2022年03月25日

コロナ禍における高齢者の移動の減少と健康悪化への懸念~先行研究のレビューとニッセイ基礎研究所のコロナ調査から~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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1――はじめに

新型コロナウイルス感染拡大後、不要不急の外出自粛や在宅勤務の推奨、飲食店の営業時間短縮などにより、人々の移動の機会が大きく減った。特に都道府県をまたぐ移動は控えるよう要請され、移動距離も短くなった。そのような中で、コロナ発症後の重症化リスクが高い高齢者にとっては、特に外出が難しい状態が2年以上続いてきた。

移動は、旅行のような余暇活動だけではなく、通勤通学、通院、買い物、友人との交流や地域行事への参加など、日常生活や社会参加に付随して生じる行動である。従って、移動を自粛すれば、人々の日常生活そのものが不活発になり、身体活動が減るだけではなく、社会参加も委縮することになる。

これまでの先行研究により、高齢者にとって活発な外出は、歩行によって身体機能を高め、死亡率を下げるだけではなく、行先で人とコミュニケーションすることで認知症予防につながり、介護予防やフレイル予防にも貢献することが示されてきた。従って、コロナ禍で高齢者の外出(移動)の減少が長期化すると、身体機能の悪化や認知症の発症、フレイルや要介護状態への移行リスクが上昇することが懸念される。

本稿では高齢者に焦点を当てて、コロナ禍における移動回数や活動量の減少、及び、それらがもたらす健康上のリスクについて、先行研究やニッセイ基礎研究所のコロナ調査から確認したい。その後、改めて移動と心身の健康との関連を示す先行研究の内容を整理し、コロナ禍においても、高齢者にとって活発な外出が重要であることを示したい。

2――コロナ禍による高齢者の移動の減少

2――コロナ禍による高齢者の移動の減少

1|コロナ禍による日常生活の変化
(1) 国内における移動の減少
まず、コロナ禍における人々の移動の変化について概観したい。

人の移動については従来、国土交通省が都市圏を対象に行う「パーソントリップ調査」が用いられることが多かったが、コロナ禍以降、スマートフォンの位置情報を用いたビッグデータが多用されるようになった。これは、人口流動をリアルタイムで、広域かつ大量に取得できるというメリットがある。そしてこのような統計によって、コロナ禍で人々の移動量が減少したことが浮き彫りになってきた。

Y. Hara and H.Yamaguchi (2021)は、NTTドコモのモバイル空間統計を用いて、2020年1月から5月までの、国内における人の移動を示す近似的トリップ数(「トリップ」は移動の単位)を推計した1。その結果、コロナ前(2020年1月)に比べて、公立学校が一斉休校になった2020年3月には、1週間平均の近似的トリップ数は4%減少していた。1回目の緊急事態宣言が発令された同年4月には、さらに落ち込んで4.6%減少し、5月のゴールデンウィークに最少になった。段階的に宣言が解除された5月中旬以降は再び増え始めたが、元の水準に比べれば減少傾向が続いた。

地域別に減少幅を見ると、東京都(▲45%)、大阪府(▲26.9%)、神奈川県(▲26.1%)、愛知県(▲12.7%)など、都市部では大きく減少していたが、人口密度の小さい地方では減少幅が1%以内の県もあり、寧ろ増加していた県もあった。

また、都道府県をまたぐ長距離の近似的トリップ数は、緊急事態宣言発令中には、コロナ前より半減していた。コロナ前に見られた神奈川、埼玉、千葉から東京都内への流入や、東京都内から全国への流出も減少しており、リモートワークによって首都圏の通勤が減ったことや、東京から全国への旅行が自粛されたことが示された。

ただし、この研究はスマートフォンの位置情報を利用したものであることから、スマホの普及率が低い80歳以上の高齢者や14歳以下の子どもたちには適用が困難だとしている。

