2022年01月11日

コロナ禍で拡大した非金融法人による余資運用-民間非金融法人企業の余資運用に関する分析

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任   福本 勇樹

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1――コロナ禍で拡大した非金融法人企業の余資運用

日本銀行の資金循環統計によると、民間非金融法人企業の金融資産は長期的に拡大傾向を示している。この傾向はコロナ禍においてさらに加速した(図表1、図表2)。
図表1:民間非金融法人企業の金融資産残高の推移(兆円)
図表2:民間非金融法人企業の金融資産残高の推移(兆円)
2020年3月と2021年9月のデータを比較すると、現預金(外貨預金を除く)が262.1兆円から303.3兆円(+41.2兆円)、外貨預金が14.3兆円から17.2兆円(+2.9兆円)、債務証券が31.4兆円から36.1兆円(+6.7兆円)、株式等が289.7兆円から370.5兆円(+80.8兆円)、投資信託受益証券が1.6兆円から2.1兆円(+0.5兆円)、対外直接投資が141.2兆円から159.9兆円(+18.7兆円)にそれぞれ増加したが、対外証券投資のみ16.4兆円から13.7兆円(▲2.7兆円)と減少した。これらの金融資産はコロナ禍において合計146.3兆円増加したことになる。一方で、非金融法人企業の金融負債も拡大している(図表3)。民間金融機関からの借入額が329.3兆円から350.8兆円(+21.5兆円)、公的金融機関からの借入額が34.9兆円から45.6兆円(+10.7兆円)、債務証券による資金調達額が73.4兆円から87.1兆円(+13.7兆円)、株式等からの資金調達額が744.4兆円から1,059.3兆円(+314.9兆円)に増加した。資本性の株式等からの資金調達を除いたこれらの民間非金融法人企業の金融負債残高はコロナ禍において合計45.8兆円増加した。
図表3:民間非金融法人企業の金融負債残高の推移
つまり、全体でみるとコロナ禍において民間非金融法人企業は金融負債残高(+45.8兆円)の増加幅よりも金融資産残高(+146.3兆円)の増加幅の方が大きいのだが、債務証券、株式等、投資信託、対外証券投資といった有価証券投資のみ(+88.3兆円)に着目しても金融負債残高よりも増加幅が大きい。

2――非金融法人企業はなぜ余資運用を行うのか

2――非金融法人企業はなぜ余資運用を行うのか

余資運用とは、一般的に「手元にある余裕資金(余資)を本業収益のために活用するのではなく預金や有価証券で運用すること」と説明される。なぜ非金融法人企業があえて本業ではなく余資運用を行うのかについて、金融理論や先行研究の観点も踏まえて、いくつか列挙してみたい。
1資金管理による追加収益の獲得
総じて見ると、長らく非金融法人企業部門の資金余剰が拡大している(図表4)。資金余剰の拡大に伴って、民間非金融法人企業が保有する現預金の規模も拡大している。非金融法人企業部門は自己資金による資金調達から必要な経費をある程度賄える状況になっている。
図表4:民間非金融法人企業・一般政府・家計の資金過不足の状況(4四半期累計、兆円)
金融機能を活用して、資金余剰主体が資金不足主体に資金を融通すれば、資金余剰主体は収益を得ることができる。つまり、資金余剰の非金融法人企業の場合、経費の支払い期日までに時間的な猶予があれば、手元資金を運用することで、本業とは別に追加的に収益を獲得することが可能となる。資金管理による運用は比較的短期になるため、投資元本の確保が期待できる預金や残存年限の短い債券での運用が中心となる。しかしながら、日本は長期的な低金利環境にあり、日本の金融機関で銀行預金に預けたとしても預金金利はほぼゼロ%の状況にある。日本の債券市場も短期国債の利回りがマイナス圏にあるだけでなく、代表的な金利指標である日本国債10年利回りもゼロ%近辺を推移している。そのため、特に日本円で運用する場合、通常1年未満で行われる資金管理からの追加収益はほとんど期待できない。
2リスクヘッジやリスクバッファの確保
本業に関するリスクヘッジを行うことを目的として金融資産を活用することができる。例えば、本業が為替レートの変動に影響を受けるのであれば直物為替や先物為替など、金利変動に影響を受けるのであれば金利スワップなど、原油などのコモディティ価格の変動に影響を受けるのであれば商品先物などを活用すればリスクをいくらか低減することができる。デリバティブの活用が難しい事情があれば、仕組債などの金融商品を活用すればデリバティブと同様の効果が得られる。

金融資産でヘッジできないような本業に関するリスクについては、保険商品の活用や現預金や換金性の高い金融資産を保有してリスクバッファを確保するといった対応方法も考えられる。非金融法人企業の金融資産の中でも特にリスクバッファとしての現預金の保有については、過去に様々な研究がおこなわれている。福田(2017)1では、非金融法人企業が現預金を保有する目的として予備的動機を挙げている。予備的動機とは、将来の予期できない事態に備えて予防的に現金を保有しておくこと指す。銀行や投資家などの外部からの資金調達に依存している場合、将来に必要な投資機会があっても資金制約により実行できない可能性や資金調達にかかる時間的なコストを考慮する必要があることを踏まえると、予備的に現預金や換金性の高い金融資産を保有しておくインセンティブが生まれる。

