2021年08月16日

医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す-コロナ対応、オンライン診療などで問われる機能

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~医療制度論議における「かかりつけ医」の意味を問い直す~

近年、医療制度改革を巡る議論で、「かかりつけ医」という言葉を頻繁に見掛けるようになった。例えば、新型コロナウイルスへの対応では、かかりつけ医への発熱相談などで、かかりつけ医の重要性が意識されたほか、オンライン診療を初診から認める特例の継続、外来医療の明確化などの文脈でも、かかりつけ医がクローズアップされている。

しかし、かかりつけ医は必ずしも制度的に位置づけられた単語ではなく、その意味は曖昧である。本稿は新型コロナウイルスへの対応やオンライン診療、外来機能の明確化など4つの論議で、「かかりつけ医」という言葉がクローズアップされている点を踏まえた上で、その機能や役割が曖昧な点を考察する。

さらに、かかりつけ医の制度的な位置付けが曖昧になっている背景として、30年ほど前の議論を振り返る。その上で、かかりつけ医を制度化しているイギリスやフランスの事例などを参考にしつつ、患者にとっての「医療の入口」を1カ所に絞る登録制度の是非も含めて、今後の方向性を問い直す。

2――かかりつけ医がクローズアップされている現状

2――かかりつけ医がクローズアップされている現状

「発熱などの症状があると、かかりつけ医に相談を」「初診からのオンライン診療は原則かかりつけ医による実施で」「外来医療の機能分化では、かかりつけ医の明確化が不可欠」……。近年、政治家や官僚、関係団体の幹部から「かかりつけ医」という言葉を良く耳にするようになった。

いずれも医療提供体制に関して話題になっており、かかりつけ医が注目されている文脈を大別すると、表1の通りに、①新型コロナウイルスへの対応、②オンライン診療の特例継続、③外来医療の明確化、④上手な医療のかかり方――という4つに整理できる。以下、4点に関して、その経緯や文脈を整理する。

まず、第1の新型コロナウイルスへの対応では2020年9月、身近な医療機関に電話で相談した上で、地域の「診療・検査医療機関」を受診する仕組みに変更された。それまでは「帰国者・接触者相談センター」などで対応していたが、新型コロナウイルスに伴う症状と鑑別しにくいインフルエンザの流行に備えるため、身近なかかりつけ医を中心とする相談体制に切り替えられた。その際には政府から「かかりつけ医があればかかりつけ医、なければお近くの内科や子どもさんであれば小児科にまず電話で問い合わせをしていただきたい、逆に電話をせずに直接医療機関に行くことはぜひ避けていただきたい」という説明がなされた1

さらに2021年度に入って本格化したワクチン接種に関しても、日本医師会(日医)の中川俊男会長から「(筆者注:かかりつけ医による)個別接種の方が、ワクチン接種には強力な武器になる」との期待感が示された2
表1:かかりつけ医が注目されている議論
第2に、オンライン診療の特例継続に関しても、かかりつけ医が注目されている3。オンライン診療は2018年度に初めて制度化されたが、「オンラインは対面の補完」という日医の主張に配慮する形で、要件・基準、対象疾病が厳格に設定されたほか、初診を対面で診察した患者に限定する「初診対面原則」が導入されたことで、実施医療機関は増えなかった。その後、新型コロナウイルスへの対応策として、「院内感染などを防ぐためにオンライン診療が重要」という意見が強くなり、初診対面原則が事実上、撤廃される特例が2020年4月から導入された。

さらに、デジタル化を重視する菅義偉政権が2020年9月に発足すると、初診対面原則の撤廃で関係大臣が合意。2021年6月に閣議決定された「規制改革実施計画」では初診からの実施について、原則として、かかりつけ医による対応が基本とされ、かかりつけ医以外の場合、事前に診療録、診療情報提供書、地域医療ネットワーク、健康診断結果などの情報をベースに患者の状態が把握できるケースとされた。

