2021年07月28日

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(2)コールセンター企業やIT関連企業のオフィス需要の見通し
コロナ禍以降、全国的にオフィス需要が停滞し空室率の上昇が続くなか、札幌市では、IT関連企業やコールセンター企業による新規拠点開設がオフィス需要を下支えしている。直近の移転事例をみると、「S-BUILDING札幌大通」(2020年11月竣工)には総合BPOサービス大手の「TMJ」が、「大同生命札幌ビル」(2020年3月竣工)にはゲーム開発大手の「エヌディーキューブ」が入居する等、コールセンター企業やIT関連企業の入居が目立つ。

札幌市は、他の地方主要都市と比較して、低コストでかつ効率よくオペレーターを確保することが可能な環境にあり、コールセンター企業からのオフィススペースニーズは旺盛である。また、札幌市は、「札幌市コールセンター・バックオフィス 等立地促進補助金」をはじめとして、コールセンター運営をサポートする様々な施策を講じている。こうした背景により、札幌市にコールセンターを開設する企業は多く、月刊コールセンタージャパン編集部「コールセンター立地状況調査」 によれば、札幌市におけるコールセンターの拠点は98 拠点で、地方都市の中でトップであった。札幌市におけるコールセンター拠点をみると、札幌駅周辺と「札幌駅前通地下歩行空間」の出口近辺に集積している(図表-19)通勤利便性が高くスペックの優れた大型ビルに開設されており、札幌のオフィス需要を牽引している。

また、札幌市では、1980年代により「札幌テクノパーク」を整備するなど、全国の主要都市に先駆けて、IT企業の誘致を積極的に行ってきた。JR 札幌駅北口周辺では、2000年代からIT スタートアップ企業の集積が進み「札幌駅北口ソフト回廊」と呼ばれている。近年も、2020年7月に「スタートアップ・エコシステム拠点都市」に選ばれ、起業しやすい環境づくりに力を入れている。
図表-19 札幌市中心部におけるコールセンター拠点
コールセンターは、インターネット通販市場の拡大や地方自治体による支援策などに支えられて、今後も成長が見込まれる業種であり、新築オフィスビルの入居テナント候補としての期待も引き続き大きい。

一方で、コロナ禍が続く中、コールセンターにおいても、(1)「在宅勤務」の導入、(2)拠点分散化による大規模コールセンターの減少、(3)「アウトソーサー」の厳しい経営環境、(4)AI等を活用した顧客対応の自動化を背景に、ビジネスモデルが大きく転換し、オフィス利用床面積の縮小を検討する企業が増加する可能性がある。以上を鑑みると、札幌のオフィス市場において存在感を高めてきたコールセンターの新規需要が今後は頭打ちするリスクがある5

一般社団法人北海道IT推進協会「北海道ITレポート」によれば、北海道における情報産業の売上高は、2020年には9 年ぶりに前年比マイナスとなる見込みである(図表-20)。同レポートによれば、2020年度の売上(見込み)に対する新型コロナウィルス感染拡大の影響について、55%の事業所が売上減少の見通しと回答している。また、情報サービスのイニシャルによれば、北海道のスタートアップ企業の資金調達は、2019年の52億円から2020年の9億円へ大幅に減少した6。コロナ禍の影響を受けて、ITスタートアップのオフィス需要も後退していると思われる。

以上のことを鑑みると、コールセンターやIT関連企業がこれまで通り札幌のオフィス需要を牽引することは当面難しく、需要が鈍化する可能性がある。
図表-20  北海道における情報産業総売上高の推移
 
5 吉田資「地方都市において存在感を高めるコールセンターのオフィス需要~需要拡大が期待される一方で、課題も~」(2021.7.9)
6 日本経済新聞 「「札幌バレー」に再興機運」(2021年6月9日)
3-2. オフィスビルの新規供給見通し
(1) 札幌中心部で進む再開発
日本不動産研究所「全国オフィスビル調査(2020年1 月現在)」によれば、新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルの割合について、札幌市(37%)は、福岡市(40%)に次いで高い。札幌市では、札幌オリンピック(1972年)の時期に建てられたビルが非常に多く、築年が経過したビルの割合が高水準となっている7

こうした状況を踏まえ、札幌市は、都心部を対象地域とした「都心における開発誘導方針」や、「オフィスビル建設促進補助金8」を策定し、容積緩和やビルの建て替えに関する補助制度を整備した(図表-21)。「都心における開発誘導方針」では、札幌市が掲げる「質の高いオープンスペースの整備」、「低炭素・省エネルギー化推進」等の目標を達成した場合、容積率の緩和が適用される。目標の1つである「高機能オフィス整備ボーナス」は、新規進出企業等のニーズに対応できる設備を備えたオフィス8を整備した場合に、容積率が最大で50%緩和される。
図表-21 整備対象地域
札幌オリンピックを契機に建てられ、更新時期を迎えているオフィスビルの建て替え等を補助する施策整備に加えて、2030年に北海道新幹線の全線開通(札幌駅までの延伸)が予定されていることから、札幌駅周辺では大規模な再開発が複数計画されている。

