2021年05月25日

注目される米国の労働需給-コロナで落ち込んだ労働市場の回復が持続、労働供給の回復遅れはインフレ圧力となる可能性

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

米国では、新型コロナの影響で昨年春先に落ち込んだ労働市場は5月以降、回復基調が持続している。とくに、ワクチン接種の進捗に伴う新型コロナ新規感染者数の減少や経済活動制限の緩和に加え、追加経済対策の効果もあって、21年入り後は回復ペースが加速している。

もっとも、21年4月は雇用回復ペースが加速するとの予想に反して回復が大幅に鈍化したほか、依然として新型コロナ流行前の雇用水準を820万人強下回る状況となっており、労働市場の回復は緩慢である。

一方、労働需給は、求人数が統計開始以来最高となっているほか、企業の採用意欲も急速に回復しており、足元の労働需要は非常に強い。これに対して、プライムエイジ(25-54歳)の就業率は回復が緩やかに留まっており、労働供給の回復遅れが労働市場の回復遅れの要因となっている可能性がある。

本稿では、足元の労働市場の状況を労働需給、労働供給を含めて確認した後、今後の労働市場の見通しについて論じている。好調な経済状況を受けて今年の労働市場は回復基調の持続が予想されており、労働需要、労働供給ともに回復基調の持続が見込まれる。そのような中で旺盛な労働需要に対して、労働供給の回復ペースが緩やかに留まる場合に賃金上昇からのインフレ圧力が高まるリスクがあり、今後の動向が注目される。
 

2.労働市場の動向

2.労働市場の動向

(失業率、雇用者数)20年5月以降は回復基調が持続も回復は緩慢
米国の失業率は新型コロナの感染拡大と感染対策として経済活動が制限された結果、新型コロナ流行前(20年2月)の3.5%から20年4月の14.8%まで急激に上昇した(図表2)。もっとも、一部経済活動制限が緩和されたこともあり、5月からは低下基調が持続しており、直近(21年4月)は6.1%に低下した。
(図表2)米国の非農業部門雇用増減と失業率 非農業部門雇用者数(前月比)も同様に20年3月から4月にかけて大幅に減少した後、5月には雇用増加に転じてその後は増加基調が持続している。

一方、雇用回復ペースは昨年秋口から年末にかけて鈍化がみられたものの、21年入り後は新型コロナ感染者数の減少に伴い経済活動制限が緩和されたことや、昨年末と今年3月に実施された追加経済対策の効果もあって雇用回復ペースには加速が見られた。
(図表3)米国のコロナ新規感染者数およびワクチン接種完了率 実際に、昨年12月から開始された新型コロナワクチン接種は足元でワクチン接種完了者が米人口の4割弱となったほか、新規感染者数が年初の25万人弱から足元では4万人台に低下するなど米国内の感染状況は大幅に改善している(図表3)。

もっとも、21年4月は非農業部門雇用者数の伸びが+26.6人と前月の+77.0万人を大幅に下回ったほか、雇用拡大ペースの加速を見込んだ市場予想の+100万人を大幅に下回る予想外の結果となった。

雇用増減の中身をみると新型コロナで大きな影響を受けた娯楽・宿泊業では前月比+33.1万人と前月の同+20.6万人から伸びが加速するなど顕著な回復がみられたものの、半導体不足に伴い生産が抑制されている自動車・自動車部品で同▲2.7万人となったほか、民間サービスの幅広い業種で雇用の伸びが鈍化する結果となった。

雇用の伸びが大幅に鈍化した要因の一つとして、季節調整の不備が指摘されている。実際に、季節調整前の雇用者数では3月の前月比+117.6万人に続いて、4月も同+108.9万人と高水準を維持しているため、新型コロナの影響で前年に大幅な雇用減少となった結果、季節調整が上手く機能していない可能性がある。

さらに、強い労働需要に対して労働供給が不足していた可能性も指摘されている。これは、後述するように新型コロナ感染リスクに対する懸念や手厚い失業保険給付が労働供給制約となっているとの指摘だ。

一方、労働市場の回復基調は持続しているものの、新型コロナに伴う雇用喪失に比べてその後の雇用回復は緩慢である。実際に、20年3月~4月の▲2,236万人の雇用喪失に対して、20年5月~21年4月までの雇用増加は1,415万人に留まっており、依然として新型コロナ流行前(20年2月)を820万人強下回っている(前掲図表1)。これは、21年4月の雇用回復ペースが続く場合に雇用水準が新型コロナ流行前を回復するのに31ヵ月要する水準だ。

業種別では経済活動制限の影響を大きく受けた対面サービスの雇用喪失が大きく、とくに娯楽・宿泊業では雇用喪失が▲822万人に対して、雇用回復は+538万人と依然として新型コロナ流行前を▲284万人下回っている。
(労働需要)求人数が統計開始以来最高水準に増加
労働市場の回復が持続する中で労働需要と労働供給をみると、労働需要の回復が顕著となっている。実際に、米国の求人数は21年3月が812.3万人(前月:752.6万人)と前月から+59.7万人増加し、2000年12月の統計開始以来最高となった(図表4)。求人の中身をみると、新型コロナの影響を最も受けた宿泊・飲食サービスが前月比+18.5万人、芸術・娯楽・レクリエーションが+8.1万人増加したことから娯楽・宿泊が+26.7万人増加したことが大きい。

