2021年12月08日

自動運転は地域課題を解決するか(下)~群馬大学のオープンイノベーションの現場から

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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自動運転は、高齢者の移動支援につながるのか

坊美生子.・ニッセイ基礎研究所准主任研究員(以下、坊): 最後に、「自動運転は高齢者の移動支援につながるのか」という、本対談の本題について議論したいと思います。

前橋市さんは、自動運転に取り組む目的について、交通事業者の人手不足解消のためだと明確にされており、非常に納得しているところです。しかし、自動運転についての議論には、国もそうですが、最寄りの駅やバス停から自宅までの「ファーストマイル、ラストマイル」解消のため、という考えがある。私は、自動運転の車両単体では、それは難しいという気がしているんです。

と言うのは、高齢者が住んでいるエリアは市街地から住宅街、山間地まで様々ありますが、冒頭で歩車分離が大事だという話があったように、自動運転車両を家の前まで、走行環境が整っていない道路を走行して、引っ張ってくるのは難しいと思うからです。

一方で、高齢者の移動ニーズは何かと言うと、家の近くまで来てくれる、ドアツードアに近いデマンド型の乗合サービスということになるでしょう。お金があれば、普通タクシーでも良いと思いますが。そして高齢者の移動目的で多いのは、買い物や通院です。それに親和性があるのは「末端交通」と言われるような、地域内を細かく移動する交通手段です。

そのような移動ニーズに自動運転が適しているかと言うと、直接結びつくのは難しいと思います。ただ交通は、必ずしも一つの手段で出発地から目的地までの移動を完成させる必要はなく、複数の手段でネットワーク化できていて、それが便利に使えるようになっていれば良いと思うので、自動運転車両を別の何かと組み合わせて役に立てば良いとは思います。
細谷氏: 私も、高齢者の移動の足の確保に、自動運転が直ちに結びつくのは非常に難しいと思っています。ただ、理想形でありますが、まずは幹線バスで自動運転を実装して、それが実現したら、その次はもしかしたら、区域限定で運行しているデマンド交通、今はAI配車システムを導入して運用していますが、そこに自動走行を組み込むことも可能ではないかと思っています。まずは幹線交通で自動運転を実現させた後に、小木津先生と相談しながら、区域限定のデマンド交通の自動走行というものを進めてみたいと思います。

自動運転の導入がもっと難しいのが、一般の乗用タクシーです。これは、利用者のオーダーによって、ドアツードアで、縦横無尽に運行するため、技術的に非常に難しい。オーナーカーと同じぐらい難しいんじゃないか。ただ、バスとタクシーの間に位置付けられるデマンド交通に関しては、区域限定で走行し、AI配車システムが既にできていることと、ある程度バス停管理方式で運行していることから、可能なのではないかと。AI配車システムと自動運転の親和性はあるのではないかなと思っています。
坊: 高齢者の移動と自動運転の関係で、もう一つの大事な問題は、仮に高齢者の家の前まで自動運転車両が来られたとしても、依然難しいことがある。それは、一言で高齢者と言っても、70歳前半ぐらいまではまだ良いですが、80歳代、90歳代となってくると、身体機能の自立度が低下して、付き添いや、介助を必要とする人が出てくるということです7

例えば、自動運転カートを3年前から実証実験し、定常運行を始めた秋田県上小阿仁村でも、やってみた結果、あまり乗客が伸びない8。そして、地域では非常に高齢化が進んでいるため、住民が乗り降りするのに、ちょっとした介助が必要だという課題が分かってきました。

また、私が以前ヒアリングさせてもらった兵庫県丹波市では、デマンド型の乗り合いタクシーを10年以上運行し、地域に定着しているのですが、近年、認知症の人が見られるようになったり、付き添いの乗客が増えてきたりしています9。要は、一人で乗降することが難しい人が増えてきた。 

自動運転は、人がいない移動サービスですが、高齢者の場合は人を必要とすることもある。そういう福祉の視点を含めた移動サービスが重要ではないかと思います。前橋市では、自動運転を含めた交通体系の中で、高齢者の移動問題をどのように解決していくお考えでしょうか。
 
7 坊美生子(2020)「超高齢社会の移動手段と課題~『交通空白』視点より『モビリティ』視点で交通体系の再検を~」基礎研レポート
8 堤啓「自動運転サービスの横展開に向けて」『道路建設』2021年5月号
9 坊美生子、三原岳(2021)「高齢者の移動支援に何が必要か(下)~各移動サービスの役割分担と、コミュニティの変化に合わせた対応を~」基礎研レポート
細谷氏: 例えば自動運転が実現したとしても、自立度が低下した高齢者を、運転支援技術を搭載したサポカー(安全運転サポート車)、あるいは介助システムを搭載した自動運転システムで輸送するというのは、なかなか難しいので、ここはやはり、既存のデイサービスで利用されている車両、社会福祉法人が所有している介護送迎車両の有効活用という視点も必要ではないかと思っています。

実は、高崎・前橋エリアで、デイサービスの送迎システムにAI配車システムを導入する取り組みが既に始まっています10。デイサービスの利用者の送迎にあたり、AI配車システムを活用しています。その車両では、ストレッチャーなどの設備も、必要に応じて対応できます。