こういった判断が下された背景として、オンライン診療の特徴と限界を挙げることができる。オンライン診療の場合、患者にとってのアクセスが改善する半面、医師にとっては触診などが難しくなるため、得られる患者の情報が少なくなる面がある。その結果、普段から接点を持っている医師(つまり、かかりつけ医)か、かかりつけ医並みに情報を得られているケースがあれば、初診からのオンライン診療を可能とする考えが示されたわけだ。

3点目に関しては、各医療機関の外来機能を明確にする議論が絡んでいる4。日本の医療制度では患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」が採用されており、各医療機関の外来機能が不明確である。分かりやすい事例で言うと、難しい手術に対応するため、高額な機器や専門人材を配置している大学病院でさえ外来機能を有し、日常的な風邪やケガに対応している。しかし、こうした状態は効率的とは言えず、しかも患者にとって最適な医療を受けられるかどうか分からない面もある。

そこで、2016年度診療報酬改定では紹介状なしで大病院に行った場合、5,000円の追加負担を徴収する仕組みが導入された。その後、追加負担を徴収される医療機関の対象は少しずつ拡大されたほか、今年の通常国会で成立した改正医療法では、紹介を中心に外来医療を提供する「医療資源を重点的に活用する外来」(仮称)を各地域で明確にすることが決まった。

一方、この問題は単なる紹介状なし追加負担の対象拡大などにとどまらない。具体的には、医療制度の効率化を図る上では、大病院への患者集中を防ぐため、身近なケガや病気に対応するプライマリ・ケアに関しては、診療所や中小病院で対応する一方、重度な病気やケガの場合、かかりつけ医が2次医療機関や3次医療機関に患者を紹介する流れを作る必要がある。

このため、外来医療機能の明確化議論は「医療資源を重点的に活用する外来」の医療機関の対象範囲や機能に限らず、かかりつけ医機能の議論に発展する。実際、厚生労働省の「医療計画の見直し等に関する検討会」が2020年12月に取りまとめた「外来機能の明確化・連携、かかりつけ医機能の強化等に関する報告書」では、「地域における外来機能の明確化・連携を図るとともに、かかりつけ医機能の強化を併せて議論することは、今後、外来医療全体の在り方について議論を進めていくために必要な第一歩」と指摘されており、2022年度診療報酬改定でも一つの論点となる可能性が高い。

4番目は上手な医療のかかり方である5。厚生労働省は医師の過重勤務解消とか、医療現場の疲弊を緩和するため、いきなり大病院に行ったり、夜間休日に医療機関に行ったりしないような受療行動として、「上手な医療」のかかり方を国民に対して提唱している。この文脈でも、かかりつけ医の重要性が論じられており、白衣を着たアーティストのデーモン小暮閣下が「かかりつけ医を持とう!」と訴えているCMを見られた方もいるかもしれない。

こうしてみると、新型コロナウイルスへの対応のほか、医療提供体制改革に関わる様々な文脈で、かかりつけ医の重要性がクローズアップされている様子を理解できる。

だが、3番目の外来医療の明確化を話し合う厚生労働省の審議会では、「何をもってかかりつけ医とするか定義がない」「かかりつけ医機能は医療機関の機能か、医師の機能か」という議論が出ている6など、かかりつけ医を全般的に位置付ける制度は整備されておらず、その機能や役割は曖昧である。そこで、かかりつけ医の定義や役割を考察することにする。
 
1 2020年9月4日記者会見における加藤勝信厚生労働相(当時)の発言。
2 武田良太総務相との面談における日医の中川俊男会長による発言。2021年4月30日『m3.com』配信記事を参照。
3 オンライン診療を巡る経緯については、拙稿2020年6月5日「オンライン診療を巡る議論を問い直す」を参照。
4 外来医療の明確化に関しては、拙稿2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。
5 上手な医療のかかり方に関しては、拙稿2020年2月5日「『上手な医療のかかり方』はどこまで可能か」を参照。
6 2020年12月25日 第77回社会保障審議会医療部会議事録における山崎学・日本精神科病院協会長、相澤孝夫・日本病院会長の発言を要約。

