2022年07月22日

ECB政策理事会-0.50%ポイント利上げでマイナス金利から脱却

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:0.50%ポイントの利上げを実施し、新しい分断化防止手段も公表

7月21日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
0.50%ポイントの利上げを決定(7/27から、主要3金利すべて引き上げ)
分断化防止手段である伝達保護措置(TPI)を承認、TPIは不当で無秩序な市場の変動がユーロ圏への金融政策伝達を脅かすことに対抗するために発動され事前の制約はない
今後の理事会において、さらなる政策金利の正常化を進めることが適切であり、政策金利経路は引き続きデータに依存する旨を記載

【記者会見での発言(趣旨)】
7月に0.50%ポイントの利上げを決定したことで、6月会合での声明に記載されていた9月のフォワードガイダンスは適用されなくなる
TPIについて、発動の有無や適格条件の評価については理事会の裁量、判断が含まれる

2.金融政策の評価:6月のガイダンスを上回る利上げを決定

ECBは今回の会合で、0.50%ポイント利上げを決定し、新しい「分断化(fragmentation)」の防止手段として伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)を公表した。

利上げ幅は、6月の声明で明記されていた0.25%ポイントよりも大幅なものとなったが、一部報道で0.50%ポイントの利上げが検討されていることが事前に伝わっていたため、まったくの想定外でもなかった。

今後の利上げについては、6月に示されたガイダンスは削除され、理事会が決める今後の政策金利経路は引き続きデータに依存するという点が強調された(なお、前回の会合では選択肢(optionality)、データ依存(data-dependence)、漸進主義(gradualism)、柔軟性(flexibility)という4つの特徴が強調されていた)。6月時点では「段階的かつ継続的な利上げ」というガイダンスとなっていたが、今回、利上げ幅を0.50%ポイントと大幅なものとしており、各会合においてインフレ動向次第で利上げ幅も決めていくという、利上げペースの加速がより意識された内容と捉えられる。

分断化防止手段については、PEPPの償還再投資に柔軟性を適用することが6月の臨時会合で決まっており、まずはこの柔軟性を利用することが明記された。今回、新しく公表されたTPIは今後、状況を見て稼働を検討するという状況にある。

TPIについては、既存の国債買い切りプログラム(OMT)のように、対象国が欧州安定化メカニズム(ESM)に支援を申請しなければ発動されない手段と比較すると、ECBが主体的に実施を決定できるため、稼働のハードルは相対的に低いと見られる(なお、ラガルド総裁は質疑応答で、OMTはリデノミネーションリスクや国固有の問題に対処するものであり目的が異なると言及している)。ただし、明確な発動基準や条件は提示されていないため、理事会がどのような状況になれば、TPIを発動するのかは現時点では未知数でもある。

奇しくもTPIの公表と同時にイタリアではドラギ首相の辞任が決定したことで、イタリア金利への上昇圧力が強まっている。今後、TPIの発動がなされるのか、発動される場合にはどの程度のスプレッドまで許容されたのかなどが注目される。

3.声明の概要(金融政策の方針)

7月21日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
 
  • 本日、理事会は、物価安定の責務に対する強いコミットメントに沿って、中期的にインフレ率を2%の目標に戻すための更なる重要な段階に進む
    • 理事会は3つの主要な政策金利を0.50%ポイント引き上げ、また伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)を承認した
 
  • 理事会は前回の会合で示唆したよりも政策金利の大きな正常化が適切であると判断した
    • この決定は理事会により更新されたインフレリスクの評価とTPIによって提供される金融政策の効率的な伝達支援の強化に基づいている
    • これは、インフレ期待を固定し、需要環境を中期的なインフレ目標達成に適合させることを通じてインフレ率を理事会の中期目標に戻す助けになるだろう
 
  • 今後の会合ではさらなる政策金利の正常化が適切となるだろう
    • 本日のマイナス金利からの脱却前倒しによって、理事会は会合毎に政策金利決定を行うアプローチに移行できる
    • 理事会が決める今後の政策金利経路は引き続きデータに依存し、中期的に2%というインフレ目標の達成を支援するものとなるだろう
    • 金融政策正常化の文脈において、理事会は超過流動性に対する付利の選択肢について評価する
 
