2023年03月16日

海外の「成年後見制度」を概観する

坂田 紘野

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1――はじめに

日本において、成年後見制度は、認知症、知的障害その他の精神上の障害により判断能力が不十分な人の権利擁護を支える重要な手段として位置付けられており、身上保護と財産管理の支援によって、本人の地域生活を支える役割を果たすことが期待されている。基本理念としては、ノーマライゼーション1や自己決定権の尊重2等が掲げられており、利用促進に向け、現在、第二次成年後見制度利用促進基本計画に基づく施策が推進されている。

成年後見制度のような権利擁護支援、意思決定支援のための制度は、諸外国の多くにも存在する。しかし、国によってその理念や内容は様々であり、それらは日本と異なることも少なくない。そこで本稿では、英国3、米国、ドイツにおける権利擁護支援、意思決定支援制度について、概観する。結論を先取りすると、いずれの国も、本人の自己決定権を可能な限り尊重し、後見人等による代行決定を最小限にとどめる方向で制度の整備が進められている。
 
1 成年被後見人等が、成年被後見人等でない人と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと。
2 障害者の権利に関する条約第12 条の趣旨に鑑み、成年被後見人等の意思決定の支援が適切に行われるとともに、成年被後見人等の自発的意思が尊重されるべきこと。
3 イングランドおよびウェールズの制度について記述する。本稿では、単に英国と表記する。

2――英国

2――英国

日本と同様、英国の後見制度にも法定後見と任意後見の2つの類型が存在する。一方で、英国の後見庁によれば、2021年度単年での任意後見人の登録申請件数は975,557件、2022年3月末時点の法定後見人の監督件数が56,862件であった。4単純比較はできないものの、ここからは英国では任意後見が広く普及していることが示唆されており、法定後見が圧倒的多数を占める日本5と英国の状況は大きく異なると考えることができる。

英国において、意思決定支援における大きな役割を果たしているのは保護裁判所や後見庁といった組織だ。保護裁判所は適切な意思決定が困難な人の財産や福祉に関する判断を行っており、その主な役割としては、意思決定能力の有無の判断や法定後見人の選任等が挙げられる。後見庁は司法省の執行機関として、任意後見人の登録や法定後見人の監督等を担っている。

さて、英国における意思決定支援は、2007年に施行された意思能力法(Mental Capacity Act:MCA)に基づいて進められる。この意思能力法の冒頭には、5つの原則が示されている。具体的には、英国の意思決定支援は、①意思決定能力を有すると推定すること、②本人による意思決定のためにあらゆる措置を講じなければならないこと、③賢明ではない決定をしたという理由のみで意思決定能力と欠くものとして扱ってはならないこと、④意思決定を代行する際には、本人の最善の利益のための決定をしなければならないこと、⑤本人の権利や自由の制限は最小限にとどめるべきであること、の5原則を遵守することが求められる(図表1)。
(図表1)英国意思能力法の5原則
これらの原則についてもう少し確認したい。

前提として、意思能力法において、「意思決定能力を欠く人(a person who lacks capacity)」は、ある特定の決定や行動を起こす必要があるときに、自分自身のためにその決定や行動を行う能力を欠いている人を指す。意思決定能力の有無の判断のタイミングは、何かしらの決定や行動を起こそうとするそれぞれの重大な時点だ。それぞれの決定や行動に対しての意思決定能力の有無が考慮されることとなる。そのため、ある決定や行動に対しては意思決定能力を欠く人が、一方で他の決定、行動への意思決定能力は有するような場合も想定される。また、ある時点では意思決定能力を欠いていた人が、後に意思決定を行うことができるようになるケースも発生し得る。

このような状況下において、意思能力法の第1原則、第2原則は、人は原則として意思決定能力を有するとみなされなければならず、意思決定能力が不十分として後見人が意思決定を代行することは、意思決定を助けるためのあらゆる実際的な措置が成功しなかった場合にのみ許容される、とする。あらゆる実際的な措置の具体例としては、ノンバーバルコミュニケーション6や写真や図表の活用、特定の意思決定を行う能力を向上させるための体系的なプログラムの実施等が挙げられる7

また、第3原則は、賢明ではない決定を行うことと意思決定能力が欠けていることは必ずしもイコールではない、ということを示唆しており、たとえ周囲からみて賢明ではない判断であったとしても、可能な限り、本人の希望を尊重すべきであるという考え方を内包している。つまり、意思能力法が後見人等に求めるのは、客観的な視点からの検討に基づく「良い意思決定」を行うことではなく、本人の希望を最大限に尊重し、意思決定に反映するための支援を行うことであるとされる。もっとも、本人が明らかに不合理であったり、性格に合わない、賢明ではない意思決定を行ったりする場合等には、その人の過去の意思決定や選択を考慮した上で、本人の意思決定能力についてのさらなる調査を実施する必要があるかもしれない。

