2022年04月20日

ルペン大統領ならどう変わるのか?-2022年フランス大統領選挙-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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ルペン大統領なら上手く乗り切ることができるのか?

ルペン候補ならば、この先も続く難局を、マクロン候補よりも上手く乗り切ることができるのだろうか。

ルペン候補は、今回の大統領選挙では、前回、大統領選挙での敗因となったEU離脱、ユーロ離脱の公約は封印、反移民・反イスラムのトーンも抑制して「極右」のイメージを和らげ、有権者の最大の関心事である「購買力」に焦点を当てたキャンペーンを展開してきた。第1回投票での善戦は、暮らし向きの改善を望み、マクロン改革から十分な恩恵を受けていないと感じる有権者の支持を得た結果であろう。

ルペン候補は、エネルギー価格高騰への対策として、燃料・電気代の付加価値税(VAT)を20%から5.5%に引き下げ、高速道路の利用料金の軽減を掲げる。負担の軽減につながることは確かだが、対象が幅広く、政策コストが掛かる。マクロン政権の一部の対策と同様に、価格シグナルを弱め、化石燃料の需要の抑制という脱炭素化による持続可能な成長への移行という目標に逆行するリスクがある。

有権者の関心が2番目に高い「社会保障制度」に関しては、年金改革が焦点となっている。マクロン候補は法定退職年齢を2030年までに現行の62歳から65歳への引き上げることを公約とするが、ルペン候補は62歳で維持し、20歳以前に就労を開始した場合には60歳に引き下げる公約を掲げる。実は、マクロン候補の改革案も、働き手が増えることで成長が押上げられるという楽観的な見通しがベースとなっており、財政健全化効果を過大視しているという問題も含む。それ以上に問題が大きいのはルペン候補の年金改革案だ。早期退職を促すため、政策コストは見積よりも大きく膨らむリスクがある

フランスの就業率は(図表2)でも見た通り、過去最高水準に達しているが、財政が健全な国々(以下、財政健全国)との比較ではまだかなり低く、持続可能な経済・財政に向けて努力の余地がある。20~64歳の年齢層の終業率はフランスの73.2%(21年、以下同じ)に対して、オランダは81.7%、スウェーデンは80.7%、ドイツは79.6%、デンマークは79.0%である。25~54歳の層ではフランス(82.1%)と財政健全国との差は目立たないが、55~64歳の層ではフランスが55.9%と70%台の財政健全国との差が開いている。55~64歳の層の就業率の引き上げがようやく軌道に乗り始めたところ。ルペン大統領の年金改革案には就業率の引き上げによる財政の持続可能性の向上の流れを断ち切るリスクがある。

ルペン氏勝利の場合

ルペン氏勝利の場合、6月の国民議会選挙が大統領選挙の結果を反映するかも不透明

新大統領の政権運営を考える場合、6月に予定される国民議会(下院、577議席)選挙の結果も重要だ。

フランスの大統領には、現行の第五共和政憲法下で強大な執行権が付与されているが、政府の活動は首相が指揮する双頭執行体制「半大統領制」である。首相は大統領が任命するが、首相は議会に対しても責任を負い、首相と内閣が成立するには、国民議会の信認、多数派の支持基盤を必要とする16

「半大統領制」は、大統領多数派と首相を信認する議会多数が一致を前提としており、「ねじれ(コアビタシオン)」は国政の混乱を招く。現行憲法下では、3度のコアビタシオンを経験し17、弊害防止のために2000年の憲法改正で大統領任期が7年から5年に短縮、大統領選挙後に国民議会の選挙が実施される現在のサイクルに変わった。

2002年の第2次シラク政権期以降、コアビタシオンはなく、2017年は大統領選挙で勝利したマクロン氏の新党「共和国前進」が308議席と単独で過半数、協力関係にある中道の「民主運動」を加えると6割を獲得する地滑り的勝利を収めた。一方、決選投票を争ったルペン氏の国民戦線(現在は国民連合)は第9位の8議席に留まった。

「共和国前進」は、17年の大統領選挙での勝利後に、市民運動「前進!」を政党組織に改組し、組閣と「民主運動」とともにすべての選挙区に候補者擁立を目指して候補者選びにとりかかった。当選者には既存政党の現職に勝利した若い新人議員も多く含まれた18。しかし、「共和国前進」は、マクロン氏のカリスマ性頼みで、自律した組織としての性格が希薄とされる。21年の地方選では国民連合とともに大敗している19。離党者が相次いだことで、国民議会における現有議席は267議席と単独過半数は失い、「民主運動」と「共和党」、「共和国前進」からの離党者らによる「行動」の協力で過半数を保っている状態だ(図表8)。

6月の国民議会選挙は、大統領選挙で大敗を喫した旧二大政党の分裂の動きと共に展開する可能性がある。大統領選挙がマクロン氏勝利であれば、共和党からの鞍替えなども出て、協力関係にある政党も合わせて過半数確保の可能性がある。

