2021年05月21日

2021年1-3月期のグローバルM&Aマーケットの動向~経済の回復見込みやクリーンエネルギー政策を背景に活発なM&A取引が続く

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――活発なM&A取引が続く

2021年1-3月期のグローバルM&Aマーケットは昨年に引き続き高水準の取引金額で推移した。2021年1-3月期の世界のM&A取引金額は1兆810億米ドルに達した (図表1)。

米国をはじめとした各国での迅速なワクチン接種が進展しており、そうした国々においては外出制限の緩和等により、経済活動が復調しつつある。こうした経済回復の見込みが強くなるにつれ、企業の将来的な成長への投資が促され、買収による規模の拡大や業界大手の統合にもつながってきている。

また、先進国を中心とした多くの国はコロナ禍からの経済の再生を目指し、新たな成長戦略としてクリーンエネルギーの開発と普及を目的とした大規模な財政政策を発表している。こうした政策は業界再編にも影響を与えており、英送電大手ナショナル・グリッドによる英配電最大手ウェスタン・パワー・ディストリビューションの買収などクリーンエネルギーへの転換に関連する買収がみられた。

企業買収による業界再編が活発化する中、本稿では世界のM&A取引の動向について見ていきたい。
図表1 グローバルM&Aの取引件数・金額(月次)の推移

2――各地域で高水準の取引金額が続く

2――各地域で高水準の取引金額が続く

グローバルM&A取引の推移についてその内訳を見てみたい。2020年10-12月期から2021年1-3期のグローバルM&Aの取引金額の変化を地域別に見ると、北米が6304億米ドルから5611億米ドルに減少、欧州が2765億米ドルから3244億米ドルに増加、アジア太平洋が2237億米ドルから1602億米ドルに減少、中南米が259億米ドルから253億米ドルに微減、中東・アフリカが287億米ドルから167億米ドルに減少となっている (図表2)。北米やアジア太平洋での取引金額がやや減少する中で、欧州の取引金額が増加した。これは、英国での取引金額の増加の影響が大きい。英国でのM&A取引金額は2020年10-12月期の85億米ドルから2021年1-3月期には132億米ドルに増加している。
図表2 世界のM&A取引金額の地域別の変化(2021年1-3月期・2020年10-12月期)

3――主要なM&A案件

3――主要なM&A案件

次に、2021年1-3月期に公表された主要なM&A案件について見ていきたい。図表3は2021年1-3月期に発表された取引金額上位のM&A案件を示している。それぞれについて、見ていきたい。
図表3 2021年1-3期の主なM&A公表案件
2021年1月、カナダのコンビニ運営大手アリマンタシォン・クシュタールはフランスの小売大手カルフールへ372億米ドルの大型の買収提案を行っていた。しかしながら、両社はその後買収交渉を打ち切ったと発表した。国内の食料安全保障への影響を懸念したフランス政府の反対がその背景にある。ルメール仏経済・財務相はカルフールへの買収について「この案件には賛成できない」と表明していた1

同年3月、米ゼネラルエレクトリック(GE)は同社傘下のGEキャピタル・アビエーションの航空機リース事業をアイルランドの同業エアキャップ・ホールディングスに売却することを発表した。コロナ禍により大きな打撃を受けている航空機リース業界が再編されることとなる。

GEは同社の売却と同時に金融子会社であるGEキャピタルを解散すると発表した2。GEキャピタルは2000年には、GEの売上の半分程度を占めていた。しかし、近年ではGEは金融業を含む複合経営から、製造業に回帰している。

同年3月、カナダの貨物鉄道大手カナディアン・パシフィック鉄道は米国の同業カンザスシティーサザンを買収することで同社と合意した3。この買収により、カナダ、米国、メキシコの北米3カ国を縦断する鉄道網を持つ企業が誕生する。

カンザスシティーのパトリック・オッテンスマイヤー最高経営責任者(CEO)は「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が成長機会をもたらす」と話す。2020年7月1日に発効したUSMCAは北米自由貿易協定(NAFTA)の後継となる貿易協定である。USMCAでは、製造業の外国から国内への回帰を目指し、関税削減の条件となる「域内原産比率」を引き上げている。外国からの輸入が自国や近隣国での生産に回帰することにより鉄道による輸送を増加させる可能性がある。米税関・国境保護局は、2020年末までは準備期間として厳格なUSMCAの執行は控えるとしていた。今後、USMCAの影響が顕在化していく可能性があり、その動向が注目される4

同年3月、イギリスの送電大手ナショナル・グリッド(NG)は同国の配電大手ウェスタン・パワー・ディストリビューション(WPD)を買収すると発表した。NGはWPDを買収する一方で、同社のガス事業の売却を予定している。

