2021年05月14日

先駆的医薬品の開発促進-世界に先駆ける革新的な医薬品づくりの下地は整備されたか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。日本では、昨年より、3密を避ける、マスクを着用する、こまめに手洗いをするといった行動変容に、多くの人が取り組んできた。しかし、変異株の蔓延もあり、感染拡大を抑え込むには至っていない。感染した患者の重症化を防ぎ、回復を進めるための治療薬や、未感染者の感染や重症化を予防するためのワクチンの導入が、どうしても必要だ。今回のコロナ禍では、有効性と安全性に秀でた革新的医薬品の必要性を、思い知らされる形となっている。

日本では、著明な有効性が見込まれる革新的な医薬品について、優先審査や早期承認を図る仕組みが試行されてきた。関連法令が改正され、2021年度より、「先駆的医薬品等指定制度」として、新たに法制化された。本稿では、その内容を概観していくこととしたい。
 

2――指定制度の新たな法制化

2――指定制度の新たな法制化

医薬品等は、保健衛生の向上に欠かせない。そこで、その品質、有効性、安全性の確保を図るとともに、必要性の高い医薬品等の研究開発を促進するために、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)による法整備が行われてきた。薬機法は、2020年に改正され、3段階の施行が行われている。その第1段階として、2020年9月に「先駆け審査指定制度」が、新たな制度へと法制化された1。まず、その背景を簡単にみていこう。
 
1 第2段階としては、2021年8月に、添付文書の電子的な方法による提供の原則化、地域連携薬局の導入、虚偽・誇大広告による医薬品等の販売に対する課徴金制度の創設などが行われる予定。第3段階としては、2022年12月に、トレーサビリティーの向上のために、医薬品等の包装等へのバーコード等の表示の義務付けが行われる予定。
1「先駆け審査指定制度」が新たに法制化され、「先駆的医薬品等指定制度」となった
厚生労働省は、2015年度から、「先駆け審査指定制度」を試行的に運用してきた。この制度は、世界に先駆けて日本で開発され、早期の治験段階で著明な有効性が見込まれる革新的な医薬品などについて、優先的に審査し、早期の承認を目指すことが、目的とされている。

医薬品や医療機器のメーカーにとって、開発承認を目指している医薬品等が、この審査の対象に指定されると、優先審査などの審査の優遇が行われる。また、承認後の新薬の薬価算定で、「先駆け審査指定制度加算」という薬価の上乗せが行われるメリットもある。(制度の詳細は、次章参照)

そのため、国内外の医薬品メーカーや医療機器メーカーの関心を惹きつけ、開発促進に役立つものとみられていた。今回、この制度が「先駆的医薬品等指定制度」として法制化された。
2従来の制度は公募期間や指定のタイミングに制約があり、使い勝手が悪かった
実は、先駆け審査指定制度には、いくつかの制約があった。まず、公募期間が年1回で、長くとも2ヵ月程度の期間に限られていた。公募期間が終了してしまうと、次回の公募期間まで、10ヵ月程度待たなくてはならないケースもありえた。優先審査や早期承認を受ける制度の指定を受けるために、何ヵ月も待たされる可能性があるという、ある種、矛盾した状況が生じかねないものとなっていた。
図表1. これまでの先駆け審査指定制度
また、指定は、年1回とされていた。医薬品メーカー等からみると、指定を受けられるかどうかで、その後の承認や市場導入の時期の見通しが大きく異なってくる。このため、指定のタイミングを増やして、もっと利用しやすい制度にしてほしいというニーズが根強かった。

法制化された新制度では、医薬品メーカー等からの申請を常時受け付けるよう、公募期間の通年化が行われた。指定については、4月頃と10月頃の年2回程度のタイミングを設ける方針が示された。
 

3――新たな指定制度の概要

3――新たな指定制度の概要

先駆的医薬品等指定制度とはどういうものか、ここで簡単に概要をみておこう。

1世界に先駆けて日本で開発されることが指定の条件
制度では指定基準として、4つの要件が示されている。先駆的医薬品の指定を受けるためには、これらの4要件を満たすことが必要となる。

(1) 治療薬の画期性 : 原則として、以下のいずれかに該当するものであること
 ・既承認薬と異なる新作用機序であること2
 ・既承認薬と同じ作用機序であっても開発対象とする疾患への適応は初めてであること
 ・革新的な薬物送達システムを用いていること

