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高齢化と移動課題(上)~現状分析編~
生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
高齢化による移動課題の要因の2点目は、コロナ禍で新たに発生した心理的制約である。国内で新型コロナウイルスが感染拡大した2020年度以降、「不要不急」の外出自粛が呼びかけられた。これにより人々の外出頻度が減ったが、特に高齢者では減少の程度が顕著だった。4|(2)で説明したように、60歳代、70歳代と年代が上がるにつれてつれて基礎疾患がある人が増えて、新型コロナウイルスに感染した場合の重症化リスクも上がるため、外出自粛の傾向が強いと考えられる。
外出頻度が「週1日以下」になると、「閉じこもり」の定義にも用いられ、身体的・精神的・社会的に様々なデメリットが生じることが分かっているが、コロナ禍では高齢者を中心に、このような閉じこもりの高齢者が増えたのである。ニッセイ基礎研究所の調査では、外出頻度が「週 1 日以下」の人の割合は、コロナ前からコロナ禍にかけて、70歳代男性では 7.7%から21.5%、60 歳代男性では5.3%から12.4%に増加した。70 歳代女性では 11.8%から23.7%、60 歳代女性では 9.0%から 19.2%に倍増していた(図表14)。
また、高齢者の外出自粛の背景には、重症化リスクへの不安に加えて、周囲の目を気にして外出がしづらくなる「委縮傾向」もあると見られる。同じくニッセイ基礎研究所の調査では、コロナ禍に関する意識として「自粛生活で互いに監視が厳しくなり、他人に寛容でなくなる」ことに不安を感じている人は、60歳代、70歳代ではともに約2割いた(図表略)10。
10 読売新聞朝刊(2022年10月26日)では、コロナ禍に入って、近所の目が気になってサロンをが活動休止した事例などが報告されている。
外出困難の要因の3点目として、環境的制約が挙げられる。これは、高齢者や要介護高齢者にとって、外出したい時に、気軽に利用できる移動サービスが無いという問題である。
ここからは、生活交通と言える乗合バス、乗合タクシー、タクシー、自家用有償旅客運送の4種類の移動サービスについて、供給状況をみていきたい11。まず乗合バスは近年、モータリゼーションや人口減少の影響で路線廃止が相次ぎ、令和4年版交通政策白書によると、2010年以降の廃止路線は約1万4,000kmに上る。さらにコロナ禍で乗客が減少していることから、一般財団法人地域公共交通総合研究所の調査では、バス事業者の6割以上が今後の路線廃止や減便を検討しているという12。
「バスとタクシーの中間の乗り物」と言われるオンデマンド乗合タクシーは年々、導入件数が増えているが、まだ一部の地域にとどまっている。国土交通省の自治体規模別の集計によると、人口20~30万人の自治体では導入率が約9割となっているが(図表15)、導入していたとしても、運営エリアは自治体の全域ではなく、公共交通空白地域等に限定されていることが多く、当該市町村における高齢者の移動ニーズに十分応えられているとは限らない13。
11 詳しくは、坊美生子、三原岳(2021)「高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~」(基礎研レポート、2021年4月27日)
12 一般財団法人地域公共交通総合研究所(2022)「第4回 公共交通経営実態調査報告書」 。
13 例えば、全国で初めてAIオンデマンドタクシー「チョイソコ」を導入した愛知県豊明市でも、自身の移動手段に不安や不便を感じる高齢者の割合は約4割に上っている(坊美生子(2022)「AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣(下)~全国 30 地域に展開するアイシン「チョイソコ」の事例から」ジェロントロジー対談)
142006年に施行されたタクシー特措法により、国土交通大臣が指定した供給過剰地域においては、事業者が減車の取組を進めている。
一方で金融資産については、年代が上がるほど高く、世帯主が60歳代の場合に残高がピークの2,000万円弱となり、70歳代、80歳代ではやや低下する(図表略)。金融負債についても30~40歳代がピークで、以後は低下していく。従って、資産の状況から見ると、現在の高齢者は若い世代に比べれば蓄積がある。ただし、内閣府の「高齢者の経済生活に関する世論調査」によると、60歳代、70歳代では約5割、80歳代では約4割が預貯金を取り崩して生活している。
このような家計の状況と照らし合わせれば、タクシーを気軽に利用できる高齢者は一部に限られているだろう。なお「介護タクシー」は、一般的なタクシーのメーター料金に介護保険サービス(「通院等乗降介助」)の利用者負担が上乗せされるため、なおさら、利用しやすいとは言えない。
それに比べて各市町村が運営している「乗合タクシー」は、1回当たりの利用料を数百円に設定しているところが多く、高齢者の外出促進を施策の目的とするなら、これぐらいの料金レベルが妥当だと言えるだろう15。
15 全国30か所以上で乗合タクシー「チョイソコ」を運営している株式会社アイシンによると、様々な市町村で運行した結果、1回当たりの利用料が500円を超えると、高齢者の利用が急落するという。
5――小括
(2022年11月22日「基礎研レポート」)
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03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
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