2021年11月10日

共同富裕に舵を切った中国-文化大革命に逆戻りし経済発展が止まるのか?

三尾 幸吉郎

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2|「共同富裕」の実現に向けた習近平政権の具体策
前述した中央財経委員会第10回会議では、分配構造の在り方に関し「人民を中心とする発展思想を堅持し質の高い発展の中で共同富裕を促進し、効率と公平の関係を正しく処理し、第一次分配、再分配、第三次分配の協調・組み合わせの基礎的制度手配を整え、租税、社会保障、移転支出などの調節に力を入れ、的確性を高め、中所得層の比重を拡大し、低所得層の収入を増やし、高所得を合理的に調節し、違法な収入を取り締まり、中間が大きく両端が小さいオリーブ型の分配構造を形成し、社会の公平・正義を促進し、人の全面的に成長を促進し、全人民が共同富裕の目標に向かって着実にまい進するようにしなければならない」と記述してその方向性を示している。したがって、企業に労働分配率の引上げを促すなどの第一次分配、個人所得税の累進性を高めたり、試行段階にある不動産税(固定資産税に相当)の施行地域を拡大したり12、将来的には相続税(含む贈与税)の導入を検討したりするなどの再分配、さらには先に豊かになった企業家等の富豪に公益や慈善事業を奨励するなどの第三次分配と、幅広い領域に渡る分配構造改革に取り組むことになるだろう。また、「租税、社会保障、移転支出などの調整」に力を入れるとしていることから、中央政府と地方政府の税源配分の在り方や、間接税の比率が極めて高い租税構造の改革が進む可能性もあるだろう[図表-6]。
[図表-6]中国中央の税収内訳(2020年度)/日本国の税収内訳(2020年度)
また、華東地区中部に位置する浙江省では、全国に先駆けて「共同富裕」の実証実験が始まることとなった。中国共産党中央と国務院は2021年5月20日、「浙江の質の高い発展・共同富裕モデル区建設支援に関する意見」を決定し、6月10日に公表した[図表-7]。浙江省はアリババ集団が本社を置くだけに、通販サイト「淘宝(タオバオ)」で経済活動を活性化させた“淘宝村”の3分の1が浙江省に位置する[図表-8]。都市部・農村部の協調発展をテストするには最適な地と言えるだろう。

「共同富裕」に向けた所得格差の是正に向けた分配構造の見直しは、歴代の最高指導者が重視つつも経済発展への打撃を恐れて尻込みしてきた難題だけに一筋縄では行きそうにない。しかし、盤石な政権基盤を築き上げた習近平政権が舵を切ったからには、浙江省の共同富裕モデル区を舞台に、経済発展への影響を見極めつつも果敢に挑戦し、「実事求是」と「摸着石頭過河」の精神で微調整を繰り返しながらも前進することになるだろう。そして、現時点ではまだおぼろげに見え始めただけに過ぎない習近平政権が目指す「共同富裕」の姿がこれからしだいに明らかになってくるだろう。
[図表-7]浙江省の共同富裕モデル表/[図表-8]淘宝村の分布(2020年)
 
12 第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会第31回会議は10月23日、国務院に権限を授けて一部の地域で不動産税改革の実験を行うことを決定した

4――結語

4――結語

1|文化大革命に逆戻りすることはないのか?
以上のような「共同富裕」を巡る歴史的経緯や習近平政権が目指す「共同富裕」の方向性を踏まえた上でその他の論点も加えて、習近平政権が文化大革命に逆戻りする可能性を考えると、以下の3点からその可能性は極めて低いと考えられる。

第一に習近平政権の「共同富裕」に対する考え方が、毛沢東のそれよりも鄧小平のそれに近いことである。第三章で述べたように習近平政権は「画一的な平均主義」を否定する一方、現段階を「社会主義初級段階」と認識した上で、「一部分の人が先に富むことを認める」としているため、鄧小平が唱えた先富論の延長線上にあると考えられる。しかも、直ぐに「共同富裕」を実現しようとした毛沢東とは異なり、習近平政権は長期目標と位置付け、地域的にも初めから全国展開するのではなく、浙江省に設ける共同富裕モデル区から段階的に進めようとしている点から考えても、広東省(深圳)や福建省(アモイ)などに経済特区を設けて沿海部が先に豊かになることを許容した鄧小平の経済運営スタイルに近いと見て間違いないだろう。

第二に挙げられるのは、最近の統制強化の動きは「改革を全面的に深化させる」ための措置と考えられることである。第一章で述べたように習近平政権は統制を強化している。その背景に「共同富裕」に舵を切ったことがあるのは間違いないが、習近平政権下の2013年11月に開催された第18期3中全会で「改革を全面的に深化させる」方針を示したことも大きい。その決定文では「市場が資源配分の中で決定的役割を果たす」とし、「核心の問題は政府と市場の関係」にあること、そして「政府の過剰介入」と「政府の監督が不十分」という両面から問題解決を図ることが肝要であることを指摘している。したがって、ここもとの動きは「政府の監督が不十分」だった部分に対する統制強化という側面があり、習近平政権は「政府の過剰介入」にならぬよう気を付けることを予定していることになる。