(2) 対象疾患の重篤性 : 以下のいずれかに該当するものであること
 ・生命に重大な影響がある重篤な疾患
 ・根治療法がなく症状(社会生活が困難な状態)が継続している疾患

(3) 対象疾患に係る極めて高い有効性 :
既承認薬が存在しない、又は既承認薬・治療法に比べて有効性の大幅な改善が見込まれる、若しくは著しい安全性の向上が見込まれること。ただし、有効性の大幅な改善が見込まれるものについては、少なくとも国内外を問わず探索的臨床試験等において、ヒトに対する有効性が示唆されていること。

(4) 世界に先駆けて日本で早期開発・申請する意思・体制 :
日本における早期開発を重視し、世界(日本と同等の水準の承認制度を有している国)に先駆けて、又は同時に、日本で承認申請される予定のもの3であり、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、「PMDA」4)で実施されている先駆け総合評価相談を活用し承認申請できる体制及び迅速な承認審査に対応できる体制を有していること5
 
2 作用機序とは、医薬品が、薬理学上の治療効果を発揮するための特異的な生化学的相互作用を指す。通常、薬がどの標的分子(タンパク質)と相互作用して、どのような影響を与えた結果、治療効果が得られるのか、分子レベルで言及する。
3 世界で最も早いか、又は日本と他国で同時に承認申請することが要件の1つとされている。ただし、医薬品メーカーの申請書類の準備などを考慮して、最初の国の申請日を起算日とし、同日から30日以内の申請は同時申請とみなすこととされた。また、申請日と申請受理日が存在する国においては、申請受理日を起算日とする。なお、法制化前の制度では、日本と他国で同時申請する場合、基本的には、同日に申請することとされていた。
4 PMDAは、Pharmaceuticals and Medical Devices Agencyの略。医薬品などの健康被害救済、承認審査、安全対策の3つの役割を担っている。(同法人のホームページより)
5 なお、国内での開発が着実に進んでいることが確認できる、以下の両方に該当する治療薬であることが望ましいとされている。(a) ヒトでの最初の試験(First In Human (FIH) 試験)が日本で行われたもの。(b) 予想される薬物の効果が示されるかどうかを判定する試験(Proof Of Concept (POC) 試験)が日本で行われたもの。
2指定を受けると優先審査等の優遇がある
この制度で先駆的医薬品の指定を受けると、承認期間までの短期化や、開発促進の取組みという、優遇を受けることができる。

承認期間までの短期化としては、つぎの3つが挙げられる。

(1) 優先相談 (2ヵ月→1ヵ月) : 優先対面助言、随時募集対応とすることで、事実上1ヵ月で実施。
(2) 事前評価の充実 (実質的な審査の前倒し) : 事前評価を充実させる。
(3) 優先審査 (12ヵ月→6ヵ月) : 審査期間の目標を6か月に。(事前評価による審査の前倒し)

一方、開発促進の取組みとしては、つぎの2つが示されている。

(4) 審査パートナー制度 (PMDA版コンシェルジュ) :
専任の担当部長級職員をコンシェルジュとして指定。節目ごとに進捗確認等を行い、必要な部署との連絡調整を行うことにより、円滑な開発を促進する。
(5) 製造販売後の安全対策充実 (再審査期間の延長) :
法律に基づき、再審査期間を延長し、最長10年までの範囲内で設定する。
3指定を受けた新薬は、薬価算定時に加算対象になる
この制度の指定を受けた新薬が承認されると、薬価算定において、薬価の加算が行われる。

一般に、新薬の薬価の算定方法は、その医薬品に効能・効果や薬理作用が似た類似薬があるかどうかによって、大きく「類似薬効比較方式」と「原価計算方式」に分かれる。

類似薬効比較方式で薬価が決定される場合、類似薬と比べて新規性が高いと、補正加算が行われる。その加算1つとして、2016年度より「先駆け審査指定制度加算」が導入されている。加算率は、10%を基本としつつ、国内臨床試験の成績が充実しているものについては20%まで引き上げられる。

一方、原価計算方式で薬価が算定される場合は、計算に用いる営業利益率に加算分を加味して評価が行われる6

なお、2020年度の薬価改正では、既に薬価収載された医薬品に対して薬価の引き下げを猶予する「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」の対象品目に、この制度の指定品目が加わった。新薬の薬価設定時に加え、薬価改正時の引き下げ猶予という形でも、薬価面での優遇が受けられることとされている。
 
