2021年12月08日

自動運転は地域課題を解決するか(下)~群馬大学のオープンイノベーションの現場から

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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写真1 群馬大学荒牧キャンパスに設置された次世代モビリティ社会実装センター (CRANTS)

自動運転の研究開発と…

自動運転の研究開発と社会実装に必要な、産学官連携の在り方とは

百嶋徹・ニッセイ基礎研究所社会研究部上席研究員(以下、百嶋): 次に、各地域で自動運転システムを研究開発し社会実装していくうえでの産学官連携、オープンイノベーションの在り方について議論したいと思います。趣旨について最初に私から御説明したいと思います。

私の研究分野は企業経営ですが、「企業経営×X」というように企業経営に色々な要素(X:AI・IoT・自動運転、イノベーション、不動産・街づくり、CSR・ESGなど)を掛け合わせることで、多角的・領域融合的な視点を心掛けています。その中で「企業経営×イノベーション=イノベーションの視点で見た企業経営」を重要な研究領域の1つと位置付けています。これまでの研究で得られたインプリケーションを基に議論させて頂ければと思います。まず、社会を変えるような革新的な製品・サービスの開発は、企業が自社技術のみで完結させることがますます困難となってきており、大学・研究機関、他社、行政などとの連携によって外部の叡智・知見や技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」の必要性が高まっています。

私は事例分析を手掛かりに、オープンイノベーションを成功に導く要因をいくつか抽出しました1。この中で最も重要な要件は「互いのコアスキルを引き出す役割分担」だと考えており、例えば前橋市さんとCRANTSさんでいうと、両者が上下関係ではなく切磋琢磨する「コラボレーションパートナー」であることが求められます。お互いのコアスキルをある程度出し合うためには、組織間の信頼関係・人的ネットワーク、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」2の涵養が欠かせません。もう一つは「事業化を見据えた連携」であり、連携する組織間で、事業化によって社会課題の解決を目指そうと、意思統一が図られていることが重要だと考えています。

私が抽出したこれらの要件をクリアしたうえで、さらにオープンイノベーションを効率的に推進するためには、連携に参画する企業、大学、行政などが一堂に会して叡智を結集するためのプラットフォームとして、「オープンイノベーションのリアルな場」の構築が必要になります。ところが、我が国では、自前主義の傾向が強く、これまでオープンイノベーションの取組自体が十分に進展してこなかったことに加え、最先端のエレクトロニクス、AI・IoT、ライフサイエンス、高度部材など、科学的で高度なイノベーション創出を本格的に支援するコラボレーションの場(産業支援機関)の整備が遅れてきた、と私は考えています3。そういう意味で、CRANTSさんには、自動運転に関して、グローバルに通用するコラボレーションの場になってほしい、そしてできれば世界からも多様で優秀な人材を呼び込める本格的なオープンイノベーションの場になってほしいと期待しています。
 
1 詳細については、百嶋徹「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007 年8 月号を参照されたい。そこでは5つの要件を挙げたうえで、連携する組織が一堂に会する「出会いの場の形成」の重要性などを指摘している。
2 コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われ、「社会関係資本」と訳されることが多い。ここでは、組織間連携を円滑に機能させる要素と捉えている。
3 百嶋徹「地域イノベーションと産業支援機関」『ニッセイ基礎研REPORT』2008年11月号を参照されたい。
写真2 CRANTSに整備された自動運転車両の試験路 小木津武樹・群馬大学次世代モビリティ社会実装研究センター副センター長(以下、小木津氏):  CRANTSは2016年12月の設立当初から、自動運転に関するオープンイノベーション、広く言えば次世代モビリティのオープンイノベーションの拠点になっていこうという思考があり、それをこの5年間、実際に実行してきました。

我々としても、体制が整えば、引き続き進めていきたいという思いは強いです。これまで5年間で30社ぐらいとお付き合いしてきましたが、そこで感じてきたことは、オープンイノベーションとして進めるには、利害関係だけを考えるのではなく、公的研究機関のスタッフが、ある程度大きな絵姿を描いて、皆さんに、それに納得してもらうというやり方の方が、日本は何となく進みやすいな、ということです。
写真3  自動運転車両を監視し、必要な指示を出したりトラブル対応をしたりするCRANTSの管制・遠隔運転室 実態として、国内では、企業が横につながろうという動きは、海外に比べて弱いです。隣の企業と話そうとしても、企業同士だと非常に構えてしまって、薄い話しかできない。でも誰かが「こういうビジョンだよ」と言ってくれて、そのビジョンに向かっていこうとする考えだと、皆さん団結していける。その構造が5年間でうまくはまったかと思います。それを横につなぐのは難しいので、どちらかと言うと、スター型のようになってしまうかなと思いますが、それは非常にうまくいきました。

今、自動運転は、私自身も起業化したこともあり、ある程度ビジョンが見えているので、今から新規参入してくるところとは、ちょっと違う形でのお付き合いになってくるかもしれませんが、自動運転でも他の分野でも、新規の技術に関しては、一堂に集まって、オープンイノベーションにしていくのは非常に重要だと思います。
百嶋:「日本モビリティ」という大学発ベンチャーを立ち上げられたのは素晴らしいと思います。小木津先生は、研究しながら事業化もしていくという、大学教員・研究者の顔と経営者の顔を併せ持つ、まさに難易度の高い「二刀流」に果敢に挑戦されておられる。一方で、我が国全体での大学発ベンチャーは、国の政策の後押しもあり企業数は増えてきましたが、収益性、IPO(株式上場)や大企業によるM&Aとなると、まだまだ十分とは言えないのではないでしょうか。小木津先生は、大学発ベンチャーの在り方については、どうお考えですか。
 