前橋市のスーパーシティ構想でも、究極の目標に「パーソナライズされた移動手段の提供」ということを掲げているのですが、将来的には、利用者のマイナンバーカードでID認証することによって、要介護度情報とも紐づけしておき、例えば要介護認定を受けた方たちから予約があれば、ストレッチャー車などの、必要なサービス車両を配車するというようなことが、究極の交通体系かと思っています。
 
10 介護事業を行う「株式会社エムダブルエス日高」(群馬県高崎市)は、デイサービスの送迎車両を用いて、利用者を買い物などにも送迎するAIデマンド型の配車システム「福祉Mover」を2018年に開発した。2020年度には、公立はこだて未来大学の研究者らが設立した「株式会社未来シェア」(北海道函館市)などと連携して、高崎・前橋エリアなどで、デイサービスの利用者や地域の要支援、要介護認定者らも利用できる移送サービスの実証実験を行った。
坊: 非常に面白い構想です。超高齢社会への対応として、交通と福祉の連携によって移動支援を充実していくべき、というのが私が日ごろ主張していることですが、福祉の移動にも、AIや自動運転を活用し、効率化することによって、より持続可能なサービスを創っていくということですね。
小木津氏: 私も細谷さんと同じ考え方で、もしラストマイルに自動運転を入れると、どっちつかずになってしまうのではないかと思います。技術レベルもコストも高くなる一方で、利用は多くないと。その方向だと、なかなか難しいかなと思います。

確かに、自動運転も今後、小慣れてきたらコストが落ちてくると思うので、今入れにくいと言ってる道路環境であっても、比較的コストを安く導入できる世界は、少し先ですが来ると思っています。その時には、いろんな形で自動運転を導入していくという考え方もあると思います。

でも差し当たっては、人による介助に、これからとても価値が出てくると思うので、市街地など、自動運転を入れやすいところでまずはどんどん入れていって、それによって浮いたマンパワーを、細かい介助を必要とする人に、温かいサービスに回していく。そこに手を伸ばす余裕を作っていくことが、まずもって自動運転が果たすべき役割かと思います。まずもっては、とにかく市街地で自動運転が走れるようにして、介助を必要とするところに人手が回るようにすると。その間に、技術が落ち着いていけば、もしかしたら、先ほどのAIデマンドバスの話のように、高齢者により利用しやすい移動サービスに実装していくという考え方もあるのではないかと思います。
 
(この対談は、2021年8月18日、オンラインで実施しました)
 

自動運転の社会実装と実用化に向けて

自動運転の社会実装と実用化に向けて、対談から得られた示唆

今回の対談から、自動運転システムを社会実装・実用化していくための考え方や課題について、多くの示唆を得た。以下に、主なものを整理したい。なお、詳細については特別編においてまとめることとする。

▽ODDを決定する際の重要な3要素は、歩車分離、通信環境、地域における受容性である。ただし、地域へ導入する際には、これらを一般化して適否を判断するのではなく、あくまで、当該地域の道路環境等を個別に調査し、計画を立てることが重要である。

▽走行環境が異なる地域ごとに最適な自動運転システムを構築することが基本であり、その適用範囲が非常に狭くても、そのような運行する「点」を数多く作ることは、社会的意義が非常に高いと考えられる。

▽地域の交通体系にとって、戦略的に重要かつ必要な箇所に、自動運転を導入すべきである。

▽事業化にあたっては、安全確保をシステムだけに頼るのではなく、気象条件などで自動運転に適さない日は手動運転に切り替えるなど、運用でカバーする必要がある。

▽現時点では、AIは、想定外の事象への対応が困難であり、事後に判断の根拠を説明することもできない(ブラックボックス問題)。従って、自動運転システムを構築する際は、AIの使用ありきではなく、責任を持って柔軟な判断ができる人間(オペレーター)による遠隔管制等を活用することが、実装への近道だと考えられる。

▽自動運転による交通事業を持続可能にするためには、まずは手動運転による当該交通事業の運行状況や利用状況等を見直し、利便性向上と乗客確保に努めなければならない。

▽海外ではスマートシティを新規開発する際に、最初から自動運転をビルトインして計画するケースが増えているが、前橋市のような伝統のある既存の都市であっても、新規開発の都市より実装の難易度は高まるものの、その街の良さを活かしながら、自動運転を適切に入れていくことで、豊かな街づくりが期待できる。

▽自動運転の社会実装のためには、産学官が連携するオープンイノベーションの場が必要である。公的研究機関が音頭を取って、地域の将来ビジョンを描き、企業が地域課題について共通認識を持つことで、一致結束して取り組むことができる。研究機関の活動を持続可能にするには、サービス対価などの徴収による自主財源の確保が欠かせない。

▽現状では、ラストマイル解決のために、自動運転車両を高齢者の自宅近くまで走行させることは技術的に難しい。地域の他の輸送資源を活用すること望まれる。
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社会研究部

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

(2021年12月08日「ジェロントロジーレポート」)

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