6 加算率は他の要素と合わせて、5%~100%となる。

4――従来の指定制度のこれまでの活用状況

4――従来の指定制度のこれまでの活用状況

第2章で述べた従来の指定制度はどれくらい活用されていたのか。欧米の類似制度と比較してみてみよう。

1日本では申請の11%が指定され、指定の45%が承認に至っている
日本では、過去5回の医薬品の先駆け審査指定制度で、合わせて200件の指定申請が行われた。これらの申請には、新薬の開発だけではなく、既にある医薬品の効能追加なども含まれている。このうち、指定されたものは25件あったが、3つが指定後に取り消されており、指定されたままのものは22件となっている。2021年4月までに、医薬品審査で承認されたものは10件。つまり、申請の11%が指定(取消除き)され、指定の45%が承認に至っている。
図表2. 日本の先駆け審査指定制度の推移 (医薬品分)
2アメリカでは申請の42%が受理され、受理の52%相当が承認されている
アメリカでは、通常の医薬品については「医薬品評価研究センター(CDER)」、生物製剤については「生物製剤評価研究センター(CBER)」が、それぞれ新薬の評価を行っている7。日本と類似の制度として、革新的な医薬品、すなわちブレイクスルー・セラピーに対して、優遇審査の仕組みがある。

アメリカでは、2015~20年度に、851件の申請が行われ、355件が受理された。同期間中に、承認されたものは183件。すなわち、申請の42%が受理され、受理の52%相当が承認されたことになる8
図表3. アメリカのブレイクスルー・セラピーの優遇審査
 
7 CDERは、Center for Drug Evaluation and Researchの略。CBERは、Center for Biologics Evaluation and Researchの略。いずれも、食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)の組織。
8 「承認」は、過年度分の承認も含んでいるため、各年度の「申請」~「取下げ」の欄と、「承認」の欄の数字が対応しているわけではない点に、注意が必要。
3ヨーロッパでは申請の56%が受理され、受理の42%相当が承認されている
ヨーロッパでは、EU加盟国とEEA・EFTA諸国9等のメンバーからなる「欧州医薬品庁(EMA)」が、新薬の評価を行っている10。日本と類似の制度として、革新的な医薬品に対しては、アクセラレーティッド・アセスメント(加速的評価)の仕組みがあり、優遇審査が行われている。

ヨーロッパでは、2015~19年の間に、111件の申請が行われ、62件が受理された。同期間中に、承認されたものは26件。すなわち、申請の56%が受理され、受理の42%相当が承認されたことになる11
図表4. ヨーロッパのアクセラレーティッド・アセスメント
 
9 EEAは欧州経済領域、EFTAは欧州自由貿易連合を指す。
10 EMAは、European Medicines Agency の略。加盟国が個別に承認を与えた場合に、医薬品メーカー等に生じうるコストを削減する効果があるとされる。
11 アメリカと同様、「承認」は、過年度分の承認も含んでいるため、各年度の「申請」~「却下」の欄と、「承認」の欄の数字が対応しているわけではない点に、注意が必要。
4日本は指定を受けるまでのハードルが高い?
日米欧を比較すると、指定(受理)された後に承認に至る割合については、40~50%程度で大差はない。一方、申請が指定(受理)される割合については、日本の11%に対して、アメリカ42%、ヨーロッパ56%と、差がついている。

各制度の適用要件や内容が異なるため、単純な比較が困難な面はあるが、どうやら日本の制度は申請してもなかなか指定に至らないと言えそうだ。見方を変えれば、日本には、まだ優遇審査制度の活用余地が残されている、ともいえるだろう。
 

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

新薬の優遇審査制度について、内容や活用状況を簡単にみてきた。日本では、2021年に制度が法制化され、革新的な新薬開発を後押しする仕組みが整備された。今後、当制度の活用により、画期的な医薬品の開発が進むことが期待される。そのためには、当制度の指定に足るだけの、極めて高い有効性を備えた革新的な新薬候補をいかに確保するか。このことが、新薬創出で世界をリードするためのカギになるものと考えられる。

新型コロナウイルスなどの感染症に限らず、生活習慣病、認知症など、さまざまな病気に対して、医薬品の開発は、医療技術高度化の大きな要素を占めるものとなっていくだろう。引き続き、医薬品の開発・流通や、基盤となる諸制度の動向を、注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年05月14日「基礎研レター」)

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