コラム
2023年02月15日

成年後見制度はパターナリスティックな制約を課しているのか

坂田 紘野

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1――利用の広がらない成年後見制度

2016年に成立した「成年後見制度の利用の促進に関する法律」(以下、利用促進法)は、成年後見制度の利用の促進についての基本理念や国の責務等について定める。利用促進法には、成年被後見人等の自発的意思が尊重されるべき、財産管理のみならず身上保護も適切に行われるべき、等の基本理念が示されている。また、成年後見制度の利用促進をめぐっては、制度の運用改善や権利擁護支援の地域連携ネットワークづくり等の取組が推進されてきた。現在は、2022年3月に閣議決定された「第二期成年後見制度利用促進基本計画」(以下、第二期計画)に沿った対応が実施されている。

しかし、対応が推進されているにもかかわらず、成年後見制度の利用促進はそれほど進んでいないのが現状だ。2021年末時点で、成年後見制度の利用者数は約24万人にとどまる。主たる利用者として想定される認知症の方が約600万人いるとされること等を考慮すると、潜在的な制度利用者に成年後見制度の活用が広がっておらず、適切な権利擁護支援が実施できていないことが懸念される。

成年後見制度の利用が広がらない要因の一つとしては、成年後見制度が本人や親族等の利用者にとって使いづらいものである点が指摘されてきた。例えば、成年後見制度の後見類型を一度利用し始めると原則として利用を終了できないために、実際のニーズにかかわらず、当初の課題等が解決した後も制度の利用が継続してしまう点や、報酬付与が裁判事項であるために金銭的負担をどれくらい要するのかの予測可能性に乏しい点等が挙げられる。

さらに、2000年の成年後見制度の施行時には、比較的本人の意思決定能力の尊重を重視する補助類型や任意後見制度の創設が目玉となっていたにもかかわらず、現在成年後見制度を利用している人の74%が最も後見人の権限が強い後見類型を利用しており、保佐・補助類型の利用や任意後見の任意後見監督人選任の件数がごく少数にとどまることも課題だ(図表)。そして、近年ではこの後見類型の存在が、国際的な批判の対象となっている。

2022年9月に国際連合(以下、国連)から懸念や勧告が公表され、意思決定能力の評価に基づき障害者の法的能力の制限を許容する、現在の法規定の見直しが勧告された。つまり、後見人の権限が強すぎることが後見類型の問題点として指摘され、制度の見直しが求められているというのが日本の成年後見制度の現状となっている。成年後見制度の利用促進のためには、現在進められる制度の運用改善の取組のみならず、制度そのものの見直しも必要なのかもしれない。
(図表)成年後見制度の類型別利用者数
2――障害者1権利条約対日審査総括所見における勧告
 
上述の国連による懸念の表明や勧告は、「障害者の権利に関する条約」(以下、障害者権利条約)に基づく。2006年に国連で採択された障害者権利条約は、障害者の人権や基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するために、障害者の権利の実現のための措置等を規定する。主な内容としては、合理的配慮の否定2を含む障害に基づくあらゆる差別の禁止や、障害者が社会に参加し、包容されることの促進等が含まれる。2022年6月時点で185の国・地域が同条約を締結しており、日本も2014年に批准した。 

障害者権利条約を踏まえ、2022年に国連・障害者権利委員会による対日審査がはじめて実施された。その総括所見において懸念・勧告された内容は、精神障害者の非自発的入院の見直し、障害者の地域社会での自立した生活の推進等多岐にわたる。勧告に法的拘束力はないものの、その趣旨を踏まえつつ各種取組を推進することが重要であることに変わりはない。

成年後見制度に関連する勧告においては、特に後見類型に対して厳しい指摘がなされた。障害者権利条約第12条は、障害者は生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有する、等を規定する。その趣旨を踏まえ、総括所見では意思決定を代行する制度を廃止する観点から、民法の改正を要求する勧告がなされた。公表された文面からは、国連が日本の後見類型はパターナリスティックな制約3を課していると捉えており、懸念を示しているように思われる。
国連による総括所見(抜粋)
 
1 「障害」の「害」の字が近年、不快の念を与えるとして、「障がい」と言い換えるケースが増えているが、本稿では法令上の表記に従って、「障害」で統一する。
2 過度の負担ではないにもかかわらず、障害者の権利の確保のために必要・適当や調整等を行わないこと。
3 国家等が、個人の利益を保護するために課す、自己決定権に関する制約。
4 国際連合障害者権利委員会「日本の第1回政府報告に関する総括所見(外務省による和文仮訳)」(2022年10月7日)。なお、太字は筆者による。
3――成年後見制度はパターナリスティックな制約を課しているのか
 
パターナリズムは、一般に、温情主義、家父長主義などと訳され、強い立場にある者が弱い立場にある者の利益のために、本人の意思にかかわらず介入・干渉・支援するような動きのことを意味する。たとえ弱い立場にある者の利益を真に考慮した上での動きであったとしても、本人の意思を尊重することなく行動した場合、その行動はパターナリズムに基づく行為とみなされる。

この点について成年後見制度の後見類型を確認すると、判断能力が欠けているのが通常の状態の方を権利擁護支援の対象とする後見類型は、成年後見人に対し、日常生活に関する行為以外の行為への取消権や財産に関するすべての法律行為への代理権を与えている。そのため、仮に本人が望んでいた行為であったとしても、成年後見人の判断次第では、行為の取消し等を行うことが可能となっている。

もちろん、大多数の成年後見人は本人のことを真剣に考え、本人の最善の利益を考慮した対応を実施しているだろう。それでも、成年後見人には包括的な取消権や代理権が与えられており、本人の意思に尊重しない介入や判断等が制度上可能であることに変わりはない。そのため、後見類型は、意思決定を代行する制度であるという国連の勧告の通り、被後見人に一定のパターナリスティックな制約を課している制度であると捉えざるを得ないように思われる。
 
