2021年07月28日

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1. はじめに

コロナ禍以降、景気悪化やテレワーク普及などを受けて、全国的にオフィス需要が停滞し空室率の上昇が続くなか、札幌市では、IT関連企業やコールセンター企業による新規拠点開設がオフィス需要を下支えしている。空室率は、全国主要都市の中で最も低い水準となり、成約賃料は主要都市の中で最も大きく上昇した。本稿では、札幌のオフィスの現況を概観した上で、2025年までの賃料予測を行う。
 

2. 札幌オフィス市場の現況

2. 札幌オフィス市場の現況

2-1. 空室率および賃料の動向
三幸エステートによると、札幌市の空室率(2021年6月時点)は3.3%(前年同月比+0.3%)となり、全国主要都市の中で最も低い水準となった(図表-1)。2020 年4月の緊急事態宣言の発令以降、多くの主要都市で、景気悪化やテレワーク普及などを受けて空室率がかなり上昇するなか、札幌市では、コールセンターやIT関連企業の新規開設・拡張ニーズに支えられ、空室率の上昇は小幅に留まった。

空室率をビルの規模1別にみると、「大規模2.0%(前年比+1.0%)」と「中型5.1%(同+0.7%)」が上昇した一方、「大型3.2%(同▲0.5%)」と「小型4.4%(同▲1.1%)」は低下した(図表-2)。
図表-1 主要都市のオフィス空室率/図表-2 札幌オフィスの規模別空室率
全国主要都市のオフィス成約賃料は、これまで空室率の低下を背景に上昇基調で推移していた。しかし、2020年下期は、景気悪化によるオフィス需要の縮小に伴い、賃料にも頭打ち感がみられる。札幌市の成約賃料は2020 年上期に過去最高水準に達したが、2020 年下期はわずかにマイナス(前期比▲0.9%)となった(図表-3)。
図表-3 主要都市のオフィス成約賃料(オフィスレント・インデックス)
2020年の空室率と成約賃料の動き(前年比)を主要都市で比較すると、仙台市を除く全ての都市で空室率が上昇した。しかし、賃料については上昇と下落で分かれる結果となった。札幌市の空室率は前年から小幅に上昇したものの、成約賃料は主要都市の中で最も大きく上昇した(図表-4)。

賃料と空室率の関係を表した札幌市の賃料サイクル2は、2012 年下期を起点に「空室率低下・賃料上昇」の局面が続いていたが、2020 年下期は「空室率上昇・賃料上昇」の局面へ移行した(図表-5)。
図表-4 2020年の主要都市のオフィス市況変化/図表-5 札幌オフィス市場の賃料サイクル
 
1 三幸エステートの定義による。大規模ビルは基準階面積200坪以上、大型は同100~200坪未満、中型は同50~100坪未満、小型は同20~50坪未満。
2 賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、(1)空室率低下・賃料上昇→(2)空室率上昇・賃料上昇→(3)空室率上昇・賃料下落→④空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。
2-2. オフィス市場の需給動向
三鬼商事によると、札幌ビジネス地区では、総ストックを表す「賃貸可能面積」は、複数の大型ビルの竣工等に伴い、512千坪(2019年末)から516千坪(2020年末)へと+4千坪増加した。一方、テナントによる「賃貸面積」は502千坪と、前年度から大きな増減がなかった。この結果、2020年末の札幌ビジネス地区の「空室面積」は14千坪(前年比+4千万坪)となり、10年ぶりに増加した(図表-6)。
図表-6 札幌ビジネス地区の賃貸可能面積・賃貸面積・空室面積
図表-7 札幌ビジネス地区の賃貸可能面積・賃貸面積・空室面積の増減
2-3. 空室率と募集賃料のエリア別動向
三鬼商事によれば、2020年末時点で最も賃貸可能面積の大きいエリアは「駅前東西地区(29.5%)」であり、次いで「駅前通・大通公園地区(28.0%)」、「創成川東・西11丁目近辺地区(15.3%)」、「南1条以南地区(14.5%)」、「北口地区(12.7%)」の順となっている(図表-8)。

賃貸可能面積は、築古物件の滅失等により「創成川東・西11丁目近辺地区」(前年比▲1.7千坪)で減少したが、新規供給のあった「駅前通・大通公園地区」(同+4.6千坪)等で増加し、札幌ビジネス地区全体で+4.1千坪の増加となった(図表-9)。

