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- 高まる米国の連邦最低賃金引上げ機運―バイデン大統領、民主党が09年以来の最低賃金引上げを模索
2021年04月15日
3――連邦最低賃金引上げを巡る動き
1|21年賃金引上げ法案の概要
民主党は連邦最低賃金を段階的に時給15ドルに引き上げることを盛り込んだ19年賃金引上げ法案(the Raise the Wage Act of 2019)を、過半数を占めていた下院で19年7月に可決したものの、共和党が過半数を占めていた上院では取り上げられなった。
この後、21年1月に上下院で民主党が過半数を獲得したこともあって、同月に民主党の上下院議員が連邦最低賃金の引き上げを求める法案を21年賃金引上げ法案(the Raise the Wage Act of 2021)として議会に再提出した。
同法案では、連邦最低賃金を時給15ドルまで段階的に引き上げるほか、26年以降は労働者全体の賃金の中央値の伸びに最低賃金の伸びを連動させることや、現状で同7.25ドルの最低賃金を下回る水準となっているチップ受取り労働者や10代の労働者、障害者の賃金水準を引き上げることが盛り込まれている(図表6)。
民主党は連邦最低賃金を段階的に時給15ドルに引き上げることを盛り込んだ19年賃金引上げ法案(the Raise the Wage Act of 2019)を、過半数を占めていた下院で19年7月に可決したものの、共和党が過半数を占めていた上院では取り上げられなった。
この後、21年1月に上下院で民主党が過半数を獲得したこともあって、同月に民主党の上下院議員が連邦最低賃金の引き上げを求める法案を21年賃金引上げ法案(the Raise the Wage Act of 2021)として議会に再提出した。
同法案では、連邦最低賃金を時給15ドルまで段階的に引き上げるほか、26年以降は労働者全体の賃金の中央値の伸びに最低賃金の伸びを連動させることや、現状で同7.25ドルの最低賃金を下回る水準となっているチップ受取り労働者や10代の労働者、障害者の賃金水準を引き上げることが盛り込まれている(図表6)。
一方、民主党は当初、財政調整措置4を活用して同法案で示した政策を21年3月に成立した1.9兆ドル規模の追加経済対策法案(21年米国救済計画法、American Rescue Plan Act of 2021)に含めて成立させることを目指し、下院では2月下旬に同法案を可決していた。しかしながら、上院では一部民主党議員から、連邦最低賃金の引き上げ幅が大き過ぎるとの懸念が示されたほか、議事運営専門委員から、連邦最低賃金の引き上げは財政調整措置を活用する際に求められる歳出や歳入への明示的な影響があるとの要件を満たさないと指摘された。このため、上院民主党は最終的に追加経済対策案から連邦最低賃金引上げに関する項目を削除しており、連邦最低賃金の引き上げは実現しなかった。
4 「財政調整法」に基づく審議手法で審議時間が20時間に制限され、上院での法案は単独過半数で可決することを可能とする。一方、財政調整措置を使うためには財政調整指示を含む予算決議を成立させる必要があるほか、財政調整指示の対象となるのは義務的経費の歳出、歳入に影響を明示的に与える要件を満たす必要があるほか、予算期間外に財政赤字を増やすことができないなどの制約がある。
4 「財政調整法」に基づく審議手法で審議時間が20時間に制限され、上院での法案は単独過半数で可決することを可能とする。一方、財政調整措置を使うためには財政調整指示を含む予算決議を成立させる必要があるほか、財政調整指示の対象となるのは義務的経費の歳出、歳入に影響を明示的に与える要件を満たす必要があるほか、予算期間外に財政赤字を増やすことができないなどの制約がある。
2|連邦最低賃金引上げの効果
連邦最低賃金を引き上げることの経済効果として、最低賃金や最低賃金を下回る賃金水準で働いている労働者の所得を増加させるとの見方で評価は一致している。米シンクタンクのEPI(Economic Policy Institute)は21年賃金引上げ法が実現した場合に給与が増加する労働者数を試算5した。同試算では、連邦最低時給が25年に15ドルまで引上げられることで、時給15ドル以下で働いていた労働者(直接影響)の1,867万人と15ドルを僅かに上回る労働者(間接影響)の1,019万人の合計3,218万人が賃金上昇の恩恵を受けるとしており、これは労働力人口の21.2%に上る(図表8)。
連邦最低賃金を引き上げることの経済効果として、最低賃金や最低賃金を下回る賃金水準で働いている労働者の所得を増加させるとの見方で評価は一致している。米シンクタンクのEPI(Economic Policy Institute)は21年賃金引上げ法が実現した場合に給与が増加する労働者数を試算5した。同試算では、連邦最低時給が25年に15ドルまで引上げられることで、時給15ドル以下で働いていた労働者(直接影響)の1,867万人と15ドルを僅かに上回る労働者(間接影響)の1,019万人の合計3,218万人が賃金上昇の恩恵を受けるとしており、これは労働力人口の21.2%に上る(図表8)。
議会予算局(CBO)も同様に直接影響を受ける労働者が25年に17百万人、間接影響を受け労働者が10百万人と試算6している。また、これら労働者の所得は21年から31年の10年間で3,330億ドル増加するとしている。
さらに、貧困労働者が0.9百万人減少すると試算しており、所得格差の改善にも効果があることを示している。
