2023年04月06日

気候指数 [全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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はじめに

気候変動問題に対する注目が高まりを見せている。温室効果ガスの排出に伴う地球温暖化により、台風、豪雨、熱波、干ばつなど、地球環境にさまざまな影響がもたらされている。

ただ、その極端さを数量的に把握することは簡単ではない。そこで、気候変動の状況を指数化して、その動きを把握しようとする取り組みが、北米やオーストラリアのアクチュアリーの間で始まっている。ヨーロッパでも、検討が進められている。2022年9月8日の基礎研レポート(以下、「前々回のレポート」と呼称)1では、それらを紹介するとともに、同様の指数の日本版の作成も試みている。

2022年12月28日の基礎研レポート(以下、「前回のレポート」と呼称)1では、地域区分を設定して、26地点の指数を作成するなど、日本版の気候指数の拡張を行っている。

本稿では、湿度の指数を追加するなど、指数の拡張を行ったうえで、観測地点を増やし、[全国版]の気候指数の作成 ― すなわち、初めての日本全体の気候指数の作成 ― に取り組む。2

本稿が、気候変動問題について、読者の関心を高める一助となれば幸いである。
 
1 稿末の【参考文献・資料】に、レポートの題名とアドレスを記しているので、興味のある方はご参照いただきたい。
2 気候指数は、今後も、継続的な改良や見直しを要するものと考えられる。そこで、バージョン管理を行うこととし、今回の気候指数は、「バージョン1.00」と称する。(記号では、“v1.00”と表示する。)

1――気候指数の目的と拡張の方向性

1――気候指数の目的と拡張の方向性

まず、気候指数の目的と拡張の方向性について、少し振り返っておこう。

1|気候指数には慢性リスク要因の定量化が求められる
近年、気候変動問題が社会経済のさまざまな場面で注目されるようになっている。台風や豪雨などの自然災害の多発化や激甚化をはじめ、干ばつや海面水位上昇に伴う食糧供給や住環境の悪化。その対策として、カーボンリサイクル、ネットゼロといった温室効果ガスの排出削減の取り組み。そうした取り組みを金融面から支えるために、グリーンボンド(環境債)やサステナビリティボンドといった省エネやエネルギー転換等の環境関連事業に資金使途を絞った債券発行。これらのさまざまな動きが、世界中で出てきている。

そこで問題となるのが、そもそも気候の極端さは、どの程度高まっているのか、ということだ。気候変動問題では、大規模な風水災のように、短時間のうちに急激に環境が損なわれる「急性リスク」だけではなく、海面水位上昇による沿岸居住地域の喪失のように、長期間に渡って徐々に環境を破壊していく「慢性リスク」もある。気候指数には、こうしたリスクの要因を定量的に示していくことが求められる。

2|各気候区分、さらには日本全体について、気候指数を作成する
前回のレポートでは、日本全国を12の地域に分けて、気候区分を設定した。そして、各地域に少なくとも1つの観測地点を設定することを試みた。しかし、1つや2つの観測地点で、その気候区分全体をカバーすることには限界があった。

今回は、各地域区分内の観測地点の数を増やす。そして、各地点の指数を平均化することにより、地域区分の指数の精緻化や安定化を図る。これにより、例えば、ある観測地点のデータが大きく変動した場合でも、他の観測地点との平均化を通じて、地域区分の指数への影響が穏やかになるといった効果が見込まれる。

また、長期間の気候変動リスクの発現を指数の変動としてとらえるうえで、北米やオーストラリアにおける先行事例(前々回のレポートを参照)と同様に、地域区分の全域に渡る観測データをもとに気候指数を作ることは、指数の網羅性を高める観点からも、取り組むべき方向性と言えるだろう。

そこで、今回は、原則として、降水量、風、気温、天気などのデータが過去から毎日観測、公表されている気象台等をすべて観測地点とするなど、全国の地点の数を大幅に増やす。そして、各気候区分、さらには日本全体について、気候指数を作成することとする。第3章で、詳細を示す。

3|“暑さ”をとらえるために、湿度指数を追加する
気候指数は、気候変動が人間に与える影響をみるための基本指標と位置づけられる。ただ、その影響の経路は、さまざまである。台風や豪雨などの風水災の発生はもとより、海面水位の上昇、大規模森林火災の頻発、干ばつの発生など、気候変動から生じる事象はいくつも考えられる。

日本では、春から秋にかけて、高温の日に熱中症を発症する人が増える。特に、高齢者や乳幼児の場合、熱中症により、生命を失うような深刻な事態も発生している。こうした熱中症は、気温が高くなることに加えて、湿度が上昇して、“暑さ”(暑熱)が生じることに起因するという3。そこで、今回の気候指数の拡張の1つとして、湿度指数を追加することとしたい。これについては次章で見ていく。
 
3 熱中症とは暑熱環境で発生する障害の総称である。(「スポーツ医学検定 公式テキスト 1級」(一般社団法人 スポーツ医学検定機構, 東洋館出版社, 2019年)より)

