2022年08月02日

シナリオから見た気候変動問題-気候変動のシナリオ数は増加を続けている

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

6AR5 : “目的主導型”の経路を4つ設定
AR5では、気候変動に対する緩和政策を前提として、将来の温室効果ガスをどの程度の水準に安定させるかという視点から、代表的濃度経路(Representative Concentration Pathways, RCP)が設定された。これは、対応や比較を行うための社会・経済シナリオは別途用意することとし、行き先の姿を示す“目的主導型”の経路設定といえる。1つの放射強制力に複数の社会・経済シナリオを対応させることで、多様な将来像を仮定することができる。

その設定にあたっては、各経路が明確にかけ離れていること、経路の数が偶数個であること(奇数個だと中位の経路が実現可能性が高いとの誤解を与えかねない)、放射強制力が高/低の2通りでないこと、多すぎないことの4点が考慮されたという6。4つの経路のうち、RCP2.6は、産業革命前に対する世界平均の気温上昇を2℃未満に維持する可能性が高くなることを目指すシナリオを代表するものである。そして、この経路に沿って、大学や研究機関等で合計1184個のシナリオが研究された。
図表7. AR5の4つの代表的濃度経路と放射強制力等 (主な項目)
 
6 「異常気象レポート2014」(気象庁, 平成27年3月)より。
7AR6 : 将来の社会・経済の発展を仮定した経路を5つ設定
AR6では、将来の社会・経済の発展について仮定した共有社会経済経路(Shared Social-economic Pathways, SSP)が、放射強制力と組み合わせて、5つ設定されている。AR5と同様に、対応や比較を行うための具体的な社会・経済シナリオは別途用意することとし、行き先の姿を示す“目的主導型”の経路設定といえる。SSP1-1.9は、産業革命前に対する世界平均の気温上昇を1.5℃未満に抑える政策を導入して、21世紀半ばに二酸化炭素の排出を正味ゼロとする見込みとされている。7
図表8. AR6の共有社会経済経路 (主な項目)
これらの経路に対して、大学や研究機関等で研究されたシナリオのうち1202個が審査に合格した。温暖化のレベルに応じて、C1~C8に分類されている。
図表9. AR6のシナリオ (主な項目)
 
7 経路に沿って、大学や研究機関等で3131個のシナリオが研究された。当初の選別と品質管理で2266個に絞られ、実績の反映可否で1686個に絞られた。さらに、2100年までの予測可能性などを踏まえて、1202個が審査に合格している。これらは、気候エミュレータ(FAIR、CICERO-SCM、MAGICC)を用いてC1~C8に分類されている。
8 パリ協定(2015年12月採択、2016年11月発効)では、温室効果ガスの排出削減目標を「自国決定貢献(Nationally Determined Contribution, NDC)」として5年ごとに提出・更新する義務が、すべての国にある。

4――おわりに (私見)

4――おわりに (私見)

本稿では、これまでのIPCC報告書におけるシナリオの設定を振り返りつつ、気候変動問題への取り組みについて概観した。シナリオの設定を見るだけでも、各報告書ごとに、検討された方法や項目がさまざまに異なっていることがわかる。

特に、AR5以降は、IPCCの作業部会が経路を示して、それに応じて、大学や研究機関が複数のシナリオを設定するという、経路設定とシナリオ作成の分業化が図られている。シナリオの数は、社会・経済のさまざまな想定を反映して、増加している。

間もなく、AR6の統合報告書が公表される予定となっている。共有社会経済経路とシナリオとともに、気候変動の見通しについて、引き続き、注視していくこととしたい。

(参考資料)

“About History of the IPCC”(IPCCのHP) https://www.ipcc.ch/about/history/
“Climate Change-The IPCC Scientific Assessment”(IPCC)
“Climate Change-The IPCC 1990 and 1992 Assessments” (IPCC)
“IPCC Second Assessment-Climate Change 1995”(IPCC)
“Climate Change 2001 – Synthesis Report”(IPCC)
“Climate Change 2007-Synthesis Report”(IPCC)
“Climate Change 2014-Synthesis Report”(IPCC)
“Technical Summary”(IPCC WG1)
“Climate Change 2022-Mitigation of Climate Change”(IPCC WG3)
“Next steps in uncertainty analysis for the IAM community”Bas van Ruijven(NCAR)
「IPCCとは」(気象庁HP) https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/index.html
「放射強制力」中島映至・竹村俊彦(日本気象学会 新用語解説, 2009年12月)
「IPCC第4次評価報告書 第3作業部会報告書 概要(公式版)」(環境省, 2007年5月22日)
「異常気象レポート2014」(気象庁, 平成27年3月)
「IPCCの概要や報告書で使用される表現等について」(気象庁, 令和3年8月9日付報道発表資料別添3)
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2022年08月02日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【シナリオから見た気候変動問題-気候変動のシナリオ数は増加を続けている】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

シナリオから見た気候変動問題-気候変動のシナリオ数は増加を続けているのレポート Topへ