2022年04月27日

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道路交通法と道路運送法の二重規制を受ける事業所もある。自家用有償旅客運送制度の簡素化が必要

坊: 今後、福祉ムーバーを実証実験の段階から実用化の段階に進めるに当たって、課題になると考えられる点について、私からも考えを申し上げたいと思います。

先ほどの北嶋さんのお話で、運行をタクシー会社に委託するスキームを考えていらっしゃるということで、大変良いアイディアだと思いました。逆に、既存の公共交通と協業できない地域では、大きな壁が予想されます。例えば、利用者から対価を得て、道路運送法上の乗合サービスとして運行する形になると、地域の交通事業者らで構成する「公共交通会議」にかけないといけないので、反発を受けて暗礁に乗り上げたり、市町村が調整を嫌がって消極的になったりする可能性がある。

また、問題はタクシーがないエリアでどうするか。全国の過疎地には、既にタクシーの営業所が撤退したエリアが多くあります。しかしそういうところでこそ、こういう新しい移動サービスが必要とされている。そういうエリアではどうしたら実施できるのかを考えると、今の道路運送法に則れば、例えば、先ほど遠藤さんからご紹介があった、自家用有償旅客運送に登録するという方法もあるかと思います。

その場合でも、自家用有償旅客運送制度をより使いやすくするように、制度の見直しが必要になるかと思います。例えば現状では、5台以上車両を所有している事業者は、道路交通法上、「安全運転管理者」を配置して、講習を受講したり、運転記録を作成したりして、一定の安全管理をしています。エムダブルエス日高さんは車両数が多いので、正副の安全運転管理者を配置し、以前から自主的にアルコールチェックも行っているということでした3。そのような事業所が、仮に自家用有償旅客運送の登録をすると、それに加えて、道路運送法に基づく「安全運行管理者」が必要になるという、二重規制の状態になる。このあたりも整理が必要だと思います。

また、全国移動ネットさんのご提案にも入っていますが、2020年の道路運送法改正により、自家用有償旅客運送を始める時に、地域公共交通会議での合意が必要なくなり、協議すれば良いということになったので、だったら報告だけでも良いのではないかと思います。実態として、公共交通会議が導入を阻んでいるのなら、より簡素化して、マイカーを活用した移動サービスの供給量を増やしていかないといけないと思っています。

要は、これまでの公共交通政策の下で実施されてきた交通事業と、現在の介護保険制度だけでは、高齢者らの移動需要をカバーできなくなっているということですから、交通政策においても、介護政策においても、見直しや柔軟な運用が必要ではないかと思います。
 
3 2022月4月からは、運転者への飲酒確認を目視で行って記録を1年間保存すること、10月からはアルコール検知器で飲酒検査を行うことが義務化された。

市町村の介護保険にかかる調査

市町村の介護保険にかかる調査でも、移動の問題は年々深刻化。都市部でも課題。

青木氏: 移送に対する需要は、年々高まっています。デイサービス施設には車両があり、運転する人もおり、配車の仕組みもある。つまり、移送サービスへの需要も供給も地域にあるのに、マッチしていないために外出できないというのは、大きな問題です。

うちは、企業のコンサルティング以外にも、全国の市町村から委託を受けて介護保険事業計画の作成支援を行っているのですが、計画作成の段階で、地域の高齢者や要介護・要支援者を対象に生活ニーズ等を調査すると、必ず移動の問題は出てきて、トップランクを占めています。うちは2000年から事業を開始しているので、その経年変化もよく分かります。移動支援に対するニーズは、年を追うごとに強くなっているのです。

いちばん深刻なのは過疎地ですが、都市部はそうじゃないのかと言うと、そうでもない。都市部では交通機関がありますが、各地域の事情によって、それぞれアクセスの問題がある。自治体の政策によっても状況に差はありますが。このように、移動サービスに対する需要も供給も地域にはあるのに、なぜマッチングしないかというと、縦割り、要は制度が違うからです。

