2022年04月26日

自動車産業と供給制約

経済研究部 主任研究員 高山 武士

文字サイズ

4――コロナ禍における需給ショック

前章では、自動車産業は「消費者に近く、サプライチェーンが長い」ことを定量的に確認した。

コロナ禍では、モノへの最終需要が増える一方、感染防止策として営業制限や感染者の隔離といった、供給上の制限が課されてきた。そして、自動車産業はその双方の影響を受けやすい構造をもっているとも言える。本章では実際にコロナ禍においてどのようなショックが生じたのかを見ていきたい。
1コロナ禍におけるモノ需要
コロナ禍では、政府の講じた感染防止策や、自発的な接触回避の行動の結果として、対面サービス消費が大きく落ち込んだ。一方、財政支援は豊富に実施され、給付金などの所得補填も大規模になされてきた。その結果、所得の一部は貯蓄にまわったが、モノへの消費に向かった部分も大きい。
(図表12)日米欧の耐久財への消費支出/(図表13)米国の自動車販売台数と金額
具体的に、日米欧の耐久財消費の推移を確認すると(図表12)、米国で需要が急増していることが分かる10。一方、ユーロ圏や日本の耐久財の消費はコロナ禍前の消費水準と比較してそれほど高くない。つまり、コロナ禍においてモノ消費をけん引したのは米国と言える。

すでに確認した通り、コロナ禍後の自動車生産は抑制され、販売も不調だったので、販売台数からどの程度、自動車需要が高まったのかを推測することは難しい。しかし、米国の自動車販売を台数ベースと金額ベースで比較してみると、コロナ禍後に台数ベースでは伸び悩んでいるのに対し、金額ベースでは上昇傾向が続いている(図表13)。これは、自動車価格が上昇しても購入したいという購買意欲の強さ、需要の高さを示していると考えられる。

したがって、コロナ禍後に自動車産業の供給制約が顕在化した需要側の要因としては、米国での自動車需要の増加が挙げられるだろう。
(図表14)米国の自動車需要に対する付加価値構成(2018年) なお、米国向けに付加価値を供給している国としては、メキシコ、日本、中国、カナダといった国が中心である(図表14)。したがって、供給制約が発生しなければ、米国の自動車需要増は直接的にはこれらの国の付加価値生産を増やした可能性がある。ただし、供給制約が顕在化したことで、これらの国の成長が阻害されただけでなく、世界全体の自動車生産・販売を抑制させたと見られる。以下では、この点について確認したい。
 
10 供給制約が生じており、需要に対して供給が不足する場合は消費量を見るだけでは潜在的な需要の大きさを把握することが難しいと思われるが、供給不足からモノの単価が上昇し、それでも取引が成立する場合には、単価×消費量である「名目の消費額」を見ることで需要の大きさをある程度推し量ることができると見られる。
2コロナ禍における供給制約
コロナ禍で顕在化した供給力不足の代表としては、半導体不足や輸送能力不足が挙げられるだろう。

実際、世界半導体市場統計(WSTS)の公表する世界の半導体売上高を振り返ると、コロナ禍前の19年は米中貿易摩擦などを受けて18年から減少していたが、その後、コロナ禍を経て巣ごもり消費によるパソコン関連機器の需要増という恩恵も受けて、売上高が急増し、リードタイム(発注から納品までの期間)が急速に長期化している(図表15)。

輸送能力不足については、米国向けを中心にコンテナ船が不足し、輸送費用が急増していることが分かる(図表16)。
(図表15)半導体の売上高とリードタイム/(図表16)コンテナ輸送費用
こうした供給力不足は米国向けの自動車生産を停滞させるだけでなく、その部品や輸送網を利用するすべての産業に影響を及ぼす。とりわけ部品価格や輸送価格の上昇は幅広い産業の供給に影響を与えるであろう。また、半導体不足や輸送能力不足は、米国の自動車需要のみが引き起こした訳ではなく、他地域の他の需要が引き起こした部分もあると見られる。
 
