2022年09月28日

成年後見制度の利用促進には何が必要か

坂田 紘野

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4――成年後見制度の利用促進に向けた取組

4.1 「骨太の方針」における記述
政府は、成年後見制度の利用促進に向けた取組を進める方針を示している。例えば、政府が経済財政政策の基本的な方針を示す「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)においても、成年後見制度に関する言及は毎年なされている。しかし、2022年の骨太の方針では、過去の骨太の方針から書きぶりにやや変化がみられた。昨年度までの記述は「成年後見制度の利用を促進する」という趣旨のものであった。しかし、2022年の骨太の方針には、「第二期成年後見制度利用促進基本計画に基づき、成年後見制度を含めた総合的な権利擁護支援の取組を推進する」と書かれている。これは、成年後見制度の利用促進を進めつつも、成年後見制度の利用のみならず、総合的な権利擁護支援により重点を置くことを目指すものと解することができる。
4.2 第二期成年後見制度利用促進基本計画
2022年の骨太の方針においても言及されたように、現在、成年後見制度の利用促進に向けた施策は、「第二期成年後見制度利用促進基本計画(令和4年3月閣議決定)」(以下、第二期計画)に基づいて進められている。第二期計画では、基本的な考え方として、(1)地域共生社会の実現に向けた権利擁護支援10の推進、(2)尊厳のある本人らしい生活を継続できるようにするための成年後見制度の運用改善、(3)司法による権利擁護支援などを身近なものにするしくみづくり、の3点が示されている。

第二期計画は、令和3年度までの5年間を対象としていた「成年後見制度利用促進基本計画」(以下、第一期計画)において解決できなかった課題への対応を図る。具体的には、後見人等が意思決定支援や身上保護を重視しない場合があり、利用者の不安や不満につながっていることや制度や相談先等の周知が十分ではないこと、地域連携ネットワーク11などの体制整備が進んでいない自治体が存在すること等の課題解決に取り組む方針だ。

第二期計画において講ずべき施策としては、図表7のような項目が示された。優先して取り組む事項としてKPI12が策定された項目としては、任意後見制度の利用促進や担い手の確保・育成等の推進等が挙げられる。また、政府は、成年後見制度の利用促進を通した地域共生社会の実現を目的の1つに掲げる。そのために、地域連携ネットワークにおける権利擁護支援策の一層の充実などの取組を進めることも予定されている。
(図表7)第二期成年後見制度利用促進基本計画概要
 
10 第二期計画においては、権利擁護支援について、支援を必要とする人が地域社会に参加し、共に自立した生活を送るという目的を実現するための支援活動である、と定義されている。成年後見制度は権利擁護支援の中でも重要な手段であると位置づけられている。
11 行政・福祉・法律専門職・家庭裁判所の連携のしくみ
12 Key Performance Indicator:重要業績評価指標

5――成年後見制度をめぐる今後の課題

5――成年後見制度をめぐる今後の課題

上述の通り、成年後見制度の利用促進をめぐっては、第二期計画に基づいた取組が進められている。それでは、第二期計画によって、成年後見制度の利用は大きく進展するのだろうか。第二期計画においては未だ検討段階にある等、具体的な対策が打ち出されていない課題としては、以下のようなものが指摘できる。これらの課題に対しても適切な取組が進められない限り、成年後見制度の利用促進は期待されるほどには進まないかもしれない。
5.1 一度利用開始したら原則制度利用が継続する点
専門家会議においては、成年後見制度について、終身ではなく有期(更新)の制度として見直しの機会を付与すべき、という指摘がなされ、将来の見直しが示唆された。成年後見制度を一度利用すると原則として終身にわたり制度の利用が継続することから、日常の財産管理等については後見等の必要性を感じていないものの、何かしらの契約手続き等で一度限り制度を利用したい、というような利用者のニーズに応えられておらず、制度の利用促進の妨げとなっているという指摘はしばしばなされている。この問題を解決するための方法として、必要なときだけ、いわばスポット的に成年後見制度を利用することを可能にするような制度改正を望む声は大きい。
5.2 担い手の確保と柔軟な交代・選任の取組に実効性はあるか
第二期計画においても、第一期計画同様、後見人等の担い手の確保や、柔軟な交代・選任の必要性は認識されており、優先して取り組む事項として取り上げられている。総論としては、このような対応が必要であることは各ステークホルダー間での合意形成がなされているが、柔軟な交代・選任のための基準の策定は容易ではない。