「北3西3街区」では、「ヒューリック札幌NORTH33ビル」で複合ビル(11階建て・延床面積約1.1万m2)への建て替えが進んでおり、2022年6月の完成を目指している。また、隣接する「ヒューリック札幌ビル」でも、ホテル等が入る複合ビル(20階建て・延床面積約2.2万m2)に建て替える計画が進んでおり、2025年6月に完成予定である10

「北1西5街区」では、北海道放送(HBC)本社社屋跡地において、NTT都市開発が、高級ホテルや商業施設などが入る複合高層ビル(27階建て・延床面積約6.8万m2)の建設を計画しており、2023年の完成を目指している11

JR札幌駅南口の「北4西3街区」では、地権者であるヨドバシホールディングスを中心に、35階建ての大型複合ビル(延床面積約21万m2)を建設する計画が進んでおり、2020年代中頃までの完成を目標としている12

また、JR札幌駅の東側に隣接する「北5西1・西2地区」では、時間貸し駐車場に利用されている札幌市所有の「西1地区」とJR北海道グループが所有する商業施設「エスタ」の「西2地区」を一体的に再開発する計画が進んでおり、「西1地区」に高さ約255メートル、「西2地区」に約64メートルの複合ビルを建設される予定である。完成すれば、JRタワー(173メートル)を超え道内一の高さとなり、2029年秋の完成を目指している13
 
7 石川勝利「札幌都心における開発誘導とオフィス需給の展望」vol.19 July,2020、RE-SEED、環境不動産普及促進機構
8 一定の要件を満たす賃貸事務所を整備する事業者に、賃貸事務所部分に対応する家屋・償却資産の固定資産税課税標準額の20%相当(上限10億円)を補助。
9 以下の条件を備えたオフィス
・1フロアのオフィス占有床面積が概ね1,000m2以上。・天井高さ2.7m以上、OAフロア100㎜以上
・各階のオフィス用に非常用電源設備の設置スペースを整備。・オフィスを小分けにできる構造の採用
10 北海道新聞 「HBC敷地に複合ビル計画 27階建て 23年完成目指す」(2020年7月15日)
11 北海道新聞 「札幌駅近のビル、地上20階建てに 東京のヒューリック建て替えへ」(2021年4月7日)
12 北海道新聞 「札幌西武跡ビル 高さ200メートル35階に 計画変更案」(2021年7月1日)
13 北海道新聞 「札幌駅新ビル255メートル 市が構想案確定 高さ道内一に」(2021年3月13日)
(2) 札幌市の新規供給予定面積
2009年以降、札幌市のオフィスの新規供給量は、2008年の約8,000坪を上回ることはなく、低水準の供給が続いている(図表-22)。総ストックに対する過去10年間の新規供給面積は5.3%と、全国主要都市の中で、低い水準にある(図表-23)。

2021 年は、「THE PEAK SAPPORO」等が竣工予定であるが、新規供給は引き続き低水準に留まる見通しである。しかし、2023年には、前述の「HBC跡地開発計画」や「北8西1地区第一種市街地再開発」、「札幌第一生命ビルディング建替計画」等、大規模ビルの竣工が複数予定されており、新規供給は2006年以来、17年ぶりに1万坪を超える見込みである(図表-22)。
図表-22 札幌オフィスビル新規供給見通し/図表-23 主要都市の新規供給動向(2020年ストック対比)
3-3. 賃料見通し
前述の新規供給見通しや経済予測 、オフィスワーカー数の見通し等を前提に、2025年までの札幌のオフィス賃料を予測した(図表-24)。

札幌市では、コロナ禍が「企業の経営環境」および「雇用環境」に与えたダメージは全国平均と比べて限定的であった。一方、生産年齢人口は、今後も減少基調で推移する見通しであり、「在宅勤務」の導入企業も増えつつある。以上のことを鑑みると、札幌市のオフィスワーカー数が大幅に増加する可能性は低いと考えられる。

また、新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けて、企業の業績は急速に悪化しており、札幌のオフィス需要を支えてきたコールセンターやIT関連企業が、これまで通りオフィス需要を牽引することは難しいと考えられる。

一方、複数の大規模開発が進行中であり、新規供給量は、2023年には17年ぶりに1万坪を超える等、増加する見通しである。以上を鑑みると、札幌の空室率は上昇傾向で推移すると予測する。

札幌市の成約賃料は、ファンドバブル期のピーク水準(2007年)を上回る高値圏にあり、2020年は前年から大きく増加した(前年比+10%)。今後は、空室率の上昇に伴い、下落基調に転じる見通しである。2020 年の賃料を100 とした場合、2021 年の賃料は「99」に、2025 年は「92」へと下落すると予想する(図表-24)。

長期的にみると、2030年の北海道新幹線の全線開通等を背景に、札幌駅周辺を中心に高層オフィスビルの開発が複数計画されており、その動向次第では、需給環境がさらに悪化する可能性がある。札幌オフィス市場を長期的に見通す上で、コロナウィルス感染症に対する経済対策や企業支援等の状況とともに、北海道新幹線の延伸を見据えた大型再開発の動向を注視していく必要がある。
図表-24 札幌のオフィス賃料見通し
 
 

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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2021年07月28日「不動産投資レポート」)

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【「札幌オフィス市場」の現況と見通し(2021年)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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