2022年12月13日

企業のアルムナイネットワークは日本でも導入が進むのか-「去る者日々に疎し」から拡張された人的資本への再定義

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

文字サイズ

4――日本で導入する企業

1事業法人の導入事例
日本企業においては、定年退職をした方を対象にした親睦会、社友会組織は多くの企業で導入されているが、アルムナイネットワークについてはまだこれからという状況にある。人材版伊藤レポート2.0の実践事例集では、下記に挙げた4社について、アルムナイの導入事例として紹介されている(図表3)。
(図表3)人材版伊藤レポート2.0 アルムナイネットワーク導入企業(例)
2金融機関の導入事例
ところで、日本の金融業界のうち、銀行・保険・証券の各協会加盟社行庫について、アルムナイネットワークの導入状況について調査を行った13

執筆時点で企業としてアルムナイネットワークを構築していると確認できたのは、下記の通りである。まだまだ少数派ではあるものの、この2年間で増えてきていることから、今後も増加していくものと推察される(図表4)。
(図表4)金融業界でアルムナイネットワークを導入している例
明確に、「アルムナイネットワークを構築」と公表はしていないものの、中途採用時に「アルムナイ採用を行う」としている企業も確認できた。銀行では、りそなホールディングスが「リファラル・アルムナイ採用」、東京きらぼしフィナンシャルグループが「アルムナイ採用」を打ち出している。また、群馬銀行14もこの12月よりアルムナイ採用制度を導入した。
 
生命保険業界では企業公認のアルムナイネットワークを構築していると確認できた例はかんぽ生命だけであったが、日本生命傘下のニッセイ情報テクノロジーでは、公認アルムナイネットワーク15を立ち上げ、退職者向けSNSを整備し、同社への再就職の機会提供にも活用することとしている。
 
13 全国銀行協会正会員および銀行持ち株会社会員、生命保険協会会員、日本損害保険協会会員、日本証券業協会のうち外資系証券会社を除く社行庫を対象とした。
14 群馬銀行のプレスリリースによれば、更にアルムナイネットワークの構築を検討中。
15 ニッセイ情報テクノロジー https://www.nissay-it.co.jp/news/pdf/news_220912_1.pdf (2022年12月6日閲覧)
3アルムナイ採用以外の出戻り採用
邦銀を調査して気づいたのは、アルムナイ採用への取り組みを明示していない銀行も、従前から「ジョブ・リターン採用」、「キャリア・リターン採用」等、かつて銀行に勤務し、退職した元従業員に対して門戸を開いていることである。在籍時の勤続年数や、退職後の経過年数といった制限を課していることが多い。
 
退職理由にも要件があることが多い。多くの銀行で対象者を「配偶者の転勤や結婚、出産、育児、介護等と言った事情により、円満に退職した者」とされ、転職等によるキャリアチェンジを選んだ者は対象外であるように読み取れる。これは、制度導入時の想定対象を主に結婚、出産等のライフステージの変化により退職した人に置いていたということであろう。そして、転職者を対象外にするのは、やはり彼ら彼女らについては「去る者を追わず」ととらえてしまいがちなマインドセットが背景にあったのではないかと考えられる。
 
しかし銀行によっては、退職理由が転職であっても対象とするところもある。例えば横浜銀行のジョブ・リターン制度は「結婚、出産、転職などの理由により、原則として過去10年以内に退職された行員」を対象としている。
 
保険業に関しては、生命保険で退職理由を不問としているのは東京海上日動あんしん生命、第一生命(ウェルカムバック制度等)であった。

損害保険では、損保ジャパンが「OB・OG再入社制度」、三井住友海上がOBOG専用採用サイトで募集をし、東京海上日動が、「退職者再雇用制度」を整備している。

証券業においては、同様の制度を公表する社は確認できなかった。
 
ウェブサイトで制度を公表していない場合でも、近時はその制度や運用を柔軟に変更して、時代の変化に対応している企業は一定程度存在するのではないかと推察される。しかしながら、積極的にその取扱いを公表している企業の方が、良い印象を持たれるのではないだろうか。非財務情報の開示の観点からは、開示していないことはやっていないのと同義と見做されるということも念頭におくべきだろう。

5――導入のための前提

5――導入のための前提

米国をはじめとした海外においても、アルムナイネットワークはここ数年で更に拡大傾向にあるようだが、彼我における雇用慣行等の違いを考慮する必要はある。米国では日本と雇用形態が異なるため、労働移動は日本に比べて盛んである。よって、企業を離れるアルムナイの数は日本と比べて格段に多いと考えられる。まだまだメンバーシップ型雇用を前提とした雇用慣行が主流の日本の労働市場において、果たしてどの程度のニーズがあるのか、という疑問はある。しかし、時代が変わりつつある中、着手が早い企業、業界は人的資本に関する他のイシュー、例えば、パーパス経営や、ジョブ型雇用への移行等への着手も早いように見える17

