2022年01月11日

コロナ禍で拡大した非金融法人による余資運用-民間非金融法人企業の余資運用に関する分析

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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3――コロナ禍において民間非金融法人企業の余資運用が拡大した背景

次に、コロナ禍における民間非金融法人企業の余資運用、具体的には現預金と有価証券投資(債務証券、株式等、投資信託受益証券、対外証券投資)の拡大要因について、統計モデルを構築してその背景について考察してみたい。具体的には、図表5と図表6で示した20個の被説明変数・説明変数を用いた統計モデル(VARモデル:ベクトル自己回帰モデル)を構築3し、2005年3月~2021年9月の民間非金融法人企業に関する資金循環統計(四半期)と市場データをインプットとして推定した。

各説明変数がコロナ禍(2020年3月~2021年9月)において、現預金(外貨預金を除く)、債務証券残高、株式等残高、投資信託受益証券残高、外貨預金、対外証券投資残高の6つの金融資産残高に対してプラス方向に寄与したのか、マイナス方向に寄与したのかを示したものである。図表5と図表6から4つ以上の金融資産残高にプラスに寄与した被説明変数・説明変数を抜き出すと、現預金残高(外貨預金を除く)、投資信託受益証券残高、対外直接投資残高、民間金融機関からの借入残高、公的金融機関からの借入残高、株式等による資金調達額の増加、米ドル高・円安の7つが候補となる。
図表5:コロナ禍における各説明変数による金融資産残高への寄与
図表6:コロナ禍における各説明変数による金融資産残高への寄与
 
3 本分析では統計分析ソフトに「R」を用いた。ラグ次数にはAIC基準から2を採用している。自由度調整済み決定係数(調整済みR2)とF検定(P値)、グレンジャー因果検定(P値)の結果については付録を参照されたい。あくまでもグレンジャー因果性は通常の因果性が存在する必要条件であって十分条件ではない点には留意しなければならないが、本分析によるグレンジャー因果検定(P値)は全て1%未満となっている。
1現預金残高(外貨預金を除く)の増加
図表7に現預金(外貨預金を除く)に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、現預金残高(外貨預金を除く)が増えると、主に6~12四半期後に現預金残高(外貨預金を除く)を、0(同時)~1四半期後と10四半期以降に債務証券残高を、6~16四半期後に株式等残高を、7~13四半期後に投資信託受益証券残高を、0(同時)~1四半期後や11~16四半期後に外貨預金を、同時に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。これらの結果から現預金(外貨預金を除く)の増加が生じてから債務証券や外貨預金、対外証券投資での余資運用において意思決定にかかる時間が短い場合があることや、2~3年後にも株式等や投資信託受益証券といった金融資産での余資運用について意思決定を行うような投資行動が垣間見られる。

コロナ禍において、接客サービスを中心に資金繰りが苦境に陥ったケースも多々あったであろうが、全体でみると民間非金融法人企業の現預金残高は増加した。これは、国民一人あたり10万円の特別定額給付金等の効果もあって消費財を中心に需要の戻りが早かったことや、国や自治体による休業・事業継続のための協力金給付や金融機関からの借入の増加などがその要因として挙げられるだろう。特に、2020年の年間倒産件数が30年ぶりの低水準にあったとの報道に象徴されるように、コロナ禍における資金繰り支援が潤沢に行われたことが全体として民間非金融法人の現預金残高(外貨預金を除く)の増加に寄与したとみられる。これらの施策により事業が回復するなどして資金繰りに余裕が生じたため、その余裕資金の一部が現預金以外(外貨預金を除く)の金融資産にも振り向けられたと推測される。
図表7:現預金残高(外貨預金を除く)にショックを与えたときのインパルス応答関数
2投資信託受益証券残高の増加
図表8に投資信託受益証券残高に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、投資信託受益証券残高が増えると、主に7~11四半期後に現預金残高(外貨預金を除く)を、1四半期後と10~18四半期後に債務証券残高を、1四半期後や3~8四半期後に株式等残高を、1~4四半期後に投資信託受益証券残高を、1~6四半期後に外貨預金を、3~5四半期後に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。

投資信託受益証券残高が増加する局面では現預金(外貨預金を除く)残高が減少する傾向がある。図表2で示したように、他の金融資産と比較して投資信託受益証券残高の規模が小さい点に留意する必要はあるものの、先に述べたペイオフ対策などのリスクバッファ確保などの目的で、換金性の高い金融資産としての保有が徐々に拡大している可能性がある。これは、図表5と図表6におけるVIX指数の項目をみても、VIX指数の上昇が外貨預金を含む現預金残高の増加に寄与しただけではなく、投資信託受益証券残高の増加にも寄与した点にも表れているのではないかと考えている。

さらに、投資信託受益証券残高の増加と現預金(外貨預金を除く)以外の金融資産残高の増加がほぼ同時に生じており、民間非金融法人が投資信託受益証券残高を拡大させる局面では、換金性の高い金融資産としての保有も含めて、総じて外貨預金や有価証券での余資運用を拡大する傾向があることも分かる。コロナ禍では投資信託受益証券残高の増加がすべての金融資産残高に対して増加方向に寄与しており、投資信託受益証券が増加しているか否かは民間非金融法人企業部門が余資運用を拡大しているか否かを判断するための一つの指標になりうることを示唆している。
図表8:投資信託受益証券残高にショックを与えたときのインパルス応答関数
3対外直接投資残高の増加
図表9に対外直接投資残高に1標準偏差のショックを与えたときのインパルス応答関数を示した。本分析によると、対外直接投資残高が増えると、主に2~6四半期後と13四半期以降に現預金残高(外貨預金を除く)を、1~2四半期後と12四半期以降に債務証券残高を、1~20四半期後に株式等残高を、3~12四半期後に投資信託受益証券残高を、5~14四半期後に外貨預金を、0~1四半期後に対外証券投資残高を増加させる効果を持つことが分かる。

「資金循環統計の解説」によれば、対外直接投資とは「居住者企業による非居住者企業の持分取得のうち、非居住者企業の支配を目的とするもの」とある。資金循環統計で計上されるのは株式資本および収益の再投資で負債性のものは含まれない。本稿における分析では、対外直接投資残高が増加すると、対外直接投資の原資となる現預金残高(外貨預金を除く)や外貨預金残高が減少し、債務証券残高も増加から減少に転じる中で、国内の各種法人に対する株式投資が計上される株式等残高や、海外で発行された株式・債券・外国籍投資信託への投資が計上される対外証券投資残高といったリスク資産の残高が増加する傾向がみられる。
図表9:対外直接投資残高にショックを与えたときのインパルス応答関数
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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