2021年12月07日

診療報酬の換算レート-全国一律1点=10円の意義とは?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

1――はじめに

日本では、公的医療保険制度の診療報酬において、1点=10円の換算レートが全国一律に適用されている。公的介護保険制度の介護報酬のような、地域ごとの物価水準の違いは、反映されていない。すなわち、医療と介護の間には、報酬制度の設定方法に違いがある。

本稿では、その理由や経緯をみていくこととしたい1
 
1 本稿では、「日本の医療-制度と政策」島崎謙治著(東京大学出版会, 2011年)、「世界の診療報酬」加藤智章編(法律文化社, 2016年)、「医療と介護 3つのベクトル」池上直己著(日経BP 日本経済新聞出版本部, 2021年)等の文献を参考にしている。

2――診療報酬制度の経緯

2――診療報酬制度の経緯

まず、診療報酬制度のこれまでの経緯について、簡単にみていこう。
1創設当初、診療報酬は道府県ごとに異なっていた
日本の公的医療保険は、約100年前に始まった。1922年に健康保険法が制定され、27年に施行された2。それとともに、政府管掌健康保険(政管健保)で、給付対象と料金を規定して、診療報酬を支払う仕組みができあがった。だが、その診療報酬の支払いは、今日のものとは大きく異なるものであった。

まず、保険者としての政府と、日本医師会の間で包括的な請負契約が締結された。それに基づいて、政府が日本医師会に診療報酬を支払い、それを日本医師会が道府県医師会を通じて、医師に配分して支払うというものであった。この方式は、「人頭割団体請負方式」と呼ばれている。

医師への支払いに用いる換算レートは、道府県ごとに異なっていた。道府県ごとに、被保険者の保険料の合計額を、医療機関からの請求点数の合計で割り算することによって、算定されていた。

この方式では、たとえば、ある県で多数の治療が行われて、請求点数が高くなった場合、被保険者からの保険料の合計額が同じであれば、割り算の結果、つまり換算レートは低くなる。このように、換算レートが調整弁となることで、医療費は常に保険料の範囲内に収まる仕組みとなっていた。

この方式は、換算レートの変動に伴う報酬の増減の影響を、医師や医療機関が負う仕組みといえる。当然、医師はこうした変動に対して、不満を持っていた。ただ、診療報酬制度が導入された当初は、公的医療保険制度に加入していたのは、政管健保の対象者であった工場や炭鉱の労働者など、国民の3%ほどに過ぎなかった。医師が受け取る報酬全体への影響は軽微であり、診療報酬制度により報酬の受け取りが安定するという利点もあったことから、この仕組みは受け入れられたものとみられる。

その後、毎年、1人当たりの単価の設定を巡っては、政府と医師会の間の交渉は難航を極めた。被保険者の罹患率や、各保険医の稼働点数の違いにより、道府県ごとに大きな差が生じることもあった。同一の道府県でも、月ごとに1点の単価が大きく変動することもあった。こうしたことから、診療報酬の単価をめぐって、紛議が絶えなかったという。総じて、人頭割団体請負方式は医師に不評だった3
 
2 健康保険法の制定から施行までに時間がかかった要因として、1923年の関東大震災の発生が挙げられる。
3 このような不評があらわれた一面として、当時、全国の医師の約半数しか保険医にならなかったことが挙げられている。(「日本の医療-制度と政策」島崎謙治著(東京大学出版会, 2011年)より)
2換算レートは変動方式から固定方式に変わった
その後、診療報酬制度の適用対象は徐々に拡大されていき、1943年には、被用者保険全体が対象となった4。それとともに、当時は、太平洋戦争の真っ只中で、換算レートの変動を続けることが困難となった。

そこで、1943年に、厚生大臣が定めた点数単価表を用いる「点数単価方式」に移行することとなった。診療報酬は、医師会を経由せずに、保険者から保険医に直接支払われる仕組みとなった5。また、換算レートは固定された。換算レートの種類として、甲・乙・丙の3つの地域区分を設けて、設定されていた6
 
