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ワクチン接種が浮き彫りにした高齢者の移動問題(1)~都市部で未熟な移動困難者の情報把握と支援ノウハウ~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
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このような状況に対し、一部の市町村では、タクシー運賃助成や臨時バス運行などの対策を講じる事例が見られる。国土交通省自動車局によると、このような対策を実施している市町村は、4月末時点で約300あるといい、全国の市町村の約2割に相当する。対策は、新聞報道や市町村のホームページ等を見る限り、人口減少が進む地方を中心に進んでいるようである。例えば人口約6万人の兵庫県丹波市では、75歳以上の接種開始日から、市内24の自治協議会単位で、それぞれの地域拠点と接種会場を結ぶ運賃無料の臨時バスを運行している2。臨時バスには接種する本人の他、付き添いの人も同乗できる。自宅から地域拠点までは、通常運行しているデマンド式乗合タクシーで移動できる。また、人口約3万7,000人の島根県安来市は、交通機関の利用が難しい高齢者に対して、タクシーの往復料金を全額負担すると発表した3。これらに比べて、都市部では検討に窮するケースもあるようである。大規模都市の担当者が支援内容の構築に苦心している様子も報道されている4。
なぜ、都市部では苦心するケースが見られるのだろうか。人口が多いために、情報収集に時間を要するということもあるが、大きな要因として考えられることは、高齢者の移動支援に関する情報把握とノウハウの不足である。
接種会場までの移動支援策を決めるためには、第一に、接種会場まで移動困難な高齢者がどこにどれだけいるかを把握すること、第二に、移動困難者を対象とした具体的な移動サービスを決定すること、の2段階が必要となる。もしもコロナ前から、高齢者等を対象に、乗合タクシー運行やタクシー運賃助成などの移動支援を行っていれば、第一の移動困難者の存在については、もともと大まかに把握できているはずである。しかし、これまでに対策を実施していない市町村は、我が町の「移動困難者」はどこにどれだけいるのか、支援する場合に対象者をどう絞るか、という点から検討しなければならない。
第二の点については、特に経験とノウハウが問われる。市町村でワクチン接種を担当するのは福祉部局であるが、移動サービスを実施するためには道路運送法に関する知識が必要である。そもそも、自身の市町村の公共交通体系がどうなっているのか、地域にどのような旅客運送事業者がいるのか、という点を認識していなければ、どのような移動サービスを実施することができるのか、見当もつかないということになる。具体的な対策を決めるには、福祉部局と交通部局が連携して取り組む必要があるが、日ごろから両部局の協力態勢ができていなければ、時間を要することになる5。
高齢者に対する移動支援はこれまで、公共交通が衰退した地方を中心に、「交通空白地」「交通不便地域」解消などのために導入されてきた6。都市部では公共交通が発達しているため、障害者への移動支援は別にして、身体能力の衰えによって移動が困難な高齢者個人に対する支援策は、積極的に行われてきたとは言い難い。介護保険の分野では、要支援認定を受けた高齢者個人を対象にした移動支援サービスが制度化されているが、実施している市町村は、都市部に限らず、全国的に少ない7。結果的に、移動困難な高齢者に関する情報収集の態勢も、支援のノウハウも未熟な状態と言える。
また、都市部で移動支援を行うには、地方とは違うハードルも想定される。今回の接種会場への移動支援でも、すぐに考え付くのはタクシー運賃助成だが、高齢者人口が多い大規模都市部などで一斉に実施すると、財源をどう確保するかという問題の他に、タクシー台数が足りなくなる事態も考えられる。移動サービスの供給量をどう確保するか、という問題である。
もっとも、市町村にとっては、予約と接種の仕組みを整えるだけで精いっぱいで、移動支援までは手が回らない、ということも考えられる。このような時こそ、国が、接種会場までの移動支援としてどのような方法があるか、具体例を示して支援する必要があるのではないだろうか。また都道府県も、地域の旅客運送事業者や社会福祉法人等に声をかけて、協力してもらえる事業者や団体の情報を集めるなど、後方支援が期待される。
政府は7月末までの高齢者への接種完了を掲げているが、市町村は今後、高齢者へのワクチン接種券配布を済ませることによって対応を済ませるのではなく、未接種の人の中に、接種を希望していても移動問題等によって予約することができず、取り残されている人がいないかどうか、注意深く確認する必要があるだろう。例えば、介護保険の認定を受けている高齢者については、ケアマネージャーらが確認し、認定を受けていない高齢者については、市町村から自治会に声かけを依頼するなどの方法が考えられる。自治体関係者によると、今回は有事であるからこそ、普段は遠方に住む子どもが都合をつけて送迎してくれることになった、というケースも多いようだが、そのような支援が無い高齢者の存在は、接種率が上がるにつれて、明らかになってくるかもしれない。
いま起きていることは、高齢化が加速すれば、いずれ直面すると予想されていた問題である。コロナ前までは表面化していなかったことが、新型コロナウイルスのワクチン接種という“有事”によって、浮かび上がってきたのであり、都市部の市町村も、これを機に移動支援に取り組んでもらいたい。
1 朝日新聞朝刊2021年4月16日
2 丹波市HP (https://www.city.tamba.lg.jp/site/corona/koronawakuchin.html)
3 安来市HP(https://www.city.yasugi.shimane.jp/kurashi/kenko/others/corona/coronavaccine.html)
4 読売新聞朝刊(大阪本社版)2021年5月27日
5 高齢者の移動支援のために、自治体の交通部局と福祉部局の連携が必要であることは、坊美生子、三原岳(2021)「高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~」(基礎研レポート)で述べた。
6 (5)のレポート参照
7 同上。また、厚生労働省老健局は2021年4月5日に自治体向けに出した事務連絡「介護保険最新情報 vol.963」の中で、保険外サービスとして、介護事業所等が利用者を接種会場まで送迎することも可能、などとしているが、介護事業所の人手不足等の問題も予想されることから、どれだけ実施されるかは現時点では不明である。
(2021年06月08日「研究員の眼」)

03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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