2022年02月22日

新型コロナ 救急搬送への影響-搬送人数は減少、搬送時間は延伸

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大がはじまってから、2年が経過した。2020年春にパンデミックとなって以降、何回か感染拡大の波が襲来し、緊急事態宣言の発令等の対処がとられてきた。ウイルスは、変異を続け、感染力を高めてきた。特に、オミクロン型の変異ウイルスの感染力は強く、2022年2月には、1日の新規感染者数が10万人超と過去最多を更新している。

そんななか、昨年12月に総務省消防庁は、「令和3年版 救急・救助の現況」1を公表した。これは、2020年の救急搬送の状況を統計にまとめたものだ。今回の内容は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大時期を含んでおり、随所にその影響があらわれている。本稿では、この資料をもとに、コロナ禍で救急搬送がどう影響を受けたのか、みていくこととしたい。
 
1 資料は、総務省消防庁のホームページ(https://www.fdma.go.jp/publication/rescue/post-3.html)に掲載されている。

2――「救急・救助の状況」について

2――「救急・救助の状況」について

まず、公表された資料の特徴について簡単にみておこう。

1資料は、救急編、救助編、航空編に分かれている
この資料は、救急編、救助編、航空編の3つに大きく分かれている。救急編は、救急車等での患者の搬送。救助編は、火災や事故での被災者の救助。航空編は、消防防災ヘリコプターでの救急搬送や救助活動が、主な内容となっている。本稿では、主に、救急編をみていく。

資料内容は、全国の消防本部で行われた救急・救助活動を、消防庁がまとめたものとなっている。

2資料中、「新型コロナウイルス感染症」の記載は1ヵ所だけ
この資料は、毎年、所定の項目をまとめている基礎資料だ。そのときどきのトピックスを選んで、それを深掘りするといった形式ではない。今回の資料で、「新型コロナウイルス感染症」という用語が使われているのは、「はじめに」のなかの1ヵ所だけとなっている。だが、資料中には、コロナ禍の影響がさまざまなデータとしてあらわれている。以下、筆者の解釈を織り込みつつ、みていきたい2
 
2 本稿では、筆者の解釈の部分を、{ }内に表示する。

3――搬送人数の減少

3――搬送人数の減少

まず、救急の出動件数と搬送人数の推移からみていこう。

1救急の出動件数と搬送人数は大幅に減少
近年、人口の高齢化を受けて、急病等による救急搬送は、増加基調にある。2019年には、664.3万件の出動で、598万人を医療機関に搬送しており、いずれも過去最多であった。ところが、2020年は、出動件数は593.6万件(対前年 -70.7万件)、搬送人数は529.6万人(同 -68.5万人)と、それぞれ減少した。{減少の背景には、コロナ禍により、出動要請が減ったことや、搬送が困難な事案があったことが、あるものとみられる。} 以下、この減少の原因を探るべく、データを細かくみていきたい。
図表1. 救急出動件数と搬送人員の推移
22020年4~5月に大きく落ち込んでいる
2019年と2020年の数字を、月ごとに比較してみよう。最初の緊急事態宣言が発令されていた2020年4~5月に、出動件数と搬送件数が大きく落ち込んでいることがわかる。{この時期は、ウイルスの感染力や、患者の重症化についてまだ不明な点が多く、現在以上に大きな脅威ととらえられていた。その結果、医療機関での感染を避けるために、救急出動の要請が極力控えられたことが考えられる。}
図表2-1. 救急出動件数の月ごとの比較/図表2-2. 搬送人員の月ごとの比較
3運動競技の事故での搬送が大幅に減少
つぎに、主な事故の種類別に、2019年と2020年の搬送人数の比較をしてみよう。種類別にみると、急病による搬送が全体の約3分の2を占めている。2020年に急病により搬送された人は、345.2万人で、対前年 -12%の減少。続いて、一般負傷が86.7万人で同 -6%の減少。交通事故が34.2万人で、-17%の減少となっている。注目されるのは、運動競技の事故での搬送で、対前年 -43%と大幅に減少している。{コロナ禍により、外出が自粛されたため、交通事故の数が減り、搬送人数も減少。また、さまざまな運動競技も自粛されたため、事故の数が減り、搬送人数も大幅に減少したものとみられる。}
図表3. 主な事故種別搬送人員数の比較
4軽症ほど搬送が大きく減少
つづいて、搬送された患者の傷病の程度別に、2019年と2020年の比較をしてみよう。中等症(入院診療)と軽症(外来診療)がそれぞれ全体の45%程度を占めている。ただし、減少率をみると、中等症が対前年 -8%の減少なのに対し、軽症は同 -16%の減少、と減少の程度に明確な違いがある。重症(長期入院)は、同 -6%、死亡は同 +1%となっており、軽症ほど搬送が大きく減少する形となっている。{コロナ禍により、軽症の場合、救急出動の要請や搬送を見送るケースが多かったものとみられる。}
図表4. 傷病程度別搬送人員数の比較
5若齢では搬送が大きく減少
つぎに、搬送された患者の年齢別に、2019年と2020年の比較をしてみよう。65歳以上の高齢者が全体の6割以上を占めている。各年齢層の減少率をみると、85歳以上は対前年 -5%の減少なのに対し、65-74歳と75-84歳は同 -10%の減少だった。18-64歳は同 -13%、17歳以下は同 -32%と大きく減少した。{コロナ禍により、比較的に軽症の患者が多いとみられる若齢層では、救急出動の要請や搬送を見送るケースが多かったものと考えられる。}
図表5. 年齢別搬送人員数の比較
6東京の出動件数の減少が全国で最も大きかった
地域別に救急出動がどう変化したのか、みてみよう。都道府県別に、2019年と2020年を比べてみる。人口当たりの出動件数は、東京、沖縄、大阪などで大きく減少。減少率でみると、東京(対前年 -16%)を筆頭に、沖縄(同 -13%)、滋賀(同 -12%)、愛知(同 -12%)とつづいた。{コロナ禍により、感染が拡大した3大都市圏を中心に、救急出動の要請や搬送を見送るケースが多かったものと考えられる。}
図表6. 都道府県別の出動件数 (人口1万人当たり)