小木津氏:我々もまだ探っているところです。日本モビリティ設立以前に、CRANTSでやってきたことも、ある意味事業だったんです。大学からも「大学からの予算はないよ、自分で稼いでくるならやってもいいよ」と言われていたので、収支は自分でコントロールして実務を行ってきました。それをごっそり大学の外に出してということで、日本モビリティという形ができました。

日本モビリティは、おかげさまで1年目は黒字決算でした。とは言え、最終的には自動運転の事業が恒常的に動き出してこそ、別に取る訳じゃないですが、上場できるような安定した企業だという見方になると思います。それが会社の一つの着地点だと考えると、まだまだこれからです。

実証実験や他企業さんとの連携も、CRANTSから会社の方に事業を移していっており、そういう企業さんが「自動運転を使って事業を立ち上げたい」という時には我々も協力する、というビジネス関係を作っています。そういうところが結実してくれれば、経営も安定してくるかと思います。
写真4 自動運転時の状況を再現できるCRANTSのシミュレーション室 百嶋: 科学的で高度なイノベーション創出を本格的に支援する産業支援機関、すなわち「高度イノベーション創出支援機関」の参考とすべき成功事例として、次世代半導体プロセスの研究機関として知られるベルギーのIMEC(Interuniversity MicroElectronics Center)4が挙げられます。

IMECは、大学における基礎研究と産業界での技術開発を橋渡しする役割を担っており、最先端の半導体関連技術の研究において、米インテル、韓国サムスン電子、台湾TSMCといった半導体メーカー、蘭ASMLや東京エレクトロンといった半導体製造装置メーカー、JSRや東京応化工業といった半導体材料メーカーなどとの共同研究プログラムを展開しています。その際に共同利用される半導体製造装置や評価機器など最先端のパイロットラインの導入コストは、海外の大企業などからの委託研究収入でカバーされています。ユーザーの世界規模での広域化が最先端の設備導入・共同研究を可能とする好循環につながっているのです。さらに、共同研究で蓄積された知的財産をベースに、魅力的な研究開発プログラムを策定することにより、世界有数の大企業を惹きつけ、新たな委託研究収入の確保につなげています。CRANTSさんでは、研究機関側が描いた大きな絵姿に魅力を感じ共鳴する企業が集う「この指止まれ」方式が、これまで5年間でうまく回ってきたとのお話しでしたが、まさにこの方式をいち早く世界規模で実践してきたのがIMECなのです。
IMECの2020年の総収入は、6.8億ユーロ(約863億円)に達しています(図表1)。1995年以降、委託研究収入などの自主財源が州政府補助金を上回り、「組織の自立化」に成功しています。2015年時点のデータでは委託研究収入が82%強を占め、フランダース州政府などからの助成金は12%強にすぎません(図表)。半導体プロセス技術の難易度が近年ますます高まり、オープンイノベーションが一層必要とされる中で、IMECの収入が90 年代半ば以降急増してきたのは、IMECがその卓越した研究企画力や技術サービス力を背景に、多くの半導体関連企業から「オープンイノベーションの場」として高く評価された結果である、と私は考えています。小木津先生も、このような形を目指していらっしゃるのでしょうか。
図表1 IMECの総収入と助成金依存度の推移
 
4 IMECは、情報通信技術領域での産業ニーズを3~10 年先行する科学的研究を行うため、1984年にルーベンカトリック大学を研究拠点とする非営利の研究機関として、フランダース州政府によって設立された。IMECに関わる考察については、百嶋徹「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号、同「地域イノベーションと産業支援機関」『ニッセイ基礎研REPORT』2008年11月号、同「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日を参照されたい。
小木津氏: おっしゃる通りです。自動運転の一つの大事な部分は、他業種と連携してこそ付加価値が高まり、移動手段としての価値が高まっていくということです。それを実現するために、我々は自動運転の研究開発と実装のプラットフォームを持っているので、「この指止まれ」方式で、民間企業からそういうフィーを集めるという考え方もあります。もう一つは、実際に自動運転車両が街を走り出す世界が、間もなく来ると思います。定常的に運行するようになれば、安定的にフィーもいただけます。経営基盤を安定させる方法としては、その2方向でみています。

百嶋:細谷さんは、産学官連携やオープンイノベーションについて、どのようにお考えですか。

細谷精一・前橋市未来創造部参事兼交通政策課長(以下、細谷氏): 前橋市の総合計画の中でも「産官学連携のまちづくり」を掲げていろんなことを進めていますが5、モビリティ分野に特化して申し上げると、いちばん意義があったと思うのは、群馬大学で研究機関を設置しただけではなく、「オープンイノベーション協議会」ができたことだと思います6

と言うのは、小木津先生から話があったように、地域の課題を共有し、地域課題解決のビジョンをどう掲げるかというところについて、例えば行政が旗振りしても、民間の皆さんはなかなかついてこない。一つの企業が何かをやろうとすると、他の企業は「これは、あの企業がやってるから」と消極的になり、手を携えにくい。

例えばモビリティ分野なら、前橋の企業の間で「この地域では公共交通の自立が必要だ」と社会課題を共有化して、「将来的には自動運転を導入しよう」と意識を共有している、その上で、30社や関係団体が協議会に入って、勉強会や意見交換をしているので、行政としてもありがたい枠組みをいただいたと思っています。
 
5 前橋市のまちづくりに関する最上位計画「 第七次前橋市総合計画2021年度改訂版」において、「官民連携のまちづくり」を掲げている。
6 CRANTSが2017年5月、完全自動運転車両システムの導入を目指す企業や行政の交流の場として設置した。目的に合わせて三つの研究会を運営し、専門的な議論をする場となっている。
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社会研究部

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

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