗客自ら混雑状況が確認でき、座席指定や座席の変更ができる仕組み。
12 連絡・通報を受けたカスタマーセンターや営業所から乗務員に連絡し、即座に対応する態勢になっているという。
13 内勤従業員のみの割合。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
ジェロントロジー、交通政策・移動サービス、労働

(2021年10月11日「研究員の眼」)

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