2021年11月05日

Facebook反トラスト訴訟FTCの修正申立ての概要

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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5――FTCの修正申し立ての概要

1|総論
以下では、FTCの修正申立てのうち、中間判決で否定された部分への反論を中心として抜き出すこととする。FTCが立証しなければならないのは、独占力の存在と、排除行為の存在である。独占力は、通常の立証方法では、高い市場シェアを有していることによって間接的に証明される。そこで、FTCはFacebookの高いシェアを数値で示せることを主張する(下記2項)。加えて意図的な非競争的行為が行われたという直接的な立証が可能であるとし、これを主張する(下記3項)。そして、参入障壁の存在を主張する (下記4項)。

他方、排除行為としては、InstagramとWhatsApp買収と中核機能制限条項が主張されていた。中間判決では、企業買収については買収以降も保持していることが排除行為に該当する可能性はあるとの判断が示されたが、中核機能制限条項については条項の発動による排除行為が過去の行為であることから、差し止めの要件である「違反を継続し、違反をしようとする」に該当しないとのガイダンスを示していた。これに対して、中核機能制限条項は差し止め要件を満たす (下記5項)とFTCは主張する。
2|個人向けSNSにおけるシェアの計測
FTCは、個人向けSNSのシェアを一日当たりの利用時間(time spent)、一日当たり利用者数(Daily Active Users, DAUs)および月間利用者数(Monthly Active User、MAUs)により計測すべきとする。数字はComscoreというインターネット視聴率調査会社のものを使っている。それによるとFacebookの個人向けSNSのシェアは一日当たりの利用時間は2012年以降、80%を下回ったことがない。また、一日当たり利用者数は2016年以降70%を下回ったことがない。さらに月間利用者数も2012年以降、65%を下回ったことがないと主張する。

中間判決では利用時間や利用者数ではシェアを測れないと判示されているため、この点に関しては丁寧に主張を行っている。

これらの指標を利用する理由として、一つ目は個人向けSNSの利用者に対する魅力、そして競争力(competitive significance)は、利用者数と利用者がどれだけ強くサービスに引き込まれる(engage)かに関連するものであることである。個人向けSNSの特性として、利用者が多いところにより利用者が集中し、少ないところからは出て行ってしまうということがあるためである。

二つ目は、Facebookや投資家、あるいは他のSNS会社においても、利用時間、一日当たり利用者数、月間利用者数を評価基準としていることである。

特にComscoreはFacebookその他の事業者や評論家に信用されており、Facebookのザッカーバーグ氏に提出される重要な資料にも利用されているとする。

さらに各国でも利用時間、利用者数によってFacebookの市場支配力を認定している。具体的には、2020年英国の競争市場局(Competition and Market Authority)では、利用時間と利用者への到達割合(reach)をもって重要な市場力を有していると認定した。また、2019年ドイツの連邦カルテル局(Federal Cartel Office)は一日当たり利用者数と月間利用者数をもって、Facebookが市場における独占力を乱用したと認定した。さらにオーストラリアの競争消費者委員会(Competition and Consumer Commission)では、月間利用者数と利用時間数をもってFacebookの市場支配力を評価している。

ちなみに中間判決では、市場に属する他の事業者への言及がないといわれていたことに対して、修正申立てでは、MeWe、Path、Orkut、Google+、Myspace、 Friendsterを挙げている。

したがって少なくともFacebookは個人向けSNS市場における65%以上のシェアを有していると言えるというのがFTCの主張である。
3|市場支配力を証明する直接証拠
FTCは市場支配力の立証にあたり、直接的な証明手段である、歴史的事件と市場の現状を主張する。

一点目として、利用者にとって重大な不満を招く行為を行っていながら、利用者が大幅に減少せず、他のSNS事業者に移行することがなかったことを挙げる。その事例としてはケンブリッジアナリティカ事件(Facebookの情報が流用され、選挙活動に利用されていたとされる事件)や、個人情報の濫用に基づくFTCからの2012年命令や2019年命令を挙げている。これらの事件によりFacebookが非競争的水準に至る品質低下により利用者の損害を与えつつも、利用者を失わなかったことはFacebookの市場支配力を示していると主張する。

二点目として、Facebookが長期にわたる巨大な利益を上げ続けていることが、独占力を示唆し、個人向けSNSの競合事業者が参入障壁を乗り越え、Facebookの独占に挑むことができなかったことを示している。

三点目として、Facebookの巨大な個人向けSNS利用者ベースにアクセスしようとする潜在的な競合者からの脅威を抑止するための制限的な規約を強制することによって、アプリ開発業者の目論見をつぶすことができたことが、独占力を示しているとする。比較対象として、同業のSnapchatはこれまで利益を出したことがないという。
4|参入障壁の存在
Facebookの個人向けSNSの独占的地位は、直接ネットワーク効果と高いスイッチングコストを含む参入障壁の存在により継続的(durable)なものとなっているとFTCは主張する。

個人向けSNSにおいてはより多くの利用者がいることにより、より価値の高いものとなるという効果である。個人向けSNSの新規参入事業者がすでに友達や家族が参加しているSNSの代替となることが難しい。

また、個人向けSNSにおいては、これまで築き上げた人間関係や共有された経験が積み上がっていくとともに他のサービスへのスイッチするコストが増加する、ラチェット効果(=下方硬直性を有する、上にだけしか動かない)が発生するため、新規事業者の参入はより難しくなる。