国内では、コロナ禍においてもヨーロッパのような強制的なロックダウンは行われず、2020年時点では、緊急事態宣言には罰則規定も無かったが、この研究は、政府や都道府県知事からの呼びかけやテレワーク推奨などのソフト政策だけでも、人々の移動を自粛させるのに十分機能したことを示している。国内では、それだけ人々の感染不安が強かったと言える2
 
1 Yusuke Hara and Hiromichi Yamaguchi, 2021. Japanese travel behavior trends and change under COVID-19 state-of-emergency declaration: Nationwide observation by mobile phone location data. Transportation Research Interdisciplinary Perspectives. Vol.9, 100288,.
2 2021年12月に実施したニッセイ基礎研究所「第7回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」によると、感染によって感じる不安は、「健康状態が悪化」が計57.1%、「感染しても適切な治療が受けられない」が計52.7%、「世間からの偏見や中傷」が計49.6%であり、健康面の不安だけではなく、偏見や中傷への不安も大きいことを示している。
(2) 高齢者の活動量の低下
1で述べたように、移動が減少すると、日常活動が不活発になったり、社会参加が委縮する可能性がある。従って本項では、高齢者に焦点を当てて、コロナ禍の身体活動の変化についてみていきたい。

コロナ禍では、緊急事態宣言発令期間に高齢者の身体活動が減少したことが先行研究によって報告されている。

Yamada, et al(2020a)は、首都圏と阪神圏、愛知県、福岡県に住む高齢者1,600人を対象に、インターネット調査を実施し、1回目の緊急事態宣言発令期間(2020年4月)とコロナ感染拡大前(同年1月)における身体活動量を比較した3。身体活動には、スポーツから軽い運動まで、強度の異ななる様々な活動を含めた。その結果、1週間あたりの身体活動時間(中央値)は245時間から180時間に減少していた。日本では、冬季は寒さのために活動量が低下し、春には活発になる傾向があるが、それにも関わらず、3割近い大幅減となっていた。

Yamada, et al(2020b)らはこれに続き、1回目の緊急事態宣言が解除された2020年6月にも、高齢者を対象にインターネットで追跡調査を行った。すると、回答者全体では、身体活動時間はコロナ前の水準まで回復していたが、1人暮らしで社会的に孤立した高齢者に限ってみると、コロナ前より3割減の状態が続いていたという4

この調査結果は、コロナ収束後も、1人暮らしで社会的孤立の状態にある高齢者については、地域が特に注意してサポートしていく必要を示していると言える。
 
3 Yamada M,Arai H, et al., 2020a. Effect of the COVID-19 Epidemic on Physical Activity in Community-Dwelling Older Adults in Japan: A Cross-Sectional Online Survey. J Nutr Health Aging. 24(9).
4 Yamada M,Arai H, et al., 2020b. Recovery of Physical Activity among Older Japanese Adults Since the First Wave of the COVID-19 Pandemic. J Nutr Health Aging. 24(9).
2|高齢者の移動の減少と健康への影響
(1)フレイル発生率の上昇
Yamada, et al (2021)は、要介護状態の手前の状態であるフレイルの発生率が、コロナ後に上昇したかどうかを調査した5

1|(2)で紹介したコロナ後(2020年)の調査から、高齢者937人分のデータを取り出し、1年後のフレイル発生率を調べた。また、コロナ前(2015年―2016年)に行われた別の調査からも、異なる高齢者のデータを取り出して、フレイル発生率を調べ、両グループを比較した。その際、性別や年齢、肥満度などの変数の違いは制御した。

その結果、コロナ前のグループでは、1年後にフレイルを発生していた高齢者は11%だったが、コロナ禍のグループでは16%であり、大きな差があった。従って、コロナ禍ではフレイルリスクが上昇すると言える。

この調査の中では要因分析は行われていないが、1|の結果などを考慮すれば、コロナ禍における活動量低下がフレイル発生に影響した可能性が大きい。
 
5 Minoru Yamada and Hidenori Arai, 2021. Does the COVID-19 pandemic robustly influence the incidence of failty?. Geriatrics & Gerontology International.21(8).
(2) 移動時間の減少と健康不安~ニッセイ基礎研究所のコロナ調査より~
次に、高齢者の移動の減少と健康不安との関連について、ニッセイ基礎研究所の「第7回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」から確認したい。