介護保険側から言うと、介護保険の財源で要介護者や高齢者らのニーズに全て対応するのはもう難しくなっています。ただし本来の「介護」というのはもっと広い概念であり、介護保険制度のサービスに限りません。大きく言うと、その人の生活を支えるということです。それによって生活上の困難を解消していくことです。ですから本当は、介護保険制度の中で全てを解決しようとしなくても、地域のサービスによって解消していくことができる訳です。 

そうすると、デイサービス施設なんかは、普段から利用者と会話して、家庭の事情や生活実態を把握していますから、いろんな問題が見えてくるのです。うちは車のシートが空いている、皆さんは移動に困っている、じゃあ乗せてあげればいいじゃないか、送迎を統合すればコストも下がると。それを阻んでいるのは制度です。
 
坊: 介護職員の皆さんは、地域の高齢者の方と普段から接しているので、普段何に困っているかを一番よく理解されていると思います。相手が外出に困っていると分かっている、自分の事業所には車もある、運転できる人もいる。でもそこで送迎サービスが始まらないのは、法律の問題もあるし、輸送は自分たちの仕事ではないから、と思っているからではないかと思います。
 
青木氏: 先ほど遠藤さんがおっしゃった2003年から2006年頃までの騒ぎを私もよく覚えています。ヘルパーによる送迎がバタバタバタと無くなっていきました。当時はボランティアから介護の世界に入り、送迎をしていた人たちも大勢いましたが、制度の見直しによって、その人たちが一気に立ち行かなくなりました。この見直しは、最近推奨されている地域コミュニティの育成や地域包括ケアの流れからは逆行していますが、当時は国交省も自治体も、タクシー業界を守るという姿勢が強かったのです。介護業界とタクシー業界が似ているのは、法律に守られているという点です。

長いスパンで考えれば、移動支援はこれからは良い方向に向かうと思いますが、今、足枷になっているのは縦割りです。介護保険では、すべての問題を解消できないことをもっと明確にして、高齢者にとって必要なニーズを見極めて、地域で解決できるようにしていかないといけません。

地域の様々なプレーヤー

地域の様々なプレーヤーが、組織横断的に取り組むことで、課題解決が見えてくる。それが本当の地域包括ケア。

青木氏: 介護事業者が外出支援に取り組みやすくするために、国が、保険外サービスを実施しやすくすることも必要でしょう。厚労省はもともと、ルールを守れば保険外サービスはできると説明してきたのですが、実態的な運用はされていませんでした。そこで2008年度に厚労省が通知を出し、こうやったら保険外サービスをできる、という方法を整理しました。これによって、外出支援などの保険外サービスが増えるかという期待はありましたが、やはり変わっていません。

また、利用者を送迎途中にスーパーなどで降ろすことについては、現在でも「通常選択されると考えられる一般的な経路を逸脱しない場合」はOKとされているのに(図表7)、通常走行する道路の反対側にスーパーがあった場合、ある自治体は当たり前だから認めるけど、ある自治体は、Uターンするからダメと言う、というような実態です。どうしたら問題を解決できるか、どうしたら全体最適になるかが見えていないのです。
図表7 送迎、買い物支援における道路運送法の許可または登録のルール(青木氏発表資料)
青木氏: 国だけではなく、市区町村もそうです。実証実験をよくやっている前橋市や、チョイソコを始めた愛知県豊明市などは、住民ニーズを肌で感じた行政マンが、現状を良くしようと一生懸命やっている。逆に言えば、どの市区町村も、本気になって問題を解決しようとすれば、何かできるはずなのです。ただ、市区町村によってそれができないのは、全体の型をどうすべきかが、どうしたら課題解決できるかが見えていないのだと思います。

これからも国内では人口減少が進んでいきますが、地域課題に対し、様々な主体が組織横断的に取り組むことで、何とか持続可能な社会を作れるはずです。そのプレーヤーの一つとして、介護事業者が参画できるようになってほしい。タクシー事業者も同じです。これだけ社会が変わってきたのだから、企業の事業ドメインも従来から変わるのが自然です。JRなんか、地域によっては、交通より不動産の方が売上が大きい。介護事業者も、タクシー会社も変わるべきです。