他社がしているから我が社も、という受け身の考えではなく、それを導入すると効用が高まる、あるいはそれを導入しないと競争上極めて不利、ということをしっかりと考えた上で、導入可否判断をすべきであろう。企業の規模や業界によっても必要とされる形態は異なるし、そもそも必要ないという判断もあり得る。

ただ、理念だけは共有されてしかるべきと考える。従前の価値観を抱えたまま、転職した者はもう縁が切れた他人と捉えるようなマインドセットは健全だろうか。米スターバックスのアルムナイコミュニティのウェブサイトでは、“Once a partner, always a partner” (一度仲間だった人は、いつまでも仲間である)との記載が目を引く18。まさにこの精神は、多くのアルムナイコミュニティに通底するものである。
 
人材難だから元在籍者の方がそのスキルやクオリティもわかるし、採用スピード、コストとも抑えられる、とか、他社で活躍しているから協業先として利用しやすい、とかいうことのみで導入しても、アルムナイにはすぐに見透かされるだろう。まず初めに必要なのは、過去のある期間を供に過ごし、献身してくれたアルムナイへの敬意である。そしてその前提には、アルムナイのみならず、現役の従業員に対する敬意も必要ではないかと考える。
 
17 例えばパーパス経営は、双日やロート製薬、SOMPOが、ジョブ型雇用の導入は三菱ケミカルやSOMPO、荏原製作所が導入を公表している。また、ロート製薬は2016年に既に複業や社内ダブルジョブといった制度を取り入れている。
18 Starbucks Alumni Community https://alumni.starbucks.com/login/ (2022年12月6日閲覧)

6――退職時の丁寧な対応が重要

6――退職時の丁寧な対応が重要

ここで、採用活動を考えてみよう。例えば学生が企業に面接に来て、残念ながら不採用になったとしても、企業側が与える印象が良ければ、将来自社製品やサービスの潜在顧客になってくれることも期待できる。逆に悪い印象を与えると、ネガティブな見解を実体験に基づくという説得力を持って拡散される懸念がある。それは企業にとっての脅威となりうる。

これと同じことを退職の際にも留意しなければならない。先述の通り、転職で去った者に対しては、仲間と袂を分かった人といった複雑な思いを抱く人もいる。

退職時の経緯が円満でないと、将来企業も受け入れにくいし、そもそも退職者が企業に近づきたがらないだろう。その意味では退職マネジメントは極めて重要である。

7――終わりに

7――終わりに

日本の労働市場の流動性は今後高まっていくと思われるが、勤務先を辞めて、戻る道が開かれているという状況は、実際に戻るかどうかは別として、アルムナイにも従業員にも安心感があるのではないかと考える。一時期にせよその企業で働き、役務の提供を通して何らかの価値を提供した事実が尊重されるということは極めて大切であろう。そして、アルムナイネットワークにアクセスし、古巣の最新情報に触れたり、かつての仲間との交流の場が確保されていることは、企業の応援団の増加に繋がることが期待できる。
 
とはいえ、人事制度には流行り廃りがあり、無批判に飛びつくとそのブームが去った後に負の遺産が残ってしまうことがあるといわれる。「今、アルムナイが熱い」、「ライバル企業もやっている」という理由だけで導入するのは避けるべきだ。アルムナイネットワークの運用においては常にフレッシュなコンテンツを提供せねばアクセスは期待できず、アルムナイが企業に失望する懸念がある。また、アルムナイ情報のメンテナンスにも労力を割く必要がある。かといって一度始めたものを途中で取り下げると、企業のレピュテーション毀損の懸念もあるし、現役の従業員の士気にも影響を及ぼしかねない。
 
政府や財界等は、円滑な労働移動の推進を主張しており、そのペースは今後徐々に、あるいはある時点から急速に早まっていくことが想定される。その場合、今後、中長期的に、企業は優秀な従業員を惹きつけ続けられるのだろうか。もしそうでない場合は、仮にアルムナイネットワークを導入した際のコストとリターンを比較し、導入是非を問うことは有益と考えられる。
 
そして当然ながら、アルムナイネットワークを導入する企業は、転職して去った者に対する捉え方が変わるだろう。冒頭の長野選手19のように、他のチームで得た何かを、古巣に注入することが期待される、社外の人的資本なのである。そして、アルムナイだけでなく、現役の従業員へのリスペクトもより強くなっていくのではないだろうか。
 
19 ただし、長野選手は当時自ら希望して広島に移籍した訳ではないことに留意。しかしながら、読売ジャイアンツにとって現在でも有益だから出戻りが実現したと言える。退職理由が自発的、非自発的を問わず、アルムナイとして包摂される。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

(2022年12月13日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【企業のアルムナイネットワークは日本でも導入が進むのか-「去る者日々に疎し」から拡張された人的資本への再定義】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

企業のアルムナイネットワークは日本でも導入が進むのか-「去る者日々に疎し」から拡張された人的資本への再定義のレポート Topへ