そもそも、現時点でも、本人や親族等と(専門職後見人など)外部の後見人等の意見が対立してしまう際には、後者の意見が強く尊重されがちな点が問題点として指摘されている13。成年後見制度の性質上、個々の事案に対しては家庭裁判所が独立して職権を行使することとなる。その趣旨は十分に尊重されるべきではあるものの、一方で、本人等にとっての制度の予測可能性はどうしても低くなってしまう。このような状況では、制度の利用を躊躇してしまうケースも多く出てくるだろう。
 
13 例えば、厚生労働省「第二期成年後見制度利用促進基本計画の策定について(計画の概要)」
5.3 資産運用の柔軟性が乏しい点
被後見人等の財産の管理は、成年後見制度利用の重要な目的の1つだ。後見人等による財産管理は、財産の保護に重点を置くことが求められており、安全・確実であることが極めて重視される。そのため、株式や投資信託、外貨預金等の元本保証のない資産での管理は避け、元本保証の預金であるべきとの見解が各家庭裁判所等から出されている。また、居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要であったり、税法上の優位がある場合であっても贈与が認められなかったりといった制限が課される。

確かに、成年後見制度の趣旨を鑑みると、本人の財産の保護は重要であることは間違いない。しかし、現下の超低金利環境においては、元本保証の現預金のみでは成年後見制度の利用に際して必要となる費用の捻出は極めて困難であり、財産の逓減は避けがたい。このように考えると、リスクとリターンを適切に考慮した上で、適切に資産の運用を行うことは、許容されうるのではないか。日本国内においてはこの考え方は採用されていないものの、外国においては、この考えを採る国も見られる。

例えば、米国では、被後見人の資産は「統一プルーデントインベスター法」という法律に基づいて管理される。これは、被後見人の資産の種類を、現預金をはじめとする元本保証の資産に限定せず、財産管理の目的に合理的に適合したリスクとリターンに基づき、ポートフォリオ全体の状況に留意しながら、財産の運用を実施するというものだ。日本においても、現代ポートフォリオ理論に基づき、一定の条件の下でリスク性資産の保有を許容するこのような考え方は検討に値すると思われる14
 
14 統一プルーデントインベスター法は、現代ポートフォリオ理論に基づき、「合理的な注意、スキル、注意」を用いて「目的、期間、分配要件、その他の状況」を考慮した投資を行うことを求めている。
5.4 報酬助成制度が整備の途上である点
制度の利用を検討する人にとって、報酬の支払が負担となるケースは多い。これは、特に専門職後見人が選任された際に問題となりうる。上述の通り、申立時に希望する後見人等を明らかにしていたとしても、誰が実際に後見人等に選任されるかは、家庭裁判所の審判次第だ。そのため、本人や親族等の観点からは、成年後見制度の申立を行うことで、希望に反して専門職後見人等が選任され、多額の報酬の支払を余儀なくされることになる可能性が否定できない。このことは申立を躊躇する一因となっていると考えられている。あるいは、成年後見制度の利用が適当であると思われるが、報酬を支払うだけの資力がない人も一定数存在する。

一方で、専門職後見人の立場から考えると、後見業務等を行ったにもかかわらず、正当な報酬を得られないとなると後見人等の担い手になることを避けてしまうだろう。担い手を確保し、持続可能な制度を実現するためには、正当な報酬が付与されることは重要だ。

この2つを共に充足するためには、第一に報酬額の算定にあたっての透明性を高め、双方の納得感を高めることが必要となるだろう。確かに、報酬の審判は家庭裁判所の職権事項であり、明確な基準を設けることは難しいかもしれない。しかし、算定にあたっての考慮要素やいわゆる相場観等を明らかにすることで、制度の利用を検討する人や後見人候補者等の予測可能性を高めることは可能ではないだろうか。

同時に、報酬を支払う資力がない人が成年後見制度の保護の網からこぼれ落ちてしまうことのないよう、報酬助成制度を整備することも喫緊の課題だ。成年後見制度利用の報酬助成に関する制度は市町村ごとの整備が求められている。しかし、体制整備や財政負担等の問題から、整備の状況は自治体ごとに大きく異なるのが現状だ。

