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AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣(上)~全国30地域に展開するアイシン「チョイソコ」の事例から
生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
CASEに対応する必要性から、移動サービスの検討をスタート
自動車産業では、ヨーロッパを中心にCO2規制が厳しくなって、従来のガソリン車を作れなくなってきた。そこで、苦境を打開するために、戦略として出てきたのが、「接続、自動運転、シェアリング&サービス、電動化」の4要素を表す「CASE(Connected, Autonomous, Shared & Service, Electric)」です。国内の自動車産業もCASEへの対応を迫られている他、異業種も、自動車市場への新規参入を狙ってCASE関連の事業に投資しています。このような状況の中で、アイシンも新しいサービスを検討され、チョイソコが生まれてきたそうですね。
加藤氏: 経緯を話すと、旧アイシン精機では2015年1月にイノベーションセンターを設立し、様々なテーマの新規事業を企画していました。そのような中でCASEという課題が出てきて、当時の伊原保守社長が「うちは部品メーカーだから、CASEのうち自動化(A)と電動化(E)については、主体的にできないよね。ただ接続(C)とシェアリング(S)については、アイシンのブランドで主体的に商品を作ったり、新規事業を行ったりできるんじゃないか」と考えたのです。その内容を具体的に考えるように、という指示が2017年に下り、検討チームができました。
次に、どこかパートナーがないか探していたところ、愛知県の企業が集まる「中部マーケティング協会」の会合で、うちのスタッフとスギ薬局さんが知り合い、「一緒にやってみない」とお誘いしたら「いいですよ」と言って頂き、一緒に取り組むことになったんです。スギ薬局さんはいろんな自治体と包括連携協定を結んでいたので、自治体に提案するなら、その締結相手の自治体さんが良いだろうということで、いくつかに声をかけ、いちばん前向きだったのが豊明市です。
でも当時は、どんな人をどんな方法で乗せるかという戦略が、まだフワフワでした。「公用車が平日昼間に空いているから、消防士OBを運転手にして、住民を乗せられたら良いね」という程度でした。そんなうまいこと公用車が空いていたら、そのこと自体がおかしい。それに、必ず安定したサービスじゃないといけないから、「今日は公用車が空いていないからだめ、今日は運転手が空いていないからだめ」というのでは成り立たない。という風に、豊明市と一緒にサービスの絞り込みをしていった。私が着任したのもその辺りからです。
検討を進めるうちに直面した問題が、既存の公共交通、バスやタクシーへの影響です。路線バスがドル箱にしている路線、豊明市で言うと、藤田医科大学という大きな病院への路線ですが、そのルートで我々が同じように新たな乗り物を走らせたり、多数の乗客を獲得できる通勤通学時間帯に走らせたりすると、競合になってしまう可能性があります。であれば、既存の公共交通とは一線を画して、「高齢福祉政策」として、特に高齢者や免許返納した人への移動サービスにすれば、住民も歓迎してくれるし、タクシーともあまりぶつからないだろう、と考えました。その結果、チョイソコの運行時間帯は平日昼間、午前9時から午後4時までという形になったのです。こうして既存の交通事業者との衝突を避けるだけでなく、協調できるように、チョイソコの運転業務をタクシー会社に委託することにしました。これは他の自治体もよくやっている方法です。そういった工夫を入れながら、スキームやサービスを組み立てていきました。
加藤氏: 旧アイシン精機のイノベーションセンター自体が、実証実験だけをする位置付けではなく、実際に世にサービスを提供するという目的で設置されました。よくPoC(概念実証、Proof of Concept)と言いますが、イノベーションセンターは「世の中にはこういう可能性があるんじゃないか」というのを新たなサービスにして、実現性を確かめることが求められているのです。これまで、アイシンのお客様のほとんどはカーメーカーで、一般住民や自治体を対象にしたサービスはほとんど無かった。それじゃいけないだろうと、新規事業を作る部として2015年に設置されたのです。
イノベーションセンターでは、CASE以外にもいろんなことをやってるんですよ。既に市場に出ているもので言うと、美容効果を目的に肌に微細な水粒子を飛ばす商品があります1。私も今では、交通事業者として全国でチョイソコについて講演していますが、5年前まではアフリカで部品を売ってた人間です(笑)。イノベーションセンターは、私のようなマーケティング経験のある社員が集められて、アイディアから実際のサービスにできるように、開発を行っているのです。
1 「AIR(アイル)」。アイシンHPによると、大きさ数ナノメートルの水粒子を用いた浸透保湿技術。
加藤氏: 地域で新しい移動サービスを始めたら、既存のバス会社やタクシー会社から反対が出ることは予想できたので、「チョイソコは高齢者向けのサービスです」と位置づけて、他の公共交通と差別化できれば、説明が通りやすいと思ったからです。豊明市で最初にサービスを始めるまでに、大変だったのは既存の交通事業者への対応です。チョイソコは現在、全国約30か所に導入されていますが、この説明の仕方は全国で同じです。
既存のバス、タクシー事業者も儲かる仕組みにして、新しい移動サービスを公共交通体系に落とし込む
