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気候変動リスクに対応する欧州損害保険会社の方向性-EIOPAが、現状と今後の方針等に関する文書を公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1 「European Insurers’ Exposure to Physical Climate Change Risk」
https://www.eiopa.europa.eu/sites/default/files/publications/other_documents/discussion_paper_on_physical_climate_change_risks.pdf
1――気候変動・保険事業と、この文書の位置づけ
そうした気候変動リスクの影響に対して、EIOPAではこれまでに、2020年に資産サイドの「移行リスク」2を調査、2021年下半期には「物理的リスク」3の調査をおこなってきた。そして今般公表された文書は、この物理的リスクの調査結果を踏まえて初めて公表するものである。
気候変動や物理的リスク、およびその金融セクターへの影響の議論はこれまでにも行われているが、この報告書は、最新の情報や視点を取り入れることで、さらに議論を活発化することに貢献することを目的とする。
最終的には、保険会社が経済的カバーを提供している、財物、失われた情報、事業中止への補償などの保険が、気候変動リスクにどのようにさらされているかを理解することが重要であり、そのために今後も調査・分析作業は継続していく必要がある。
2 移行リスクとは、気候変動政策や規制、技術開発、市場動向の変化によってもたらされるリスクのことをいう。
3 物理的リスクとは、もっと直接に、自然災害などによる急性または慢性的な被害を受けるリスクのことをいう。
2――文書の内容
この調査は、損害保険事業を行っている44の欧州の保険会社および保険グループへの調査であり、調査対象の規模については、24か国において各国ごとに、元受保険料で50%以上はカバーできている。総合計では、EEA(欧州経済領域)内の火災保険・損害賠償保険市場の59%(2020年)をカバーした調査となっている。
報告書では最初に、欧州における自然災害の実態を紹介しているが、ここでは概要は省略して、特に最近起きた代表的な災害と保険金支払いについて例を挙げる。
暴風については、2020年の暴風「シアラ」において、8億1600万ユーロの保険金支払があり、その3分の2は住宅被害の補償であった。そして地理的にもドイツ、フランス、ベルギーに90%集中しており、また少数の大手保険会社への保険金請求が集中している。こうした場合、再保険の活用は重要であり、全体でみれば30%程度は再保険がかけられていた。
洪水については、2013年の欧州中部における洪水は、最も多くの保険金支払いがなされた洪水被害であり、14億ユーロに達する。これもシアラと同様に住宅被害の保険金が大きく、全体の55%を占める。地域としてはドイツに74%が集中していた。
山林火事については、2017年のポルトガルにおける山火事があった。この災害では、16.3億ユーロの保険金支払いがあったが、上記2つとは異なり商業的な被害が大きく(保険金の76%)、中でも農業被害が主なものである。
さらには、多くの温帯低気圧が大きな被害をもたらすことがわかったが、全てについて調査するのは困難で、気候変動との潜在的な関連性にもまだ決定的な結論がでていないので、今後も調査していく必要がある。
暴風は、既に最も多く保険がかけられているリスク(建物、情報、あるいは流通の支障などによる事業の中断)であり、元受保険料ベースで42.6兆ユーロの保有契約がある。次いで、河川洪水で28.9兆ユーロ、山火事(22.8兆ユーロ)、沿岸洪水(9.1兆ユーロ)などとなっている。
こうした自然災害の将来の頻度や規模などの動向は、保険や再保険事業のあり方に大きな影響を与える可能性がある。現状では、平均して元受保険料の5分の1程度の規模が再保険に付されているが、補償する保険の種類や保険会社の方針によっても様々である。
社会全体としてみると、保険でカバーできる範囲は比較的限定的なのだが、EEA(欧州経済領域)諸国においては、今のところ、自然災害に備えて強制的に保険に加入させるような要請はない。
保険会社が、これからも自然災害に対する保険を提供する能力は、今後気候変動によってどのくらいのインパクトがあるかを認識する能力にかかっている。
例えば不動産関連事業においては、相当程度、気候変動の物理的リスクの影響があると予想されており、それに対応するためには、保険料を引き上げざるをえない可能性が高い。それに加えて、何らかの保険金支払いの制限が、リスク削減のための重要な役割を果たすことになる。
ただしこうした施策は、保険契約者にとって受け入れがたい結果をもたらす場合がある、例えば、特定の条件下での保険金控除額の引き上げや、危険な地域における保険金支払いの事象の制限や支払上限の設定などである。逆に保険会社にとっても、そうした施策をとることが、悪い評判をもたらすリスクとなる可能性も高い。
こうした動きが予想される中で、監督者の立場であるEIOPAの役割は、動向を常に把握し、契約者保護の観点から、不適切な動きが起きないよう監視し続けることであり、必要ならば国や保険会社に対して助言していくことになるだろう。
3――今後の方向性
EIOPAは、各国の保険監督者と協力して、保険会社にとって今後何がこの分野の「ニューノーマル」なのかを知り、それに対し適切な準備ができるよう、引き続き調査を進める、としている。
(2022年06月21日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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