さらに、第4原則から、本人が意思決定能力を欠くと判断された場合においても、後見人等による本人を代行しての行為または決定は、「本人の最善の利益(Best interests)」のためになされなければならず、かつ、第5原則より行為・決定に伴う本人の権利や行動の自由の制限は最小限にとどめることが求められる。

ここで問題となるのが、何が「本人の最善の利益」にあたるのか、という点だ。しかし、意思能力法は「本人の最善の利益」そのものについての具体的な定義は規定していない。その一方で、「本人の最善の利益」のために決定を行う者が考慮しなければならない事項を例示している。具体的には、本人の過去及び現在の要望と感情(特に、本人が意思決定能力を有していたときに作成した関連する文書)、本人に意思決定能力があった場合に決定に影響を及ぼすと思われる信念や価値観などを、考慮しなければならない事項として示している。ここからは、「本人の最善の利益」とは、第三者による客観的な「利益」というよりはむしろ、本人の信条や価値観等の主観的な要素を考慮しなければならないことが示唆される。

このように、英国の意思能力法は、可能な限り本人が自分で意思決定を行うことが重要であり、その実現のためにできる限りの意思決定支援を実施するべきである、という考え方に基づいて設計されている。
 
4 Office of the Public Guardian「Annual report and accounts 2021 to 2022」
5 最高裁判所「成年後見関係事件の概況」によれば、令和3年12月末日時点の成年後見制度の利用者のうち、約99%を法定後見(成年後見、保佐、補助)が占めている。なお、各類型の内訳についてはそれぞれ、成年後見74%、保佐19%、補助6%、任意後見(任意後見監督人選任の審判がなされた件数)1%となっている。
6 しぐさや表情等の言語以外の手段(非言語)によるコミュニケーション
7 Office of the Public Guardian「Mental Capacity Act 2005 Code of Practice」より

3――米国

3――米国

米国では、将来的に意思決定能力が失われる場合に備え、予め信託や持続的代理権を設定することが一般化している。このうち、持続的代理権に期待される役割は日本における任意後見に相当する。通常、代理権が効力を発揮するのは本人の意思決定能力が十分にある場合に限られるが、持続的代理権が設定されていた場合、本人の意思決定能力が不十分になってしまった後もその効力が持続する。法定後見がなされるのはこのような事前の備えがない場合等に限定され、例外的なケースとして位置づけられている。

米国では、成年後見制度は各州の州法によって規定される。そのため、その内容は州ごとに異なる。それでも、規定を一定程度統一することを望ましいとする観点から、統一州法委員会(Uniform Law Commission:ULC)8によって、成年後見制度に関する法律のモデル法案が複数回にわたり策定されてきた。

本稿執筆時点(2023年3月)における、最新のモデル法案は統一後見法典(Uniform Guardianship, Conservatorship, and Other Protective Arrangements Act:UGCOPAA)だ。2023年2月時点で、統一後見法典はメイン州とワシントン州で導入されている。また、アラバマ州、コロラド州、ハワイ州、マサチューセッツ州、ミネソタ州、及びコロンビア特別区(ワシントンDC)、ヴァージン諸島では過去のモデル法案が導入されている。

統一後見法典の下で本人の意思決定の支援を行うのは、裁判所に選任された後見人(Guardian)や財産管理人(Conservator)だ。後見人は本人の身上に関する意思決定を行い、財産管理人は本人の財産や財務に関する意思決定を行う。最も適任とされる者が必要に応じてそれぞれ選任されるため、後見人と財産管理人が異なることも想定される。また、どちらか一方のみが選任されるケースもありうる。

統一後見法典は後見人等に対し、本人の好みや価値観を考慮した本人中心型の個別のプランニングを行うことを求める。後見人等に求められるのは、常に本人の利益のために行動し、助言することだ。その中で、実行可能な範囲で本人による自己決定を促進し、意思決定の支援を行うことが求められている。さらに、本人自身による意思決定が困難な場合であっても、その意思決定をすることで本人に害が及ぶような例外的な場合を除き、後見人等は本人が意思決定可能であればそうすると自身が合理的に信じる決定を下さなければならない。

また、統一後見法典は、本人に一定の制限を課すこととなることから後見人や財産管理人の選任を最小限に留めることを要求している。そのため、裁判所は、サポートされた意思決定、技術的支援、または単一の取引を許可する命令など、より本人の制限の少ない代替案が利用可能な場合、後見人や財産管理人の選任命令を発行することが禁止されている。

このように、米国の統一後見法典も後見人や財産管理人の選任を最小限とすることを求める立場をとっており、後見人等を選任せざるを得ない場合も可能な限り本人の意思を尊重し、本人に課す制限が少なくなるような制度案を策定している。
 
8 統一州法委員会は、州ごとに一貫性があり、かつ各州の多様な経験を反映した規則や手続きを提供することによって連邦制度を強化することを目的とする超党派の非営利団体であり、モデル法案に基づく州法を施行するか否かは各州の判断に委ねられる。

