2022年03月25日

コロナ禍における高齢者の移動の減少と健康悪化への懸念~先行研究のレビューとニッセイ基礎研究所のコロナ調査から~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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3――高齢者の外出と心身の健康との関連~先行研究のレビューより~

1|歩行による死亡率低下や認知症予防への効果
ここからは改めて、先行研究のレビューによって、外出(移動)が高齢者にもたらす効果について整理したい。

まず、外出(移動)に伴う「歩行」について、運動習慣としての観点から、身体機能への影響をみていきたい。関(2001)は、歩行習慣等と死亡率の関係について、コホートを用いた縦断研究を行った6。新潟県の農村部に住む60歳から75歳未満の住民1,965人にアンケートを行って歩行習慣を尋ね、7年後の生命予後との関係を分析した。その結果、性、年齢、既往歴による違いを補正しても、室内と戸外を合わせた歩行時間が1日1時間以上だと、死亡リスクを有意に低下させることが分かった。

歩行は、死亡率低下だけではなく、認知症予防につながることも明らかにされている。

竹田ほか(2007)は、愛知県のある町に住む65以上の高齢者4,994人を対象に、歩行習慣について郵送でアンケートを行い、5年間の追跡調査を行った7。5年後に健康状態を保持していたグループと、要介護認定を受け、かつ認知症を発症していたグループに分けて、生活習慣等を比較したところ、「1日30分以上の歩行時間」は、認知症を伴う要介護状態にならないことと有意に関連していた。

またこの調査では、「友人宅訪問」や「他者の相談に乗る」、「病人を見舞う」など、高齢者が主体的に活動し、社会的役割に資する変数についても分析した。その結果、これらの行動も認知症予防と有意に関連していた 。

適度な歩行は、健康を促進するものとして、政府も国民に推奨してきた。政府が国民の健康増進を目的に定めた「健康日本21(第二次)」の中では、「運動習慣者の割合の増加」に加えて「日常生活における歩数の増加」を掲げ、その具体的な歩数を、65歳以上では「男性7,000歩、女性6,000歩」(20~64歳は男性9,000歩、女性8,500歩)としている。歩行が健康づくりに役立つこと自体は、広く認識されているであろう。
 
6 関奈緒(2001)「歩行時間、睡眠時間、生きがいと高齢者の生命予後の関連に関するコホート研究」『日本衛生学雑誌』第56巻第2号
7 竹田徳則ほか(2007)「地域在住高齢者の認知症発症と心理・社会的側面との関連」『作業療法』26巻第1号
2|社会参加による死亡率低下や認知症予防への効果
次に、外出(移動)が持つ社会性に着目して、心身の健康への影響をみていきたい。

外出には、例えば「1人で散歩して、誰とも会話をせずに帰ってくる」というようなパターンもあるが、友人らと共に趣味の活動や外食をしたり、地域活動に参加したりすることも多い。または出かけた先の店で従業員らと会話することもあり、移動が、交流や社会参加を伴うことが多い。従って、高齢者の交流や社会参加に着目して、健康への効果を整理しておくことも重要である。

地域社会との関わりと、死亡率の関連を研究したのが安梅(2000)である8。大都市近郊の農村に居住する60歳以上の住民1,069人を対象に、独自に開発した「社会関連性指標」について調査し、5年間追跡した。「社会関連性指標」とは、「生活の主体性領域」、「社会への関心領域」「他者とのかかわり領域」「生活の安心領域」「身近な社会参加領域」の五つから成るものである。これをスコア化し、死亡率との関連を分析したところ、社会関連性指標が低得点だと、死亡率が高くなる傾向が見られた。

次に、様々な身体・文化・地域活動の実施状況と、フレイルとの関連を研究したものが、吉澤ら(2019)の横断研究である9。レイルは、要介護の手前の状態である。吉澤らは、ある市在住の要介護認定を受けていない高齢者73,341人を対象に、介護予防の一環として、厚生労働省が作成した基本チェックリストの項目と、スポーツや文化活動、社会活動の参加状況等に関する調査を郵送で行った。調査項目に欠損値のない49,238人を対象に分析し、フレイルやプレフレイルの判定には、基本チェックリストの回答を用いた。

