2022年07月14日

バイデン政権が実現を目指す気候変動対策-「インフラ投資と雇用法」と「ビルドバックベター法案」により温室効果ガスの削減を目指す

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1――はじめに

米国ではトランプ前大統領がパリ協定から離脱するなど気候変動対策に否定的であったが、2021年1月に就任したバイデン大統領は就任初日にパリ協定に復帰したほか、2030年の温室効果ガス(GHG)排出を2005年対比で▲50%~▲52%削減するほか、2035年までに電力の脱炭素化、2050年までにGHG排出ネットゼロを目指す意欲的な政策目標を掲げ、政権発足以来、気候変動対策を優先政策課題としてきた。

同政権はGHGの削減目標を達成するために、「インフラ投資と雇用法」(IIJA)と「ビルドバックベター法」(BBBA)に盛り込まれた気候変動対策の実現を目指している。このうち、道路や橋梁、鉄道、港などの伝統的なインフラ投資に加えて、気候変動対策としてクリーンエネルギーの推進や炭素回収・貯蔵技術開発、交通機関の電化などを盛り込んだ今後5年間でおよそ8,600億ドルを投資するIIJAは21年11月に超党派の合意を受けて成立した。

一方、バイデン大統領が人的、社会インフラ投資と位置付け、気候変動対策に加え、家計支援や教育支援なども盛り込んだ今後10年間で2兆ドル規模の大型歳出法案であるBBBAは下院では21年11月に可決したものの、審議中の上院では成立の目途が立っていない。

本稿では、気候変動問題について概説した後、IIJAやBBBAに盛り込まれた気候変動対策とこれらの政策によるGHG削減効果などについて論じた。結論から言えば、バイデン大統領が掲げるGHG削減目標をIIJAに基づくインフラ投資だけで達成するのは困難であり、目標達成にはBBBAに盛り込まれた気候変動対策の実現が不可欠となっている。

11月の中間選挙ではインフレや銃規制、中絶問題などが重要な争点と考えられており、気候変動対策が争点化する可能性が低い。また、中間選挙では与党民主党の苦戦の見通しが伝えられており、同党が上下院で過半数を失う場合にはバイデン大統領が目指す気候変動対策が実現は困難となろう。

2――対策が急務の気候変動問題

2――対策が急務の気候変動問題

(図表1)世界平均気温の変化 1世界の平均気温および温室効果ガス排出状況
気候変動に関する政府間パネル(IPCCは)、2021年8月に公表した第6次評価報告書の第一作業部会報告書1で2010~19年の世界の平均気温は工業化前(1850~1900年)に比べて+1.08℃高くなったとしている(図表1)。このうち、人為起源の平均気温上昇幅を+1.07℃と推計したほか、人間活動によって引き起こされたGHGの濃度上昇が2010~19年の平均気温を+1.0~+2.0℃上昇させたとしている。一方、太陽活動や火山活動などに伴う自然起源の気温変動幅は▲0.1~+0.1℃に留まるとしており、同報告書は「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことに疑う余地はない」と結論づけている。
(図表2)世界の人為的温室効果ガス(GHG)排出量 世界の人為的なGHG総排出量(二酸化炭素換算2)は1850年以降増加基調が持続しており、1990年の38ギガトンから2019年には59ギガドンとなった(図表2)。

一方、2022年4月に公表されたIPCCによる第6次評価報告書の第三作業部会報告書3では、2021年のCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)以前に発表された各国によるGHG削減の取り組みだけでは21世紀中に平均気温の上昇幅がパリ協定4で合意された+1.5℃目標を超える可能性が高いことが示された。

同報告書は1.5℃目標実現のためには、世界のGHG排出量を遅くとも25年までにピークに達しさせ、2030年までに2019年比で▲4割削減、2050年代初頭に二酸化炭素の正味排出をゼロにする必要があるとしており、各国にGHG削減に向けた対策強化を求めている。
 
1 https://www.ipcc.ch/report/sixth-assessment-report-working-group-i/
2 以下、GHG排出量はすべて二酸化炭素換算
3 https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg3/
4 2015年のCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)で世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて+2℃より十分低く保つ(2℃目標)とともに、+1.5℃に抑える努力(1.5℃目標)を追求する長期目標が示された。また、目標を達成するために、できるだけ早く世界のGHG排出量をピークアウトさせ、21世紀後半にはGHG排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる、との世界共通の目標が掲げられた。
2|米国のGHG排出状況
米国のGHG排出量を確認すると、2020年の二酸化炭素の排出量シェアは14%弱と中国の31%弱に次いで2番目の高さとなっている。しかしながら、二酸化炭素排出量は2005年の6,138百万トンをピークに低下基調が持続しているほか、その他のGHGも含めたGHG排出量も2007年の7,463百万トンをピークに低下基調が持続している(図表3)。
(図表3)米国のGHG排出量 また、直近推計である2020年の二酸化炭素排出量は4,716百万トンと2005年対比で▲23%減少しているほか、GHG排出量は5,981百万トンと、2007年対比、2005年対比ともに▲20%の減少幅となっている。

