2022年06月01日

パンデミックは生命保険需要を大きく喚起するのか-米国の従業員マーケットから

保険研究部 上席研究員 兼 気候変動リサーチセンター 気候変動調査部長 有村 寛

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1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大を経て、米国では2021年の生保販売が前年比20%増になる1等、生命保険へのニーズが顕在化してきている。このような中、米国における生保・年金のマーケティングに関する代表的な調査・教育機関であるLIMRAは、米国における従業員の生命保険に対する意識について、2022年3月にレポートを発表している2

ここでは、同レポートに加え、必要に応じてLIMRAによる他のレポート・データ等も参照しつつ、米国の従業員の生命保険に対する意識について、概要を紹介したい。
 
1 LIMRA「2021 Annual U.S. Life Insurance Sales Growth Highest Since 1983」2022年3月16日。また、2022年4月4日付保険毎日新聞「海外トピックス 米国 コロナ禍による不安反映 生保販売が前年比20%増 80年代以降で最大の伸びを記録」において同年3月15日付ウォール・ストリート・ジャーナルの記事が紹介されているが、そこでは、米国における生命保険販売が大幅増になったのは、新型コロナウイルスのパンデミックが長引いており、自分が死ぬことへの懸念が増しているからだ、とされている。
2 LIMRA「Life After COVID Employees' Views on Life Insurance 」2022年3月28日。

2――生命保険に対するニーズの高まり

2――生命保険に対するニーズの高まりならびに団体生命保険・個人保険別の加入状況

米国における生命保険に対するニーズ(自分には生命保険が必要だ、と回答した人の割合)は、2014年には63%、2019年には66%まで減少したが、2020年、2021年は70%に達しており、これまでと比較して上昇している3(図1)。

また、米国の従業員を対象とした調査では、47%がパンデミック前よりも今の方が生命保険が重要だと考えている4
【図1】「自分には保険が必要だ」と回答した人の割合
なお、米国では、歴史的に、生命保険による保障獲得手段として、団体生命保険が重要な役割を果たしてきた。第二次世界大戦時、政府による賃金統制がしかれたことを受け、各企業が優秀な人材を確保するために賃金とは別建ての給付として団体生命保険の提供を要求するようになり、1949年には最高裁判所が団体保険を団体交渉の対象とすることを認める判決を下したこともあって、労使協定の中で団体生命保険が広く導入されることとなった。

このような経緯を経て、米国の多くの被用者は、雇用主が提供する団体生命保険により家族の保障を獲得することができることとなっている5

(表1)では、日米それぞれにおける、個人保険・団体生命保険の保有契約高を示しているが、上記の経緯もあり、米国では、団体生命保険は日本より広く普及していると考えられる6
【表1】日米における個人保険、団体生命保険保有契約高
また、(図2)では、団体生命保険、個人保険それぞれの加入状況推移を示している。両方に加入している人は、ここ10年間では減少傾向だったが、2020年から2021年で4%上昇している。

これは、これまでの10年間、米国人が長生きリスクを心配した結果、生命保険に加入する優先度が下がっていたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、生命保険ニーズが高まったことを受けての結果と考えられる8
【図2】生命保険加入状況(個人保険・団体生命保険別)
 
3 LIMRA「2021 Insurance Barometer Study」P.20。
4 前掲LIMRA「Life After COVID Employees' Views on Life Insurance 」P.2。
5 松岡博司「米国では、人々はどのように生命保険に加入しているのか(1)」保険・年金フォーカス2016年11月1日P3。
6 一方、(表1)中、米国の保有契約高は、2010年は個人保険は団体保険の1.3倍だったが、2020年では1.7倍となっており、差が広がっている。その背景については、後述の脚注8にも記載の通りだが、日本の同4倍と比較すると、依然として米国では団体保険の普及は幅広いといえよう。
7 米国の団体生命保険の数字は、団体信用生命保険の数値が含まれていないため、日本の数値は、団体定期保険と総合福祉団体定期保険の合計値とした。
8 前掲2022年4月4日付保険毎日新聞「海外トピックス 米国 コロナ禍による不安反映 生保販売が前年比20%増 80年代以降で最大の伸びを記録」。また、同記事では併せて個人保険のニーズの高まりの背景について、「最近の数十年、多くの人々は彼らの雇用者が提供する生命保険に頼ってきたが、(中略)パンデミックが経済に打撃を与えるようになるのに伴って、個人向けの生命保険の販売が上向いてきた。その一つの理由は人々が、雇用者が提供する生命保険を失ったり失うのを恐れたりし始めたからだと保険会社や代理店は述べている。」と記載されている。