一方、テナントによる賃貸面積は、「駅前通・大通公園地区」(同+3.2千坪)で増加した一方、創成川東・西11丁目近辺地区」(前年比▲2.8千坪)等で減少し、全体で+0.1千坪となった。この結果、空室面積は、札幌ビジネス地区全体で+4.0千坪の増加となった。
図表-8 札幌ビジネス地区の地区別オフィス面積構成比(2020年)/図表-9 札幌ビジネス地区の地区別オフィス需給面積増分(2020年)
エリア別の空室率(2021年6月時点)を確認すると、「創成川東・西11丁目近辺地区」が4.6%(前年比+1.4%)、「北口地区」が4.0%(同+2.4%)、「駅前通・大通公園地区」が3.0%(同+1.1%)、「南1条以南地区」が2.6%(同+0.8%)、「駅前東西地区」が1.9%(同+0.1%)となり、全てのエリアで上昇した(図表-10左図)。

募集賃料はいずれのエリアも上昇傾向で推移している。特に、「北口地区」が、前年比+4.7%と大きく上昇した(図表-10右図)。
図表-10 札幌ビジネス地区の地区別空室率・募集賃料の推移(月次)

3. 札幌オフィス市場の見通し

3. 札幌オフィス市場の見通し

3-1. 新規需要の見通し
(1)オフィスワーカー数の見通し
住民基本台帳人口移動報告によると、札幌市の転入超過数は2008年を底に緩やかな拡大傾向にあり、2020年は+10,493人となった(図表-11)。

北海道の就業者数は、2015 年以降5年連続で増加し、2019 年には265.8 万人に達した。しかし、2020 年の就業者は262.3万人(前年比▲3.5万人)となり、減少に転じた(図表-12)。
図表-11 主要都市の転入超過数/図表-12 北海道の就業者数
新型コロナウィルスの感染拡大は、労働市場に多大な影響を及ぼしている。以下では、札幌のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「北海道」における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI3」(北海道財務支局)は、2020年第2四半期に「▲41.8」と一気に悪化した。翌第3四半期はプラスに回復したものの、その後は再び悪化し、2021年第2四半期は「▲2.6」となった(図表-13)。景況感の悪化幅は、全国平均と比べて、やや小さい傾向がみられる。

「従業員数判断BSI4」(北海道財務支局)は、人手不足を表わす「+36.1」(2020 年第1四半期)から「+12.3」(第2四半期)へ低下した。2021 年第2四半期は「+20」となり、全国平均(+9.0)を上回り、人手不足の状況が継続している(図表-14)。
図表-13 企業の景況判断BSI(全産業)/図表-14 従業員数判断BSI(全産業)
パーソル総合研究所の「新型コロナウィルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によれば、北海道におけるテレワーク実施率は、2020 年5月調査で19%に増加した。その後はやや低下し、2020 年11 月調査では12%であった(図表-15)。

札幌市「札幌市企業経営動向調査」によれば、テレワークを導入していると回答した割合は2018年度上期の6%から2020年度上期の24%へ大幅に増加した。業種別にみると、オフィスワーカー比率の高い「情報通信業」では77%に達している(図表-16)。

札幌におけるテレワーク実施率は東京や全国平均と比べて低いものの、コロナ禍を経て、情報通信業を中心に「在宅勤務」を導入する企業は増加しているようだ。今後とも「在宅勤務」と「オフィス勤務」を組み合わせた働き方が続くと予想され、オフィス需要への影響を注視する必要がある。
図表-15 従業員のテレワーク実施率/図表-16 札幌市 業種別テレワーク導入率
総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によれば、札幌市の生産年齢人口は、減少が続いている(図表-17)。また、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」によると、2025年の生産年齢人口は2015年比▲5.9%減少すると予想されており、他の地方主要都市と比較すると、仙台市に次いで減少率が高い(図表-18)。
図表-17 札幌市の生産年齢人口/図表-18 生産年齢人口の見通し(2015年から2025年の増減率)
札幌市では、コロナ禍が「企業の経営環境」および「雇用環境」に与えたダメージは現時点では全国平均と比べて限定的であった。一方、生産年齢人口は、今後も減少基調で推移する見通しであり、さらに、「在宅勤務」の導入企業も増えつつある。以上のことを鑑みると、札幌市のオフィスワーカー数が大幅に増加する可能性は低いと考えられ、札幌のオフィス需要は当面は力強さに欠けることが予想される。
 
3 企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感
が悪いことを示す。
4 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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