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不確実性の高まる世界において。デジタル化がオフィス市場にもたらす影響の考察

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠
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4――世界金融危機とは異なるコロナ禍の不確実性
前回の世界金融危機(The Global Financial Crisis)は、金融バブルの崩壊により「カネの流れ」が止まったことに起因する。コベナンツ条項抵触などによるデフォルトや貸し渋り・貸し剥し、不動産の投げ売りなどが発生し、不動産投資市場が大きなダメージを被り、その影響は不動産賃貸市場にも波及した20。
それに対して今回の危機は、「大封鎖(The Great Lockdown)」と称されるように、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため「ヒトの流れ」が止まったことに起因する21。そして、世界的に広範囲で需要蒸発を引き起こした。ヒトの流れが賃貸収入の源泉となっていたホテルや商業施設は深刻な影響を被る一方、eコマース拡大やテレワークなどデジタル化により恩恵を受ける物流施設やデータセンターへの注目が高まるなど、不動産セクター間の格差が強まっている。このような二極化は、コロナ禍における特徴として、企業業績や経済、金融市場、そして不動産市場など、いたるところで見られ、その形状になぞらえ「K字型」と称される。
また、前回の世界金融危機とは異なり、今回は危機対応のスピード感が早い。前回は、米国のサブプライム住宅ローン問題を発端とし、金融機関の過剰なリスクテイクが原因とされた。米議会の公聴会で大手金融機関のトップが経営責任や高額報酬を問われ、反ウォール街の抗議運動(Occupy Wall Street)が盛り上がりを見せた。そのため、目詰まりを起こしたカネのネットワークである金融市場を修復するために必要な金融機関の救済に対する政治的・社会的な抵抗が強かった。一方、今回はウイルスを原因とした感染症が根本にあるため、政治的反対は少なく、大規模な財政政策と金融政策が迅速に講じられている。その結果、溢れた資金が金融市場に流入し、一部では「コロナバブル」とも言える様相を呈している。このように今回の危機対応に伴う金融市場におけるカネ余りも、「K字型」の回復を一層強めている。
20 金(2013)
21 IMF(2020)
5――デジタル化によるオフィス市場の創造的破壊?
ただし、オフィスにおけるニューノーマルを予想するのは容易なことではない。2001年の米国同時多発テロでは高層オフィスビルの需要減退や飛行機利用の減少、2011年の東日本大震災では東京の湾岸マンションの需要の減少、といったニューノーマルを予想する声が聞かれたものの、実際は予想に反する結果となった。これらの予想が都市化やグローバル化などの長期トレンドに逆らうものであったことも、ニューノーマルとして現実化しなかった一因であろう。一方で、コロナ禍におけるテレワークの拡大がこれまでのデジタル化の長期トレンドの延長線上にあることを考えると、デジタル化によるオフィス市場の不確実性、つまりテクノロジーによる創造的破壊の影響や蓋然性を過小評価すべきではない。
「フィジカル空間」を主戦場とする不動産と「サイバー空間」をつかさどるテクノロジーは、需要を食い合う代替関係に陥りやすい。不動産業において、一足先にテクノロジーによる創造的破壊の脅威に晒されたのが、米国や英国の商業施設である。eコマースが既存の商業店舗の売上を侵食し、多くの小売業や商業施設を廃業や閉鎖に追い込んでおり、Amazon Effectと呼ばれている。そして、不動産投資においては、グローバルに商業施設セクターをアンダーウェイトする潮流が生まれ、その一方で、eコマースの配送インフラとしての物流セクターは投資家に選好されている(図表4)。
それはさておき、今回の危機において注目されるのは、日本の不動産投資市場において最大のセクターであるオフィス市場で、デジタル化による創造的破壊、つまりMicrosoft EffectやZoom Effectと呼ばれる事態が起こり得るのかということだ。
22 日本経済新聞(2020)
23 Andreessen (2011)
6――テレワーク拡大により代わる仕事のポータル
ポータルとは大きな建物の玄関を意味し、インターネットブラウザを立ち上げたときに最初に表示するサイトをポータルサイトと呼ぶ。これまでオフィスワーカーは、まずオフィスに行くことを当然のこととしていた(図表5)。そしてオフィスにおいて、パソコンで作業し、電話で取引先と連絡し、会議室で同僚と議論などをしていた。つまり、オフィスが仕事のポータルとして、プラットフォームの役割を担い、パソコンや電話、会議室などがアプリとしてインストールされていたと見ることができる。しかし、テレワークでは、まず向かうのがノートパソコンやタブレット、スマホのため、仕事のポータルはクラウドサービスなどのデジタル・プラットフォームが担うことになる。オフィスは、自宅やフレキシブルオフィスなどのサードプレイスと同様に、ノートパソコンなどに向う場所の選択肢の一つにすぎなくなる。言い換えると、デジタル化が進展するにつれ、仕事のポータルとしての役割がオフィスからデジタル・プラットフォームに代わり、オフィスは一つのアプリにすぎなくなる。その過程では、オフィスとGAFAMなどのITプラットフォーマーとの競争は激しさを増すだろう24。また、仕事のポータルの役割がデジタル・プラットフォームに移れば、在宅勤務がオフィスと住宅の境界を曖昧にしたように、ホテルや商業施設など他のセクターとオフィスの境界線も薄くなる可能性がある。仕事のポータルが本当に移行した場合、また他のセクターとの境界が低くなった場合のオフィス市場への影響は、今後注意深く見極める必要がある。
オフィスと在宅勤務のいずれか、ということではなく、今後はオフィスと在宅勤務をハイブリットに使いこなす企業が増えることが予想される。在宅勤務拡大によるオフィス市況への影響を見極めるには、アフターコロナの世界において、オフィスとオフィス以外での勤務割合であるオフィス出社率が、どのような水準に落ち着くかが重要となろう。さらに、テレワーク拡大によってオフィス出社率が低下した場合、オフィス需要が実際どれほど減少するか、がオフィス市況の鍵を握る。テレワーク拡大に伴うオフィス再構築の動きは今のところ限定的だが、今後の動向に注目される。
24 Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoftの5社。
25 森川 (2020)
(2021年07月08日「ニッセイ基礎研所報」)
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- 【職歴】 2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行) 2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX) 2015年9月 ニッセイ基礎研究所 2019年1月 ラサール不動産投資顧問 2020年5月 ニッセイ基礎研究所 2022年7月より現職 【加入団体等】 ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター ・日本証券アナリスト協会検定会員
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