見極めが難しいのがルペン氏勝利の場合だ。前回のマクロン氏のように、大統領選挙勝利の勢いに乗って、国民連合が一気に過半数を確保することはできるのだろうか。大統領選挙第1回投票で第4位につきたゼムール氏からの支持は得たが、ゼムール氏には政党の基盤はない。逆に、ルペン氏阻止の立場をとるメランション氏の「不服従のフランス」が、(1)大統領選挙の第1回投票の善戦が示す勢い、(2)若い世代の支持、(3)大統領選挙での得票率が1.7%まで落ち込んだことで消滅の危機に瀕する社会党・左派の合流、などから勢いを増す可能性がある。

かつての「ねじれ」は、コアビタシオン、つまり「保革共存政権」ないし「左右両派共存政権」であったが、ルペン氏勝利の場合、多数派が反大統領という国民議会の構成になることも考えられるのではないだろうか。

ルペン大統領が誕生した場合、議会とのねじれによる政策の混乱が予想されることに加えて、ルペン氏が、グローバル化、EUに懐疑的な立場であることから、ようやく定着し始めた雇用、投資拡大の流れが途切れる可能性もある。
 
16 山田文比古「フランス」森井裕一編『ヨーロッパの政治経済・入門[新版](有斐閣ブックス)』第1章、15-16頁。大統領の権限としては、首相の任命権のほか、国家の危機に際しての緊急措置法、国民議会の解散権、法案を国民投票に付託する権利、議会が制定する法律の対象となる事項以外に認められる政令(デクレ)、議会の授権により議会が制定する法律の対象となる事項に認められる行政立法(オルドナンス)、議会の修正権を封じるための法案の一括議決、国民議会における法案の表決に政府の信認をかけることができるなどがある。
17 (1)1986年3月~1988年5月の第一次ミッテラン政権期(社会党)のシラク内閣(共和国連合(RPR、後にフランス民主連合(UDF)と合流してUMP→共和党)、(2)1993年3月~1995年5月の第二次ミッテラン政権期のバラデュール内閣(同上)、(3)1997年6月~2002年5月のシラク政権期(同上)のジョスパン内閣(社会党)
18 17年国民議会選挙の結果は、Assemblée nationale ‘Liste des députés élus au 2nd tour le 18 juin 2017’。17年大統領選挙から国民議会選挙への流れについては、伴野文夫「エマニュエル・マクロン フランスが生んだ革命児」幻冬舎 27-30頁
19 「フランス地方選決選投票、与党が大敗 野党共和党が勝利」日本経済新聞電子版 2021年6月28日

ルペン大統領誕生はEU

ルペン大統領誕生はEU、NATO、西側の結束を揺るがすリスク

外交は、購買力や社会保障に比べて、大統領選挙において関心の高いテーマではない。しかし、フランスを含む欧州の安全保障体制は、ロシアによるウクライナ侵攻という重大な脅威に直面し、EU、NATO、西側の結束の必要性が高まっている。主要国であるフランスの大統領がどのようなスタンスの影響力は大きい。

マクロン大統領は、ロシアのウクライナ侵攻前にロシアを訪問するなど外交的手段による解決への積極的な姿勢を示し、ウクライナ侵攻後は対話の窓口は開きながらも、EU、NATOと歩調を合わせてウクライナ支援とロシアへの厳しい制裁で対峙してきた。

ルペン氏は、親ロシア、プーチン大統領との親密さで知られるが、大規模軍事侵攻後は、ロシアを非難し、ウクライナを支援する立場を取る。しかし、制裁に関しては「フランス人の生活に影響を与えない範囲で賛成」とし、厳しい制裁には難色を示す。ルペン氏は、NATOの軍事機構からの離脱も掲げる。

フランスは、英国の離脱後、EUで唯一の国連安全保障理事会の常任理事国となった。軍事力では、フランスは、軍備増強に慎重な姿勢をとってきたドイツを凌ぐ。ロシアによる安全保障体制への挑戦を受けて、EUが、軍事、エネルギー、経済など、あらゆる側面での戦略的自立加速の必要に迫られる中では、フランスがドイツをカバーする役割を果たすことも求められる。

マクロン大統領は、親EU、統合促進の立場から、EUの戦略的自立を積極的に推進する立場をとってきた。コロナ禍からの復興のためのEUの復興基金「次世代EU」の創設では、ドイツのメルケル首相(当時)とともに調整役を担った。昨年12月には英紙フィナンシャルタイムズに、イタリアのドラギ首相とともに寄稿し20、EUの財政ルールを将来のために必要な投資を妨げルールに改善すべきとの問題提起をし、復興基金をひな形とする新たな枠組みについて示唆した。ウクライナ侵攻によって局面の変化に対応するためにも深めなければならない議論だ。

マクロン氏の構想は野心的で、EU内でも必ずしも同調する国ばかりではないが、欧州統合の歩みは、フランスの構想力に負ってきた部分は大きい。ルペン氏はEU離脱やユーロ離脱を主張しなくなったとはいえ、「フランス法のEU法に対する優越」というEUの基礎に関わる事項を揺るがす主張もしている。結束を促し、統合を推進するよりも、分断を広げ、統合にブレーキをかけるリスクがある。

親ロシアで内向きのフランス大統領の誕生は、EU、NATO、西側の結束を揺るがすリスクである。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2022年04月20日「Weekly エコノミスト・レター」)

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