4――本人の意思決定を支援する国内の制度・サービス
 
パターナリズムから脱却するためには、本人の意思決定の尊重を重視するような権利擁護支援の制度やサービスが欠かせない。そのような中で、政府は対日審査における国連からの質問に対し、「我が国では、成年被後見人の自己決定権を尊重し、成年後見人が本人の意思決定を支援する形での取組を進めている。」と回答した。それでは、具体的な取組としてはどのようなものが存在しているのだろうか。

第一に挙げられるのが、政府が利用促進を目指している任意後見制度だ。この制度は、(1)本人が十分な判断能力を有する時に、任意後見人となる方や将来その方に委任する事務の内容を予め公正証書による契約で定めておく、(2)本人の判断能力が不十分になった後に、任意後見人が本人に代わって委任された事務を行う、という仕組みだ。任意後見制度を活用することで、効力が生じた後の財産管理や身上保護の在り方について、本人の意思を反映・尊重することが可能になる。これは第二期計画の掲げる方向性にも沿ったものであり、第二期計画では、優先して取組む事項の一つとして、「任意後見制度の利用促進」が掲げられている。

次に、日常生活自立支援事業も一層の活用が期待される取組だ。これは、都道府県・指定都市社会福祉協議会を実施主体として、認知症高齢者、知的障害者、精神障害者等のうち判断能力が不十分な方が地域において自立した生活が送れるよう、利用者との契約に基づき、福祉サービスの利用援助等を行う、という事業だ。日常生活自立支援事業は、判断能力が不十分であり、かつ、事業の契約の内容について判断し得る能力を有していると認められる方が対象となる。すなわち、十分な判断能力を有する状態と判断能力が不十分で成年後見制度の利用が検討されるような状態の中間に位置する方が、総合的な権利擁護支援の一環として活用することが期待されている。

さらに、近年は財産管理の手法として民事信託(家族信託)の活用が広がりつつある。5民事信託は、信託契約等の意思表示によって受託者が特定の目的に従い財産(信託財産)の管理または処分等を行う、というものだ。このスキームを活用することで、自宅のリフォーム契約の締結や定期預金の解約、引出し等の柔軟な対応を行うことが可能になる。これらは、法定後見制度を利用した場合、実施することが極めて困難なものだ。また、本人の判断能力が十分なうちに受託者に財産の管理や処分を任せることができるため、結果として、本人の希望に沿った対応を行うことができる点もメリットとなる。
 
5 一部の金融機関においては、本人が日常生活で使用する分を除いた金銭を、信託銀行等に信託することで後見人等による本人の財産の横領を防ぐ後見制度支援信託・後見制度支援預貯金といった金融商品が販売されているが、ここで述べる信託とは目的が異なることに留意が必要である。
5――なお残る課題
 
これらの制度、サービスの活用は本人の意思決定支援という観点からは効果的だと思われる。一方で、いずれの取組にも課題が存在していることも事実だ。

任意後見制度は任意契約がなされ、本人の判断能力が低下した場合においても任意後見監督人選任の申立てがなされない、すなわち、任意後見制度が適切に利用されていない点が大きな課題となっている。また、利用者からは、任意後見監督人が必ず家庭裁判所から選任される上、任意後見監督人への報酬が本人負担となることへの不安や不満も根強い。日常生活自立支援事業に関しては、地域によって待機者が生じていることや利用者数にばらつきがあること、成年後見制度への移行に課題があること等が指摘される。6民事信託においては、子などの推定相続人が主導して信託を設定することで、本人の意見が必ずしも反映されない事例の存在が懸念される。さらに、受託者に関する監督が不十分であることから横領等の不祥事や権利の濫用がなされるというリスクもある。

このように、本人の意思決定を支援するような様々な制度やサービスが存在する一方、その推進に向けては制度の更なる改善を要するのが現状だ。政府の「骨太の方針」において示されているように、「成年後見制度を含めた総合的な権利擁護支援の取組を推進する」ことが引き続き重要となる。
 
6 厚生労働省「第二期成年後見制度利用促進基本計画」(2022年3月25日)
6――おわりに
 
成年後見制度の前身である禁治産・準禁治産制度の目的はもっぱら財産の保護にあり、本人の自己決定の支援という観点はそれほど重視されていなかった。その後、本人の自己決定支援を理念に掲げる成年後見制度が創設された。しかし、制度創設から20年以上が経過したものの、認知症の方や障害者等の最善の利益のために家族等が代わりに判断してあげることは意義深い、と考える方は今なお多いのではないか。

確かに、本人が困難に陥らずに生活を送るために、周囲による判断が必要な場面もあるだろう。しかし、本稿で確認したように、「意思決定の代行」というパターナリスティックな制約を課す制度は国際的な批判の対象となりつつあり、法律の前にひとしく認められる権利を保障するような制度への見直しが求められている。それは同時に、成年後見制度を活用することへの不安や不満を解消することにもつながるように思われる。

第二期計画においては、今後取り組む事項に関して、現行制度の運用改善のみならず、制度自体の見直しについても触れられた。成年後見制度自体の見直しに関しては、今まさに検討が進められているところであり、足もとでは、成年後見制度の見直しについて検討する会議体7が設けられた。今後、適切な制度の見直しがなされることを期待し、議論を注視していきたい。
 
7 公益社団法人商事法務研究会「成年後見制度の在り方に関する研究会」のことを指す。
 
 

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坂田 紘野

研究・専門分野

(2023年02月15日「研究員の眼」)

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