2021年08月16日

医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す-コロナ対応、オンライン診療などで問われる機能

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

4|対比から見える論点
以上のような議論を踏まえると、こうした整理が可能ではないだろうか。まず、イギリスとフランスは登録義務を課しているのに対し、日本はフリーアクセスをベースとしている違いがある。次に、日仏両国のゲートキーパー機能はイギリスに比べて緩やかであり、かかりつけ医をプライマリ・ケア専門医(イギリスの場合はGP)に限っていない点、かかりつけ医に受診しない場合の選択肢を認めている点、その場合の自己負担を重くしている点については、日本とフランスで共通している。

この結果、患者の医療機関や医師を選ぶ自由と、医療の入口を絞り込む制限(あるいは強制)という点で考えると、▽医療の入口を1カ所に絞る登録制度は維持しつつ、患者の選択権を広げているイギリス、▽医療の入口を1カ所に絞る登録制度を導入したが、通常よりも高い自己負担を支払えば、それ以外の選択肢も認めているフランス、▽医療の入口を1カ所に絞る登録制度は採用していないが、いきなり大病院に行った場合、通常よりも高い自己負担を課すことで、選択権を部分的に制限している日本――という整理が可能であろう。

さらに、かかりつけ薬剤師・薬局や小児かかりつけ医に関しても、登録する義務が課されているわけではないが、患者にとっての入口を1カ所に絞ることで、患者との関係を一元的かつ継続的にしようとする狙いが見て取れる。

つまり、かかりつけ医機能の明確化論議に際しては、「患者―医師の関係をどう構築するか」「患者にとっての『医療の入口』をどうするか」という議論と不可分であり、言い換えると「フリーアクセスをどこまで修正するか」という議論に発展する。

この点に関しては、OECD(経済協力開発機構)による日本の医療制度に関する報告書17と符合する点が多い。2014年11月に公表された報告書では、患者はいずれの医師も紹介なしで受診できるシステムについて、「利便性と反応性という利点がある」としつつも、「緩やかな管理と高い柔軟性は、超高齢化社会の医療ニーズに最も適うものではない可能性がある」と指摘。その上で、「複雑で慢性の疾患を 1 つ以上抱える高齢者には、健康を維持し、社会への参加能力を最大限に発揮するために、継続的で、予防的で、個々に合わせたサービス」を提供するため、「個人にかかりつけのプライマリーケア医を登録するよう求める改革が、より効果的なプライマリーケアの発展には必要条件」と訴えた。

では、かかりつけ医の制度化に向けて、どんな論点や選択肢が考えられるだろうか。以下、(1)ゲートキーパー機能の是非、(2)登録制度の是非――という点で議論を深め、選択肢を模索する。
 
17 OECD(2014)「OECD医療の質レビュー日本 スタンダードの引き上げ評価と提言」を参照。

7――かかりつけ医の制度化に向けた論点や方向性

7――かかりつけ医の制度化に向けた論点や方向性

1ゲートキーパー機能の賛否
まず、ゲートキーパー機能について、賛成の意見が多いと思われる。例えば、日本医師会のシンクタンク、日本医師会総合政策研究機構の「日本の医療に関する意識調査」は2020年、2017年、2014年の調査で「医療機関の受診のあり方」という質問を設定し、かかりつけ医のゲートキーパー機能に関する是非を事実上、尋ねている。

具体的には、「A:病気の程度に関わらず、自分の判断で選んだ医療機関を受診する」「B:最初にかかりつけ医など決まった医師を受診し、その医師の判断で必要に応じて専門医療機関を紹介してもらい受診する」という2つの意見のうち、どちらに賛成するかを聞いている。

つまり、Aはフリーアクセスを支持するか否か、Bはゲートキーパー機能に賛成するかどうかを聞いていることになる。その結果は図3の通りであり、ゲートキーパー機能を支持するBの意見に賛意を示す意見が60~70%近くを占めている。

このため、「最初にかかりつけ医で受診」「必要に応じて専門医療機関を紹介」というゲートキーパー機能を強化する方向性に関して、国民の理解は得やすいと言えそうだ。
図3:ゲートキーパー機能の賛否を尋ねる日医総研の調査結果
2登録制度への不安を示す調査
しかし、患者の選択権を絞る登録制度に関しては、賛否が分かれるかもしれない。その様子に関しては、健康保険組合連合会(以下は健保連)が実施した意識調査で見て取れる。

この調査では、「診療所の医師を事前に選んで登録しておき、体に何か不調を感じたときには、最初にその医師を必ず受診するというきまりが導入され、その医師からの紹介状があるか、救急時以外には病院を自由に受診できないことを想定した際、不安感を感じるか否か」を尋ねており、その結果、図6の通りにで「不安を感じる」「非常に不安を感じる」という回答が70%程度に及んでいる。

この質問については、「事前に選んで登録」という登録制度と、「病院を自由に受診できない」というゲートキーパー機能の是非を同じ質問に含んでいるため、質問の意図が伝わりにくい上、「~できないことについての不安」を聞いている点でネガティブな答えが出やすくなっている可能性に留意する必要がある。