NGのジョン・ペティグルー最高経営責任者は「長期的な成長の見通しを確かなものにするだけでなく、英国のエネルギー変革における我々の役割を高める」とコメントしており、クリーンエネルギーへの移行を目指した動きとして注目される5。石油などエネルギー産業や電力業界は各国の脱炭素に向けた政策により対応を迫られている。今後も、クリーンエネルギーへの転換を目指してエネルギー産業や電力業界などで業界再編が進む可能性がある。

同年3月、米マイクロソフトは音声チャットを提供するディスコードに買収を提案したが、ディスコード側はこれを拒否し、交渉は打ち切りとなった6。音声チャットはITサービスの中でも成長が見込まれる領域として注目されており、スラックやクラブハウスといった音声チャットを提供する企業が成長している。そうした中、昨年12月、米顧客管理ソフト大手セールスフォースはスラックを買収すると発表した7。在宅勤務の拡大により音声チャットの需要が増えているが、スラックはマイクロソフトが提供する職場向け協業アプリ「Teams」など競合に押されている状況だった。成長に向けた競争が続く、音声チャット業界の今後が注目される。

日本企業が関係する案件としては、同年3月の日立製作所による米国のシステム開発会社グローバルロジックの買収提案があった。日立製作所は選択の集中のために進めていた事業売却が一巡したと言われる。今後、日立製作所はグローバルロジックの買収により、同社が注力するIoT(インターネット・オブ・シングズ)事業「Lumada」(ルマーダ)の拡大を目指す。

金融緩和や経済の回復の見込みから世界のM&Aマーケットは活況が続いており、こうした状況が継続することが考えられる。特に、クリーンエネルギーへの転換は構造的な転換が求められる課題であり、エネルギー産業や電力などでの事業買収が増加する可能性があるだろう。
 
1 日本経済新聞(2021a)
2 日本経済新聞(2021b)
3 日本経済新聞(2021c)
4 日本貿易振興機構(2020)
5 日本経済新聞(2021d)
6 Bloomberg(2021)
7 ロイター通信(2020)
 

4――まとめ

4――まとめ

本稿では、直近のグローバルM&Aマーケットの動向とその背景について説明した。2021年1-3月期のグローバルM&Aマーケットは前四半期に続き、活発に取引が行われた。それぞれの案件について見ると、経済の回復を見越し買収により競争力を高める動きやクリーンエネルギーへの転換を目指した買収などが行われた。

また、仏政府によるカルフール買収への反対など、安全保障や雇用の観点から国内企業への外資企業の買収を懸念する動きが見られた。新型コロナウイルス感染拡大による医療品をはじめとした必需品の不足がその背景となっている。自国の安全保障への懸念がM&A取引や業界再編へ与える影響が今後も注目される。

このような中、米国、カナダ、メキシコ間では、国内への製造業の回帰を促す条項が含まれる貿易協定USMCAが発効しており、その影響が注目される。また、米国では半導体の安定した供給の確保を目的として半導体製造の国内生産回帰に500億米ドルを補助すると発表している8。バイデン氏は半導体の国産化について「中国は待たない。我々も待つ理由はない」と強調している。

こうした動きにより、グローバルサプライチェーンは今後大きく変化していく可能性がある。各国政府の方針やグローバルM&Aマーケットの動向に引き続き注目していきたい。
 
8 日経クロステック(2021)

【参考文献】

日本経済新聞(2021a) 「サークルK親会社、仏カルフールの買収交渉打ち切り」2021年1月17日
 
日本経済新聞(2021b) 「苦境GEが金融撤退 「複合経営」終止符、製造業に専念  デジタルシフトには課題」2021年3月11日
 
日本経済新聞(2021c)「カナダ貨物大手、3兆円で米同業買収 メキシコまで鉄道網」2021年3月22日
 
日本貿易振興機構(2020)「USMCAが7月1日に発効、米税関は年末までを準備期間と位置付け」2020年07月02日
 
日本経済新聞(2021d) 「英送電ナショナル社、配電最大手買収 ガス事業は売却」2021年3月19日
 
Bloomberg(2021)「米ディスコードがマイクロソフトの買収案拒否、交渉打ち切り-関係者」2021年4月21日
 
ロイター通信(2020)「米セールスフォース、277億ドルでスラック買収へ 企業向け強化」2020年12月2日
 
日経クロステック(2021) 「Intel本気のファウンドリーは成功する? AMDのMPUを造る未来も」2021年5月14日
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2021年05月21日「基礎研レター」)

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