2022年04月11日

誰のためにESGへ注力するのか~ESGは人のためならず~

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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1――ESGとSDGsと当事者

「情けは人のためならず」という言葉は、よく意味を誤解されている慣用句として知られる。本来の趣旨としては、“人に対して情けを掛けておけば,巡り巡って自分に良い報いが返ってくる”という意味なのであるが、“親切にするのはその人のためにならない”といった趣旨で誤用されていることが少なくない。日本語において「人」という言葉は複数の意味で用いられることがあり、辞書を参照すると、 “人類”・“世間一般の人”・“自分以外の人”・“立派な人物”・“人格”など大別して三種類以上の異なる意味で使われている。「情けは人のためならず」という慣用句の本旨は、「人」を“自分以外の人”という意味で考えると理解し易いのであるが、今回の副題に掲げた「ESGは人のためならず」という造語も、その意味を改めて考えるべき命題であり、「人」をどう解釈するかが重要な意味を持つ。
 
近年、世の中で広く意識されるようになっているのが、ESGやSDGsといった概念である。前者は環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)を意識するものであり、後者は国連の主唱する“持続的な成長”を意識した目標設定であって、必ずしも同じ内容ではないが、根源の部分では共通する思想である。以下では、主としてESGに関しての論稿とするが、SDGsとは密接にリンクしている。
 
年金や保険などの運用資産を預かる先進的なアセットオーナーはESG投資を掲げ、運用会社や信託銀行などのアセットマネジャーと呼ばれる運用委託先にも同様なESG投資を求め、その先の具体的な投資対象である企業にESGを意識した経営を求めている。一方で、多くの企業は、内外の機関投資家から投資してもらうために、また、金融機関から融資してもらうために、ESG経営に注力している。ESGやSDGsを意識した経営を行うこと自信が善であることに疑いはないが、企業は株主からの付託を受けて収益を獲得して還元することが最大のミッションである。そのことを否定して、ESGやSDGsのみを喧伝し注力するのであれば、それはNPO法人が行うことと何ら変わりはない。
 
機関投資家等はESG投資を実践するのに際して、幾つかの手法を採用している。ダイベストメントと呼ばれるESGの観点にそぐわない企業を対象から外す手法は初期のESG投資ではメインであったが、現在では必ずしも主流ではなく、むしろインテグレーションと称して、投融資企業とのやり取りを通じて、企業に対してよりESG的な経営への取組みを求める方向にある。
 
今回の東京証券取引所における市場区分の見直しにおいても、プライム市場に属する企業はコーポレートガバナンスコードに沿った経営を行うことが求められている。十分に遵守できないものについては、状況や理由を説明して投資家や市場関係者の理解を求めることは可能になっているが、企業はより高い基準に基づいたコンプライアンスを求められている。中でも、気候変動対応や社外取締役の比率上昇などESGに関連した取組みが喫緊の課題である。日本のアセットオーナーもESG投資の実現に向けて徐々に腰を上げはじめたが、既に大半の上場企業は海外の機関投資家からの要請を受けて、ESGやSDGsを担当する専門の部署を設けたり、統合報告書やESGレポートなどESGやSDGsに関する情報開示を積極的に行ったりなど、多大な労力を投入している。

2――アセットオーナーがESG投資に取組む背景

2――アセットオーナーがESG投資に取組む背景

そもそも年金や保険などの機関投資家であるアセットオーナーが、ESG投資に積極的に取組むのは何故だろうか。世の中では、ESG投資に注力することが当然のものと考えられはじめており、ESG投資に取組む意義や本質が見失われてはいるのではないかと危惧される。わずか10数年ほど前までは、企業によるESGへの取組みは非財務情報として株式投資における超過収益の源泉になるという分析が一般的であった。ESG投資は、あくまでも株式投資における超過収益の源泉の一つとしか考えられていなかったのである。ところが、多くの投資家がESG投資に注力し、多くの企業がESG経営に積極的に取組むようになった現在では、ESG投資へ取組むこと自体が所与のものとなり、その経済的効果は軽視されがちである。
 