4 1938年には、国民健康保険法が制定されて、地区の世帯主を組合員とする「普通国民健康保険組合」と、同一事業または同種の業務に従事する人を組合員として組織される「特別国民健康保険組合」による、保険制度が開始された。ただ、組合への加入は、原則として任意とされていた。診療報酬については、具体的な点数や料金は示されず、それぞれの組合が定めることとなった。診療報酬点数をめぐって、県の医師会と行政の間でしばしば対立が起こり、組合はできたものの医師会との契約が成立しない、といった事態も数多くみられたという。
5 1942年の健康保険法改正で、当時併存していた職員健康保険法(販売・金融等の業務に従事するホワイトカラーを対象にしていた)と、健康保険法(制定当初は工場法または鉱業法が適用される労働者が対象だったが、1935年にはそれ以外のブルーカラー労働者にも対象が拡大された)を統合した。診療報酬の算定にあたっては、職員健康保険法で採用されていた勤労定額方式(点数単価方式)に移行した。ただし、1943年時点では、点数単価や換算レートは医師会の話し合いにより決定されており、より客観的に定められるようになったのは、社会保険診療報酬算定協議会(現在の中央社会保険医療協議会(中医協)の原型)が厚生省に設置された以降とされる。
6 6大都市(東京府東京市、神奈川県横浜市、愛知県名古屋市、京都府京都市、大阪府大阪市、兵庫県神戸市)を甲地、甲地以外の県庁所在地および人口11万人以上の市を乙地、その他を丙地とした。
3国民皆保険実現の2年後に換算レートは全国一律となった
戦後、地域区分は甲地を6大都市とその周辺、乙地をそれ以外の市町村、というふうに2つに再編された。そして、1958年に、「新医療費体系」に移行した。そこでは、甲表と乙表の2つの診療報酬点数表が導入された。同年、国民健康保険法が全部改正され、市町村の国保事業運営が義務付けられた。こうした動きを経て、1961年に、国民皆保険が実現した。

新医療費体系において、甲表は、医師などの技術を重視する観点から、手術等の点数を高くする一方、投薬等の点数を低くした。たとえば、初診時、入院時の投薬料・検査料は、初診料、入院基本料に含めるといった特徴を持っていた。一方、乙表は技術料を定額とし、モノと技術の点数を分離した以外は、基本的に従来の点数表を存置していた。

各医療機関は、どちらかの点数表を選択することとされた。国公立病院、日赤、済生会などの公的医療機関は甲表、中小病院や診療所の多くは乙表を選択した7。甲表と乙表は、簡素化を図る観点から、1994年に一本化された。

新医療費体系導入時には、甲表適用の場合、甲地と乙地の差は5%。乙表適用の場合、甲地と乙地の差は8%と、地域区分による差が残されていた8。また、新医療費体系への移行(1958年)にともなって、換算レートは、1点=10円とされた。このとき以来、現在まで、この1点=10円がそのまま用いられている。

その後、1963年、地域間のレートを統一しないと大都市における医師の偏在が加速してしまうとの理由から、乙地のレートを甲地と同じ水準にまで引き上げた。これにより、換算レートは全国一律となった。

なお、2008年改正の高齢者の医療の確保に関する法律では、都道府県ごとの診療報酬の設定を可能とする特例の規定が設けられた。ただし、これまでに、この特例が適用された事例はない。
 
7 病院では65%、診療所では93%の施設が乙表を使用したという。(「ホスピタルフィーのあり方について」(社団法人全日本病院協会, 全日病総研, 2010年3月)より)
8 「医療提供制度を改革する政策手法-診療報酬, 計画規制, 補助金」島崎謙治(社会保障研究2016, vol.1, no.3, pp.596-611.)より。

3――他の公定価格制度には地域差を設けているものもある

3――他の公定価格制度には地域差を設けているものもある

公定価格制度には、さまざまなものがある。そのうち、診療報酬に類似する制度の地域差の設定について、簡単にみていこう。

1公的介護保険制度の介護報酬は、全国を8地域に区分して設定
2000年に創設された公的介護保険制度では、介護報酬制度にもとづいて、介護事業者に報酬が支払われる。介護報酬は、国家公務員又は地方公務員の地域手当に準拠して、全国を市区町村単位で、1級地~7級地およびその他の8地域に区分。地域区分ごとに、異なる単価を適用している。1単位=10円~11.4円となっている。