4――搬送時間の延伸

4――搬送時間の延伸

つぎに、救急出動要請の入電から現場到着や病院収容までといった、搬送時間についてみていこう。

1病院搬送時間 (平均) は40分超に伸びた
近年、救急搬送体制の整備が進んでいる。これにより、2013年以降、搬送人数の増加にも関わらず、平均の現場到着所要時間は8.5~8.7分、病院収容所要時間は39.3~39.5分とほぼ横ばいで推移してきた3。ところが、2020年は、現場到着が8.9分、病院収容が40.6分と、それぞれ伸びた。{コロナ禍により、救急隊員の感染防止対策に時間がかかり現場到着までの時間が延伸。また、搬送先の病院がなかなか決まらず、病院搬送の時間も伸びた、といったことが背景にあるものとみられる。}
図表7.現場到着所要時間と病院収容所要時間(平均)の推移
 
3 「現場到着所要時間」は入電から現場到着までに要した時間、「病院収容所要時間」は入電から医師引継ぎまでに要した時間を指す。
2受入照会回数が増加した
つぎに、患者の搬送に先立って、救急自動車から医療機関等に行われた受入照会についてみてみる。2020年の急病患者の搬送をみると、3回までの照会で受け入れ先が決まったケースは減少した反面、決定までに4回以上の照会を要したケースは増加した。交通事故や一般負傷などを含む、患者全体でみても、4回までのケースは減り、5回以上のケースは増えるなど、全体的に、受入照会回数は増加傾向となった。{コロナ禍で、医療機関側の患者受入態勢が整いにくい状況があったものと考えられる。}
図表8. 受入照会回数別搬送人数
3呼吸器系の疾病で病院搬送時間が増加した
つづいて、疾病分類別に、病院収容所要時間(平均)をみてみよう。2020年には、いずれの疾病分類でも時間が伸びている。特に、呼吸器系では、所要時間が40.8分となり、対前年 +3.1分伸びている。{新型コロナウイルス感染症が拡大するなか、呼吸器系の病気を中心に、医療機関側の患者受入態勢が整いにくい状況があったものと考えられる。}
図表9. 年疾病分類別の病院収容所要時間の比較

5――救急搬送困難事案の状況調査

5――救急搬送困難事案の状況調査

新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、総務省消防庁は、2020年の春より、救急搬送困難事案の状況調査を行っている。調査結果は、週単位で公表されているので、最後にみていこう。

この調査で、「救急搬送困難事案」とは、救急隊による医療機関への受入れ照会回数が4回以上で、かつ現場滞在時間が30分以上の事案を指している。また、調査では、体温37度以上の発熱、呼吸困難等の新型コロナウイルス感染症疑いの症状がある事案を、「コロナ疑い事案」としている。

これまで、感染拡大の波とともに、救急搬送困難事案の件数は増減を繰り返してきた。2022年に入ってから、オミクロン型変異ウイルスの急拡大を受けて、救急搬送困難事案の件数は、1週間に6000件超の増勢をみせている。また、コロナ疑い事案も、2000件超と昨夏を上回る水準で推移している。
図表10. 救急搬送困難事案の推移 (1週間の件数)

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

以上、コロナ禍が救急搬送に与えた影響をみていった。搬送に先立つ医療機関等への受入照会の回数が増え、搬送時間が伸びた点は、医療逼迫の一つの断面といえるだろう。これまでに、病院搬送を含めた、医療体制の整備が図られてきた。ただし、感染拡大の波は、いまなお、続いている。

今後もコロナ禍の感染の拡大動向と、救急搬送への影響について、注視していくこととしたい。

(2022年02月22日「基礎研レター」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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