2021年10月01日

過疎地において自動運転サービスは持続可能か(下)~レベル3の最前線・福井県永平寺町の取組みから~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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ゆくゆくは電磁誘導線を集落まで延ばし、集落に移動サービスの拠点を

坊・ニッセイ基礎研究所准主任研究員(以下、坊): 河合町長は先ほど、自動運転システムの電磁誘導線の敷設を、ゆくゆくは集落の中まで拡張して、自動運転で町中まで移動できるようにするという構想を述べられました1。でも、個人の自宅前までインフラを敷設し始めると、きりがない。どぶ板選挙のように、「うちも敷いて」「こっちも敷いて」というような状況になるかもしれません。また、移動支援が必要な高齢者の居場所というのも変化していきます。仮に個人の住宅前まで電磁誘導線を敷設しても、5年経てば、介護施設に入所する方もいれば、亡くなる方もいる。新たに加齢が進んで介助が必要になる人も出てくると思うので、流動的です。
 
河合永充町長(以下、河合町長): 地域のニーズに合わせて、まずは近助タクシーからのスタートというのもあると思います。近助タクシーをやってみて、将来「運転する人がいない」など、次の段階になったときに自動運転で補完していく。全ての家の前まで電磁誘導線を敷くのはさすがに難しいと思いますが、例えば集落の中心までは敷くとか。ひょっとしたら、集落に空き家ができたら、そこを拠点にして自動運転の乗降所にして電磁誘導線を敷き、荷物置き場も兼ねて、宅急便などの共同集配場にする、という利用もできるかもしれない。ただ、電磁誘導線は、今はより安全に運行するための仕組みですけど、技術が進めばいずれ要らなくなるでしょう。

僕は、センサーやカメラの技術開発にも期待したいと思います。技術開発が進めば、ひょっとしたら将来、交通安全対策としてガードレールを整備するよりも、5Gなどを活用してカメラやセンサーを付ける方が安全で安い世の中が来るかもしれない。コストが安く済めば、過疎地でもインフラを維持できる。

今、コンパクト・シティの考え方が流行り、各自治体は真ん中に人を集めよう、集めようとしています。だけど、例えば今まで30軒あった集落が、人口減少で5軒になりました。ただ、そこには神社もお墓もあるので、5軒の皆さんはそこで暮らし続けたいと。じゃあ、住民が6分の1になったから、インフラ費用も6分の1にしますよ、という訳にはいかないのです。道のでこぼこぐらいは我慢してね、となるかもしれないが、水道管も道路も、維持管理はしていかないといけない。そういった時にも、ある程度、カメラやセンサーで補完できることが増えれば、交通だけではなく、いろんな行政サービスをデジタル管理で代替できるようになるかもしれない。

これから少子高齢化が進んでいく中で、どうやって地方を支えていくかは日本の重要な課題だと思います。地方を切り捨てずに、どうやってお金をかけずに最先端技術で支えるか、というデジタルサービスの実験の場に永平寺町を活用してもらいたいと思っています。

自動運転を機に、地域や県内外の関係者が…

自動運転を機に、地域や県内外の関係者が移動課題を議論するMaaS会議が発足。乗合タクシー誕生につながる

図表1 永平寺町で運行しているデマンド型乗合タクシー「近助タクシー」の概要
坊: 次に、これまでにお話に出ているデマンド型乗合タクシー「近助タクシー」についてお伺いしたいと思います。永平寺町さんの自動運転の経過で面白いと思うのは、自動運転をきっかけに「永平寺町MaaS会議」ができたということ、またMaaS会議で地域の移動課題についてディスカッションを持つようになり、その中から、地域住民が支え合う「近助タクシー」が生まれたということです。地域の移動ニーズを明確にしてから移動手段を決めたことで、非常に利用も増えていますね。
写真1 自動運転と「近助タクシー」の連携について構想を語る河合永光町長 河合町長: 自動運転に取り組む過程で、いろんな情報が入り、いろんな人が集まって来ていたので、永平寺町の交通を考えるMaaS会議を開こうということになりました。地域の住民代表や団体、交通事業者のほか、県外の自動車メーカーや部品メーカー、大学の研究者や学生など、いろんな方が入っています。メンバーは団体、個人を含めて100人ぐらいいます。そこで地域の移動課題を洗い出し、生まれたのが、地域住民がドライバーを務めるデマンド型の乗合タクシー「近助タクシー」です。

