コラム
2024年03月14日

「中間層」について考える

坂田 紘野

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1――「中間層」とは何か

岸田政権が掲げる目標の1つに、「分厚い中間層の復活」がある。「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」には、「新しい資本主義を通じて、官民が連携し、社会課題を成長のエンジンへと転換することで、経済の付加価値を高めつつ、企業が上げた収益を労働者に分配し、消費も企業投資も伸び、更なる経済成長が生まれるという成長と分配の好循環を成し遂げ」ることで分厚い中間層を復活させていく、という考え方が示されている1

この「中間層」という言葉は社会で広く用いられているが、「中間層」に厳密な定義が定められているわけではない。中間層とは何かについて、改めて考えたい。
 
1 内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」(令和5年6月16日閣議決定)

2――定性的に捉えた「中間層」

はじめに、「中間層」の辞書における意味を確認する。広辞苑2には「中間層」は「『中間階級』に同じ」とあるため中間階級の項目を見ると、「社会成層の中間に位置する諸階層。また、支配層と被支配層との中間にある階級。ミドルクラス。中間層。」との説明がなされている。確かに一定の納得感は得られる反面、残念ながら、具体的にはどの層が中間層に該当するのか、という疑問が生じてしまうようにも思われる。

そのためか、政府資料等では中間層について取り上げる際に、中間層とは何か、についての説明が加えられることもある。

一例として、日本においてはじめて「分厚い中間層の復活」を掲げた民主党(当時)の野田政権のケースを確認したい。野田政権は、「中間層」を、「富裕層とまではいえないが、貧困状態でもなく、自ら働いて生活を支えることができる層」であると考えた3。野田政権時代に公表された労働経済白書(平成24年版)では中間層について、「『自ら働いて人間らしい生活を営むことができる』分厚い中間層の復活が求められている」という言及がなされている。さらに、「分厚い中間層」の脚注として、「社会保障改革に関する有識者検討会報告(2010年12月)においては『活力ある中間所得層の再生』として『ふつうに努力すれば、誰もが家族をつくり、生活できる社会を取り戻すべきである。これまでの日本で、分厚い中間所得層の存在こそが、安定した成長と活力の源であった。社会保障の機能強化によって、中間層の疲弊に対処し、その活力を再生できれば、それは自ずと経済成長と財政の安定につながる。』と指摘している。」と記された。

中間層とは何か、という問いへの回答の共通認識を構築するという点において、このように定性的に中間層を捉えることは意義深いと言えるだろう。その一方で、中間層の実態把握を試みる際などには、何かしらの数字に基づいた基準が必要になるとも思われる。
 
2 新村出編「広辞苑第七版」(岩波書店)
3 参議院ホームページ「第181回国会(臨時会)答弁書第44号『野田総理の所信表明演説等における政策遂行方針に関する質問主意書』(平成24年11月22日)」(令和6年3月13日閲覧)https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/181/touh/t181044.htm

3――中間層を統計的に把握するための方法

日本を含む、先進国における中間層を統計的に把握するための方法は主に2種類ある。具体的には、所得シェアを基に把握する方法と人口シェアを基に把握する方法が広く知られている。

前者は所得の高低に基づいて中間層となる層の基準を定めた上で、その中間層の保有する所得の割合(総所得に占める中間層の所得の割合)を算出する方法だ。例えば、全世帯を所得に応じて五分位階級に分け、このうち第2~4五分位階級までを中間層として、その層の所得総額の総所得に占める割合を計算することなどから中間層の状況を把握することができる。この方法では、中間層の有する経済的な影響力の大きさを把握することができる。一方で、中間層の割合の時系列的な推移についてはこの方法では確認することができない。

後者は所得の中央値等を基準にそこからの乖離の小さい層を中間層とし、対象内となる世帯(人口)数を確認する方法だ。この方法を用いた実例として、OECDが2019年に公表した報告書「圧迫される中産階級(Under Pressure: The Squeezed Middle Class)」がある。この報告書では、等価可処分所得4が「国民所得の中央値の75%~200%未満の所得の世帯」が中間層である、という定義づけが行われた。そのため、各国の総世帯数に占める、国民所得の中央値の75%~200%未満の所得の世帯の割合が中間層の割合となる。こちらの方法は、中間層の規模を測定することが可能である点が大きなメリットとなる。その一方で、基準となる所得の中央値等が年によって異なる点には留意が必要だ。また、調査によって、中間層とされる所得範囲の上限値の設定が様々であり、その設定に中間層の規模が大きく影響を受けるという指摘もなされている5。なお、前述のOECD報告書では日本の中間層の割合は65%と示されており、OECD平均(61%)よりも高い割合となっている。
 