一方、連邦最低賃金を引き上げることによる雇用への影響については、評価が分かれている。前述のEPIがほとんど影響しないとしている一方、CBOは賃上げによる企業のコスト増加が最終製品価格などに転嫁されることで売上減少などを通して1.4百万人の雇用が奪われるとしており、異なる結論となっている。
21年賃金引上げ法の効果に限らず、最低賃金引上げが雇用に与える影響について、これまで様々な論文が発表されているものの、評価は定まっていない。テキサスA&M大学のMeer教授らによる1979年から2012年までの州別の賃金と雇用を用いた分析7>では、最低賃金の引き上げによって、若年労働者と最低賃金労働者のシェアが大きい産業で引き上げ後数年に亘り雇用の伸びが鈍化すると結論した。
一方、マサチューセッツ大学のCengiz氏らによる1979年から2016年に最低賃金を引き上げた138州について最低賃金を引き上げたことによる低賃金労働者への影響についての分析8では、最低賃金を引き上げても、その後5年間の低賃金労働者の雇用にはほとんど変化はみられないと結論しており、Meer教授と異なる見解を示している。
さらに、マサチューセッツ大学のDube教授による2000年以降に米国で発表された同種の論文に関する広範な調査9では、最低賃金の引き上げによる雇用への影響は非常に小さく、統計的、経済学的に有意な雇用減少に繋がることを示すものではないとしている。
これまでみたように最低賃金引上げによる雇用への影響は評価が分かれているものの、連邦最低賃金を引き上げることに伴う雇用や中小企業経営への影響に対する政治家の懸念は強い。民主党議員の一部は連邦最低賃金の引き上げ水準を15ドルよりも低い水準に抑えることを提言する議員がいるなど民主党内も一枚岩ではない。
5 “Raising the federal minimum wage to $15 by 2025 would lift the pay of 32 million workers” (21年3月9日) https://www.epi.org/publication/raising-the-federal-minimum-wage-to-15-by-2025-would-lift-the-pay-of-32-million-workers/
6 “The Budgetary Effects of the Raise the Wage Act of 2021” (21年2月8日) https://www.cbo.gov/publication/56975
7 “EFFECT OR THE MINIMUM WAGE ON EMPLOYMENT DYNAMICS” (13年8月) https://www.nber.org/papers/w19262
8 “THE EFFCT OF MINIMUM WAGE ON LOW-WAGE JOBS*” (19年5月) https://academic.oup.com/qje/article/134/3/1405/5484905
9 “Impacts of minimum wages: review of the international evidence” (19年11月) https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/844350/impacts_of_minimum_wages_review_of_the_international_evidence_Arindrajit_Dube_web.pdf
さらに、貧困労働者が0.9百万人減少すると試算しており、所得格差の改善にも効果があることを示している。
一方、連邦最低賃金を引き上げることによる雇用への影響については、評価が分かれている。前述のEPIがほとんど影響しないとしている一方、CBOは賃上げによる企業のコスト増加が最終製品価格などに転嫁されることで売上減少などを通して1.4百万人の雇用が奪われるとしており、異なる結論となっている。
21年賃金引上げ法の効果に限らず、最低賃金引上げが雇用に与える影響について、これまで様々な論文が発表されているものの、評価は定まっていない。テキサスA&M大学のMeer教授らによる1979年から2012年までの州別の賃金と雇用を用いた分析7>では、最低賃金の引き上げによって、若年労働者と最低賃金労働者のシェアが大きい産業で引き上げ後数年に亘り雇用の伸びが鈍化すると結論した。
一方、マサチューセッツ大学のCengiz氏らによる1979年から2016年に最低賃金を引き上げた138州について最低賃金を引き上げたことによる低賃金労働者への影響についての分析8では、最低賃金を引き上げても、その後5年間の低賃金労働者の雇用にはほとんど変化はみられないと結論しており、Meer教授と異なる見解を示している。
さらに、マサチューセッツ大学のDube教授による2000年以降に米国で発表された同種の論文に関する広範な調査9では、最低賃金の引き上げによる雇用への影響は非常に小さく、統計的、経済学的に有意な雇用減少に繋がることを示すものではないとしている。
これまでみたように最低賃金引上げによる雇用への影響は評価が分かれているものの、連邦最低賃金を引き上げることに伴う雇用や中小企業経営への影響に対する政治家の懸念は強い。民主党議員の一部は連邦最低賃金の引き上げ水準を15ドルよりも低い水準に抑えることを提言する議員がいるなど民主党内も一枚岩ではない。