3――「かかりつけ」という言葉の意味

3――「かかりつけ」という言葉の意味

1|かかりつけ医の定義
まず、かかりつけ医の定義を確認する。日医などは2013年8月の報告書7で、かかりつけ医の定義として、表2の通りに「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定めた。

さらに、その定義に対応する機能としても、「日常的に行う診療で、患者の生活背景を把握し、適切な診療と保健指導を行い、自己の専門性を超えて診療や指導を行えない場合、地域の医師、医療機関などと協力して解決策を提供」「地域住民との信頼関係を構築し、健康相談、健診・がん検診、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健などの社会的活動、行政活動に積極的に参加するとともに保健・介護・福祉関係者との連携」「地域の高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療を推進」「患者や家族に対して、医療に関する適切かつわかりやすい情報の提供」など多様な活動を列挙した。
表2:かかりつけ医の定義、かかりつけ医機能
 
7 2013年8月8日「医療提供体制のあり方 日医・四病院団体協議会合同提言」。
2|不思議な言葉?
しかし、良く考えると、かかりつけとは不思議な言葉である。私達は日常会話で、「行き付けの散髪屋」「行き付けの居酒屋」と話すことがあっても、「かかりつけの散髪屋」「かかりつけの居酒屋」などと言うことはない。つまり、「かかりつけ」は医療に限って使われる言葉である。実際、かかりつけという言葉を手元の辞書で調べると、「特定の医者に、いつもきまって診察や治療を受けていること」と書かれている。

では、どうして医療だけで使われる言葉が使われ始めたのか。その淵源は1990年代にあり、時計の針を30~40年ほど前に戻して当時の経緯を振り返ってみよう。

4――「かかりつけ」という言葉の歴史的な経緯

4――「かかりつけ」という言葉の歴史的な経緯

1|かかりつけ医という言葉の淵源
現実にかかりつけ医という言葉が今度初めて出ていますけれども、これはどういう根拠があるかわかりませんが、そんなようなかかりつけ医がいる場合といない場合とあるんですね――。国会で「かかりつけ医」という言葉が初めて登場するのは1991年9月であり、改正医療法に関する参考人質疑で、訪問看護における医師の役割を語る文脈として、こうした発言が出たのが始まりである8

注目されるのは「今度初めて出ていますけど」という部分である、この頃から「かかりつけ」という言葉が始まったことを表しており、実際に厚生省は1993年度からモデル事業を開始した。その時の経緯については、1993年3月の国会会議録における厚生省幹部の発言で把握できる9
 
かかりつけ医の推進モデル事業でございますが、今、国会で御審議をお願いしておる予算案の中に入っておるわけでございます。かかりつけ医推進モデル事業というのは、慢性疾患の増大等疾病構造が非常に変化しておる、あるいは住民の医療に対しますニーズがいろいろと多様化、高度化しておるというようなことに適切に対応するために、住民の身近にいらっしゃる地域の開業医の先生方がそれぞれの専門性に応じたかかりつけ医となることを地域で推進したらどうだろうかというようなことで出したわけでございます。

これを読むと、慢性疾患の患者増加など高齢化に対応できる医師(=かかりつけ医)の重要性とともに、かかりつけ医に関するモデル事業が1993年度から実施されたことを確認できる。その上で、当時の厚生省幹部は下記のように述べている。
 
家庭医に関する懇談会というものの報告が昭和六十二年にできまして、それを受けてモデル事業をやろうとした経緯がございます。そのときに日本医師会側からの御意見が出ましたのは、医師の裁量や患者の主治医の選定に関しまして一定の制約を課し、診療報酬の支払い方式を変更していこうとしておるものではないかというような御意見が出たりしまして、そういう反発があったというふうに私どもは聞いております。今回のかかりつけ医推進モデル事業につきましては、日本医師会を初めとする医療関係団体の方からも、これを何とか推進していこう、そして患者と医師との間の信頼関係というのを確立しよう、こういうようなお話もございます。

つまり、上記の国会答弁を通じて、厚生省が創設した「家庭医に関する懇談会」の報告とモデル事業に対して日医から意見や反発が示されたこと、さらに日医との調整を経て、かかりつけ医推進モデル事業が創設された経緯を読み取れる。