吉澤らの調査では、高齢者が行っている活動を、ウォーキングや水泳などの「身体活動」、趣味の料理や手芸、囲碁・将棋、カラオケなどの「文化活動」、ボランティア活動などの「地域活動」の三つに区分し、フレイルとの関連を分析した。その結果、身体・文化・地域活動のいずれにおいても、実施していないグループは、週1回以上実施しているグループに比べて、フレイルになるリスクも、プレフレイルになるリスクも有意に高かった。文化活動や地域活動を行っている人も、フレイルやプレフレイルになるリスクが有意に低かったのは、これらを実施するために自然に外出し、身体機能を使っている可能性があると同研究は指摘している。

次に、交流と認知症等との関連も示されている。斉藤ほか(2015)は、2003年10月から約10年間、愛知県の6市町村に住む要介護認定を受けていない高齢者14,804人を対象としたAGES(愛知老年学的評価機構)プロジェクトのデータを用いて、他者との交流頻度と、要介護認定や認知症発症、死亡状況等について関連を調べた10。その結果、同居以外の親しい他者との交流頻度が「月1回~週1回未満群」は、「毎日頻繁群」と比べると、性別、年齢、同居者の有無、身体状況、物忘れの有無、社会経済的状況等を調整しても、要介護認定に移行するリスクが1.36倍、認知症を伴う要介護認定に移行するリスクが1.39倍、死亡リスクが1.15倍高かった。また、交流頻度「月1回未満群」では、死亡リスクが、「毎日頻繁群」に対して約1.4倍高かった。

また、1|でも述べたように、竹田ら(2007)の調査でも、「友人宅訪問」や「他社の相談に乗る」、「病人を見舞う」など、高齢者が主体的に活動し、社会的役割に資する行動が、認知症予防と有意に関連していることが示唆されている。

これらの研究から、他者との交流や社会参加を積極的に行うことは、死亡率低下、フレイルやプレフレイル予防、認知症予防につながることが分かった。従って、高齢者にとって、交流や社会参加の機会を提供する「外出(移動)」の環境を確保することが重要だと言える。
 
8 安梅勅江ほか(2000)「高齢者の社会関連性評価と生命予後 社会関連性指標と5年後の死亡率の関係」『日本公衆衛生雑誌』第47巻第2号
9 吉澤裕世ほか(2019)「地域在住高齢者における身体・文化・地域活動の重複実施とフレイルとの関係」 『日本公衆衛生雑誌』第66巻第6号
10 斉藤雅茂ほか(2015)「 健康指標との関連からみた高齢者の社会的孤立基準の検討  10 年間のAGESコホートより」『日本公衆衛生雑誌』第62巻第3号
3|外出頻度の重要性
外出の頻度についても、健康指標としての妥当性が研究されてきた。

藤田ほか(2004)は、高齢者の外出頻度と、身体機能、心理、社会参加の指標との関連を探った11。新潟県与坂町(現・長岡市)の65歳以上の住民1,673人を対象に、調査員による面接聴き取りの方法で、外出頻度を「毎日1回以上」「2~3日に1回程度」「1週間に1回程度」「ほとんどない」の4区分で調査した。その結果、外出頻度が低いほど、身体機能(認知機能、歩行能力、ADL、高次生活機能)、心理(健康度自己評価、抑うつ度、孤独感、生きがいの有無)、社会的特性(ソーシャルネットワーク、余暇活動・社会参加)のいずれも、低水準であることが分かった。

また、外出頻度が低い人の要因について分析すると、「週1回程度以下」の要因には、「歩行障害がある」、「転倒不安による外出制限がある」、「心疾患の既往があるなど」、主に歩行障害を中心とした身体機能低下が認められた。これに対して、「2~3日に1回程度」の要因としては、歩行障害や転倒不安は含まれず、「就労状況(していない)」や「抑うつ度」など、心理的・社会的なものがみられたという。