厚生労働省の調査によると、多くの自治体において、何らかの形で成年後見制度に係る申立費用や報酬の助成制度が設けられている。一方で、申立費用助成、報酬助成、いずれかのみの自治体も少なくなく、助成対象が市区町村長申立の場合に限る等、限定的であるケースはさらに多い(図表8)。さらに、今後後見等の対象となる人の増加が見込まれる中では、財政的負担等から助成制度の持続可能性も不安視されている。
(図表8)自治体による成年後見制度に係る助成制度の状況
第二期計画においては、全国どの地域においても、本人の所得や資産の多寡にかかわらず、成年後見制度を適切に利用できるようにすることが重要と記されている。政府は、適切な報酬の算定に向けた検討を進めつつ、全国的に成年後見制度利用支援事業が推進されるための方策を検討する方針であり、報酬助成制度の一層の整備が期待される。

6――必要性・補充性に焦点を当てた制度の見直しが望まれる

6――必要性・補充性に焦点を当てた制度の見直しが望まれる

ここまで、成年後見制度は、開始以来本人の権利擁護支援のための制度として期待されてきた反面、その使いづらさ等から利用状況には課題が見られる状況を確認した。現在、制度の使いづらさを改善するための手段としては、任意後見や財産の信託等の利用拡大が進められている。確かに、これらの制度を活用することで本人の権利擁護がなされるケースも多い。そのため、制度の活用を進めていくことは重要だ。しかし、任意後見、信託はいずれも判断能力が不十分になる前に予め備えておかなければ活用することができない。また、先天的に知的障害を持つ人のような、予め備えるというようなことが難しい方に対し、これらの制度で対応することは困難だ。やはり、法定後見についても制度の運用改善を進める必要があるだろう。

また、現在の成年後見制度は後見人等に広範な権限を与えていることが特徴の一つだ。例えば、後見人は本人の行為全般についての代理権を有し、本人の行為を取り消すことができる。成年後見制度は本人の権利に関わる制度であり、極めて強力な効力を有する。しかし、本人の意思の尊重の観点からは、制度の利用に関しては、あくまでも他の支援による対応が困難な際に、必要な目的、期間のみにおいて用いられるべきであると言えるだろう。すなわち、必要性・補充性の考慮が不可欠であると考える。具体的には、有期の後見等や、単発の契約・手続に限った後見等を可能にするような制度の改正が望まれる。

成年後見制度の利用促進の目的は、本人が自己決定権を最大限に尊重されつつ、豊かな生活を送れるようにすることにある。そのためには、成年後見制度の利用促進を進めることはもちろんのこと、制度自体の利用しやすさの改善に向けた取組も並行して進めていく必要があるだろう。冒頭でも述べた通り、超高齢社会が進展する中では制度の活用が望まれる人の増加が見込まれる。利用促進や運用改善のための時間的猶予は決して長くはない。第二期計画を中心とした成年後見制度の改善に向けた取組が進められることを望みつつ、一層使いやすい制度とするための更なる運用改善等の検討にも期待したい。

<参考文献>

厚生労働省「第二期成年後見制度利用促進計画」(令和4年3月25日閣議決定)
後見ポータルサイト(最高裁ホームページ)「成年後見制度について」(https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp/koukenp1/index.html)(令和4年9月26日閲覧)
厚生労働省第2回成年後見制度利用促進専門家会議(平成31年3月18日)資料3「適切な後見人の選任のための検討状況等について」
Uniform Law Commission “Prudent Investor Act” (https://www.uniformlaws.org/committees/community-home?CommunityKey=58f87d0a-3617-4635-a2af-9a4d02d119c9)(令和4年9月26日閲覧)
松澤登(2018)「家族が認知症になったら-成年後見制度を見てみる」ニッセイ基礎研究所,研究員の眼,2018年9月26日
松澤登(2019)「認知症・相続対策としての民事信託」ニッセイ基礎研究所,基礎研レポート,2019年2月18日
松澤登(2020)「認知症の人の意思決定(1)(2)(3)」ニッセイ基礎研究所,基礎研レター,2020年9月7日,9月23日,10月8日
 
 

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(2022年09月28日「基礎研レポート」)

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