第三に習近平国家主席の政権基盤は既に固まっており階級闘争を呼びかける動機がないことが挙げられる。文化大革命を発動した1966年の毛沢東は中国共産党トップ(主席)ではあったものの、中国政府トップ(国家主席)は劉少奇が務めていた。しかし、現在の習近平国家主席は中国共産党トップ(総書記)を兼務しており、2017年に開催された第19回党大会では自らの名前を冠した「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を共産党章程(党規約)に入れるなど政治基盤がしっかりと固まっている。したがって毛沢東のように「司令部を砲撃せよ」として階級闘争を呼びかける動機がない。また、習近平国家主席は「トラもハエも叩く」として反腐敗闘争を展開し抵抗勢力を一掃した後でもあるので、強力なライバルを吊るし上げる必要もない。
2|「共同富裕」が中国経済に与える影響
他方、文化大革命に逆戻りするような形で経済発展が止まることはないにしても、「共同富裕」に向かうためには経済活動の自由を制限し統制を強化することが必要となるため、中国経済には多かれ少なかれ影響を与えるだろう。その影響の多寡を決めるポイントとしては下記3点が挙げられる。

第一に「共同富裕」に向かうスピードの問題である。急ぎ過ぎれば経済発展を止める可能性が高まり、ゆっくりならその可能性は低くなる。習近平政権は21世紀半ばの実現を目標とし、それに先立って浙江省を共同富裕モデル区に設定して実証実験から始めることとしているため、約30年かけて浙江省から全国へと広げていく方針と見られる。したがって、現時点で判明している方針が変わらない限り「共同富裕」に向かうスピードはゆっくりで、経済発展を止めるようなスピードで進むとは考えづらい。但し、ゆっくり進んだのでは一般庶民が「共同富裕」を実感しにくい。したがって、ともすればスピードアップしがちとなるため、こうしたスピードの変化を見落とさないようにすべきだろう。

第二に貧富の格差をどの程度まで縮めるかである。国際連合開発計画の報告によれば、中国では上位1%の富裕層が得ている所得が全体の13.9%に達した[図表-9]。これは米国の20.5%ほどではないものの、自由資本主義の日本や欧州主要国よりも高く、「中国の特色ある社会主義」を標榜する中国にとっては看過できない大問題である。それを一気に改善しようとして極端な平等を目指すようなことになれば、リスクを伴う企業家精神(アントレプレナーシップ)が委縮して経済への打撃が大きくなる。一方、小幅な格差是正に留めれば経済への影響は少ないものの、一般庶民が「共同富裕」を実感することができず支持を失いかねない。現時点で習近平政権は「中間が大きく両端が小さいオリーブ型の分配構造」を目指すとしている。中国の所得分布を統計的に把握することは困難なので筆者のイメージで説明すると[図表-10]、現在の所得分布は富裕層が少なく貧困層の多い三角形(図表-10のグリーン)のような分布になっていると見られるが、これを目指す所得分布である中間層の多いオリーブ型(図表-10のオレンジ色)にするためには、「大金持ちの財産を減らす」とともに、その資金を貧困層の救済や教育に投入することにより、経済的に自立した中間層が増えて中間層の多いオリーブ型にすることができるという発想だと筆者は理解している。但し、オリーブ型といってもさまざまなオリーブがあるので、どのようなオリーブなのか、現時点では明確でない。浙江省で実施される実証実験の状況を見て判断するしかなさそうなので、その成り行きを注視する必要がある。
[図表-9]上位1%の富裕層が得ている所得の比率(2010~2019年)/[図表-10]現在の所得分布⇒目指す所得分布(イメージ)
第三に「第1次分配、再分配、第3次分配」に関する具体的な制度設計である。生産性の改善ペースを大幅に上回るような労働分配率の引上げを行なえば企業は疲弊するし、不動産税(日本の固定資産税に相当)の全国展開や相続税の導入を急ぎ過ぎれば不動産バブルが崩壊する恐れも排除できない。一方、労働分配率を適切に引上げ、個人所得税の累進性を適切に強めることができれば、中間層が育ち個人消費を盛り上げる可能性もある。さらに第三次分配で先に成功した企業家が、その潤沢な資金をスタートアップ企業の支援や育成に向けるように導くことができれば、企業活動の生態系(エコシステム)を大きく発展させる契機となる可能性もある。
 
以上のように「共同富裕」が中国経済に与える影響を考える上では、現時点では不確定要素が多く中国経済の先行きを見通すのは難しいが、経済成長に若干のマイナス要因とはなっても、経済発展が止まるようなことにはならないと考えている。換言すれば、中国経済は世間並みでごく普通な成長率(図表-5に示した一人当たりGDPで第2分位に位置する国の平均的な成長率)に収束していく可能性が高いと見ている。改革開放に舵を切ったあとの中国は、極めて自由度の高い経済活動を許容してきたため、世界並みでごく普通な成長率を遥かに上回るスピードで発展し、一人当たりGDPは第5分位から第2分位まで一気に駆け登ることとなった[図表-2]。しかし、「共同富裕」を実現するためには、統制を強化してこれまで自由だった経済活動に制限を加えることが必要となる。貧富の格差や腐敗・汚職の蔓延が是正されれば持続可能性は高まるだろうが、企業家精神(アントレプレナーシップ)やイノベーションに対する打撃は避けられそうにない。一方、経済発展が止まるようなこともないだろう。「実事求是」や「漠着石頭過河」が根付いている習近平政権は、前述の3点(スピード、程度、制度設計)に関して、共同富裕モデル区における実証実験などで試行錯誤を繰り返しつつも、経済発展と「共同富裕」の最適バランスを探っていく方針であり、盲目的に「共同富裕」に邁進するとは考えにくいからだ。したがって、「共同富裕」に向かうことで経済成長率は若干下がるだろうが、それは中国の身の丈に合った経済成長率に戻るだけに過ぎないと筆者は考えている。
 
 

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(2021年11月10日「基礎研レポート」)

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