2023年03月27日

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1――はじめに~新卒は売り手市場で賃上げ機運も高まる中で将来を担う世代の現状は?

新型コロナ禍も3年目を経て業績が改善した企業等が増え、採用市場は売り手市場との声を聞く。世界的なインフレを背景に賃上げの機運が高まる中で、特に初任給の大胆な引き上げに踏み切る企業が相次いでいる。日本では少子高齢化による生産年齢人口の減少で構造的に人手不足であり、特に地方部や中小企業等では人手不足が慢性化している。今後とも若手人材の獲得競争は激化していくと見られるが、新卒一括採用の歴史が長い日本では、新卒で正規雇用の職に就けなかった場合、経済状況のみならず家族形成状況にも差異が生じやすい。

これまでにも将来を担う世代の経済環境の厳しさや、経済面の影響が家族形成に及ぼす影響について報告しているが1、本稿では、あらためて統計の最新値等を用いて、その状況を捉えていく。

2――世代間と世代内の経済格差

2――世代間と世代内の経済格差~非正規増加、正規・非正規の賃金格差、正規の賃金カーブ平坦化

1非正規雇用者の割合の推移~家族形成期における非正規雇用者の増加
総務省「労働力調査」によると、雇用者に占める非正規雇用者の割合は1990年代半ばから上昇している(図表1)。背景には、バブル崩壊後に長らく続いた景気低迷に加えて、1990年代後半には「労働者派遣法」の改正で派遣労働者の適用対象業務が拡大され、原則自由化されたことで、雇用調整のしやすい非正規雇用を取り入れる企業等が増えたことがある。
図表1 若年層の雇用者に占める非正規雇用者の割合 一方、第二次安倍政権発足以降の2014年頃からは、政府の大規模な金融緩和政策による景気回復によって、企業等の新卒採用が積極化し、若年層を中心に雇用環境が改善したため、男女15~24歳(学生を除く)や男女25~34歳の非正規雇用者の割合は低下傾向を示している。また、2015年には「女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」が成立したことで、特に女性の非正規雇用率は男性と比べて大きく低下している。

とはいえ、1990年と2022年を比べると、つまり、親世代と現在の若者が新卒で就職した時期と比べると、非正規雇用の割合は25~34歳では男性は3.2%から14.3%(+11.1%pt)へ、女性は28.2%から31.4%(+3.2%pt)へと上昇している。つまり、ひと昔前は結婚や子どもを持つことなど家族形成を考える時期にある男性はおおむね正規雇用で働いていたが、現在では7人に1人は非正規雇用という不安定な立場で働いていることになる。これは日本の少子化の進行を考える上で大きな課題だ。
2雇用形態による年収差~正規・非正規の差は年齢とともに拡大、男性で顕著、学歴でも是正できず
正規雇用者と非正規雇用者では賃金水準に差がある。厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査」より、年齢階級別に正規雇用者と非正規雇用者の平均年収を推計すると、正規雇用者の方が平均年収は多く、年齢とともに差が拡大していく(図表2)。

その差は特に男性で顕著であり、非正規雇用者の平均年収は年齢を重ねても大きくは増えず、45~49歳で約300万円だが、正規雇用者では年齢とともに年収が増加するため、45~49歳で約600万円になり、非正規雇用者の約2倍となる。
図表2 性別・雇用形態別・年齢階級別の平均年収(2022年)
同様に、学歴別に平均年収を推計したところ、男性では全ての年齢階級において、大学卒の非正規雇用者は中学卒や高校卒の正規雇用者の平均年収を下回る(図表3(a))。女性でも年齢とともに大学卒の非正規雇用者は中学卒や高校卒の正規雇用者の平均年収を下回るようになる(図表3(b))。また、大学卒同士を比べると、男性は45~49歳で、女性は50~54歳で、正規雇用者は非正規雇用者の平均年収の2倍を超えるようになる。つまり、高学歴であることよりも、正規雇用の職に就いていることの方が、年収を高める効果は大きい。
図表3 性別・正規雇用の学歴別および非正規雇用の大学卒・年齢階級別の平均年収(2022年)
先に述べたように、ひと昔前と比べて今の若者では、賃金水準の低い非正規雇用者が増えているために「世代間の経済格差」が生じている。加えて、同世代においても、正規雇用者であるか非正規雇用者であるかによって「世代内の経済格差」が生じている。そして、高学歴であっても必ずしも経済格差を是正できるわけではない。
3雇用形態と女性の生涯賃金~正規では2人出産・時短で2億円超、非正規では休職無しで1億円
雇用形態の違いは当然ながら、生涯賃金にも多大な差をおよぼす。本項では男性と比べて働き方が多様な女性の生涯賃金について、働き方の違いに注目しながら捉えていきたい。