次に、外出頻度などの生活習慣と、要介護リスクの関連を縦断研究によって調査したのが平井ほか(2009)である12。2005年、東海地方の介護保険者5市町に住み、要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者24,374人を対象に、郵送でアンケートを実施した。このうち歩行が自立していない人などを除く9,702人を3年間追跡し、要介護や死亡の状況を調べた。外出頻度は「ほぼ毎日」「週2~3日」「週1回以下」の3群に分けて分析した結果、男性、女性ともに、外出頻度が低い方が、要介護リスクが有意に高かったとしている。

2|で述べた斉藤ほか(2015)の研究も、外出頻度が毎日の高齢者は、週1回未満の高齢者に比べて、死亡率、認知症リスク、要介護リスクがいずれも低いことを示している。
 
11 藤田幸司ほか(2004)「地域在宅高齢者の外出頻度別にみた身体・心理・社会的特徴」『日本公衆衛生雑誌』第51巻第3号
12 平井寛ほか(2009)「地域在住高齢者の要介護認定のリスク要因の検討 AGESプロジェクト3年間の追跡研究」『日本公衆衛生雑誌』第56巻第8号
4|小括
以上の内容をまとめると、高齢者にとって外出(移動)は、まず運動習慣としての歩行という観点から、死亡率やフレイル発生、要介護のリスクを下げることにつながる。また、移動した先で交流や社会参加を行い、社会的役割を担う活動を伴うことなどにより、認知症予防にも寄与する。逆に、外出頻度が低下し、社会参加が乏しくなると、歩行能力や認知能力などが低下し、要介護リスクが高まるだけでなく、うつや孤独など、心理面にも悪影響を及ぼす可能性がある。

4――終わりに

4――終わりに~高齢者の健康維持を目的とした「新しい生活様式」構築を言

これまで述べてきたように、先行研究の蓄積や、ニッセイ基礎研究所のコロナ調査の結果は、高齢者にとって、心身の健康を維持するために、積極的に外出(移動)し、これまでの日常生活や社会参加を継続することの重要性を示している。従って、繰り返し述べているように、コロナ禍の外出自粛が習慣化し、高齢者の移動の減少が長期化すれば、歩行などの機能が低下し、認知症や要介護、フレイルを発生するリスクが上昇する。コミュニケーション機会の減少などから、うつ症状になったり、孤独感を深めたりする恐れもある。つまり、コロナ禍における外出自粛が反って、高齢者に健康障害を引き起こす可能性がある。

日本老年学会は、国内で新型コロナ感染が拡大を見せ始めた2020年3月、早速「『新型コロナウイルス感染症』高齢者として気をつけたいポイント」を提言している。その中で、高齢者が生活不活発になると、身体や頭の動きが低下し、疲れやすくなり、フレイルが進むと注意を促した。フレイルが進むと、体の回復力や抵抗力が低下し、感染症も重症化しやすい傾向になると説明している。そして、フレイル予防のために、屋内外で身体を動かすことや、栄養を摂ること、会話することなどを呼びかけた。しかし、いまだコロナ禍の収束の兆しは見えず、実際には、高齢者の移動が減少した状態が現在も続いている。

高齢者にとって、新型コロナウイルスは発症後の重症化リスクが高いことは事実だが、日本老年学会が指摘する通り、感染を恐れる余り、生活不活発になれば、別のメカニズムによって衰弱する恐れがある。今後は、他者と適度の距離を保ち、会話する時はマスクを着用するなど、感染予防をしながら身体活動や社会参加を続けることが、特に高齢者にとっては重要であろう。ただし、自粛生活が長期化し、既に習慣化した高齢者に対しては、身近な医療関係者や行政等がそれらの重要性について周知啓発したり、地域活動に参加を促したりする工夫も必要だろう。感染予防だけを目的とするのではなく、飽くまで人々の心身の健康状態を維持することを目的として、それぞれの状況に応じた「新しい生活様式」を構築していくべきであろう。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2022年03月25日「基礎研レポート」)

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