コラム
2023年01月05日

尹政権のエネルギー政策が前政権から一変-原発の比重を拡大し、化学燃料の輸入依存度を縮小-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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産業革命以後、地球の温度は持続的に上昇しており、世界の温室効果ガス排出量も増加し続け、二酸化炭素(CO2)をはじめとする大気中の温室効果ガスの濃度は年々高くなっている。国際社会はますます深刻化している気候変動問題に対する国際的な取り組みの重要性を認識し、1992年5月に開かれた国連総会では国連気候変動枠組条約が採択された。そしてこの条約に基づいて1995年からは毎年、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されている。

さらに、2015年12月にフランスのパリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21; Conference of the Parties 21)では、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みとして、パリ協定(Paris Agreement)が採択された(2016年に発効)。パリ協定では、世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑える努力を追求し、21世紀後半には、温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスをとるという世界共通の目標が掲げられた。

これに対して韓国の文在寅(ムン・ジェイン)前政権は2020年10月に「2050年までにカーボンニュートラル」を宣言し、2021年10月には2030年までに2018年と比べて温室効果ガスを40%削減(達成のためには年平均4.17%の削減が必要)するという国家温室効果ガス削減目標(NDC)を決め、2021年11月に、「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」で国際社会に発表した。発電分野では、石炭火力発電を縮小し、再生可能エネルギーを拡大するという考えを示した。

一方、2022年5月に発足した尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、原子力発電所を増やし、原子力と再生可能エネルギーの調和によるカーボンニュートラルを推進する方針である。2022年7月5日には「新政権のエネルギー政策方向」が閣議決定・発表され、気候変動に対する対応、エネルギーの安全保障強化、エネルギー新産業創出を通じた強力なエネルギーシステムの実現をビジョンに、原発の比重拡大、化石燃料の輸入依存度縮小、エネルギー革新新ベンチャー企業の拡大が目標として設定された。

「新政権のエネルギー政策方向」では、2030年までに原子力発電所を18基に減らし、エネルギーミックスに占める原発の割合を減らすという文政権の脱原子力政策を廃棄することを明らかにした。そして、施工設計を見合わせていた新ハヌル原発3・4号機の建設再開や安全性確保を前提とした継続運転などを通じ、2030年までに原子力発電所を28基に増やすことにより、原発の割合を30%以上に拡大することを明記した。

韓国におけるエネルギーミックスの割合は、2020年現在、石炭が36.3%、原子力が27.9%、天然ガスが26.7%、再生エネルギーが6.5%、石油が1.2%、水力が0.7%、廃棄物及びその他が0.7%になっており、石炭や原子力、天然ガスの割合が相対的に高い。2021年時点で韓国のエネルギーの海外依存度は92.8%で、輸入額に占めるエネルギーの割合は22.3%に達している。さらに、最近は天然ガス等の価格も大きく上昇し、政策的に抑えられている電気料金も引き上げられ、国民や企業の負担も増加することになった。尹政権としては原子力の比重を高めて、エネルギー価格の高騰が経済に与えるダメージを最小化したいと考えているだろう(OECD平均を100にした場合、韓国の電気料金は家庭用が61、産業用が88程度である)。

太陽光·風力などの再生エネルギーについては産業競争力を強化するための対策として、関連技術の開発、専門人材の養成支援などを言及しているものの、関連政策の実行を裏付けるような具体的な対策は提示していない。

今後、石炭火力発電は需給状況や系統負荷を考慮し、合理的に削減していく方針である。 また、老朽化した石炭火力発電設備をLNG発電に代替し、安定的な電力需給および電力市場状況などを考慮し石炭発電を弾力的に運営する。 さらに、水素やアンモニアなどの無炭素電源も、技術力を考慮した上で活用する計画だ。

資源・エネルギー安全保障の不確実性に対応するために「資源安全保障特別法」を制定し、総合的資源安全保障体系を構築する。 特別法には国家資源安全保障コントロールタワー(資源安全保障委員会、資源安全保障センターなど)の構築等、資源安全保障の概念や範囲を拡大する内容が含まれている。重要なエネルギー資源としては既存の石油、ガス、石炭に核心鉱物、水素、再生エネルギー(素材·部品)、ウランなどを新たに含める予定だ。

産業、家庭・建物、輸送など3大主要部門の需要効率化を推進することにより、エネルギーを供給中心から需要中心の効率化政策に転換する。産業部門はエネルギーの消費量が多い企業を対象に効率革新目標設定等自発的協約を推進し、EERS(エネルギー供給者効率向上制度)を義務化する。家庭·建物部門はエネルギーキャッシュバック制度(住居している地域の電気の平均節電量より節電量が多い世帯に電気代の一部をキャッシュバックする制度)を全国に拡大する。輸送部門は電気自動車を対象に電費等級制を実施し、大型・中型貨物車等に対する燃費制度を導入する。

原発産業については輸出を支援し、2030年までに10基の原発を輸出、独自の小型モジュール炉(SMR)の開発(約4000億ウォンを投入)を推進する。また、潜在力の大きい5大核心分野(水分解、燃料電池、水素燃料船、水素自動車、水素タービン)と素材・部品分野における核心技術の自立を目指す。さらに、低所得層を対象に実施しているエネルギーバウチャー制度1を拡大する予定だ。

韓国政府は今回のエネルギー政策により、化石燃料の輸入依存度が2021年の81.8%から2030年には60%台に減少すると見通した。 また、エネルギーの新産業創出と輸出産業化によりエネルギー関連ベンチャー企業が2020年の2,500社から2030年には5,000社に増え、約10万人の新しい雇用が創出されると期待している。

尹大統領は2022年12月14日に慶尚北道蔚珍郡で開催された新ハヌル原子力発電所1号機の完工式に祝辞(大雪と寒波の影響で参加できず、祝辞は李昌洋(イ・チャンヤン)産業通商資源部長官が代読)を送り、「新ハヌル1号機の完工は終わりではなく、新たな始まりだ…中略…新政権が発足して以降、前政権で無理に推進された脱原発政策を廃棄し、原発政策を正常化した。今年を原発産業再跳躍の元年にする。」と原発に対する期待感を明らかにした。
新政権のエネルギー政策目標
ロシアのウクライナ侵攻のような外部環境の急変はエネルギーの海外依存度が高い韓国にとっては大きなリスクである。予測が難しい動態的リスクに対して尹政権は今後どのように対応をするだろうか、また、エネルギー政策をどのように実施し、経済発展と国民の生活安定につなげるだろうか。尹政権の今後の対応に注目したい。
 
1 エネルギーバウチャー制度とは、政府が生活補助金支援対象者ら低所得層のガスや電気料金、暖房や給油代金などの支払い金額を一部保証する制度である。つまり、エネルギーバウチャーの対象者はバウチャー(クーポン)に書かれた金額だけ安くエネルギーが購入できる。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2023年01月05日「研究員の眼」)

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