このようにGHG排出量が減少している要因としては、輸送分野で自動車の燃費が向上したことに加え、発電分野で再生可能エネルギーによる発電が増加したほか、火力発電の燃料として石炭などから炭素集約度5の低い天然ガスなどシフトしたことなどが挙げられる。一方、19年から20年にかけてGHG排出量が大幅に減少している要因は、新型コロナの感染拡大に伴う経済活動停滞の影響が大きい。
 
5 炭素集約度はエネルギー消費量当たりの二酸化炭素排出原単位
3|バイデン政権の気候変動対策への取り組み
2021年1月に就任したバイデン大統領は気候変動問題に精力的に取り組んできた。同大統領は1月20日の就任初日にパリ協定へ復帰したほか、1月27日の大統領令で外交安全保障政策を始めとする政策全般で気候変動対策を優先させることを明確にした。さらに、政府として統合的な気候変動対策を実施するために、部門横断の組織としてほとんどの閣僚が含まれる「国家気候タスクフォース」を立ち上げた。

また、気候変動に関する政策目標として2030年のGHG排出量を2005年対比で▲50~52%削減するほか、2035年までに電力の脱炭素化、2050年までにGHG排出ネットゼロを目指すことを明確にした。
(図表4)50年にGHG排出ゼロを達成するための削減幅 一方、プリンストン大学のREPEAT(Rapid Energy Evaluation and Analysis Toolkit、「エネルギーと気候政策および分析ツールキット」)プログラムの推計6では連邦政府が気候変動対策の更なる強化を行わない場合(政策凍結ケース)7では2030年のGHG排出量が2005年対比で▲26%に留まるとしている(図表4)。

このため、バイデン大統領がGHG削減目標を達成するには、2005年対比でGHG排出量を追加で▲24%~▲26%削減する新たな対策を実施する必要がある。

そのような中、バイデン大統領はIIJAとBBBAに盛り込まれた気候変動対策をGHG削減の目玉政策と位置付けている。
 
 
6 https://repeatproject.org/docs/REPEAT_Summary_Report_022822.pdf
7 連邦政府の政策や規制を21年1月の第117議会開始時およびバイデン大統領就任時点で固定した場合の推計

3――気候変動対策としてのIIJA、BBBAとGHG削減効果

3――気候変動対策としてのIIJA、BBBAとGHG削減効果

1IIJAに盛り込まれた主な気候変動対策
 2021年11月に5年間でおよそ8,600億ドルの歳出規模となる大型インフラ投資法案のIIJAが成立した。同法案は8月に上院で賛成69票対反対30票と野党共和党から19人が賛成したほか、下院では11月に賛成228票対反対206票と共和党から13人が賛成するなど超党派で成立した。

IIJAでは、輸送インフラ関連に5,907億ドル、エネルギーインフラ関連に981億ドル、水道や洪水対策などの水インフラ関連に853億ドル、ブロードバンドに644億ドル配分されることになっており、道路や橋梁、鉄道などの伝統的な輸送インフラへの配分が大きくなっている。

一方、IIJAには気候変動対策としてクリーンエネルギーの推進や炭素回収、交通機関の電化・低炭素排出手段への転換などを推進するプログラムなどへの投資が含まれている(図表5)。
(図表5)IIJAの主要な気候変動対策
具体的には、炭素回収・貯蔵技術開発などへ投資するほか、水素発電インフラの整備、異常気象に対する電力網の耐候性の向上への投資などが含まれる。輸送インフラ関連では自然災害への備えを強化するための財政支援や高度な交通・渋滞管理技術への投資、歩行者・自転車道路施設への投資など二酸化炭素排出削減に繋がる技術やプロジェクトへの投資が含まれる。さらに、電気自動車の充電設備の整備や、スクールバスやフェリーを二酸化炭素を発生しないものや、低炭素排出のものに買い替えるプログラムに投資することなどが盛り込まれている。

また、(図表5)で提示した気候変動対策には含まれないものの、鉄道などの公共交通投資も、自動車から公共交通機関の利用を拡大させることで、GHGの削減効果が期待されている。

