2022年11月28日

携帯位置情報データによる街のミクストユース(Mixed-use)の評価 (1)

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1――不確実な時代に求められるミクストユースの街

レジリエント(resilient)な街とは、どのような街のことを指すのだろうか?

世界の不確実性が高まり、経済危機や災害、疫病など100年に一度と言われる想定外のショックが数年おきに発生している。2017年まで米ゼネラル・エレクトリックのCEOを務めたジェフ・イメルトは、「2001年のアメリカ同時多発テロまでブラック・スワンに遭遇したことがなかったが、その後は2005年のハリケーン・カトリーナ、2007年からの世界金融危機、2010年のメキシコ湾原油流出事故、2011年の東日本大震災、そして今回の新型コロナウイルスのパンデミックと、ブラック・スワンに度々襲われている」と述べている1

また、日本では少子高齢化などの構造的な変化が進展しており、日本の人口は、2008年の1.28億人をピークに2021年には1.25億人に減少した。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(平成29年推計)によれば、2030年に1.19億人、2040年に1.11億人に減少し、高齢化率(65歳以上の人口比率)は2021年の29.1%から2030年に31.2%、2040年には35.3%へと高まる見通しである。

こうした中、想定外のショックや構造的な変化に適応し、数々の逆境を乗り越えていくレジリエントな街づくりが求められている。街のレジリエンスを高める施策としては、インフラ整備などハード面での投資や地域社会のネットワーク強化などソフト面での取り組みが考えられるが、コロナ禍を経て、街の多様性の重要性が再認識されてきている。

都市や街における多様性の大切さはかねてより指摘されてきた。都市論の第一人者であるジェイン・ジェイコブズは1961年の著書『アメリカ 大都市の死と生』で、活力があり魅力に溢れる都市は多様性に富んでおり、都市の多様性を高めるには、地域を単一の用途に限定せず、複数の機能・用途を持たせることを条件の1つとしている。コロナ禍では多くの市民が「ステイ・ホーム」を余儀なくされた。オフィスや商業施設が集積する都心部では一時、人の気配が消えて、用途に偏りのある地域の脆弱性が露わとなった。そのため、ポストコロナを見据えて、「Work(働く)」、「Live(暮らす)」、「Play(遊ぶ)」の機能・用途が混在した「Mixed-use(ミクストユース)」の街づくりが改めて注目を集めている2
 
1 Immelt, Jeff (2020), “Lead Through a Crisis”, Linkedin, 2020年3月23日, https://www.linkedin.com/pulse/lead-through-crisis-jeff-immelt/
2 他に重要な多様性としては、人口構成や産業構成などが挙げられるが、本稿では機能・用途の多様性を取り上げる。

2――携帯位置情報データの活用

2――携帯位置情報データの活用により街のミクストユースの定量評価が可能に

ミクストユースは決して新しい概念ではない。ミクストユースの街として米国オレゴン州ポートランドが取り上げられることが多いが、日本においても近年の都市部の大規模開発がオフィスや商業施設、ホテル、共同住宅などを備えた複合施設であるように、ミクストユースの街づくりが数多く行われている。しかし、街のミクストユースを定量的に評価することは容易ではなく、ミクストユースのバランスに関して最適解があるわけでもない。

従来、街のミクストユースはフィールドワークや事例研究によって分析されることが多かった。しかし、IT技術の進展により、街の機能や用途を視覚的に確認する方法が身近なものになっている。国土交通省が主導する3D都市モデルのプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」を活用すれば、建物用途の混在度合いを視覚的に把握することができる。図表1は、東京駅に近接する「丸の内・大手町エリア」に所在する建物を用途に応じて色分けしている。これによると、同エリアは業務施設(オレンジ色)の占める割合が非常に大きく、オフィスの街であることがわかる。
図表 1:「丸の内・大手町エリア」の建物用途
これに対して、「渋谷駅周辺エリア」(図表2)は業務施設(オレンジ色)の占める割合が大きいものの、図表左上には商業施設(赤色)が、周縁部には共同住宅(薄緑色)や店舗等併用住宅(薄青緑色)が所在し、東京駅周辺と比較して多様性に富んでいることがわかる。