以前は、コミュニティバス(以下、コミバス)が終日、地区を運行していましたが、今は、日中は近助タクシーに、コミバスは朝夕の乗客が多い時間帯に絞ることにより、棲み分けをして住民の利便性を高めています。

また、MaaS会議で話し合ううちに、「近助タクシーで人も運ぶけど荷物も一緒に運ばないか」ということになって実証実験をしたのが、2020年度に日本郵便さんと一緒に行った貨客混載の取組みです。そういう取組みをする中で、いろいろなことが見えてきました。

例えば、従来のコミバスは、実質無料で利用されている方がほとんどだったので、近助タクシーの利用料を1回300円にしたら、最初は「お金取るんか」と言われ利用が減るのではないかと心配したのですが、乗り放題の定期券を月4,000円で発行したら「使わないと勿体ない」ということで、ものすごく利用するようになったんです。運行方法も、最初の半年間は病院や役所など決まった場所を巡回するような形にしたら利用者が少なかったので、時間も目的地も自由に選択できるようにしたら乗ってくれるようになり、仲間が仲間を呼ぶようになった。近助タクシーは成功例ですよ。そういったことで、お金を無料にするのが良いサービスではない。お金を取っても、利便性と持続性がある形にするのが良いと分かりました。

また、僕は近助タクシーで荷物も運んで収益性を上げようと思ったのですが、予想以上に利用者が増えたので、荷物を運ぶのは難しくなりました。良いことですけどね。
 
坊: 定期券は、今で言うサブスクリプション・サービスですね。今流行りの。定期代にすることによって利用が増えたという事例ですね。高齢者のニーズを反映して、実りある移動サービスにするためには、今お話のあったMaaSの会議体のような場に、包括支援センターや介護事業者など、高齢者福祉の方に入ってもらえると良いと思います。
 
河合町長: 地元の社会福祉協議会や、介護タクシーをやっている事業者なども入っています。そこで課題を出し合っています。社協さんからは、今後、地域のボランティア活動を推進したいので、参考に近助タクシーについて意見交換させてほしいという話もあります。町の福祉部門とも密に連携しています。永平寺町は、町立の在宅訪問診療所を運営していて、町内にキャンパスがある福井大学医学部が指定管理を受けていますので、今後は診療所の所長にも入ってもらえると良いと思います。訪問診療を受けている方は、通院が困難な患者さんです。例えば、いつもの薬を薬局まで取りにいかなくても、貨客混載の移動サービスを利用すれば、薬を自宅で受け取ることができるようになるかもしれない。MaaS会議の場を利用して、地域資源を結び付けないといけないと思います。

移動支援と見守りが必要な高齢者を…

移動支援と見守りが必要な高齢者を、乗合タクシーの仕組みで支えていく

坊: 永平寺町の高齢者の生活状況については、町の「第8期高齢者福祉計画・介護保険事業計画」(2021~2023年度)に、高齢者へのアンケート結果が載っていました。要介護認定を受けている高齢者を対象に、今後も自宅で暮らし続けるために必要だと思う支援・サービスを尋ねた結果、「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」が約3割でトップでした2。同様に、要介護・要支援認定を受けていない方を対象に同じことを尋ねたアンケートでも、約3割でトップとなり、移動支援のニーズが大きいことが浮き彫りになっています。また、要介護・要支援認定を受けていない人に「介護・介助の必要性」を尋ねた項目では、「必要ない」が85%だが、移送サービスは3割は必要だと回答している3。要は、身の回りの世話までは要らないけど、外出するには何らかの支援を必要としている人が多くなっているのかと思います。
 
