2022年11月22日

高齢化と移動課題(上)~現状分析編~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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2|心理的制約
高齢化による移動課題の要因の2点目は、コロナ禍で新たに発生した心理的制約である。国内で新型コロナウイルスが感染拡大した2020年度以降、「不要不急」の外出自粛が呼びかけられた。これにより人々の外出頻度が減ったが、特に高齢者では減少の程度が顕著だった。4|(2)で説明したように、60歳代、70歳代と年代が上がるにつれてつれて基礎疾患がある人が増えて、新型コロナウイルスに感染した場合の重症化リスクも上がるため、外出自粛の傾向が強いと考えられる。

外出頻度が「週1日以下」になると、「閉じこもり」の定義にも用いられ、身体的・精神的・社会的に様々なデメリットが生じることが分かっているが、コロナ禍では高齢者を中心に、このような閉じこもりの高齢者が増えたのである。ニッセイ基礎研究所の調査では、外出頻度が「週 1 日以下」の人の割合は、コロナ前からコロナ禍にかけて、70歳代男性では 7.7%から21.5%、60 歳代男性では5.3%から12.4%に増加した。70 歳代女性では 11.8%から23.7%、60 歳代女性では 9.0%から 19.2%に倍増していた(図表14)。

また、高齢者の外出自粛の背景には、重症化リスクへの不安に加えて、周囲の目を気にして外出がしづらくなる「委縮傾向」もあると見られる。同じくニッセイ基礎研究所の調査では、コロナ禍に関する意識として「自粛生活で互いに監視が厳しくなり、他人に寛容でなくなる」ことに不安を感じている人は、60歳代、70歳代ではともに約2割いた(図表略)10
図表14 コロナ前と比べた外出頻度が「週1回以下」の人の割合の変化(2022年5月)
 
10 読売新聞朝刊(2022年10月26日)では、コロナ禍に入って、近所の目が気になってサロンをが活動休止した事例などが報告されている。
3|環境的制約~移動サービスの不足~
外出困難の要因の3点目として、環境的制約が挙げられる。これは、高齢者や要介護高齢者にとって、外出したい時に、気軽に利用できる移動サービスが無いという問題である。

ここからは、生活交通と言える乗合バス、乗合タクシー、タクシー、自家用有償旅客運送の4種類の移動サービスについて、供給状況をみていきたい11。まず乗合バスは近年、モータリゼーションや人口減少の影響で路線廃止が相次ぎ、令和4年版交通政策白書によると、2010年以降の廃止路線は約1万4,000kmに上る。さらにコロナ禍で乗客が減少していることから、一般財団法人地域公共交通総合研究所の調査では、バス事業者の6割以上が今後の路線廃止や減便を検討しているという12

「バスとタクシーの中間の乗り物」と言われるオンデマンド乗合タクシーは年々、導入件数が増えているが、まだ一部の地域にとどまっている。国土交通省の自治体規模別の集計によると、人口20~30万人の自治体では導入率が約9割となっているが(図表15)、導入していたとしても、運営エリアは自治体の全域ではなく、公共交通空白地域等に限定されていることが多く、当該市町村における高齢者の移動ニーズに十分応えられているとは限らない13
図表15 オンデマンド乗合タクシーの人口規模別導入状況(2019年度)
次に、ドアツードアの個別輸送を担うタクシーは、高齢者にとっては負担の少ない移動サービスだと言えるが、台数、輸送人員ともに右肩下がりである(図表16)14。車いすやストレッチャーで乗降できる福祉限定(介護タクシーなど)は、件数自体は増加しているが、2019年時点で1万4000台に過ぎない。地方では既に、乗客減少によってタクシーの事業所が廃止されたり、営業所が撤退したりしたところもある。
図表16 タクシーの車両数と輸送人員の推移
また、2006年度、過疎地等で生活する高齢者や障害者等を対象に、マイカーによる有償送迎を例外として制度化した「自家用有償旅客運送」も、高齢者とは親和性が高い移動サービスと言える。ドアツードアの個別輸送であり、利用料は、タクシー運賃のおよそ半額が目安とされてきたため、金銭的負担も小さい。このうち交通空白は、公共交通が乏しい過疎地等を対象とし、福祉有償は車いすの高齢者や障害者らを対象としたものである。しかし、いずれも導入団体数は制度の創設以来、ほぼ横ばいであり、各地域の公共交通ネットワークを補完するレベルには到達していない(図表17)。
図表 17 自家用有償旅客運送を導入している団体数の推移
 
11 詳しくは、坊美生子、三原岳(2021)「高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~」(基礎研レポート、2021年4月27日)
12 一般財団法人地域公共交通総合研究所(2022)「第4回 公共交通経営実態調査報告書」 。
13 例えば、全国で初めてAIオンデマンドタクシー「チョイソコ」を導入した愛知県豊明市でも、自身の移動手段に不安や不便を感じる高齢者の割合は約4割に上っている(坊美生子(2022)「AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣(下)~全国 30 地域に展開するアイシン「チョイソコ」の事例から」ジェロントロジー対談)
142006年に施行されたタクシー特措法により、国土交通大臣が指定した供給過剰地域においては、事業者が減車の取組を進めている。
4|経済的制約
高齢化によって移動課題が生じる要因の四つ目は、経済的制約である。3|で述べたように、体力面や健康面が低下してきた高齢者にとっては、自宅から目的地までドアツードアで送迎してくれるタクシーを利用できれば問題ないが、乗合交通に比べた運賃の高さがハードルになる。この点を高齢者の家計の状況から確認したい。