FacebookはInstagramとWhatsAppを堀とすることで、個人向けSNSへの参入をより困難にした。
5|中核機能制限条項は「違反を継続し、違反をしようとする」との要件を満たす
Facebookの中核機能制限条項を2018年12月に削除したのは、予想されたFacebookへの調査に備えたものであって、Facebookが反競争的であると判断し、否定したからではないとする。本条項は現在の調査が終われば復活させるだろうと主張する。現実に、現在も引き続き、アプリ開発者を審査しており、APIアクセスを武器にし続けている。

Facebookの中核機構制限条項に関して政府による制裁は課されていない。そしてFTCは過去の事例からFacebookの自己表明(representation)は意味がないとする。Facebookは2012年に個人データの第三者との共有に関して詐欺的な表明をしていたことで和解に基づく命令を受けたが、そのほんの数か月後に違反とされた行為を再開した。

また、2014年、WhatsAppの取得にあたって、EU委員会の審査を受けている際に、FacebookとWhatsAppとの個人情報(アカウント)連携が技術的に不可能であるとの表明をしていた。ところが、その二年後には電話番号によってアカウントの連携を行った。EU委員会の調査により、買収当時すでに、個人情報の連携が可能であるとFacebookは認識していたとのことであった。そのためEU委員会はFacebookに対して1億1千万ユーロの課徴金を賦課した。

このようにFacebookが今やっていないと表明していることを将来やらないという保証にはならず、かつ、Facebookの市場支配力は中核機能制限条項によりもたらされたことを考慮すると、「違反を継続し、違反をしようとする」要件を満たすものと主張する。

6――検討

6――検討

ここでは何が問題となっているのかを確認し、若干の考え方を付加することとしたい。

まず、反トラスト法2条(私的独占の禁止)違反については、対象事業者(Facebook)が独占力を有することを立証する必要がある。ところが、ここで問題とされている市場は個人向けSNS市場であり、取引に金銭が絡まないという意味で無償市場である。かつ、取引単位が明確でないという特徴を持つ。そのためシェアをどう計測するのかが問題とされている。

FTCの主張は、中間判決で否定されてはいるが、利用時間・利用者数で計測すべきであるとのものである。この点、他国に先例がある点、また特に、実際に事業を行っている側(Facebook)が、自分の事業のパフォーマンスを計測する際に利用している数値であることは一定の説得力を持つのではなかろうか。中間判決でも個人向けSNS市場は成立するという考え方をとっている。そして取引されるのは利用者の関心というFTCの主張を中間判決は否定していない。そうだとすると関心を図る手段として、利用者数と時間というのは自然な思考ではないかと考える。挙げられた数値のうち一番小さい数字でも65%なので、米国の判例から言えば、独占力が認定される可能性がある。

独占力の直接的な証拠として主張されたいくつかの事例については、これも無償市場特有の事情に基づくものである。有償市場であれば、価格を非競争的な水準まで上昇させたことで独占力が観察されるが、無償市場では、サービスの品質が非競争的水準にまで低下しても利用者が減少しないことで観察されるとしているものである。ケンブリッジアナリティカ事件など著名な事案でも利用者が減少しないというのであるから、独占力があるとFTCは主張する。この点は判断が難しい。有償市場における価格であったとしても非競争的な高価格というのが認定しにくいのに、無償市場で大きな事案があったため取引先を変えるという判断を利用者が行うのか、そもそも事案は非競争的という品質の低下をどれだけ表すものなのかという基本的な疑問が残る。なお、Facebookが高収益を上げた点については、個人向けSNS市場ではなく、その反対側にある運用型広告市場であるから、この点の主張は通りにくいと思われる。

参入障壁については、今まで言われてきたことを述べているにとどまるので、独占力が仮に認定されるのであればここはあまり問題にならなそうである。したがって独占力の有無は利用者数・利用時間での計測がどう判断されるのかにかかっているように思う。

最後に、中核機能制限条項は「違反を継続し、違反をしようとする」であるが、この点は法律論といいにくい。「約束を守らない事業者の約束があったとしても信用が置けない」というだけの主張であるから、裁判所が賛同するのは難しいようにも思う。

7――おわりに

7――おわりに

Facebookの評判は芳しくない。直近の日経新聞記事(2021年10月26日付け)でも、誤情報の拡散対応の不備、子ども向けInstagramの開発やインドにおける管理不備など続々と問題が指摘されている模様である。本文で述べたように、FTCの主張の最後の点である「Facebookの約束は信用が置けない」という見解も、このような流れを踏まえて出ているように思われる。

本文でも触れたFTCによる以前の命令は、Facebookは、ユーザーであるAさんがあるアプリをインストールすると、そのアプリに友達であるユーザーBさんの登録情報が勝手に開示される仕様になっていることを問題視したもので、2012年に和解に基づいてこのような取り扱いはやめるとした。しかし約束に反し、実際はやめることはなく、2019年に再度命令を受けることになった。

さらに、2021年10月20日にFacebookに対して、英国競争市場局(Competition and Markets Authority: CMA)が5050万ポンド(約79億3000万円)の課徴金(fine)を課したことが公表された。これはFacebookがGiphyという短い動画の検索サービス会社買収にあたって必要な報告を行わなかったことに対するものである。

Facebookが新たに市場を開拓し、拡大させた功績には確かに大きいものがある。しかし、行政からの指導や命令に従わないというのはどうしたことであろうか。21世紀の世界を代表する企業であるからこそ、コンプライアンスの意味を真摯に確認することが必要であると思う。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2021年11月05日「基礎研レポート」)

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