これらを踏まえたブルッキングス研究所の試算では、IIJAに含まれる政策のうち、気候変動対策としての側面を持っている投資金額は1,500億ドル超とみられている8
 
8 ブルッキングス研究所がIIJAについて分析した連邦インフラハブ(https://www.brookings.edu/interactives/brookings-federal-infrastructure-hub/)で提示された政策一覧で気候項目にチェックが入っている政策の投資額をニッセイ基礎研究所が集計
2BBBAに盛り込まれた気候変動対策
バイデン大統領が人的、社会インフラ投資と位置付け、気候変動対策に加え、家計支援や教育支援などを盛り込んだ今後10年間でおよそ2.2兆ドル規模となる大型歳出法案のBBBAは、2021年11月に民主党が過半数を占める下院で民主党の賛成のみで可決した(図表6)。
(図表6)「ビルドバックベター法」(下院可決)の概要 下院が可決したBBBAには気候変動対策として5,700億ドルが充当されている。このうち、クリーン電力、電気自動車、クリーンエネルギー住宅投資などに対する税額控除(クリーンエネルギー税額控除)におよそ3,250億ドル配分されるほか、異常気象の影響を減らすための沿岸の回復や森林管理、土壌保全のための投資に1,050億ドル、再生可能エネルギーの拡大に向けたクリーンエネルギー技術や製造、サプライチェーンへの投資として1,100億ドル、政府によるクリーンエネルギー調達に200億ドルなどが配分される。
3IIJAおよびBBBAのGHG削減効果
REPEATプログラムによるIIJAに関する推計では、道路や鉄道などの地上輸送インフラ投資に関連した走行距離の変動などの影響を除いたベースで2030年のGHG排出量が5,489百万トンとしている(図表7)。これは政策凍結ケースの5,560百万トンに比べてGHG削減効果が▲71百万トンとなることを示している。
(図表7)IIJA、BBBAのGHG排出量への影響 一方、REPEATプロジェクトが推計に含めていない地上輸送インフラ投資は米国のGHG排出量の3割弱 を占めており、GHG排出量への影響が大きい。これらの影響については、ジョージタウン大学内にある気候センターが推計を行っている9。同センターはIIJAに盛り込まれた1,100億ドル規模の道路整備などのインフラ投資計画は、州や地方政府の裁量に任されており、計画次第でGHG排出量は大きく変動するとしている。

同センターでは地上輸送インフラ投資の27%が新規の道路拡張に向けられ、道路の維持管理やその他の低炭素輸送戦略に比較的重点が置かれていないケース(高排出シナリオ)と、地上輸送インフラ投資の僅か4%のみが新規の道路投資に向けられ、低炭素輸送や道路の管理維持に比較的重点が置かれるケース(低排出シナリオ)について、それぞれGHG排出量の推計を行った。この結果、同センターは高排出シナリオでは地上輸送インフラからのGHG排出量が2030年に+19百万トン増加する一方、低排出シナリオでは▲16百万トン減少するとしている。このため、低排出シナリオとなった場合には前述のIIJAによるGHG削減幅(▲71百万トン)と併せてGHG削減幅は▲87百万トンとなる可能性がある。

次に、REPEATプロジェクトによる下院可決のBBBAに関する推計では、2030年のGHG排出量は4,274百万トンとしている(前掲図表7)。これは、政策凍結ケース(5,560億ドル)からの削減幅が▲1,286百万トンとなり、IIJA(▲71百万トン)を大幅に上回る。この要因としてBBBAに盛り込まれた気候変動対策のうち、クリーンエネルギー税額控除のGHG削減効果が大きいようだ。
(図表8)2030年のGHG削減目標および削減効果 これらの結果から、2030年のIIJAによる削減効果(▲71百万トン)とBBBAによる削減効果(▲1,286百万トン)を合計すると▲1,357百万トンとなる(図表8)。これは、2030年における政策凍結ケースからバイデン大統領の政策目標(ネットゼロケース10)を実現するための要GHG削減幅(▲1,405百万トン)に対する不足分が▲48百万トンまで縮小することを意味している。

このため、バイデン大統領がGHG削減目標を達成するためには削減効果が大きいBBBAの成立が不可欠である。しかしながら、下院で可決したBBBAに対して与党民主党の一部上院議員が巨額の歳出規模や、財政悪化懸念などを背景に反対していることから、本稿執筆時点(22年7月4日)で上院での審議がスタックしており、BBBAの成立は非常に不透明な状況となっており、GHG削減目標の達成は見通せない。
 
9 https://www.georgetownclimate.org/articles/federal-infrastructure-investment-analysis.html
10 2030年のGHG排出量を2005年比▲50%削減、2050年のネットゼロを達成するのに必要なGHG排出量

4――米国の気候変動対策の先行きは不透明

4――米国の気候変動対策の先行きは不透明

これまでみたようにバイデン大統領は就任以来、気候変動対策を優先政策課題として意欲に取り組んできた。実際に気候変動対策の目玉政策であるIIJAを超党派で成立させるなど一定の成果を挙げた。もっとも、バイデン大統領がGHG削減目標の達成に不可欠なBBBAの成立は不透明となっており、現状でGHG削減の目標達成は見通せない状況となっている。

一方、11月の中間選挙における争点に関する6月の世論調査11では「インフレ」との回答割合が21%となったほか、「経済」(19%)、「銃規制」(17%)、「中絶問題」(12%)と続き、「気候変動」との回答は5%に留まっている。このため、有権者の気候変動問題に対する関心は低く、議会における気候変動対策の優先順位は低いとみられる。

また、バイデン大統領の支持率が39%とこの時期の支持率として戦後歴代大統領と最低水準になる中、中間選挙に向けて与党民主党の苦戦見通しが伝えられている。このため、同党が上下院で過半数を失う可能性が高まっており、仮に気候変動対策に消極的な共和党が上下院で過半数を確保する場合にはバイデン大統領が目指す気候変動対策の実現は困難となろう。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年07月14日「基礎研レポート」)

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