4 世帯の年間可処分所得を当該世帯の世帯人員数の平方根で割って調整したもの
5 田中聡一郎(2020)「日本の中間層の推移:国民生活基礎調査(1985-2015)に基づく推計」(山田他(2020)「高齢期を中心とした生活・就労の実態調査(H30-政策-指定-008)」厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学総合研究(政策科学推進研究)令和元年度 総括・分担研究報告書 報告書論文)など

4――「中間層」の現状と今後の課題

ここまで確認してきたように、「中間層」とは何か、という問いに対しては決まった解があるわけではなく、様々な考え方が存在する。そのため、中間層の現状を確認する際の方法もまた、1つではない。

例えば、内閣府が実施する「国民生活に関する世論調査」には、世間一般からみた相対的な生活の程度についての国民の意識を尋ねる設問がある。具体的には、「あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般から見て、どうですか。」という質問項目が存在している。

この問いには、これまで多くの人が「中の中」という回答を行ってきた。その背景にあると思われるのが、かつて「一億総中流」と言われたような、自分の生活の程度を「中流」と考える国民意識の強さだ。そして、経済格差の拡大が深刻になりつつある現代においても、「中の中」との回答割合が高いという点には変わりがない。今でも、多くの人が自分の生活の程度は「中間層」であると考えている(図表1)。
(図表1)生活の程度
しかし、足もとでは中間層の衰退が大きな課題となっており、岸田政権が「分厚い中間層の復活」を掲げる原因となっている。中間層の衰退を示す根拠の1つが、日本国内の世帯所得の分布が下方シフトしてしまっていることだ。その結果として、1991年に521万円であった世帯所得の中央値は2020年には440万円にまで低下した(図表2)。
(図表2)世帯所得の分布の推移
この点について、セルビア出身の経済学者ブランコ・ミラノヴィッチ氏は、全世界の所得増加率の変化を示すことで、中国やインドなどのアジアの新興国の中間層の所得が大きく増加する一方で、先進国では所得分配が二極化し、先進国中間層の所得はほとんど増加していない点を明らかにした。6中間層の衰退は、日本だけではなく先進国共通の課題だ。

それでは中間層の復活を実現するためには何が求められるのだろうか。前述のミラノヴィッチ氏は著書7の中で、「国内の不平等については、現在の所得への課税よりも、親から子への資源継承(資本所有や教育水準)を平等化するほうがずっと大切だ」、と主張している。長期的な平等化に向けた政策としては、(1)親が子に巨大な資産を移転できないような高い相続税、(2)企業から労働者への株式分配を促進するような法人税政策、(3)貧困層や中間層による金融資産の取得・保有を可能にする税制および行政施策、などを例示している。加えて、教育の分配を平等にしていくための国家による投資と財政支援の必要性にも言及している。 

もっとも、ミラノヴィッチ氏自身が著書の中で述べているように、「たとえ理論的に可能だからといって、また、たとえ一部の国では実例があるとしても、こうした政策が将来、広く実施されるということにはならない」。実際、岸田政権も新NISAや高等教育費の負担軽減のようなミラノヴィッチ氏の主張と整合的と思われる取組8を一部行っている一方で、そのすべてを実施しようとしているわけではない。

所得再分配や資源継承の平等化のみならず、経済成長を実現し、成長の果実そのものを増やすこともまた、中間層の復活のために重要となるだろう。すなわち、企業の積極的な設備投資等を通した生産性向上や付加価値創出も必要になると思われる。ただし、経済成長がなされたとしてもその果実を受け取るのが富裕層に偏ってしまうと、経済格差の拡大、ひいては更なる中間層の衰退につながってしまう。そのため、人への投資や賃上げを通して中間層に成長の果実が分配されるかがポイントとなると考えられる。逆に、賃上げ等で中間層の所得が引き上げられるならば、岸田政権が新しい資本主義によって目指している「成長と分配の好循環」が成し遂げられるのではないだろうか。今後の動向が注目される。
 
6 グラフにすると、象が鼻を上げている様子に似ていることから「エレファントカーブ」と呼ばれる。
7 ブランコ・ミラノヴィッチ(立木勝訳)「大不平等 エレファントカーブが予測する未来」みすず書房、2017年6月
8 内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023年改訂版」(令和5月6月16日閣議決定)より

<参考文献>
厚生労働省「平成24年版労働経済の分析 -分厚い中間層の復活に向けた課題-」(平成24年9月14日閣議配布)
山田他(2020)「高齢期を中心とした生活・就労の実態調査(H30-政策-指定-008)」厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学総合研究(政策科学推進研究)令和元年度 総括・分担研究報告書
ブランコ・ミラノヴィッチ(立木勝訳)「大不平等 エレファントカーブが予測する未来」みすず書房、2017年
 
 

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坂田 紘野

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(2024年03月14日「研究員の眼」)

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