2022年01月11日

コロナ禍で拡大した非金融法人による余資運用-民間非金融法人企業の余資運用に関する分析

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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4民間金融機関や公的金融機関からの借入残高の増加
図表10に民間金融機関からの借入残高に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、民間金融機関からの借入残高が増えると、主に1~7四半期後に現預金残高(外貨預金を除く)を、1~4四半期後と11四半期以降に債務証券残高を、2~10四半期後と19四半期以降に株式等残高を、1~4四半期後と7~11四半期後に投資信託受益証券残高を、1~2四半期後と9~15四半期後に外貨預金を、3四半期後や8~9四半期後に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。
図表10:民間金融機関からの借入残高にショックを与えたときのインパルス応答関数
図表11に公的金融機関からの借入残高に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、民間金融機関からの借入残高が増えると、主に12四半期以降に現預金残高(外貨預金を除く)を、5四半期後と16~18四半期後に債務証券残高を、1~3四半期後と12~20四半期以降に株式等残高を、2~10四半期後や13~16四半期後に投資信託受益証券残高を、3四半期後と5~12四半期後に外貨預金を、1~2四半期後や7~9四半期後に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。
図表11:公的金融機関からの借入残高にショックを与えたときのインパルス応答関数
民間金融機関からの借入と公的金融機関からの借入の違いについては、一般的に公益性の強い公的金融機関と比較して、民間金融機関からの借入は借り手に対する審査が厳しくなる傾向にある。特にコロナ禍のような危機対応が必要になるとなれば、その金融機関としての役割の違いからその傾向がより強まるものと考えられる。そのため、公的金融機関から借り入れる企業よりも、民間金融機関から借り入れる企業の業績の方が良い傾向にあるため、早期に資金繰りが改善し、事業の収益性の改善にかかる時間も相対的に早くなるものと考えられる。資金繰りの改善や本業の収益性改善にかかる時間に違いがあれば、金融資産が再び増加傾向を示すのにかかる時間にも違いが出てくることになるだろう。このような借り手の属性の違い等の要因が民間金融機関からの借入なのか、公的金融機関からの借入なのかで各金融資産に対する寄与の度合いに違いを生んでいるのではないかと考えられる。

また、民間金融機関からの借入についても、公的金融機関からの借入についても、各金融資産残高への効果については同時性がない。つまり、金融機関から借り入れた資金が、そのまま余資運用の原資として用いられているわけではないものと解釈できる。金融機関の借入から数カ月のラグを持たせた上で金融資産の購入資金として充てられている可能性も考えられるが、その数か月間は資金繰りに問題がないことが前提条件となるため、手元資金によほど余裕のある法人企業でなければ、金融機関からの借入を原資とした余資運用は行われないのではないか。
5株式等による資金調達残高の増加
図表12に株式等による資金調達額に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、民間金融機関からの借入残高が増えると、主に1~3四半期後や5~6四半期後に現預金残高(外貨預金を除く)を、1~5四半期後に債務証券残高を、3~9四半期後に株式等残高を、1~6四半期後や4~7四半期後に投資信託受益証券残高を、4四半期後や6~7四半期後に外貨預金を、3四半期後や5四半期後に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。

資金循環統計における株式等の定義は上場株式や非上場株式などである。優先株は非上場株式に計上されるが、劣後債や劣後ローンは債務証券や民間金融機関からの借入に計上される。株式等による資金調達残高には満期がなく、基本的に元本返済を求められることはない。そのため、長期的な目線で行う必要のあるプロジェクトなどに優先的に調達した資金が割り当てられるものと考えられる。また、金融機関からの借入での分析結果と同様に、株式等による資金調達と現預金や有価証券投資の拡大には同時性は観察されない。あくまで余資運用の拡大は、金融機関からの借入でも指摘したように、本業から得られた自己資金で行われているものとみられる。
図表12:株式等による資金調達額にショックを与えたときのインパルス応答関数
6余資運用に有利な市場環境
図表13に米ドル/円に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、米ドル/円が米ドル高・円安方向に動くと、主に1~2四半期後や7~9四半期後に現預金残高(外貨預金を除く)を、1~6四半期後に債務証券残高を、1~6四半期後に株式等残高を、1~3半期後や9~11四半期後に投資信託受益証券残高を、1~3四半期後や9~12四半期後に外貨預金を、1四半期後や4四半期後に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。

米ドル高・円安方向に米ドル/円が動くと、為替の影響によってリターンが向上する対外証券投資への投資額が継続的に増えることはなく、債務証券や株式等など国内市場における金融資産残高が増えるのが特徴的である。それと同時に現預金残高(外貨預金を除く)や外貨預金残高が増加しており、市場環境が投資家にとって有利な状況になると、その時価が上昇した金融資産残高を売却して減らし、その資金を時価が低下した金融資産に振り向けるのではないかと推測される。

このような特徴は米ドル/円での分析結果に限らず、株式インデックスに関する分析結果においても共通している。図表5に示したように、TOPIXや日経平均株価が上昇すると、全般的に国内資産での余資運用は縮小するが、対外証券投資残高の増加に寄与している。S&P500の上昇に対してはすべての金融資産に対して減少方向に寄与している。

一方で、金利系の金融商品については、日本国債10年利回りの上昇は債務証券残高の減少に、米国債10年利回りの低下は対外証券投資の増加に寄与しており、投資家にとって不利な状況になるとその金融資産を減らし、有利な状況になると金融資産を増やす傾向がみられる。
図表13:米ドル/円にショックを与えたときのインパルス応答関数

4――まとめ

4――まとめ

本稿では、コロナ禍において民間非金融法人企業による余資運用が拡大しており、その要因として統計モデルによる分析結果から現預金残高(外貨預金を除く)、投資信託受益証券残高、対外直接投資残高、民間金融機関からの借入残高、公的金融機関からの借入残高、株式等による資金調達残高の増加、米ドル高・円安の7つが候補になると結論付けた。また、コロナ禍ではゼロゼロ(実質無利子・無担保)融資などの資金調達に関する支援策が導入されたが、余資運用の原資となるのは借入や有価証券の発行といった外部からの資金調達ではなく、自己資金からの資金調達によるものである可能性が高いことについても指摘した。コロナ禍においても民間非金融法人部門の資金余剰は継続しており、自己資金が増加した結果として余資運用の拡大につながっているものと見られる。

また、昨今は法人企業に対する企業価値や収益性の向上に対する社会的な要請が強まっていることもあって、これまでは低金利環境下であっても現預金で保有しておけば問題なかった自己資金からも追加的に収益を獲得していく必要性に迫られている側面も無視できないものと思われる。その意味では、外部からの資金調達(借入、有価証券の発行)や預金の受け入れのみならず、法人企業の資金余剰が今後も強まっていくと予想される中で、金融機関が法人企業に対して余資運用やそれに伴うリスク管理も含めた与信・受信両面での幅広いソリューション提供を行っていくことに対する社会的な期待もより一層高まっていくことが予想される。

長い目でみれば、法人企業による余資運用がさらに拡大すると、企業財務に対する余資運用の寄与が大きくなるだけでなく、金融市場に対する影響力も大きくなっていくものと予想される。このような未来が想定される中で、金融システムをモニタリングしている金融当局のみならず、投資家などのステークホルダーが法人企業の財務状況などを正確に理解する目的で、民間非金融法人企業による余資運用に関する情報について開示を強化していくことも検討していく必要性が今後出てくるかもしれない。

5――付録

5――付録:本稿の統計モデルに関する分析結果の概要

本稿の統計モデルに関する分析結果の概要
 
 

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2022年01月11日「基礎研レポート」)

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