コラム
2023年01月05日

水道行政、約60年ぶりの機構改革、国土交通省に一元化-新型コロナ問題が飛び火、通常国会で法改正へ

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3――上下水道一元化の影響は?

1|公衆衛生の視点の後退?
では、上下水道が実質的に一元化された影響として、どんなことが今後、予想されるでしょうか、一つの視座として、水道行政から公衆衛生の視点が後景に退き、社会資本整備の一つに包摂された点を指摘できるかもしれません。

約60年に渡って、厚生省・厚生労働省が水道行政を所管した意味合いとしては、公衆衛生による生活環境の改善が意識されていました。実際、水道法第1条では、法律の目的として「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与すること」と定められていますし、2022年版『厚生労働白書』でも、水道行政は「健康で安全な生活の確保」の章で説明されています。

ただ、新型コロナは別として、コレラなど急性感染症の脅威が収まった上、水道の普及率が98.1%(2020年度現在)に達する中、上水道行政の必要性について、「水道の普及による公衆衛生の改善→感染症の防止」という観点で理解されにくくなった面は否めません。むしろ、下水道法では目的規定で、「都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資する」と定められており、今回の実質的な一元化を通じて、都市の健全な発達とか、公共水域の水質保全の側面が重視または強調される可能性があります。
2|老朽化や維持管理対応への影響は?
さらに、老朽化対策や維持管理の問題についても、改善を期待できるかもしれません。先に触れた「具体策」では、国土交通省に移管する理由として、「層の厚い地方組織を活用し、水道整備・管理行政を一元的に担当することで、そのパフォーマンスの一層の向上を図る」と説明されています。

ここで言う「層の厚い地方組織」とは、道路や河川の整備・管理を担う地方整備局を含めた国土交通省のネットワークを指しています。国土交通省は多くの道路や河川を直轄で管理しているのに対し、上水道の建設・管理に限らず、公衆衛生の施策は自治体を介して事務が執行されて来たため、国土交通省の出先機関に比べると、厚生労働省の地方厚生局は「層が厚い」とは言えません6。このため、ここでは国土交通省の移管を通じて、上下水道を管理する市町村に対して一元的に支援できるようになるメリットを指摘しています。

特に、関係者の間で意識されているのは維持更新の問題です。高度成長期に急ピッチで整備されたインフラが更新期を迎えており、上下水道に関しても、老朽化対策の必要性が指摘されています。実際、和歌山市では2021年10月、市内を流れる紀の川に架かる水管橋が腐食で大規模に崩落しました。こうした維持更新への対応を踏まえると、出先機関のネットワークを全国に持つ国土交通省に委ねた方が市町村支援を手厚くできると判断されたようです。

さらに効率的な維持管理に向けた方策として、官民連携による公共投資であるPPP(Public Private Partnership)やPFI(Private Finance Initiative)の拡大が一部で期待されており、2022年11月の経済財政諮問会議では、民間議員が「上下水道」を例示する形で、PPPやPFIの拡大を提案しました7。上下水道の一体化を通じて、こうした議論に弾みが付く可能性もあります。

一方、水道と下水道は違う面もあります。水道は原則として建設費を料金で賄う前提になっていますが、下水道では汚水処理を使用料で、雨水処理は税金でカバーされています。このため、基本的に会計区分は別ですが、国レベルで実質的に一元化されたことで、両者の連携が自治体レベルでも強化されれば、工事の一体的な実施などを通じて、工期の短縮やコストカットに繋がる可能性があります。
 
6 こうした分権的な構造が新型コロナウイルス対策における「国の関与」を弱くする一因となった。詳細は2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。
7 2022年11月22日、経済財政諮問会議資料、議事録を参照。
3|残されている水行政の縦割り問題
付言すると、水行政に関する中央省庁の縦割り問題は上下水道に限った話ではありません。水行政全体に視野を広げると、河川管理が国土交通省、農業用水が農林水産省、工業用水が経済産業省、水質汚濁対策や水質管理は環境省に分かれています。2014年7月には、健全な水循環の維持、回復を目的とした「水循環基本法」が議員立法で成立し、内閣官房に「水循環政策本部」も置かれるなど、所管は複雑に入り組んでいます。

汚水処理に関しても、国土交通省が下水道を担当する一方、小規模な集落を主な対象とした合併浄化槽は環境省、農村や漁村の汚水処理を担う集落排水は農林水産省がそれぞれ所管しています。

こうした所管問題は以前から関係者の間で論点になっており、最近の出来事としては、ダム管理を巡る縦割り行政が話題になりました8。具体的には、ダムの管理者や担当省庁が水道用水、発電、農業など目的別に分かれており、一元的に運用されていないため、水害に備えて利水目的で整備したダムの容量を事前に放流しようとしても、縦割り行政が阻害要因となっていました。

そこで、菅義偉前首相が官房長官時代、事前放流の体制整備を関係省庁に指示。菅氏の所信表明演説では「省庁の縦割りを打破し、全てのダムを活用することで、洪水対策に使える水量は倍増しました」と紹介される一幕もありました9

しかし、どんな形で省庁の所管を区切っても、縦割り行政の問題は残ります。例えば、今回の機構改革にしても、水道行政が国土交通省に移管したことで、都市の健全な発達や公共水域の水質保全との関連性が強くなる半面、公衆衛生や健康政策との結び付きが弱くなってしまうデメリットもあります。

つまり、何か組織をいじれば、所管の線引き問題が別に発生するため、全て一元化すればいいとは思いません。それでも今回の上下水道の実質的な一元化を契機に、水行政や汚水処理行政の縦割り問題とか、関係省庁の連携などについて意識する必要があると思います。
 
8 ダムの事前放流を巡る縦割り行政に関しては、2020年10月16日『朝日新聞デジタル』配信記事を参照。
9 2020年10月26日 第203回国会における菅首相所信表明演説を参照。

4――おわりに

今回は通常国会で関連法案が提出されるのを前に、水道・下水道行政の所管という少し地味な問題を取り上げました。ここで取り上げた歴史に見られる通り、厚生労働省(旧厚生省)と国土交通省(旧建設省)の縦割りは意外と根深い問題で、今回の機構改革は約60年ぶりの見直しになります。

普段の生活では、上下水道行政あるいは水行政に関する国の機構を意識する機会は少ないですが、水道料金や下水道使用料の問題などを通じて生活に影響するテーマです。法案提出を機に少しアンテナを立ててもいいかもしれません。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2023年01月05日「研究員の眼」)

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