2013年に成長戦略として「女性の活躍」が推進されて以降、仕事と家庭の両立環境の整備が進み、30代を中心とした出産や育児期の女性の就業率が上昇し、いわゆる「M字カーブ」は解消に近づいている(図表4)。

一方で現在は「L字カーブ」が課題となっている。L字とは、横軸に女性の年齢、縦軸に正規雇用者の割合をとって、その関係を見ると、20代後半にピークを示した後は低下し、グラフの形状がL字(が時計回りに少し回転したよう)になっているというものだ(図表5)。前述の通り、正規雇用と非正規雇用では賃金水準に差があるため、正規雇用の仕事を継続した女性と、出産や子育てなどを機に一旦離職し、パートタイムなどの非正規雇用の仕事で復職した女性とでは生涯賃金に大きな差が生じる。
図表4 女性の労働力率の変化/図表5 女性の正規雇用者の割合(2022年)
大学卒の女性の生涯賃金を推計すると2、大学卒業後に直ちに就職し(標準労働者で主に正規雇用者)、30代で2人の子どもを出産し、それぞれ産前産後休業と育児休業を合計1年間取得後(2人分で合計2年間)、時間短縮勤務制度を利用して復職し、60歳まで就業を継続した場合は2.1億~2.2億円となる(図表6)。一方、第1子出産時に退職し、第2子就学時にパートタイムで復帰した場合は約6,500万円となり、2人の子どもを出産後も就業継続した場合と比べて1.5億円程度の差が生じる。また、大学卒業後に非正規雇用の仕事に就いた場合は、出産などで休職することなく働き続けても生涯賃金は1.2億円であり、正規雇用で2人の子どもを出産後も就業継続した場合の半分程度にとどまる。

これらの金額差は、女性本人の収入として見ても、世帯収入として見ても、多大であることは言うまでもなく、配偶者の収入や資産の相続状況にもよるが、特に住居や自家用車の購入、子どもの教育費等の高額支出を要する消費行動に影響を与える。

また、女性を雇用する企業等から見れば、出産後も就業を継続していれば生涯賃金2億円を稼ぐような人材を確保できていたにも関わらず、両立環境の不整備等から人材を手離す結果となり、新たな採用・育成コストが発生しているとも捉えられる。女性の出産や育児を理由にした離職は、職場環境だけが問題ではないが、両立環境の充実を図ることは、企業にとってもコストを抑える効果はある。
図表6 大学卒女性の働き方ケース別生涯賃金
4正規雇用者の賃金カーブの変化~30・40代で平坦化、10年前より男性で35~49歳の間に▲730万円
正規雇用の職に就くことができれば安泰なのかというと必ずしもそうではない。統計の公表区分が変わったため最新値ではなく、2018年のデータを用いて10年前と比較すると(2020年以降は大学卒と大学院卒を分けて公表、参考までに2022年のデータも掲載)、大学・大学院卒の正規雇用者では30~40代で賃金が伸びにくくなり、賃金カーブが平坦化している(図表7(a)(b))。図中に灰色で示した35~49歳で減少した累積所得は、男性では約730万円、女性では約820万円と推計される。
図表7 性別・正規雇用の学歴別および非正規雇用の大学卒・年齢階級別の平均年収(2022年)
賃金カーブが平坦化した要因について、「高年齢者雇用安定法」の改正によって雇用期間が延長されたことで中間年齢層の賃金カーブが平坦化しただけで、生涯所得として見れば変わらない、という説明もあるようだ。しかし、それは同一世代のみに注目した場合の解釈でしかないだろう。例えば、今の新卒世代とその親世代を比べると、既にこれまでの累積所得に差が生じている上、60歳以降の雇用環境が同様とも限らず、雇用期間が延長されたからといって、世代間の経済格差が是正されるわけではない。

30~40代は結婚や子育ての家族形成期であり、住居や教育費等の出費がかさむ時期だ。この時期に収入が伸びにくくなると、消費抑制だけでなく家族形成にも影響を与えかねない。一方、2023年の春闘では賃上げの機運が高まっており、今後の賃金動向が注目される。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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【求められる将来世代の経済基盤の安定化-非正規雇用が生む経済格差と家族形成格差】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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