その一つが、隣接する名古屋市の複合温泉施設「みどり楽の湯」さんの送迎バスです2。豊明市内で送迎バスが走っていたところを職員が偶然見かけたことから、楽の湯さんに協力を持ちかけて、共同でクーポン券を企画したり、市職員が高齢者に直接配布したりして、楽の湯さんへのバスでのお出かけを促しました。結果的に、楽の湯さんは利用客が増え、豊明市の高齢者にはお出かけ先が増えました。その後も、生協さんに購入商品の配送サービスを導入して買い物支援をしてもらったり、民間プール事業者のコパンさんには介護予防教室、スギ薬局さんには消費財メーカーと協力して「簡単お掃除講座」を開催してもらったりと、様々な企業と協働して高齢者サービスを進めています。高齢者のニーズを把握している市が、地元企業と高齢者の間を仲立ちし、サービスをコーディネートすることによって、高齢者の健康増進を進めていこうとしているのです。
そうしたところ、協定を締結していたスギ薬局さんの仲介もあって、アイシンから健康福祉部健康長寿課に「市の公用車を使って、アイシンのデマンドシステムを活用したボランティア輸送をやれないか」という提案が来た。健康長寿課の方は「民間の力で高齢者の健康増進につながることは、どんどんやろう」というスタンスなので、「是非やりましょう」と言ってしまったそうで(笑)。それを市長に事後報告したら、「おいおい、ちょうど今、公共交通の再編作業をやってるのに、そことの組み合わせは大丈夫か」と言われたそうです。結果的には「アイシンと協働してやってもいいけど、打ち合わせには公共交通担当も入れるように」と言われ、第2回の打ち合わせから私が参加したのです。
ちょっと話が反れますが、自治体の福祉担当と公共交通担当は、連携が取れていないところが多いんです。福祉担当は、高齢者個人の困りごとを解決する、とにかく個別の課題解決を最大の目的としています。対する公共交通担当は、できる限り、最大公約数の移動需要を満たすこと、まとめて輸送することを目的としており、個別の移動課題に手当てできるほどの資源を持っていないのです。
この二つの親和性はなかなか取れないということもあり、当時も、我々としても「さあ困ったなあ」というのが率直な気持ちでした。「この話をどうやって公共交通の枠の中にはめて、棲み分けをしていくのだろう」というところが出だしだった。
検討を進める中で、多分このままアイシンでボランティア輸送をガンガン走らせると、既存のバス会社やタクシー会社は反発するだろうと思った。だったら、既存の公共交通も傷まず、ちゃんと儲かるような仕組みを作った上で走らせていくべきじゃないかなあと、だんだん考えがシフトしていきました。
と言うのも、豊明市は名鉄前後駅が玄関口なんですが、そこへ昼間いくと、タクシーがずっと客待ちで並んでるんです。お客さんがいないんだったら、その時間帯に、チョイソコの運転業務をして稼いでもらえばいいんじゃないか、という流れになった。地元のタクシー会社も儲かって、アイシンも儲かって、高齢者にとっても、より安価で気楽にお出掛けできる乗合の仕組みを作っていこうじゃないかと、チョイソコのスキームを構築していきました。
2 株式会社ナカシロ(名古屋市)が運営。
川島氏: はい、健康福祉部のアイディアで、地域の事業所などから協賛金をもらう仕組みにしました。健康福祉部の発想としては、先ほど述べた「楽の湯」さんの送迎バスの利用状況をモニタリングしていたところ、楽の湯まで乗って行ったお客さんが、帰りにスーパーやドラッグストアで降りていたので、だったらそういうところからも協賛金をもらって共同でバスを走らせたら良いんじゃないか、単独でバスを借り上げられない事業所も、それならお客さんの送迎をできるんじゃないか、と考えました。このように、公共交通担当と高齢者福祉担当、両者の発想をうまく組み合わせたスキームになりました。
坊: 今、川島さんがおっしゃった「既存の公共交通も儲かるような仕組みにする」というのは、理屈としては素晴らしいと思いますが、実際には、既存の公共交通事業者を説得しないといけないし、具体的なサービスの調整もしないといけない。アイシンがそれをやるとややこしくなるから、行政の役割になるかと思いますが、川島さんは、その説得と調整で、大変ご苦労されたと思います。チョイソコが世に出たのは、川島さんの並々ならぬご尽力があったからだと思いますが、逆に、自治体が新しい移動サービスを始めるためには、職員さんが個人的に、そこまで苦労しないとできないものか、という気持ちもあります。
私は、地域の移動手段に困っている高齢者の方から「役場に相談してもなかなか動いてくれない」という話を耳にすることもあるのですが、役場の方も恐らく、どうしたら良いのか分からないのだろうと思います。新しいサービスを導入するのに、そこまで既存の交通事業者と喧嘩したり、骨を折って調整したりしないといけないなら、敬遠するでしょう。まして、全国の市町村で、公共交通の専任職員がいるところは3割ぐらいです。しかし、地域には実際に移動に困っている住民がいる訳で、市町村の担当者の意欲の違いで、新しい移動サービスができたりできなかったりする、という状況ではいけない。川島さんのご経験から、例えば国や県からどういうサポートがあれば、もうちょっと市町村の職員さんが取り組みやすいとお考えでしょうか。
(2022年02月01日「ジェロントロジーレポート」)
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03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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