総務省の「全国家計構造調査」から、まず世帯主の年齢階級別に平均年間収入を見ると(総世帯)、60歳代では全体平均と目立った差はないが、70歳代では全体平均を100万円以上、80歳代では200万円以上、下回る(図表18)。
図表 18 世帯主の年齢階級別に見た平均年間収入(総世帯)
次に、世帯主の年齢階級に年収分布をみていきたい。全世帯を五等分した年間収入五分位階級の境界値は図表19の通りである。これに沿って年齢階級別の世帯分布をみると、最も年収が低い第一階級(年収243万円以下)の世帯分布割合は、30~50歳代までは約1割だが、60 歳代では2割、70歳代では3割、80歳以上では4割に上昇する(図表20)。第一、第二階級(年収379万円以下)を合わせると、30~50歳代では2~3割だが、60歳代では4割、70歳代では約6割、80歳以上では約7割に上る。要するに、高齢層になると、高所得世帯もあるが、低所得世帯の割合が増えていく。これには、就業比率や雇用形態の違いが影響していると考えられる。
図表19 全世帯の年間収入五分位の各境界値
図表20  世帯主の年代別にみた年収五分位階級ごとの世帯割合(総世帯)
そこで、世帯主の年齢階級別に所得構成を見ると、「勤め先収入」の割合は、50歳代までは9割前後であるが、60歳代では約5割、70歳代では約3割、80歳代では約2割と、年代が上がるごとに低下する(図表21)。代わりに、「公的年金・恩給給付」の割合が60歳代で約2割、70歳代で約5割、80歳代で約6割に上昇する。つまり、高齢層は仕事による収入が少ない世帯が多いと見られる。

一方で金融資産については、年代が上がるほど高く、世帯主が60歳代の場合に残高がピークの2,000万円弱となり、70歳代、80歳代ではやや低下する(図表略)。金融負債についても30~40歳代がピークで、以後は低下していく。従って、資産の状況から見ると、現在の高齢者は若い世代に比べれば蓄積がある。ただし、内閣府の「高齢者の経済生活に関する世論調査」によると、60歳代、70歳代では約5割、80歳代では約4割が預貯金を取り崩して生活している。
図表21 世帯主の年代別にみた所得構成(総世帯)
そこで、このような高齢者世帯の暮らしぶりがどのようなものかについて、消費支出の状況をみていきたい(図表22)。まず二人以上世帯についてみると、高齢層(「60~69歳」、「70~79歳」、「80歳以上」)の1か月間の1世帯あたり消費支出の合計は約23~30万円となっている。消費支出の中身を見てみると、「交通」への支出は約3,000円~6,000円である。単身世帯は、1か月間の消費支出の合計は約14~17万円で、このうち「交通」への支出は二人以上世帯と同様の約3,000円~6,000円の範囲である。

このような家計の状況と照らし合わせれば、タクシーを気軽に利用できる高齢者は一部に限られているだろう。なお「介護タクシー」は、一般的なタクシーのメーター料金に介護保険サービス(「通院等乗降介助」)の利用者負担が上乗せされるため、なおさら、利用しやすいとは言えない。

それに比べて各市町村が運営している「乗合タクシー」は、1回当たりの利用料を数百円に設定しているところが多く、高齢者の外出促進を施策の目的とするなら、これぐらいの料金レベルが妥当だと言えるだろう15
図表22 世帯主の年代別にみた年収五分位階級ごとの世帯割合(総世帯)
 
15 全国30か所以上で乗合タクシー「チョイソコ」を運営している株式会社アイシンによると、様々な市町村で運行した結果、1回当たりの利用料が500円を超えると、高齢者の利用が急落するという。

5――小括

5――小括

本稿では、高齢化によって移動分野で深刻化している主要な課題として、高齢ドライバーの交通事故と外出困難という二つを概観した。改めてその要因を紐解き、身体的制約、心理的制約、環境的制約、経済的制約の四つの制約があることを説明してきた。特に、高齢者の年齢階級や要介護状態など、属性の違いに注意して状況をみてきたのは、それによって特性やニーズが変化する点を理解しておく必要があるからである。人間が老化すること自体は避けられないが、老後を少しでも安心して、自分らしく暮らしていけるようにするには、様々な属性の高齢者の特性やニーズを認識し、社会インフラである公共交通や移動サービスを、これらに対応させていかなければならない。(下)では、先進事例を参考にしながら、その具体的な方策について検討していきたい。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2022年11月22日「基礎研レポート」)

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【高齢化と移動課題(上)~現状分析編~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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