4――ドイツ

4――ドイツ

ドイツの意思決定支援に関しては、ドイツ民法内のいわゆる世話法に規定されている。世話法の下では、法定後見制度として後見・保佐・補助の3類型が存在する日本とは異なり、「法的世話(Rechtliche Betreuung)」というただ一つの類型による意思決定支援がなされる。

ドイツでは、世話裁判所が、日本の成年後見人等にあたる法的世話人(以下、世話人)を成年者(=本人)による申立てまたは職権により選任する。親族等による申立ては認められていない。また、世話人の選任がなされるのは、本人が、自己の事務の全部又は一部を法的に処理することができず、かつ、それが疾病又は障害を理由とするときと定められている。なお、本人の自由意思に反して世話人を選任することはできない。

「誰を」世話人として選任するかという点について、世話法は、成年者に世話人となるものについて希望があるときは、原則、その希望に応じるものとする、との旨を定める。すなわち、原則、本人が希望する人が世話人に選任される。本人から希望が提案されなかったり、希望された者が適任でなかったりした場合、世話裁判所によって適切な世話人が選任される。その際には、(1)親族、(2)名誉職世話人9、(3)職業世話人、(4)世話社団、(5)世話官庁、の順で世話人にふさわしいか否かの検討がなされる。

法的世話の基本原則としては、主に、(1)必要性の原則、(2)補充性の原則、の二点が挙げられる。

必要性の原則から、世話人の職務の範囲は、世話裁判所が個別に命じた職務範囲に限られる。世話裁判所は職務事項を、世話人がそれを法的に実施する必要がある場合に限り、命じることができる。そのため、世話人に設定される権限の内容はそれぞれ異なる。

また、補充性の原則から、任意代理人やその他の支援によって処理することができる事務に対応するためという理由では、世話人を選任することはできない。すなわち、世話人の選任は、他に取り得る手段がない場合にのみ行われるべきであり、必要最小限であるべきとされている。

さらに、意思決定の「代理」よりも「支援」を優先する点も法的世話の特徴の一つだ。確かに、ドイツでも世話人による代理権は一定程度認められている。しかし、この代理権は必要な限りにのみ行使可能であるように規定されており、日本のような包括的な代理権が与えられているわけではない。なお、代理権を認める範囲は、事例ごとに世話裁判所が判断する。加えて、2023年1月より施行された改正ドイツ民法においては、原則として、世話人は可能な範囲で本人が希望通りに生活できるように事務を遂行しなければならず、そのために世話人は本人の希望を確認しなければならない旨が明記された。

そもそも、ドイツでは世話人が選任されたからといって、本人の行為能力に必ず制限が設けられるわけではない。ただし、本人の身上または財産に対する重大な危険を回避するために必要である限りにおいて、世話裁判所は本人による意思表示に世話人の同意を要する同意の留保を付すことができる。その上、ドイツでは、法的世話や同意の留保の終了及び制限について予め期間が定められている。裁判所は法的世話の終了または同意の留保について、法的世話または同意権の留保が命じられた後遅くとも7年以内には決定しなければならない。言い換えると、少なくとも7年に一度は法的世話が必要か否かについての検討が改めてなされている。もっとも、世話裁判所による改めての決定を経て、その期間を延長(更新)することは可能だ。

なお、ドイツにおける「任意後見」は、主にドイツ民法上の一般的な任意代理権を用いる形で実施される。世話法には、例外的なケースを除き、任意代理人によって処理することができる事務は世話人の選任が必要な場合にあたらないと示されており、任意代理に期待される役割は大きいと考えられる。
 
9 原則として無報酬のボランティアである世話人を指す。

5――おわりに

5――おわりに

ここまで述べた通り、判断能力が不十分な方の意思決定を支えるための制度は国ごとに大きく異なる。だが、本人の残存能力を活用し、可能な限り本人の自己決定を尊重しようとする方向で制度の整備が進められてきた点は、今回取り上げた国に共通している。

現在、日本でも、将来的な成年後見制度の見直しも視野に入れた検討が実施されている。具体的には、公益社団法人商事法務研究会が主催する「成年後見制度の在り方に関する研究会」において、法務省や厚生労働省、最高裁判所も参加した上で、成年後見制度(法定後見制度・任意後見制度)の見直しも視野に入れた議論を展開している(図表2)。主な論点の中には、本稿にて紹介した海外のケースが参考になるだろう項目も含まれているように思われる。
(図表2)成年後見制度の見直しに関する主な論点
超高齢社会が進展する中で、日本においても成年後見制度の潜在的な利用想定者はますます増加していくだろう。海外の制度の理念や現状も考慮しつつ、よりよい成年後見制度へと一層の見直しが実施されることが期待される。
 
 

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(2023年03月16日「基礎研レター」)

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