ここでポイントとなるのが「家庭医に関する懇談会」「日本医師会側からの御意見」という部分である。このうち、前者については、厚生省は1985年6月、有識者や日医幹部などで構成する同懇談会を設置し、継続的に健康状態などを把握する家庭医の育成を目指した、当時の判断としては、▽高齢社会の到来と疾病構造の変化、▽医学・医師の専門分化、▽開業医の高齢化、▽患者の大病院志向――といった状況に対応するため、患者個人の生活全般を考慮するイギリスの家庭医(GP、General Practitioner)のような医師を制度的に育成することが想定されていた10

その後、懇談会は1987年4月に報告書を公表し、(1)初診患者への対応、(2)健康相談・指導、(3)医療の継続性重視、(4)総合的・包括的医療の重視、医療福祉関係者チームの総合調整――などの機能を満たす家庭医が必要とする考えが盛り込まれた。さらに厚生省はモデル事業も実施することで、制度化に向けて本格的に議論を進めようとした。

ただ、日医は「イギリスのような国家統制の強い仕組みに変えるのではないか」「診療報酬制度の変更を通じて、医療費適正化の手段に使われるのではないか」などと反発した。こうした反発については、先の国会答弁のうち、「主治医の選定に関しまして一定の制約」「診療報酬の支払い方式を変更」といった意見や反発が日医から示されたという部分と符合しており、日医はモデル事業への非協力を決めるに至った。厚生省としては、日医の意見を踏まえつつ、家庭医に関する懇談会報告書を取りまとめた経緯があったため、調整が難航した点について、当時の雑誌では「ハシゴを外された」「真意がわからない」といった厚生省幹部のコメントが紹介されている。

このように日医内部の反対意見が強くなった一因として、この少し前に医療費適正化路線をスタートさせた厚生省官僚の吉村仁(保険局長、事務次官などを歴任)が「ホームドクター構想」を掲げていた11ことが考えられる。つまり、厚生省が家庭医の制度化を持ち出したことで、「医療費を抑制しようとしているのではないか」とする警戒心が強まったとみられる。その後、両者が歩み寄った結果、開業医が果たしている家庭医的な機能を調査する実態調査が全国4地域で実施されたが、家庭医の制度化は断念された。

結局、現行制度をベースにしつつ、患者と医師の長期的な関係を構築するという目的の下、1993年度から「かかりつけ医推進モデル事業」が全国14カ所でスタートした12。当時の雑誌などを見ると、同事業では地域医師会や保健所の職員などで構成する委員会を設置することとか、委員会を通じた医師の紹介、広報・相談窓口の設置などが進められたと紹介されている。

言い換えると、国家統制を嫌う日医の主張に配慮する形で、かかりつけ医は患者―医師の関係性に依拠した緩やかな概念となった。これが現在に至るまで「かかりつけ医機能の明確化」が論じられている遠因と言える。
 
8 1991年9月18日、第121回国会会議録参議院厚生委員会における莇昭三・全日本民主医療機関連合会長の発言>。
9 1993年3月26日、第126回国会会議録参議院厚生委員会における寺松尚・厚生省健康政策局長による答弁。一部の文章は読みやすいように省略した。明らかな誤植は筆者の判断で訂正した。
10 当時の議論については、厚生省健康政策局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規出版、『週刊社会保障』No.1452、『社会保険旬報』No.1591・1576・1561、『国保実務』第1600号を参照。
11 例えば、吉村が保険局長時代に専門誌に寄稿した論文では、医療費がGDPを超えて伸びる状態を「医療費亡国」と呼び、大病院外来からプライマリ・ケアの開業医に予算を重点化する方針を示した。吉村仁(1983)「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」『健康保険』1983年3月号など。事務次官就任後の1984年9月の会見でも家庭医の重要性に言及した。『社会保険旬報』No.1481を参照。
12 かかりつけ医のモデル事業に関しては、『社会保険旬報』No.1804、『ばんぶう』1993年8月号を参照。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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