2――湿度指数の追加

2――湿度指数の追加

本章では、今回の指数拡張の1つである湿度指数の追加について見ていく。

1|日本では高温よりも、“暑さ”が問題となりやすい
近年、日本では、夏場に熱中症の患者が多く出現するようになっている。一般に、暑熱環境下では、体温調節が問題となる。体温調節がうまくいかないと、暑熱障害として、熱中症となる恐れがある。通常、熱中症は、病状により4つの病型に分類される。
図表1. 熱中症の病型
これらの病型をもたらす熱中症の年次推移をみる。近年のピークは2018年で、搬送人員数(95,137人)、死亡者数(160人)とも多かった。その後は、やや減少していた。だが、2022年には、搬送人員数は前年から反転して71,029人、死亡者数は下げ止まって80人となっている。今後、温暖化が進むとともに、高齢者が増加していくことで、熱中症のリスクは高まっていくものと考えられる。
図表2. 熱中症による搬送人員数と死亡者数の推移
(2) 熱中症の発生要因 ― 高温だけではなく、湿度の要素が大きい
一般に、熱中症予防のためには、暑熱環境下での運動の中止や休息、水分補給等の処置が必要となる。公益財団法人 日本スポーツ協会は、「熱中症予防ガイドブック」を公表しており、「熱中症予防運動指針」4と「スポーツ活動中の熱中症予防5ヶ条」を示している。そのなかで、環境条件の評価として、WBGT(Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)) が用いられている。WBGTは、「暑さ指数」とも呼ばれており、熱中症予防を目的として1954年にアメリカで提案されたものだ。熱中症発生の目安となるのは、高温だけではなく、湿度の要素が大きいことを反映したものとなっている。
図表3. 熱中症予防運動指針

【参考】 暑熱指標について
近年、スポーツ活動を行う競技場等では、WBGTが用いられることが一般的となっている。これは、自然気流中で3種類の温度計を用いて気温(湿球温度(NWB)、乾球温度(NDB)、黒球温度(GT))を計測し、それらをもとに次の算式で算出するものである。

屋外の場合  :  WBGT = 0.7NWB + 0.2GT + 0.1NDB
屋内の場合  :  WBGT = 0.7NWB + 0.3GT

WBGTは、気流の測定が不要で、心拍数や体温などの身体変化とよく対応するとされている。

今回、気候指数の1つとして、湿度指数を追加する。熱中症を引き起こすような暑熱環境の増加を定量的に捉え、気候変動問題の日本への影響を指数としてリアルに反映することが、その目的となる。
 
4 運動指針中、WBGTの算出に用いる黒球温度(Globe Temperature, GT)は、黒色に塗装された薄い銅板の球(中は空洞、直径約15cm)の中心に温度計を入れて観測する。黒球の表面はほとんど反射しない塗料が塗られている。この黒球温度は、直射日光にさらされた状態での球の中の平衡温度を観測しており、弱風時に日なたにおける体感温度と良い相関がある。
  湿球温度(Natural Wet Bulb temperature, NWB)は、水で湿らせたガーゼを温度計の球部に巻いて観測する。温度計の表面にある水分が蒸発した時の冷却熱と平衡した時の温度で、空気が乾いたときほど、気温(乾球温度)との差が大きくなり、皮膚の汗が蒸発する時に感じる涼しさ度合いを表す。
  乾球温度(Natural Dry Bulb temperature, NDB)は、通常の温度計を用いて、そのまま気温を観測する。(「暑さ指数(WBGT)の詳しい説明」(環境省ホームページ, http://www.wbgt.env.go.jp/doc_observation.php)をもとに筆者作成。)
2|湿度指数には相対湿度を用いることとする
一般に、湿度には相対湿度と絶対湿度がある。指数にどちらの湿度を用いるか、検討が必要となる。

相対湿度とは、単位容積内の水蒸気の量と、その温度に対応する飽和水蒸気密度の比である。通常は、パーセント単位で表す。単位容積内の水蒸気の量が一定のままで、気温が上がると、分母の飽和水蒸気密度が上昇するため、相対湿度は下がる。つまり、相対湿度は、気温の影響を受ける。通常、日々の天気予報等の気象関係のニュースで湿度として示されるのは、相対湿度である。

一方、絶対湿度とは、単位容積内の水蒸気の質量と、乾燥空気の密度の比である。単位は、「kg/kg」となる。一般に、絶対湿度は、気温が上がっても下がっても変わらない。気象学では、「混合比」とも呼ばれ、湿度の指標としてよく用いられる。その理由は、「(a)空気塊が不飽和で水蒸気の凝結が起こらない、(b)上方から雨粒が落ちてきて雨粒から蒸発が起こるということがない、(c)まわりの違った混合比をもつ空気と混合しない。このような条件が満足されているときには、大気中の混合比の分布の変化を見ると、大気がどう動いているか見当をつけることができる」ためとされている5

今回、湿度指数に相対湿度と絶対湿度のどちらを用いるべきか、検討を要する。湿度指数と、高温指数や低温指数の指数間の独立性を重視する観点からは、絶対湿度を用いることが考えられる。しかし、絶対湿度は日々の天気予報等での湿度とは異なる。絶対湿度ベースの湿度指数は、一般の人々の肌感覚に合わない可能性がある。こうした点を踏まえて、今回は相対湿度を用いることとしたい。
 
5 「 」内は、「一般気象学〔第2版補訂版〕」小倉義光著(東京大学出版会, 2016年)より、引用。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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