2023年02月14日

米国生保市場で、個人生命保険オンライン販売の進展に寄与するインシュアテック企業

文字サイズ

インシュアランス(保険)とテクノロジーのブレンドとして生まれた「インシュアテック」は、「保険事業の各段階または全体をデジタル技術に置き換え、保険事業を整備・革新し、新たな保険事業を創出すること」、「テクノロジーの革新を保険に適用して、より効率的な事業運営、より顧客から支持される商品・サービスを実現すること」と捉えることができる。

進化したテクノロジーを背景に登場したインシュアテック企業は、歴史が長く規模が大きい保険会社と比べて小回りが利き、保険事業各段階の特定部分に特化して、既成概念にとらわれない試行錯誤を行うことができる。そうした試みの中で、事業革新の種が生み出される可能性は小さくない。

インシュアテック企業が既存の保険会社に対するチャレンジャーとして現れる場合もあるが、多くの場合、インシュアテック企業は保険会社と良好な協業関係を築いている。

保険会社は、インシュアテック企業のこうした特性に期待し、その動向に目を配り、コーポレートベンチャーキャピタル等を通じて投資を行ったり、提携関係を結んだりしている。

本レポートでは、米国において、「個人向け生命保険商品の消費者へのオンライン販売」を目指す動きの中で現れた生保会社とインシュアテック企業の協業関係の3つの事例を見る。

1――生保会社SBLIに見る生保会社

1――生保会社SBLIに見る生保会社とインシュアテック企業のパートナーシップの例

SBLI(The Savings Bank Mutual Life Insurance Company of Massachusetts)は、定期保険を中心とする低コスト生命保険と個人年金のプロバイダーとして高い評価を受けている生保会社である。独立(乗合い)エージェントとダイレクトマーケティングを主な販売チャネルとしているが、ダイレクトマーケティングとeコマース強化の一環として、近年、複数のインシュアテック企業との間で、オンライン販売につながる提携を実施している。SBLIのプレス発表資料から順に並べていくと、以下の通りである。一見、脈絡のない提携が乱発されている感があるが、販売チャネル多様化の動きと捉えれば理解できなくもない。
(1)Lifefyとの提携・・・2019年6月より  
オンライン販売を目指したインシュアテック企業との提携は、2019年6月のLifefy との提携を嚆矢とする。Lifefyは、中間所得層、ミレニアル世代、ヒスパニック層等の文化的に多様な人々など、従来の保険会社や代理店が見落としていた消費者層にサービスを提供することに焦点を当てて設立された。Lifefyとの提携により、完全オンラインで、引受け可否の判断を瞬時に行う、簡易発行定期保険と引受保証定期保険の提供が開始された。
(2)Afficiencyとの提携・・・2020年9月より
2020年9月にはAfficiencyとの提携が開始された。Afficiencyは、SBLIのその後のいくつかのインシュアテック企業との提携にも参加しており、SBLIの展開の中で重要な位置づけを占めるようになった。

Afficiencyは、そのデジタル生命保険プラットフォーム上で、提携先の各生保会社や金融機関、独立エージェント組織等に合わせた新商品を迅速に立ち上げ、APIベースの販売テクノロジーを通じて、デジタル販売できるようにする。Afficiencyの作る生命保険商品はすべて、医的な診査や電話、オフラインでのアポイントメントが不要で、デジタルで引き受けられ、申込者に数分で発行されるように設計される。Afficiencyのデジタル生命保険プラットフォームは、使用者が自己ブランド名で使用できるホワイトラベル形式で提供されるので、販売活動においてAfficiencyが表面に出ることはない。

Afficiencyは比較的新しいインシュアテック企業で、2018年後半から、いくつかの生保会社との提携を開始し、商品を市場に投入するようになった。2023年1月には独立エージェントのグループ、2022年の夏にはシティバンクとの提携も発表している。

2020年9月から開始されたSBLIとの提携においては、APIベースの販売テクノロジーを通じて、個人向け販売版と職域販売版の両方の簡易発行定期保険商品を販売しており、最大100万ドルまでの保障が購入できる。なおリテール商品はAfficiencyと提携している多くの販売者にもAPI経由で提供されている。
(3)SproutおよびAfficiencyとの提携・・・2020年12月15日より
Sprouttは、データとAIを使用して、オンラインアンケートへの回答結果から申込者の健康的な行動 (運動、睡眠、感情的健康、栄養、全体的なライフスタイルバランス等)を評価し、顧客に最も適切なSBLI定期保険を推奨する。

この提携でもAfficiencyのAPIベースの生命保険引受けと契約販売のプラットフォームが活用されている。
(4)QuilityおよびAfficiencyとの提携・・・2021年9月より
2021年9月には、SBLIとAfficiencyの提携プラットフォームの中に、オンラインアプリと4, 000人以上の保険エージェントの2種類の方式で金融商品を販売するQuilityが加わった。

SBLIが引受ける保障額100万ドルまでのQuility平準定期保険では、顧客が自分の保険契約の一部の給付金受取人として、慈善団体または非営利団体を選択できるチャリティー特約が含まれている。