2国家公務員の地域手当は地域の民間賃金や物価を考慮して設定される
国家公務員の地域手当は、当該地域における民間の賃金水準を基礎とし、当該地域における物価等を考慮して、支給地域を指定している9。 地域手当の支給地域である1級地~7級地以外に区分される市町村については、支給地域に比べ民間事業者の賃金指数が低いことにより「その他」地域とされているほか、当該手当に国の官署がないことにより「その他」に分類されている場合がある。
 
9 具体的には、賃金構造基本統計調査による賃金指数を用いた指定基準を基本として支給地域及び支給割合を決定。賃金構造基本統計調査は、民間事業者に雇用される労働者の賃金実態を確認する場合に一般的に利用されている。
3保育所運営費も、全国を8地域に区分して設定
保育所運営費についても、国家公務員の地域手当に準拠して、全国を市区町村単位で、1級地~7級地およびその他の8地域に区分して、異なる単価を適用している。

4――諸外国の診療報酬においても地域差が設けられている

4――諸外国の診療報酬においても地域差が設けられている

公定医療保障制度における諸外国の診療報酬も参考になる。米国、英国、ドイツ、フランスについて、簡単にみていこう。

1米国では、地域変数を用いて地域調整が行われる
米国では、メディケア(65歳以上の高齢者を対象とした医療保険制度)のパートA(入院医療サービス)やパートB(医師の診療サービス)において、診療報酬額の算定上、各地の賃金や物価などの社会経済状況を反映させている。たとえば、パートBの支払方式である、資源準拠相対評価指数方式(Resources-Based Relative Value Scale, RBRVS)では、相対評価要素(技術料、諸費用、保険料)に、1点単価に相当する変換係数を掛け算して報酬額を算定する。その際、技術料等には、地域補正係数を用いて地域ごとの調整をする。そのうえで、医師不足が顕著な地域の医師に対しては、ボーナス加算などの政策的調整(Policy adjustments)が行われることもある。

2英国では、全国標準価格表とは別に3種類の価格が認められている
英国では、原則として、全国標準価格表(National Tariff)に記載されているサービスについては、これに基づいて支払いが行われる。ただし、全国標準価格表とは別に、地方で設定が可能な、つぎの3種類の価格が認められている。

(1) サービス提供責任者とサービス提供者との合意により行う、全国標準価格表の地方修正版価格(local variations)

(2) モニター10による承認のうえでの、地方の実情を踏まえた価格の増額(local modifications)

(3) 全国標準価格表で設定されていないものについて、当事者間の交渉によって地方ごとに設定されるサービス価格(local prices)
 
10 具体的には、医療保障制度の監視を行う、特殊法人‘NHS Improvement’を指す。
3ドイツでは、州ごとに単価が設定されている
ドイツでは、点数単価は、州ごとに、保険医協会と疾病金庫州連合会等の間で協定される。その協定にあたっては、連邦統一単価が指針値とされている。連邦統一単価の設定には、診療所の投資的経費・経常的経費の動向などが考慮されている。なお、点数単価の改定について、連邦法が介入する場合もある。

4フランスでは、外来医療の診察などの報酬が協約で決められている
フランスでは、外来医療での、医師の診療に対する報酬は、医療協約で定める協約料金に基づいて算定される。現行の医療協約では、診察・往診などの医師の報酬と、医療行為共通分類(Classification Commune des Actes Medicaux, CCAM)による医療行為の価格が定められている。診察・往診などの報酬の単価は協約による一方、CCAMの係数点数は国が定めている。

一方、入院医療では、T2Aと呼ばれる1入院あたり包括評価方式が導入されている。

5――診療報酬の換算レートに関する考察

5――診療報酬の換算レートに関する考察

第2章でみたとおり、日本の診療報酬制度は、換算レートを、1958年以来1点=10円、1963年以来全国一律としたまま、半世紀以上運営されてきた。その意味合いについて簡単に振り返ってみよう。

11点=10円のまま変わらなかったことで、わかりやすさが浸透した
まず、1点=10円を維持してきた理由として、日々の診療における患者の一部負担金等の計算が簡便だった点が挙げられる。1950、60年代は、コンピュータはおろか、電卓すらなく、計算器具の中心は、そろばんであった。もし、1点=10円といった単純な換算レートでなかったとしたら、点数を金額に換算する際の事務ミスにより、患者の自己負担額の過徴収や徴収不足が頻発していた恐れがある。