また、失業者数(981万人)の求人数に対する比率は20年4月の5.0倍からは1.2倍に大幅に低下した。これは、新型コロナ流行前の1倍を下回る水準は上回っているものの、失業率が4.4%となっていた17年5月以来の水準であり、失業者数との比較でも求人数の回復が顕著であることが分かる。
(図表4)求人数および求人数/失業者数/(図表5)大企業、中小企業の採用計画
次に、大企業、中小企業の採用計画は中小企業、大企業ともに昨年春先には採用計画を大幅に下方修正したものの、その後は採用計画の上方修正が続いており、足元では中小企業で新型コロナ流行前の水準まで回復しているほか、大企業では新型コロナ流行前を越えて18年10月以来の水準となっており、大企業、中小企業ともに採用意欲が非常に高くなっている(図表5)。

このように求人数や企業の採用計画からは労働需要が非常に強いことが分かる。
(労働供給)新型コロナ関連の特殊要因で回復が遅れている可能性
前述のような強い労働需要に対して、労働供給は新型コロナに関連する特殊要因によって回復が制約されている可能性がある。センサス局によれば、4月下旬から5月上旬に実施された調査で、就業していない理由として、新型コロナに自身が罹患しているまたは、罹患者の看護と回答した人数が2.1百万人となっているほか、新型コロナに罹患することを懸念していることを挙げた人数は3.5百万人に上っており、新型コロナが依然として労働供給の制約要因となっている可能性を示している。
(図表6)失業保険継続受給者数(プログラム別) さらに、新型コロナ対策によって通常より手厚くなっている失業保険給付が雇用回復を妨げているとの指摘も出ている。ここで失業保険の受給状況を確認すると、4月下旬時点で州が支給する従前からの失業保険の継続需給者数は377万人と1年前の2,100万人台後半からは大幅に減少したものの、依然として新型コロナ流行前の200万人台と比べて高止まりしていることが分かる(図表6)。

また、通常の失業保険に加え、新型コロナ対策として新設された「パンデミック失業支援」(PUA)や「パンデミック緊急失業補償」(PEUC)なども含めた継続受給者数は1,686万人と労働力人口(1億6千万人)の1割強を占めている。

現状では9月6日までの暫定措置として、通常の失業保険給付に週300ドルが追加支給されており、手厚い失業保険給付は失業者が復職する意欲を減退させることで、雇用回復が遅れている可能性を指摘する声もでている。

実際に、これらの指摘を受けアイオワ州をはじめ19州は雇用回復への影響を懸念して、9月の期限を待たずに失業保険の追加給付やPUA、PEUCなどのコロナ対応を打ち切ることを決定した。
(図表7)プライムエイジ(25~54歳)の就業率 一方、プライムエイジ(25-54歳)の就業率(人口に対する就業者の割合)をみると21年4月が76.9%と、20年4月の69.6%からは持ち直しいるものの、新型コロナ流行前(20年2月)の80.4%に比べて▲3.5%ポイント低くなっている(図表7)。

また、年初からの雇用回復ペースの加速に比べて就業率の上昇は非常に小幅に留まっている。

このため、労働需要に強さに比べて新型コロナに伴う特殊要因で労働需要に見合った労働供給がされていない可能性があり、失業率が高い水準に留まっているにも関わらず、労働需給が逼迫している可能性がある。
(図表8)賃金上昇率および失業率 (賃金)雇用コストに対する新型コロナの影響は限定的
時間当たり賃金は20年4月に前年同月比+8.2%の急激な上昇となった後、21年4月が+0.3%と通常に比べて変動が大きくなっている(図表8)。これは、昨年春先に賃金水準が低い娯楽・宿泊業などで大幅な雇用減少が生じた結果、全体の賃金水準が上昇したためであり、賃金の実態を反映していない。

このため、賃金変動の実態を把握するためには、産業および業種について固定比率を用いているため、職種や業種間の雇用シフトの影響を受けない雇用コスト指数の動きが参考になる。実際に雇用コスト指数をみると、新型コロナ流行前の19年10-12月期の前年同期比+2.7%から、20年7-9月期に+2.4%まで低下したものの、21年1-3月期が前年同期比+2.6%まで回復した。これは失業率が4%台前半となっていた17年時点の賃金水準である。

また、08年の金融危機では失業率の上昇に伴って金融危機前の3%台から1%台半ばへ大幅な低下がみられたものの、今般の失業率の上昇局面では金融危機時と比べて賃金変動が限定的となっていることが分かる。
 

3.今後の見通し

3.今後の見通し

米国経済は新型コロナワクチンの接種進捗に伴う経済正常化の動きが加速する中、追加経済対策に伴う景気押上げから個人消費主導の高成長が見込まれており、労働需要、労働供給ともに回復基調が持続する見込みである。

そのような中で旺盛な労働需要に対して、新型コロナや失業保険給付の暫定措置などで労働供給の回復ペースが緩やかに留まる場合には、失業率が高止まりする中でも労働需給が逼迫することで賃金が上昇し、インフレ圧力が高まるリスクがある。

新型コロナの新規感染者数の減少が続く中、新型コロナの罹患リスクを要因とした休職者は減少が見込まれるほか、失業保険の追加給付などについても多くの州で打ち切られているほか、9月までの暫定措置となっており、期限切れとなった後は労働供給の回復が加速する可能性がある。

いずれにせよ、米国のインフレリスクをみる上でも今後の労働供給の回復ペースが注目される。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年05月25日「Weekly エコノミスト・レター」)

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