5 “Raising the federal minimum wage to $15 by 2025 would lift the pay of 32 million workers” (21年3月9日) https://www.epi.org/publication/raising-the-federal-minimum-wage-to-15-by-2025-would-lift-the-pay-of-32-million-workers/
6 “The Budgetary Effects of the Raise the Wage Act of 2021” (21年2月8日) https://www.cbo.gov/publication/56975
7 “EFFECT OR THE MINIMUM WAGE ON EMPLOYMENT DYNAMICS” (13年8月) https://www.nber.org/papers/w19262
8 “THE EFFCT OF MINIMUM WAGE ON LOW-WAGE JOBS*” (19年5月) https://academic.oup.com/qje/article/134/3/1405/5484905
9 “Impacts of minimum wages: review of the international evidence” (19年11月) https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/844350/impacts_of_minimum_wages_review_of_the_international_evidence_Arindrajit_Dube_web.pdf
4――民主党安定政権の今こそ連邦最低賃金引上げの好機
これまでみたように連邦最低賃金の水準は貧困ラインを大幅に下回っており、最低限の生活を維持するのも困難な程低位に据え置かれている。州や企業で独自に最低賃金を引き上げる動きもみられているが、連邦最低賃金水準に一致している州も多く、全体を押し上げるためにも連邦最低賃金を引き上げる必要があるだろう。
連邦最低賃金を時給15ドルに引き上げることを公約としてバイデン氏の大統領就任や民主党が安定政権となっていることは連邦最低賃金の引き上げを目指す上で好機である。
連邦最低賃金の引き上げ政策を3月の追加経済対策に盛り込む試みは失敗に終わったものの、バイデン政権は依然として21年賃金引上げ法案で示された連邦最低賃金の引き上げ実現を目指していることを明確にしており、政策実現の機会を伺っている。
もっとも、連邦最低時給を15ドルに引き上げる政策に対しては、引上げ幅が過大として一部民主党上院議員からも反対がでており、21年賃金引上げ法案の内容そのままでは政策の実現は難しい状況となっている。
筆者は、政治的な対立から現在の連邦最低賃金が引き上げられないことが最悪のシナリオだと考えている。連邦最低賃金をどのようなペースでどの程度引き上げるかにはついては、雇用や中小企業経営への影響も含めて様々な議論はあるものの、連邦最低賃金を引き上げること自体については共和党支持者も含めて概ね社会の合意は得られやすいとみられる。
このため、バイデン政権は連邦最低賃金の引き上げ実現を優先し、政権公約の時給15ドルへの引き上げを一旦見送り、共和党や一部民主党の合意が得られやすい水準に留めた上で引上げ、雇用への影響などを見極めつつ、将来的に一段の引き上げを模索すべきだろう。
連邦最低賃金を時給15ドルに引き上げることを公約としてバイデン氏の大統領就任や民主党が安定政権となっていることは連邦最低賃金の引き上げを目指す上で好機である。
連邦最低賃金の引き上げ政策を3月の追加経済対策に盛り込む試みは失敗に終わったものの、バイデン政権は依然として21年賃金引上げ法案で示された連邦最低賃金の引き上げ実現を目指していることを明確にしており、政策実現の機会を伺っている。
もっとも、連邦最低時給を15ドルに引き上げる政策に対しては、引上げ幅が過大として一部民主党上院議員からも反対がでており、21年賃金引上げ法案の内容そのままでは政策の実現は難しい状況となっている。
筆者は、政治的な対立から現在の連邦最低賃金が引き上げられないことが最悪のシナリオだと考えている。連邦最低賃金をどのようなペースでどの程度引き上げるかにはついては、雇用や中小企業経営への影響も含めて様々な議論はあるものの、連邦最低賃金を引き上げること自体については共和党支持者も含めて概ね社会の合意は得られやすいとみられる。
このため、バイデン政権は連邦最低賃金の引き上げ実現を優先し、政権公約の時給15ドルへの引き上げを一旦見送り、共和党や一部民主党の合意が得られやすい水準に留めた上で引上げ、雇用への影響などを見極めつつ、将来的に一段の引き上げを模索すべきだろう。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2021年04月15日「基礎研レポート」)
03-3512-1824
経歴
- 【職歴】
1991年 日本生命保険相互会社入社
1999年 NLI International Inc.(米国)
2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
2014年10月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
窪谷 浩のレポート
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