また、かつてのような、頻繁な換算レートの変動は、医師の負担が大きかったことも挙げられる。診療報酬制度黎明期のように、診療報酬単価や換算レートをめぐる紛議に明け暮れることは、医師にとって、本来の医療サービス提供の体力を奪うもので、無用の混乱を招く素因だったといえるだろう。

患者にとっても、点数と自己負担額の関係が明瞭でわかりやすかったことは、医療費に対する理解を進める要因となったものと考えられる。

さらに、換算レートは一定水準のまま存置して、診療報酬点数の水準や条件設定に対して改定を行うことで、スムーズな政策誘導を進めたい、とする行政サイドの意向があったことも考えられる。

こうした医療機関、医師、患者、行政の意向が一致したことで、1点=10円の換算レートは、長きに渡り、据え置かれてきたものとみられる。
2地方ほど勤務医の給与が高いことにより、全国一律でも公平性が確保されてきた
つぎに、換算レートを全国一律としてきた理由について考えてみよう。第3章でみたとおり、介護報酬など、他の公定価格制度では、大都市と地方の賃金や物価の違いを反映して、差が設けられているものもある。これらの制度では、そうすることが、公平性の確保に寄与するとみなされてきた。

ところが、医療では、医師の人件費について、全く逆のことが起こる。

現在のように、医師が働く場所を自由に選ぶことのできる仕組みでは、通常、医師は大都市に集中する。医師のキャリアパスを考えた場合、一般に、若手の医師は、病院の勤務医として働きながら、自らの専門性を磨こうとする。その際、大都市の病院ほど、医療インフラ(高性能な放射線透視装置を配置した手術室等)が整っていて、性別・年齢・疾病種類などの面で多様な患者が集積するため、早期に多様な症例に接することで、多くの診療経験が積める――すなわち、専門性の向上が図りやすい、ということになる。

一方、地方では、大都市よりも高齢化が進んでおり、医師の需要は大きくなっている。そこで、地方の医療機関で、医師(特に、若手の医師)を確保しようとする場合、医師の給与を向上させることが有効な手立てとなる。

実際に、自治体病院の医療スタッフの給与を比較したものが、つぎの図だ。たしかに、医師は指定都市、市、町村と進むにつれて、給与が高くなっている。つまり、地方ほど勤務医の給与が高いことになる。この関係は、同じく医療機関に勤務する看護師、医療技術員、事務職員では、まったく逆で、指定都市、市、町村と進むにつれて、給与が低くなっている。
図表1. 医師の平均給与(ひと月)/図表2. 看護師等の平均給与(ひと月)
現在のように、診療報酬の単価を全国一律としたことで、医師と看護師等の給与の、大都市と地方のバランスを反映することができており、結果的に、医師の都市部への偏在を緩和する形になったともいえる。その結果、医療へのアクセスについて、大都市と地方の公平性の確保にもつながったとみられる11

また、医療の価格要素として、薬剤費もある。薬剤については、青果物、畜産物、魚介類のような市場が地域ごとにあるわけではなく、全国市場で、医療機関の購入価格が決まる。したがって、換算レートを全国一律で設定することは、薬剤費との関係からも、合理的であったとみることができる。
 
11 もちろん、ここでいう「公平性」は、客観的に厳密な公平性を指すものではない。「公平性の確保」というよりも、むしろ「公平感の確保」といったほうが、適切な表現といえるかもしれない。

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

日本の診療報酬は、半世紀以上もの間、公的医療保険制度の中核を支えてきた。全国一律で1点=10円という単純明快な仕組みが、長期に渡って、人々に受け入れられてきた要因といえるだろう。

2008年改正の高齢者の医療の確保に関する法律では、都道府県ごとの診療報酬の設定を可能とする特例の規定が設けられているが、これまでに、この特例が適用された事例はない。仮に、この特例の適用を検討する場合には、従来の制度が有している、シンプルさや公平性などを失う可能性がある点について、十分な議論が行われる必要があるといえるだろう。

引き続き、診療報酬制度の改正の動きについて、注視していくこととしたい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年12月07日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【診療報酬の換算レート-全国一律1点=10円の意義とは?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

診療報酬の換算レート-全国一律1点=10円の意義とは?のレポート Topへ