このように、建物用途を視覚的に分析する手法は直感的でわかりやすいメリットがある一方、実際に街を往来する人の数やその目的を把握することが難しい点に留意が必要である。
図表 2:「渋谷駅周辺エリア」の建物用途
また、国勢調査や経済センサスなどのデータを用いて、街の特性を定量的に把握することも可能である。国勢調査の夜間人口はその地域に常住する人数を、昼間人口は夜間人口に他の地域から従業・通学する人口を加算し他の地域に従業・通学する人口を減算した人数を表わす。「昼夜間人口比率」は夜間人口100人あたりの昼間人口の割合を示し、郊外のベッドタウンでは100を下回り、都心のオフィス街では100を上回る数値となる。平成27年国勢調査によれば、東京23区のうち昼夜間人口比率の上位5区は、千代田区(1,461)>中央区(431)>港区(387)>渋谷区(240)>新宿区(233)、下位5区は江戸川区(82)<練馬区(84)<葛飾区(84)<杉並区(85)<板橋区(90)となっている。

ただし、昼間人口には買い物などを目的とする滞在者を含んでいない。そのため、「Work(働く)」・「Live(暮らす)」・「Play(遊ぶ)」のミクストユースのうち、街の価値を高めるアメニティとして重要な「Play」の要素が欠けている。また、今回のコロナ禍では人々の行動様式に大きな変化が生じたが、現在公表されている指標やデータではその影響をタイムリーに分析することが難しい。

しかし、近年普及が進むオルタナティブデータの一つである携帯位置情報データを活用することで、「Work」・「Live」・「Play」の3つの要素が混在した街のミクストユースをリアルタイムで評価することが可能になると考えられる3

そこで、今後数回にわたり、携帯位置情報データをもとに街のミクストユースに関する定量分析手法を考察する。まず、本稿では「KDDI Location Analyzer(以下KLA)」の携帯位置情報データをもとに、JR山手線駅の周辺エリアを比較する。

KLAは、auスマートフォンユーザーから同意を得た上で取得し、個人が特定できない形式で加工したGPS位置情報と性年代等の属性データを活用し、任意のエリアや施設について通行・滞在人口を推計し、データを提供している。
 
KLAでは、(1)居住者、(2)勤務者、(3)来街者の別に滞在人口を集計することができる。位置情報をもとに居住地と勤務地を推計した上で、対象エリア内に居住地がある場合は居住者、勤務地がある場合は勤務者、それ以外は来街者として集計される4。したがって、居住者数を「Live」、勤務者数を「Work」、来街者数を「Play」の代替指標とみなすことで、エリアの滞在人口比率をもとに街のミクストユースを定量分析することが可能となる。
 
3 オルタナティブデータとは、経済統計や財務情報などこれまで伝統的に活用されてきたデータ以外の非伝統的なデータの総称である。伝統的なデータと比べて、オルタナティブデータは速報性が高く、粒度の細かいデータを取得できることが多い。
4 ただし、居住地と勤務地が同一の場合は居住者となる。

3――JR山手線29駅の滞在人口と乗車人員の比較

3――JR山手線29駅の滞在人口と乗車人員の比較

まず、コロナ禍前である2019年のJR山手線29駅の1日あたりの滞在人口を確認する5。各駅を中心に半径0.8kmの円を描き、円内に60分以上滞在した人口を集計した(図表3)6。滞在人口の多い上位5エリアは、新宿(43万人)>東京(36万人)>有楽町(34万人)>新橋(30万人)>神田(29万人)、下位5エリアは、田端(7万人)<原宿(7万人)<駒込(8万人)<日暮里(8万人)<西日暮里(8万人)となる。
図表 3:JR山手線29駅の1日あたり滞在人口
次に、KLAの滞在人口を、JR東日本が公表する各駅の乗車人員と比較すると、両者は正の相関関係を示した(図表4)。ただし、新宿や東京、池袋、渋谷、品川は、滞在人口が駅の乗車人員を下回っている。この理由としては、当該駅が主要ターミナル駅で乗り換え利用を含むため、駅の乗車人員が多くなると考えられる。また、これらのエリアは裾野が広いため、駅の乗車人員が半径0.8km以上の場所での滞在者を多く含んでいる可能性もありそうだ。一方、東京駅に隣接した有楽町や神田、新宿駅に隣接した新大久保と代々木は、滞在人口が乗車人員を上回っている。これらのエリアでは、東京駅や新宿駅の利用が一部重複するため、滞在人口が多くなると考えられる7
図表 4:JR山手線29駅の1日あたり滞在人口と乗車人員
 
5 高輪ゲートウェイ駅は2020年3月14日開業のため本分析の対象には含まない。
6 KLAで滞在人口を分析する際は、滞在時間が(1)15分以上、(2)30分以上、(3)60分以上のいずれかで集計することができる。
7 有楽町駅は、東京駅に加えて、銀座に近接していることも、エリア内の滞在人口を押し上げている。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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