Quilityが有している4, 000人以上の保険エージェント網にも商品は解放されており、エージェントは顧客に商品を紹介するためにプラットフォームを利用できる。
(5)Plum Lifeとの提携・・・2021年9月より
2021年9月には、保険の販売者を対象にデジタルサポートを提供するPlum Lifeとの提携も開始された。Plum Lifeは、2020年に創業された新しいインシュアテック企業で、AI、機械学習、行動科学を活用し、見積りから申し込み、契約発行までの生命保険の販売プロセス全体を簡素化したエージェントのみを対象とするプラットフォームを提供している。

このデジタルプラットフォームを活用して、エージェントが、スイス再保険によって再保険された、平準保険料定期生命保険を提供している。エージェントとその顧客はいつでもどこでも自分の口座にアクセスし、管理することができる。

2――インシュアテック企業Bestow

2――インシュアテック企業Bestowに見る他のインシュアテック企業との提携、および生保会社Centurion Life Insurance Companyの買収

Bestowは、医的な診査や電話によるやり取りを必要とせず、オンライン上の申し込みのみで定期保険契約の引受判断までを瞬時に行い、保障を提供することができる仕組みを早々に開始した、オンライン生保販売の草分け的存在のインシュアテック企業の一つである。

最近、Bestow はいくつかの提携、買収を行った。
(1)Bestow とLemonadeの提携
Bestowは、Bestow Protect APIを介して、オンライン損保系の有力インシュアテック企業であるLemonadeの保険プラットフォームでデジタル定期保険を販売する提携を行った。

申し込みプロセスは5分で完了し、Lemonadeのアプリまたは Webサイト上で完全に完了することができる。Lemonadeの有名なチャットボットであるMayaがユーザーの定期保険申し込み手続きを案内している。
(2)Bestow とTomorrowの提携
家族のファイナンシャル・プランニング(遺言、信託、高度医療指示書)を一つのアプリに統合するスタートアップであるTomorrowは、Bestowと提携し、Bestowの定期保険を自社のアプリで購入できるようにした。TomorrowもLemonadeと同様、BestowのProtect APIを活用している。
(3)生保会社Centurion Life Insurance Companyの買収
もともとBestowは、生保会社North American Company for Life and Healthとの間で、第三者管理契約および代理店契約を締結し、Bestowが商品設計した定期保険の申し込みの受付から申込者のリスク判定、保険引受け可否の判定、契約の成立までを担当し、成立した保障はNorth American Company for Life and Healthが引受けるという形態をとり、自らは販売代理店との立場を崩さなかった。

しかし2021年9月に、ウェルズ・ファーゴ銀行から、全米47州とコロンビア特別区での営業を認可された生保会社、Centurion Life Insurance Companyを買収し、販売と製造の統合を目指す意思を明らかにした。この生保会社はその後、Bestow Life Insurance Companyに名称変更された。

Bestowライフは現在のところ、目立つ動きをしてはいないが、今後、インシュアテック企業が独自の生命保険商品を設計、販売することが可能となった。

またBestowは、North American Company for Life and Healthとの間では、従来の提携関係を維持している。

なお、ほぼ同時期に、Bestowと類似した事業内容を持つインシュアテック企業Ladderも、生保会社Fremont Life Insurance Companyの買収を完了している。

3――生保会社Prudential

3――生保会社Prudentialによるインシュアテック企業Assurance IQの買収

プルデンシャルは2019年に、健康・金融ウェルネス商品に特化した消費者直販プラットフォームのインシュアテック企業である「Assurance IQ」を買収した。

Assurance IQは、高度なデータサイエンスと人間の専門知識を組み合わせて、サードパーティ保険会社の生命保険、医療保険、メディケア商品、自動車保険商品と購入者をマッチングし、完全にオンラインで、またはテクノロジー支援の人間のエージェントの助けを借りて、購入するオプションを提供する。

その後、2020年、プルデンシャルはAssurance IQプラットフォームを通じた定期保険商品SimplyTermの販売を開始した。

SimplyTermでは、消費者は期間10年、15年、20年の、最大100万ドルまでの保障を申し込むことができる。ほとんどの場合、医的な診査は必要ない。

プルデンシャルは、このサービスは保険エージェントが支援するペーパーレス体験としてデビューしたが、セルフサービスオプションが続く予定であるとしている。

さいごに

さいごに

以上、個人生命保険のオンライン販売という特定分野の事例に的を絞って、米国の生保会社とインシュアテック企業の協働の事例を見てきた。

限られた事例の確認ではあるが、米国において、インシュアテック企業は、確実に、生保事業の革新と進化に貢献しているようだ。

こうした動きはやがて、わが国生保市場にも波及してくるだろう。

今後とも米国生保市場におけるインシュアテックの動向をフォローしていきたい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

松岡 博司

研究・専門分野

(2023年02月14日「保険・年金フォーカス」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【米国生保市場で、個人生命保険オンライン販売の進展に寄与するインシュアテック企業】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

米国生保市場で、個人生命保険オンライン販売の進展に寄与するインシュアテック企業のレポート Topへ