コラム
2021年05月10日

外資系ファンドによる日本企業の買収は本当に不幸なのか-英CVCキャピタルが東芝へ買収を提案

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――CVCキャピタル・パートナーズが東芝へ買収提案

今年4月、英国を本拠とするプライベートエクイティファンド1(PEファンド)であるCVCキャピタル・パートナーズ(CVC)が東芝に買収提案を行った。CVCはその後買収提案を撤回したものの、外資系ファンドによる国内大手企業への買収提案として注目が集まった。

このような外資系ファンドはこれまで「ハゲタカ」などとも呼ばれ、否定的な捉え方をされる場合もあった。こうした外資系ファンドによる買収は本当に企業にとって不幸なことなのだろうか。

こうした外資系ファンドに買収された企業は、大抵の場合、人員整理や事業の切り売りをされるというイメージがつきまとっている。しかし、実際にはPEファンドによる買収後の企業価値向上の方策は必ずしもそうしたものだけではない。PEファンドは人員整理によるコストカットだけでなく、経営ノウハウやネットワークを活用することで売上や利益の増加を図っている。

日本銀行の鷲見和昭氏は調査論文「わが国におけるプライベート・エクイティ・ファンドの可能性」2の中で、「PEファンドを通じた企業再編は、従業員を削減することなく、売上高を増加させる形で、従業員一人当たりの付加価値の増加が期待できる」と指摘している。上記のレポートの中で引用されている飯岡(2020)では日本でのPEファンドによる投資が投資先企業の売上高に及ぼす効果についての実証分析を行っている。そこでは、PEファンドが投資を行った対象企業の売上高は、比較対象企業と比べて、9.3%高い成長を実現したことが示されている。

また、鷲見氏は同論文の中でPEファンドの投資先企業の雇用に与える影響について調査している。その結果、投資先企業の従業員数は比較対象企業に比べ、少なくとも減少しておらず大規模な人員削減や採用抑制は観察されなかったとしている。

実証分析でのこれらの結果は、PEファンドが人員削減だけでなく、サプライチェーンや組織改革、デジタル化、グローバル化などによって対象企業のビジネスを変革することで、売上や利益の向上を行っていることによると考えられる。PEファンドの投資が売上高や利益を増加させることによって従業員一人当たりの付加価値、つまり従業員の給与等を増やすことができる可能性が示されている。
 
1 プライベートエクイティとは非公開株式への投資を指す。プライベートエクイティファンドは上場企業の株式を買い取り非公開化した上で、経営の改善などにより企業価値の向上を行う場合もある。
2 鷲見和昭(2020)

2――年金運用でのプライベートエクイティ投資の拡大

また、PEファンドは年金基金の運用資産の投資先という側面もある。近年では、低金利環境の長期化により従来の債券中心の運用では収益の獲得が難しくなっている。このことから、年金基金は新たな収益源としてPEファンドなどのオルタナティブ投資を拡大している。

国内の公的年金では、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と地方公務員共済組合連合会、全国市町村職員共済組合連合会がPEファンドへの投資を行っている。全国市町村職員共済組合連合会は今年3月に海外PEの契約先を公表した3。こうしたことから、近年では米ベインキャピタルや米カーライルが日本企業を投資対象としたファンドを設立するなど日本企業を対象としたPEファンドが増加しつつある4。カーライルは昨年3月には日本企業に特化した2580億円のファンドを立ち上げた。今後、3-5年間で借入金を合わせて1兆円規模の投資を行うとしている。カーライル日本副代表の大塚氏は、「日本は投資ファンド市場で最も注目が集まっており、世界の豊富なリスクマネーを活用したい」と話している5

従来、日本は米国などと比較して、経済規模に比べてPEファンドの市場規模は小さい。上記の日本銀行の調査論文によれば、GDPに対するPE市場規模は、米国が3.2%、欧州が2.4%に対して日本は0.2%にとどまっている(図表1)。日本では、PEファンドなどによる業界再編が欧米と比べて少なく、収益性が低いままのノンコア事業が切り離されていないままになっている企業も多い。PEファンドの増加により、今後はノンコア事業の切り離し(カーブアウト)が増加する可能性がある。

こうしたPEファンドによる買収の増加は、低迷する事業の再生や企業再編による生産性向上を促す可能性がある。企業経営の改善や収益性向上は、日本経済の活性化につながる可能性が高い。また、PEファンドへの投資による年金資産の運用の収益向上は、最終的には広く年金受給者に還元されることとなる。

これらのことを考えれば、PEファンドによる日本企業の買収は必ずしも不幸とは限らないと言えるだろう。今後、PEファンドの買収による日本企業の事業再生の成功実績が増え、外資系ファンド等へのネガティブなイメージも改善していくことを期待したい。
図表1 海外と比べた日本のPE市場規模(2014-18平均)
 
3 年金情報(2021)
4 日本経済新聞(2021)
5 日本経済新聞(2020)

【参考文献】

鷲見和昭(2020), 「わが国におけるプライベート・エクイティ・ファンドの可能性 – アイデアとコミットメントのあるファイナンスへの期待」, 2020年12月11日
 
飯岡靖武(2020)「プライベートエクイティファンドの価値創造機能に関する実証分析」, 証券アナリストジャーナル, 2020 年 10 月号, 83-92 頁
 
年金情報(2021) ,「年金の非流動性資産戦略 - 本命PEが巻き返し 国内案件にも投資機会」, 2021年4月19日号, 36 頁
 
日本経済新聞(2021),「米ベイン、日本特化の承継ファンド 中堅再編にらむ」,2021年4月27日
 
日本経済新聞(2020),「米カーライル、日本に1兆円超投資へ 企業再編増にらむ」,2020年8月13日
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

(2021年05月10日「研究員の眼」)

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