地域のプレーヤーが住民の生活を支え、社会課題を解決していくのが本当の地域包括ケアです。介護保険の財源が厳しくて、介護報酬ではそのようなサービスに手当ができないのであれば、福祉ムーバーのように、自由市場で、事業者の知恵でサービスを提供し、事業者の増収にもつなげられれば一番良い。

でも介護事業者はなかなか、そのような知恵が使えない。市場経済に置かれた企業はいろいろ知恵を絞って新しいビジネスを開発していますが、介護業界は市場経済じゃないから、事業者はできないことが多いと感じています。小さい事業者はまとまって取り組めば、何かできることはあるはずだし、もしできないなら後押しが必要です。

みんなで組織横断的に解決に向けて取り組む、その先駆けになる課題が、移動だと言えるのではないでしょうか。地方でも都市部でも、高齢者も障がい者も子どもも、皆に共通する、とても重要な課題だからです。福祉ムーバーは、完全に地域の課題解決のために考えられた取組ですから、こういうことが必要です。そのためにICTやDXはファンダメンタルズであり、必要な手段でしょう。

坊: 青木さんからもたくさんの話題を提供して頂きましたが、その中でも、市場経済ではないがゆえに、歯がゆい点があるというのは、その通りだと思いました。

デイサービス事業所は、送迎する車もある、運転する人もいる、送迎へのニーズも目の前にある。でも、施設以外には送迎サービスができないという、市場経済から見たら不思議な状態です。なぜかというと、法制度が違うから。ただし、現行の法制度でも、無償であれば、デイの車両が送迎途中に利用者さんをスーパーでも降ろしても良いなど、できることはあるはずなのに、実態としてはそれもできていないというお話でした。非常に勿体ない状態だと思います。

厚労省の通知で「通常の経路を逸脱しなければ良い」と書いてあるから、道の反対側に店があったら認めない市町村もあるという、笑えない話です。運用上、そのような問題が起きる原因としては、そもそも、移動に関する課題認識が浅いのではないでしょうか。青木さんがおっしゃったように、市区町村の介護保険事業計画を見ていると、住民の意識では、移動の問題がトップランキングになっているところが多いです。このような地域課題に対して、みんなでこの問題を優先的に解決していこうというビジョンを共有するのが、最初の段階でとても大事で、それが、青木さんがおっしゃるような組織横断的な取組につながっていくのではないかと思いました。

今後の話で、介護事業者が小さいところも多く、なかなかできないことが多いというお話でしたが、来年度からは社会福祉法の改正によって、小規模の社会福祉法人同士がまとまって事業ができるようになる「社会福祉連携推進法人」の制度が始まります。中小、零細の介護事業者も、こういった法人を新たに作り、協力し合うことで、移動のような課題にも取り組んでいけると期待できるでしょうか。

やる気と資金のある民間企業

やる気と資金のある民間企業が先駆けに。中小は後から付いてくる。

青木氏: 制度を使ってうまくやってくれたら良いと思いますが、それよりも、北嶋社長のように、民間企業の方が、ニーズに合わせて仕組みを作ってくれた方が、早く成果が上がると思います。

福祉の世界では、社会福祉法人は行政の下請けみたいにやってきた面があります。それが当たり前になっていて、国が規制してくれた方がありがたい。タクシーもそうだと思います。もっと規制をしてくれと。普通の企業の感覚からしたらおかしいですが、そういう姿勢のところが多いです。社福も頑張っていかないといけないですが、先駆けて取り組み、社福を刺激していくのは民間でしょう。それを見て、後から連携推進法人を活用するなどして社福からもサービスが出てくるんじゃないかと思います。
 