3――雇用主が提供する生命保険の必要度・依存度

3――雇用主が提供する生命保険の必要度・依存度

先述の歴史的背景もあってのことと考えられるが、「雇用主は従業員が生命保険に加入できるようにする(制度を準備する)ことが求められる」と考えている人は、いずれの年代でも半数を超えており、特に22-40歳では、7割を超えている(図3)。
【図3】雇用主は従業員が生命保険に加入できるようにすることが求められると思うか
一方、生命保険加入について、従業員の雇用者が提供する制度への依存度(図4)は、(図3)と比較すると低い。先述の団体保険・個人保険双方の加入者が増加していることからも、雇用主から提供される福利厚生制度をあてにせず、個人保険も含めた保障の獲得を考えている従業員が、一定程度存在することを示しているものと思われる。
【図4】生命保険の保障を得るために、どの程度雇用主や福利厚生制度に頼っているか
また、将来、従業員の生命保険に対する関心が高まると予想する雇用主は、半数を超えている(図5)。
【図5】将来、従業員の生命保険への関心は非常に高くなると予想する雇用主の割合(従業員数規模別)

4――低い従業員の制度理解

4――低い従業員の制度理解

これまで述べてきた通り、生命保険に対する従業員のニーズは高まってきているが、その一方で、従業員の4割は、雇用主が生命保険を提供しているかどうかにつき、明確に答えることができず9、また、職場で提供される医療保険や生命保険への理解度についても「よくわかっている」と回答している人は半数以下であり10、多くの従業員は福利厚生制度に対して十分理解していないことがわかっている。

福利厚生制度についての従業員の理解度の低さについて、従業員があげている原因、ならびに福利厚生についてのコミュニケーションを改善するために従業員が望んでいることは以下の通りとなっている11
 
【従業員から見た福利厚生制度についての理解度が低い理由】
 ・情報に基づいた決定を行うためのすべてを確認する十分な時間がない
 ・複雑すぎて詳細が理解できない
 ・情報が効果的に伝達されない
 ・より多くの事を学ぶ程の関心がない
 
【コミュニケーション改善のために従業員が望むこと】
 ・わかりやすい情報提供
 ・保障額、特約についての推奨・ガイダンス
 ・より多くの材料提供
 ・個々の事情に応じた情報提供
 
9 前掲LIMRA「Life After COVID Employees' Views on Life Insurance 」P.8。
10 LIMRA and EY 「Harnessing Growth and Seizing Opportunity: The Future of Workforce Benefits」2022年4月18日P.14。また、前掲LIMRA「Life After COVID Employees' Views on Life Insurance 」P.8において、LIMRAの調査結果によれば、従業員は福利厚生制度に対する理解が十分ではなく、また、自らの知識レベルを過大評価する傾向にあることが紹介されている。ここからも、多くの従業員は、福利厚生制度について、理解できていないことが推察される。
11 前掲LIMRA「Life After COVID Employees' Views on Life Insurance 」P.9。

5――おわりに

5――おわりに

筆者はこれまで、新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえたアジアにおける消費者のニーズの動向等につき、いくつか紹介してきた12が、米国においても、アジア同様、新型コロナウイルスの感染拡大を経て、生命保険ニーズが高まっているといえよう。米国における従業員の福利厚生制度への理解度に見られる課題は、LIMRAでもここで紹介したレポート以外にも複数取り上げており、我が国においても共通する課題だと考えられ13、今後の動向が注目されるところである。

世界最大の保険市場である米国の動向については、引き続き、注視していきたい。
 
12 小著「パンデミックがアジア太平洋の消費者に与えた影響」『保険・年金フォーカス』(2021年11月
5日)、同「シンガポール、人による保険サービスに根強いニーズ」『保険・年金フォーカス』(2021年12月
15日)、同「インド、アセアン諸国における個人向け損保商品のデジタル化の状況」『保険・年金フォーカ
ス』(2022年1月25日)、同「アジア消費者、新型コロナウイルスにより家計・健康を懸念」『保険・年金フォ
ーカス』(2021年11月5日)。
13 2022年5月2日保険毎日新聞「第一生命 福利厚生制度活用促しライフプランづくり支援 従業員エンゲージメント向上へセミナー提供」において、同社が社内で実施した調査では、自社の福利厚生制度の内容を知らない従業員が多いこと、また、同社の取引先企業2600社に対するヒアリングでも、半数近い企業で同様の課題認識があることが示されたことが紹介されている。

(2022年06月01日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   上席研究員 兼 気候変動リサーチセンター 気候変動調査部長

有村 寛 (ありむら ひろし)

研究・専門分野
保険商品・制度

経歴
  • 【職歴】
    1989年 日本生命入社
    1990年 ニッセイ基礎研究所 総合研究部
    1995年以降、日本生命にて商品開発部、法人営業企画部(商品開発担当)、米国日本生命(出向)、企業保険数理室、ジャパン・アフィニティ・マーケティング(出向)、企業年金G等を経て、2021年 ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月より現職

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