筆者の基礎研レポート「コロナ禍における高齢者の活動の変化と健康不安への影響」(2022年1月)では、新型コロナの感染拡大前後の生活時間の変化について、回答者を20~64歳の非高齢者と65歳以上の高齢者に分けて整理した。それによると、「移動時間(通勤・通学を含む)」が「減少」と回答した人は、65歳以上の高齢者では26.7%、非高齢者では20%となり、高齢者の方が6.7ポイント上回っていた。

年齢区分をしていない上述のY. Hara and H.Yamaguchi (2021)の調査でも、コロナ禍において人々の移動が大きく減少したことを示していたが、高齢者に限ってみると、非高齢者よりも減少幅が大きくなる可能性を示した。高齢者の方が、コロナ罹患による重症化率が高いために、より外出を控える傾向が強いと考えられる。

次に、高齢者の移動時間の減少が、他の活動の変化とどのように関連しているかをみていきたい。なお、ここでは同調査において「移動時間」が「増加」「変わらない」と回答した人を「増加・維持群」とまとめて、「減少群」との比較を行った。

その結果、「移動時間」の減少群は、増加・維持群に比べて、「運動時間」や「趣味や娯楽、スポーツ時間」、「交際やつき合い時間(オンラインを含む)」が「減少」と回答した割合が大きかった(図表1)。これは「運動」や「趣味や娯楽、スポーツ」、「交際やつき合い時間」に付随して、移動が発生することを示しているだろう。この結果は、「はじめに」で述べた「移動を自粛すれば、人々の日常生活そのものが不活発になり、身体活動が減るだけではなく、社会参加の機会も縮小することになる」ことを裏付けている。なお、ここで言う「運動時間」は、散歩など、負荷が小さく、軽く身体を動かすものを想定している。

「交際やつき合い時間(オンラインを含む)」については、増加・維持群に限ってみても「減少」が過半数に上ったが、これは、設問にオンラインの時間を含めたためだと考えられる。

次に、移動時間の減少と様々な健康不安との関連について、再び筆者の上記レポートからレビューしたい(図表2)。

移動時間の減少群は「運動不足による健康状態や身体機能低下」に対して「不安」との回答が58.1 %に上り、増加・維持群に比べて約14ポイント高かった。他人との接触を避けて外出を自粛した高齢者の多くが、結果的に身体を動かす時間が減り、身体機能低下を懸念していることが分かる。

同様に、移動時間の減少群では、「コミュニケーション機会の減少による認知機能の低下」への不安を感じている人は33.3%おり、増加・維持群に比べて約12ポイント高かった。「コミュニケーション機会の減少により、うつなど心の病気になる」への不安を感じている人も30.8%であり、増加・維持群に比べて約11ポイント高かった。また、「孤独や孤立」への不安を感じている人は28.2%で、増加・維持群に比べて約11ポイント高かった。

以上のように、コロナ後に移動時間が減少した高齢者は、そうではない高齢者に比べて、身体機能の低下、認知機能の低下、うつ症状、孤独・孤立のいずれに対しても、不安を感じている人が多い傾向が分かった。移動を減らしたことで、歩いたり、階段を上り下りしたりして体を動かす機会が減っただけではなく、移動先で友人・知人らと交流したり外食したりし、口腔機能や脳を使う機会も減ったためだと考えられる。

この調査は、心身の健康状態等の悪化について、本人が不安を感じているかどうかを尋ねたものであり、実際に心身の機能が低下したかどうかを、基本チェックリストの点数や身体測定などで確認したものではない。しかし、先行研究では、外出(移動)は死亡率の低下や認知症予防などに効果があることが示されているため、不安調査は実態と乖離するものではないと考えられる。
図表1 コロナ禍における移動時間の増減と、その他の活動時間の増減との関連(65歳以上)
図表2 コロナ禍における移動時間の増減と、心身の健康状態や精神面への不安との関連
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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