坊: 人材や資金のない小さい社福に、無理に連携推進法人を作ってやってくれということではなく、できる企業からどんどんやっていくということですね。事業ドメインは社会の変化に合わせて変わっていくのだから、企業もそれを認識しないといけないし、法の運用もそれを妨げないようにしないといけない、ということだと思いました。

先ほど青木さんが指摘された、市町村の裁量によって、本当はできるはずのことができないという問題について、再び議論したいと思います。

例えば自家用有償旅客運送についても、地域の住民たちが移動手段確保のために導入しようとしても、市区町村が消極的でなかなか進まないというケースもあります。共通する問題は、地域のプレーヤーが、課題認識やビジョンをきちんと共有できていないという点ではないでしょうか。

前回のジェロントロジー座談会では、株式会社アイシンが運営しているAIオンデマンド乗合タクシーの「チョイソコ」を取り上げました。チョイソコの場合は、アイシンから提案を受けた豊明市が、利害関係を調整できるようにスキームを工夫して、サービスを構築したのですが、なぜそのように進められたかというと、豊明市の場合、地域ケア会議に相当する「多職種ケアカンファレンス」で、地域の高齢者たちのニーズを吸い上げて、関係者で共有して、地域の中で移動課題に取り組んでいこうという認識を共有するところから出発しています。それが大きいかなと思います。そこがないと、なかなか住民ニーズを理解できない、課題意識を共有できないので、進まない。

交通と福祉の縦割り

交通と福祉の縦割りによって、新しい移動サービスの創出につながらない。

遠藤氏: 先ほど申し上げた国土交通省の「高齢者の移動手段の確保に関する検討会」の頃から、「交通と福祉の連携」と言うようになりました。私も現場へ行くと、立場上、市町村の福祉の担当者とお話することが多いですが、交通の方では何をやってるか分からないと言う状況なんです。小さい自治体の担当者と話をしていても、青木さんがおっしゃる縦割りです。

福祉の担当者たちは、「今、目の前で困っている人をどうしたら移動支援できるか」というゲリラ的発想ですが、それに対して交通はいろんな規制で守られていて、どちらかと言うと、計画が優先される世界だと思います。そういう世界は、予算の裏付けがあります。同じ移動困難な方を対象にして施策を打つ立場なのに、アプローチが違う。今、公共交通会議や運営協議会など、いろんな縦割りの会議体がありますが、なかなか福祉と交通を連携させて、なおかつ機能させられている、問題に対処できているというところは少なく、横串をどう通すかはすごく課題です。

私は介護のエッセンシャルワーカーで、福祉の人間ですが、交通の関係者と話す機会もあります。現場レベルで福祉と交通の相互理解を深めるためには、つきなみですが、やはりお互いを知り合う継続的な対話しかありません。問題の本質は、交通と福祉、双方に共通して言えるのですが、移動に対するニーズとしっかり向き合えているかと言うと、どちらも急速な変化に対応出来ていないような気がしています。
 
坊: 交通と福祉、それぞれで住民のニーズをしっかり理解することも大事だし、それらにどう横串を通すかも大事、ということですね。

遠藤さんがおっしゃる通り、福祉は、今目の前で困っている人を支える、個別支援が仕事だと思いますが、交通の仕事は大量輸送で、マスを対象にした事業だと思います。いかに効率的に大量に運ぶかと。だから福祉と考え方が合わない。

でも最近は、交通も変わってきていると思います。高齢化が進んで、移動需要の質が変わり、大量輸送ではない、乗客数が少なくて輸送距離も短い、「少量輸送」のニーズが拡大してきていると私は思っています。それを運送事業の区分に当てはめると、緑ナンバーと白ナンバーの中間に位置するサービスになるかと思います。その仕組みをどう作っていくかがおそらく重要で、福祉ムーバーはちょうどその範囲に相当するサービスではないかと思います。
 
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

(2022年04月27日「ジェロントロジーレポート」)

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【デイサービス車両は高齢者の移動を支える「第三の交通網」を形成できるか(中)~群馬県発「福祉ムーバー」の取組から~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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