最近では、ESG投資の意義としては、ESGやSDGsを意識して経営する企業は、中長期的に安定した業績の実現を期待できるため、結果として株価や倒産確率が大きく変動しないと期待できるものと考えられて来ている。こうした中長期的な業績安定のもたらす結果が、必ずしも短期的な利益には繋がらないかもしれないが、中長期的な観点の投資家からは、株式にせよ債券にせよ、安定的なリターンの源泉として期待できる投資対象になると考えられる。特に、ESG経営に注力する企業への投資は、相場全体の下落局面において、相対的な意味での下値抵抗力になることが期待されている。
 
しかし、こうした収益の安定や底堅さは中長期的な発現が期待されるものであり、短期的には裏切られ、そういった結果とならないこともあるだろう。特に、〇〇ショックなどと呼ばれるような株価の大きな市場の急変に際して、ESGやSDGsを意識した経営を行っている企業の株価が決して下落しない訳ではない。短期的なESG投資のパフォーマンスを見て効果がないと判断するのは、ESG投資の本質である中長期性に対する理解が不足していることの表れであろう。
 
企業によるESGやSDGsへ注力した経営は単に情報開示の面だけではなく、普段からの様々な努力が必要である。Eの面を考えると、温室ガスや産業廃棄物の排出、原材料の調達、輸送、リサイクルなど、様々なものが浮かび上がって来る。また、Sの面においても、従業員の労働環境、社会における当該企業の役割など幅広い認識が必要になって来る。最後のGの面においても、企業が法令や規則等を遵守することはもちろん、適切な手続きに則って社会における公器として恥ずかしくない企業活動を行うことが求められる。

3――投資家はなぜ企業にESG経営を求めるのか

3――投資家はなぜ企業にESG経営を求めるのか

金融機関や資本市場から資金調達を行っている企業は、企業自身が自主的にESGに取組むだけではなく、投資家がESGに注力した経営を求めていることもあって、ESGへの努力を行っている側面が強いと整理できるが、では、投資家自身はなぜ企業にESG経営を求めているのだろうか。投資家サイドにおいて、この根本が忘れられている例は少なくないのではないか。ESG投資という本来手段であるはずのものが目的化しており、ESG投資という看板に沿っただけの本質を伴わないESG投資になっていないだろうか。
 
アセットオーナーが加入者や受益者から付託されているミッションは、加入者や受益者のために、資金を運用し利回りを稼ぐことである。中長期的に十分な利回りを獲得することが目標だと言い換えても良いだろう。一方で、ESG投資に関しては、時として、地球環境のためといった大義名分を掲げられることもあるが、もし利回りの追求とESG投資とが相反する状況となった場合は、どちらを優先するのだろうか。ステークホルダーから求められ約束しているものが何であるかを、失念してはならないのではないか。単純にESGやSDGsの徹底のみを求めるのであれば、それは原理主義的な個人の活動家やNPOが求めているものと変わらないと言えるのかもしれない。
 
アセットオーナーも、アセットマネジャーも、すべての機関投資家は、何のために、誰のために、資産運用を行っているかとともに、何のために、誰のために、ESG投資を行い、その手段として投資対象にESG経営を求めているかを自覚する必要がある。単に流行しているからという理由だけでESG投資に取組むことが、受託者責任に反する場合すらあることも考えておくべきだろう。ESG投資は、単に受益者のみならず地球全体など広い範囲のステークホルダーのために行う行為であり、手段であるESG投資のみを目的化して邁進することには、本筋の投資行動から逸脱するリスクがある点を留意しておきたい。
 
特に、運用会社等のアセットマネジャーは、アセットオーナーから運用を委託してもらうために、つまり、営業の一環として、一部のアセットオーナーより積極的にESG投資へ取組んでいるという事例も見られる。アセットマネジャーのほとんどが株式会社形態の営利法人であり、株主のために収益を獲得する観点から、アセットオーナーの資金を受託する目的でESG投資に積極的な姿勢を見せていると考えることが可能である。ESGやSDGsを声高に主張し衆目を集めることが目的となっているような個人やNPOとは置かれているポジションが異なっており、株主及び自分のためになるものとして、ESG投資に取組んでいることを自覚しておきたい。
 
今回は、「ESGは人のためならず」という命題を設定してみたが、ESGが誰のためのものなのか。「情けは人のためならず」と同様に、最終的には自分にとって良いことが返って来ることを信じて、ESG投資やESG経営に取組んではいかがだろうか。
 
 

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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

(2022年04月11日「基礎研レター」)

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