しかし、登録を義務付ける制度は患者の選択権を絞る側面があり、患者が登録制度とゲートキーパー機能の組み合わせについて、不安を感じる可能性には留意する必要がある。
図4:登録制度とゲートキーパー機能に関する意識調査
3|かかりつけ医機能強化の選択肢
こうした調査や国内外の制度との対比を通じて、かかりつけ医機能強化に向けて、患者―医師の関係に着目すると、いくつかの選択肢が考えられると思われる。まず、イギリスやフランスのように医療機関への登録を義務付ける選択肢が想定されるが、先に触れた健保連の調査結果を見ると、選択権がなくなる点については、国民の理解を得るのは難しい可能性がある。さらに政治的に見ても、日医は「フリーアクセスで十分な医療が受けられるということを守っていただきたい」18という姿勢を貫いており、いきなり厳格な登録制度を導入することは困難であろう。

そこで、登録を任意とする代わりに、登録した医療機関に訪ねた場合の自己負担を減らすとか、現在のように紹介状なしで大病院に行った場合の追加負担を大幅に引き上げるような制度改正の選択肢も考えられる。つまり、イギリスのような登録制度を通じた厳格なゲートキーパー機能ではなく、経済的な誘導を用いつつ、緩やかなゲートキーパー機能を少しでも厳格に、逆に言えば事実上の登録制度を緩やかに導入する方法が考えられる。

さらに登録を求める患者を年齢、例えば65歳以上や75歳以上で区切る選択肢も想定される。高齢になれば誰しも心身の不具合を持つことが多くなる分、介護や福祉との連携を含めた継続的なケアの提供が必要になるため、高齢者にとっての「医療の窓口」を一元化するイメージである。

しかし、この議論には「年齢に着目する制度は高齢者差別」という反対意見も想定される、実は、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度が2008年度に導入された際、慢性疾患を持つ高齢者に対応する「高齢者担当医制度」という仕組みが創設されたことがあった19が、高齢者だけに絞った制度が批判を浴び、民主党への政権交代を挟み、2010年度診療報酬改定で廃止された経緯がある。このため、年齢に着目した選択肢を導入する場合でも、年齢差別と受け止められない説明、エビデンス(証拠)などが必要になる。
 
18 2021年6月25日、第143回社会保障審議会医療保険部会議事録における日医の松原謙二副会長による発言。
19 具体的には、糖尿病などの慢性疾患を持つ患者が全人的・継続的に診察してくれる医師を高齢者担当医に選び、その医師が治療計画を立ててケアすると、月6,000円の報酬を支払う仕組みだった。
4かかりつけ医に何を期待するのか
ここまでの議論は患者―医師の関係に着目した制度論に偏った感があるが、ゲートキーパー機能や登録制度を論じる上での大前提として、「その医師が信頼できるのか」という患者の視点は欠かせない。かかりつけ医となる医師が信頼できないと感じれば、患者は大規模な検査機器や多くの人員を配置している大病院を選びかねないためだ。

このため、「かかりつけ医に何を期待しているのか」「医師は期待に答えられるのか」という点を踏まえる必要があり、「かかりつけ医に期待する要件」を尋ねた内閣府の世論調査を見ると、図5の通りに「病状、治療内容など、分かりやすく説明をしてくれる医師」「かかりつけ医が治療できない病気が見つかった場合、専門の医療機関などを紹介してくれる医師」「話を十分に聞いてくれる医師」「近隣の医師」が複数回答で上位に来ている。
図5:かかりつけ医に期待する要件
さらに、日医総研の調査は図6の通りに「かかりつけ医に望む医療や体制」を少し細かく尋ねており、「必要時に専門医や専門施設に紹介」(92,2%)、「患者情報を紹介先に適時適切に提供」(87.7%)、 「どんな病気でも診療可能」(85.2%)、「健康な生活のための助言や指導」(80.1%)などの回答が高い比率を占めている。
図6:かかりつけ医に望む医療や体制
つまり、かかりつけ医「機能」だろうが、総合診療医の「能力」だろうが、患者にとって病状や治療内容などを分かりやすく説明する対話能力とか、必要に応じて専門の医療機関を紹介するネットワーク機能などが重要であり、こうした役割を果たせる医師をどれだけ増やし、医師の能力や診療の質をどう担保するか、といった点を優先的に考える必要がある。

こうした観点に立てば、プライマリ・ケアの「能力」を有する総合診療医の制度的な育成を図りつつ、既存の開業医を含めて、それ以外の医師のレベルアップも図っていくことが現実的な選択肢と言えそうだ。

8――おわりに

8――おわりに

本レポートでは、医療提供体制を巡る議論で「かかりつけ医」という言葉がクローズアップされている現状や文脈を考察した。さらに「かかりつけ医機能の明確化」が焦点となっている背景として、かかりつけ医の制度的な位置付けが不明確な点、その背景としての歴史的な経緯も探るとともに、イギリスなど国内外の事例を基に、かかりつけ医機能の強化に向けた論点や選択肢を考察した。

結局のところ、この議論は「フリーアクセスをどこまで制限するか」という点が絡む分、政治的に問題になりがちであり、だからこそ「かかりつけ医とは何か」という点が曖昧にされてきた面がある。

しかし、国民にとっては、かかりつけ医が「機能」なのか、「能力」なのか、余り大した問題ではなく、身近な医療機関で良質な医療を気軽に受けられれば良いはずである。医療制度の議論は利益集団の利害調整に終始する面があるが、患者の視点に立って「かかりつけ医とは何か」「かかりつけ医に何を期待するのか」「そのために必要な手立ては何か」といった点を議論して欲しい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年08月16日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す-コロナ対応、オンライン診療などで問われる機能】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す-コロナ対応、オンライン診療などで問われる機能のレポート Topへ