  • 理事会はTPIの制定が効果的な金融政策の伝達を支援するために必要であると評価した
    • 特に、理事会は政策金利の正常化を続けるにあたって、TPIは金融政策姿勢がユーロ圏のすべての国に円滑に伝達することを保証するだろう
    • 理事会の金融政策の単一性は、ECBが物価安定の責務を達成するための前提条件である
 
  • TPIは理事会の道具箱(toolkit)に追加され、不当で(unwarranted)、無秩序な(disorderly)市場の変動がユーロ圏への金融政策伝達を脅かすことに対抗するために、発動される
    • TPIによる購入規模は政策伝達が直面するリスクの深刻さに依存する
    • 購入における事前の(ex ante)制約はない
    • 伝達機能を保護することで、TPIは理事会がより物価安定の責務を効果的に達成することを可能にする
 
  • いずれにしてもPEPPの償還再投資における柔軟性はコロナ禍に関する伝達機能へのリスクに対抗する防衛の第一線(the first line of defence)である
 
(政策金利、フォワードガイダンス)
  • 理事会は3つの政策金利を0.50%ポイント引き上げることを決定した(利上げの決定)
    • 主要リファイナンスオペ(MRO)金利:0.50%
    • 限界貸出ファシリティ金利:0.75%
    • 預金ファシリティ金利:0.00%
    • 7月27日から適用
 
  • 今後の理事会において、さらなる政策金利の正常化が適切となるだろう(will be appropriate)(さらなる利上げについて記載、具体的な利上げ幅などは言及せず)
    • 本日のマイナス金利からの脱却前倒しによって、理事会は会合毎に政策金利決定を行うアプローチに移行できる
    • 理事会が決める今後の政策金利経路は引き続きデータに依存し、中期的に2%というインフレ目標の達成を支援するものとなるだろう
 
  • (以前の利上げに関するフォワードガイダンスは削除)
 
 
(資産購入プログラム:APP、パンデミック緊急資産購入プログラム:PEPP)
  • (APPの純資産購入に関する記述は、購入が終了したため削除)
 
  • APPの元本償還分の再投資(政策の変更なし)
    • APPの元本償還分は全額再投資を実施
    • 政策金利を引き上げ、十分な流動性と適切な政策姿勢を維持するために必要な限り実施(表現を若干修正、政策の変更なし)
 
  • PEPP元本償還分の再投資実施(政策の変更なし)
    • PEPPの元本償還の再投資は少なくとも2024年末まで実施(変更なし)
    • 将来のPEPPの元本償還(roll-off)が適切な金融政策に影響しないよう管理する(変更なし)
 
  • PEPP償還再投資の柔軟性について(柔軟性について明記)
    • PEPPの償還再投資はコロナ禍に関する伝達機能へのリスクに対抗する観点から、柔軟性を持って実施する
 
  • (PEPP再開の可能性についての記載は削除)
 
(資金供給オペ)
  • 流動性供給策の監視(変更なし)
    • 理事会は銀行の資金調達環境を監視し、TLTROIIIの満期が金融政策の円滑な伝達を阻害しないよう保証する(変更なし)
    • 理事会はまた、条件付貸出オペが金融政策姿勢にどのように貢献しているかを定期的に評価する(変更なし)
    • (TLTROIIIの特別条件の終了に関する記載は削除)
 
(その他)
  • 金融政策のスタンスと柔軟性について(TPIについて言及)
    • インフレが2%の中期目標に向け推移するよう、すべての手段を調整する準備がある(「必要があれば柔軟性を組み込み(incorporating flexibility if warranted)を削除」)
    • 理事会の新しいTPIはユーロ圏全体への金融政策姿勢の円滑な伝達を保護するだろう(TPIについて新規に言及)
    • (コロナ禍における柔軟性についての記載を削除)
なお、同日(記者会見後)に公表されたTPIについての概要は以下の通り
 