河合町長: 最近よく「地域包括ケアシステム」と言われますが、実際に地域の皆さんが、どうやって地域を支え合うのかが永平寺町では課題でした。

近助タクシーの運転手は、地元の高齢者です。地元の元気な高齢者が、半分ボランティアのような形で、地域の移動サービスを担ってくれています。実際に始めてみたら、今度は利用しているおじいちゃん、おばあちゃんの見守りも兼ねてくれるようになりました。地域のおじいちゃん、おばあちゃんは、近助タクシーの運転手さんと会話しながらどこかへ外出する。たまに乗ってこないと、運転手さんが「あのおばちゃん最近、体悪いんか」と気にかけてくれる。それと、今コロナ禍で出歩かない人が増えていますが、近助タクシーは「対策をしているので安心して外出してください」という形にしてあるので、安心して利用を継続してもらっていて、利用者同士の仲間づくりにも一役買っていただいています。
写真2 永平寺町の将来の移動サービスについて対談する筆者 坊: 近助タクシーは、利用している方の外出機会を増やし、健康増進のきっかけになっている。また、運転手さんにとっても、お仕事を退職された後の活躍の場になっている。

河合町長: 福祉にはすごく効果があると思います。コロナの影響で、孤独や孤立を感じるようになった高齢者の方もいらっしゃいますが、近助タクシーを利用すると、運転手さんが話し相手になってくれますから、孤立予防にもなる。運転手さんも、「地域のために」という熱い気持ちでやってくれています。

荷物を自宅に届ければ、モノを調達する目的は達成できるが、外に出て人と喋ることで、人間らしく生きられる。認知症予防や介護予防にもなると思うし、災害の時にも助け合いになる。運転手さんが「あそこのおばあちゃんは足が悪いから助けに行かなあかん」とか、「あそこのおじいちゃんは今入院しているから大丈夫やろう」とかいうことが分かる。そういうお節介、助け合いが、田舎での生活には大切だと思います。

今この近助タクシーを、違うエリアに広げていこうと考えています。ただ、現在の対象エリアは400世帯ぐらいなので、それ以上広げたらさばけるかどうか、既存の交通事業者の妨げにならないかを考えて、エリアによって、やり方を変えないといけないなと思っています。例えば自動運転が走っているところでは、近助タクシーと自動運転の連携も考えないといけないと思う。
 
2 永平寺町在住で要介護認定を受けている65歳以上の住民約900人を対象に、2020年2月~3月に実施。有効回答率46.8%。「在宅生活を継続するために充実が必要な支援・サービス」を質問したところ、「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」が29.0%、「外出同行(通院・買い物等)」が21.6%、「見守り・声かけ」が18.1%など。
3 永平寺町在住で要介護認定や要支援認定を受けていない65歳以上の住民約4,500人を対象に、2020年2月~3月に実施。有効回答率62.4%。「介護・介助の必要性」の質問には、「介護・介助は必要ない」が85.3%、「何らかの介護・介助は必要だが、現在は受けていない」が6.5%、「現在、何らかの介護を受けている」が3.5%、「不明・無回答」が4.8%。「現在利用しているまたは、今後の在宅生活の継続に必要と感じる支援・サービス」を質問したところ、「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」が30.7%、「見守り・声かけ」が25.3%、「サロンなどの定期的な通いの場」が21.7%など。

交通サービスは住民の生活を助けるために運営している

交通サービスは住民の生活を助けるために運営している。住民が利用するなら、町が補助金を出して維持する。

坊: 公的支出についてもお話をさせて頂きたい。交通は人の生活に不可欠なので、赤字になること、公的支出をすること自体は別に悪くはないと思いますが、あまりにも補填額が膨らむと問題になる。あくまで、補填額が増えすぎない範囲で、交通政策、移動支援をやっていくということでしょうか。
 
河合町長: そうですね。補填額が増えても、利用が伸びるんであればやりますよ。もともと、採算が合わずに民間企業には維持することが難しい路線を、町が引き取って運営しているので、赤字になること自体は仕方ありません。行政にとっては、住民の生活を助けるために必要な取組みです。ただあまりにも、空気しか運んでいないような場合は、もっと違うところにお金を使えるだろうということです。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

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