他方、供給制約が各地域・産業にどの程度影響するのかには違いもある。

例えば、ASEANでのデルタ株の感染急拡大と感染対策による工場の稼働率低下はマレーシア、タイ、ベトナムの生産を急速に落ち込ませた(図表17)。これは、日本の自動車生産に大きく影響したが、日本以外の地域(中国、米国、ユーロ圏)における生産の落ち込み幅は日本ほどではなかった(図表18)。
(図表17)アジアの自動車生産と新型コロナ感染者数/(図表18)日米欧中の自動車生産
より特徴的なのは、コロナ禍後の中国の状況である。

上述したように、20年の世界全体の自動車生産・販売や約15%の落ち込みを見せたが、中国の自動車生産・販売は2%程度の落ち込みにとどまった(前掲図表3)。時系列で見ても武漢を都市封鎖した頃に生産が大きく落ち込んだが、その後は日米欧と比べ堅調な推移を見せている(図表18)。これは、図表6で見た中国の自動車産業の「地産地消」的な特徴、つまり世界的なサプライチェーンから独立している構造があることを示唆する結果とも言える。

5――おわりに

5――おわりに

これまで、自動車産業は世界全体の広い産業からなる長いサプライチェーンを持ち、コロナ禍においては特に米国の需要増加の高まりや、供給制約が顕在化したことを見てきた。

自動車産業の構造(上流度やサプライチェーンの長さ)が短期間で変わる可能性が小さいとすれば、現在、自動車産業が直面している供給制約から回復するには、米国の需要動向やサプライチェーン上で発生している制約がいつ緩和するかという問題が重要となるだろう。

ただし、そのタイミングを予想することは難しい。

需要サイドからは、本稿で見てきたコロナ禍については、ワクチン接種の進展や治療薬の普及などで脅威が低下すれば、米国のモノ需要が一服しサービス消費に回帰していく可能性がある。

一方、供給制約としては上記で確認してきた要因だけではなく、足もとでは米国を中心として人手不足感は強まっており、今年に入ってロシアがウクライナを侵攻したため地政学的リスクが、資源・商品への供給懸念や価格上昇をもたらしている。

需給のひっ迫はこれらの動向次第で変わってくるだろう。

さらに、中期的には気候変動対応が進むことでEV車への需要が増え、生産に必要なモノやサービスも変わってくれば、本稿で見た構造自体が変化することも考えられる。

また、足もとのロシアのウクライナ侵攻という地政学的リスクの顕在化は、サプライチェーンにおける安全保障上のリスクを再認識させる機会となった。ロシアとの貿易継続が直接的・間接的にロシアの戦費調達を支援している可能性がある。

そのため、今後、経済安全保障の観点からサプライチェーンを再構築する動きが加速する可能性もあるだろう。日本でも、国外に過度に依存する重要物資については安定的な供給を確保するための対応を模索している。具体的には、供給断絶のリスクが懸念されれば、国内生産を増やすという「地産地消」への動き、リスクの大きい生産国をサプライチェーンから外すといったデカップリング、代替供給源の確保、冗長性の確保などある程度コストが発生してもサプライチェーンを強靭化する動きが進められるだろう。

今回のコロナ禍のような世界的な需要・供給ショックが発生し得ること、あるいは大規模な自然災害が起こり得ることを考えると、サプライチェーンの再構築で潜在的な供給制約すべてを排除することは不可能と思われるが、サプライチェーン上に発生し得る様々なリスクのコントロール(安全保障リスクといった特定のリスクは抑制しつつ、別のやむを得ないリスクやコストは許容するといった試み)は模索されるだろう。

このようにサプライチェーンが長いだけに、短期的には需給ひっ迫がいつ緩和するかについて予想することが難しく、中長期的にもその構造が大きく変わっていく可能性がある。しかし、自動車関連産業は経済の大きなシェアを占めており、サプライチェーン上の状況や構造的な変化を把握する事はマクロ経済全体の動向を捉える上でも重要と言える。今後もその動向を丁寧に追っていきたい。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年04月26日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【自動車産業と供給制約】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

自動車産業と供給制約のレポート Topへ