  • 理事会は本日、伝達保護措置(TPI:Transmission Protection Instrument)を承認した
    • 理事会はTPIの制定が効果的な金融政策の伝達を支援するために必要であると評価した
    • 特に、理事会は政策金利の正常化を続けるにあたって、TPIは金融政策姿勢がユーロ圏のすべての国に円滑に伝達することを保証するだろう
    • 理事会の金融政策の単一性は、ECBが物価安定の責務を達成するための前提条件である
 
  • TPIは理事会の道具箱に追加され、不当で無秩序な市場の変動がユーロ圏への金融政策伝達を脅かすことに対抗するために、発動される
    • TPIによる購入規模は政策伝達が直面するリスクの深刻さに依存する
    • 購入における事前の制約はない
    • 伝達機能を保護することで、TPIは理事会がより物価安定の責務を効果的に達成することを可能にする
 
  • 制定された基準を満たすことを条件として、必要となる範囲で、伝達機能へのリスクに対抗するために、ユーロシステムは流通市場から、国固有の基礎的条件(fundamentals)に保証されない資金調達環境の悪化を経験している地域で発行された証券の購入を行う
 
(購入範囲(parameters)
  • TPIの購入は公的部門の証券(ECBが定義する、中央政府、地方政府、政府機関)で、残存年数が1から10年のものに焦点があてられる
    • 必要に応じて民間部門の証券購入も検討される
 
(適格条件(eligibility)
  • 理事会はユーロシステムがTPIに基づいて購入を行う可能性のある地域が、健全かつ持続的な財政およびマクロ経済政策を実施(pursue)しているかを評価するために、複数の基準項目(cumulative list of criteria)を検討する
  • これらの基準は理事会の意思決定に用いられ、対処すべきリスクや状況に応じて順次調整される
 
  • 特に、基準には次のものが含まれる
    • (1)EU財政枠組みの順守
      • 過剰財政赤字手続き(EDP:Excessive Deficit Procedure)の対象でない、もしくはEU機能条約(TFEU:Treaty on the Functioning of the European Union)の126条7項の下での閣僚理事会勧告に対して効果的な行動を実行していない、と評価されていない
    • (2)深刻なマクロ経済不均衡がないこと
      • 過剰不均衡手続き(EIP:Excessive Imbalance Procedure)の対象でない、もしくはEU機能条約121条4項の下での閣僚理事会勧告に対して適正な是正措置を講じていない、と評価されていない
    • (3)財政の持続可能性
      • 公的債務が持続可能であるか評価するために、理事会は利用可能な、欧州委員会、欧州安定メカニズム、IMF、その他機関とECB内部での分析を考慮する
    • (4)健全かつ持続可能なマクロ経済政策
      • 回復・強靭化ファシリティのもとでの回復・強靭化計画で提出されたコミットメントの順守や、欧州セメスターの下での国固有の財政関連勧告の順守
(発動(activation)
  • TPIを発動するための理事会の決定は、市場や伝達指標の包括的な評価、適格基準の評価、TPI下での購入がECBの主目的達成において比例性(proportionate)を満たすとの判断に基づいて実施される
 
  • 購入は、伝達の持続的な改善、もしくは国の基礎的条件に基づいた持続的な緊迫化であるとの評価に基づいて終了する
 
(債権者の扱い)
  • ユーロシステムは、ユーロ圏政府が発行し、TPIの下でユーロシステムが購入した債券に関して、債券の条件に従って、民間や他の債権者と同じ(パリパス)扱いを受け入れる
 
(金融政策姿勢との関係)
  • 適切な金融政策姿勢との潜在的な干渉を回避するために、TPIが発動する際には、理事会はTPIの購入が、ユーロシステム全体の債権残高や過剰流動性の規模に及ぼす影響に対処する
    • TPIの下での購入はユーロシステム全体の貸借対照表(balance sheet)に恒久的な影響をもたらさず、よって金融政策姿勢にも影響しないように実施される
 
(PEPPの償還再投資の柔軟性)
  • PEPPの償還再投資における柔軟性はコロナ禍に関する伝達機能へのリスクに対抗する防衛の第一線である
 
(国債買切りプログラム(OMT:Outright Monetary Transactions)
  • OMTはユーロシステムの道具箱の一部である
    • 理事会はOMTが課す基準を満たす国に対してOMTを実施する裁量を維持する
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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