近年は、人工知能技術(AI:Artificial Intelligence)、モノのインターネット(IoT:Internet of Things)、電気自動車(EV:Electric Vehicle)などの言葉に代表されるように、非金融法人企業は急速な事業環境の変化に対応するため、革新的な技術開発を次々に行うなどの必要に迫られている。その中には他社の破壊的イノベーションにより、事業の存続に危機的な状況をもたらすものもあるため、市場を席巻するようなテクノロジーの突如な登場に備えるためには、多額の研究開発費をあらかじめ確保しておく必要があるものと推測できる。

また、今般の新型コロナウイルス感染症の拡大では、今後生じるかもしれない様々な不確実性や先行きの不透明感への対応を目的として、給与などのある程度予測可能な固定費の支払いについてもあらかじめリスクバッファとして数年間分の余裕資金を確保しておくインセンティブを高めたものと思われる。

今後起きるかもしれない事態に備えるという意味では、過去に数回にわたって生じた金融危機についても念頭に入れると、ペイオフ対策として、銀行預金だけではなく換金性の高い金融資産にも分散しながらリスクバッファを確保しておくという選択肢も検討しておく必要があるかもしれない。
 
1 福田慎一. (2017). 企業の資金余剰と現預金の保有行動. 財務総合政策研究所 『フィナンシャル・レビュー』, (132), 3-26.
3積極的な余資運用による本業の収益のカバー
濱本(1989)2には、「『金融機関からの資金調達』ではなく『自己資金による資金調達』で多くを賄う企業が増えたため、『余裕資金』は経営の非効率として忌避されるものでなくなり、効率的運用による金融収益の獲得が本来の本業の収益をカバーするものとして歓迎されるようになっており、キャッシュ・マネジメント時代が到来した」との言及がある。濱本(1989)の指摘はバブル期の日本における企業行動が背景にあることを考慮に入れる必要がある。しかし、非金融法人企業部門の資金余剰が増える中で、2010年代は低成長・低インフレ・低金利が継続していたこともあり、投資家にとっては株高・円安という資産運用に有利な環境にあった。このような状況が、非金融法人企業にも積極的な余資運用を促したのかもしれない。

今後数年間に渡って支払期日が決まっているような経費(例:給与や福利厚生費などの支払い)があれば、預金や債券を活用してキャッシュフロー・マッチング等のALM(Asset Liability Management)手法を活用することで収益を獲得することができる。低金利下にある日本円において追加収益は限られるが、例えば、海外事業の必要経費に対して日本円よりも利回りの高い通貨の外貨預金や外債で余資運用することでいくらかの収益を期待することができるだろう。また、今後数年間にわたって活用予定のない余裕資金であれば、本業収益のカバーを目的に、株式等や投資信託での運用規模を拡大させて余資運用から追加収益を積極的に獲得しに行くという選択肢も考えられるだろう。
 
2 濱本泰. (1987, September). わが国企業における 「財務行動」 の特徴について:「金融自由化」 と企業資金の調達・運用を中心として (情報化の進展と企業経営,< 特集> 日本経営学会六十周年記念). In 經營學論集 57 (pp. 160-167). 日本経営学会.
4企業価値向上や収益性の改善に対する社会的な要請
2014 年8月に経済産業省が公表した「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~プロジェクト(伊藤レポート)」では、企業評価の高まらない原因として日本の法人企業のROEは世界の平均と比べて低い点が挙げられた。「日本企業は最低限8%を上回るROEをコミットすべき」との提言が行われ、日本企業は企業価値やROEの向上という社会的な要請に応える必要性に迫られている。特に収益性の低い多額の現預金の保有という企業行動に対して、企業価値やROEが低い要因の一つと指摘されることが増えてきた。そのため、先に触れたようなリスクバッファの確保等の目的で保有していた現預金の一部を、配当金の増額や自社株買い等の株主還元といった資本政策に充てるだけでなく、銀行預金よりも高い収益が期待できて換金性の高い株式や投資信託などの金融資産にも振り向けるインセンティブが高まることになる。
5エージェンシー・コストの存在
福田(2017)ではエージェンシー・コストについても言及がある。エージェンシー・コストとは、株主や従業員などのステークホルダー間で利害の不一致があることで生じる追加的な費用のことを指す。エージェンシー・コストの観点では、企業価値を低下させることがあったとしても、経営者には余剰資金をステークホルダーに還元せず、自らの裁量や利益を高めるために現預金を保有するインセンティブがあると指摘される。福田(2017)では、エージェンシー・コストの存在が企業の現預金保有を増大させるかどうかは、必ずしも先行研究においてコンセンサスがないとしている。
6金融機関サイドの事情
預金や貸出金を取り扱う金融機関サイドにも法人に余資運用を拡大してほしいと考える事情がある。低金利環境の長期化で利ざやが圧縮されており、貸出金や有価証券運用からの収入だけではなく金融商品の販売等から得られる手数料収入も重視する金融機関が増えている。さらに、2016年1月に導入されたマイナス金利政策によって、金融機関は日銀当座預金残高が他行と比べて相対的に増えるとペナルティが課されるようになった。そのため、金融機関は顧客から預金を預かるインセンティブが低下することになった。一方で、自社や証券子会社で法人向けの資産運用サービスを強化するなど、預金を取り扱う金融機関には与信だけではなく受信に関するサービスも強化する動きがある。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融市場・決済・価格評価

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