2021年04月12日

2021年のホテルの市場動向-ターゲット層は国内観光客、求められる積極的な運営姿勢

金融研究部 准主任研究員 渡邊 布味子

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1. はじめに

現在、世界中で新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が進んでいる。コロナ禍が収束すれば、優れた観光資源が多く、競争力もある日本には、以前と同様に、毎年多くの訪日外国人客が訪れると考えられる。当然のことながら、観光客数が以前のように回復すれば、ホテルの収益性の改善が期待できるとともに、投資対象としてのホテル需要が高まるのは確実である。

しかしながら、現状としてはコロナ禍により訪日外国人客数のみならず国内観光客数も大幅に減少し、ホテルの収益性の低下と経営難が続いている。2020年3月にはブランド力のある老舗や大手が、キャッシュ確保のため、保有するホテルの売却や営業するホテルの閉鎖を相次いで発表した。2021年のホテル市況はどうなるのであろうか。
 

2. 2020年の観光客数の動向

2. 2020年の観光客数の動向

国連世界観光機関(以下UNWTO)が公表した2020年の世界全体の国際観光客数の実績値は、世界全体で前年比▲74%であった。UNWTOは2020年5月にコロナ禍の影響を受けた2020年の国際観光客数の予測を、標準シナリオで前年比▲70%、楽観シナリオで同▲58%、悲観シナリオで同▲78%と公表したが、実績値は標準シナリオよりやや悲観シナリオ寄りとなった。

エリア別に見ると、日本が属する北東アジア(中国、香港、日本、北朝鮮、韓国、マカオ、モンゴル、台湾を含む)は、観光客数が前年比で▲88%と、世界で最も大きく減少した(図表1)。早い時期から新型コロナウイルス感染症が拡散したことに加え、海外からの観光客の到着が空路に強く依存しているエリアであるため、コロナ禍による航空便の運航停止の影響を大きく受けた。

日本においても、観光庁によると2020年の訪日外国人客数は前年比▲87%となった。全国シティホテル連盟によると、加盟ホテルの稼働率は、2021年1月が35.0%、2月が36.1%となったが、ホテルは稼働率の低下とともに宿泊料金の低下にも苦しんでいる。国内平均では2020年のホテルの売上は前年比▲60%程度にまで減少しており、ホテルの経営は大変厳しい。訪日外国人客数、国内観光客数がともに減少するなかで、数少ない顧客の取り合いとなっており、宿泊料金は下げざるを得ず、売り上げの減少は避けられない状況にある。

加えて、ホテル施設の超過供給も生じている。2020年は五輪需要とその後も続くであろう訪日外国人客数の増加を見越して、2020年以前から日本各地で多くのホテルの建設が計画されていた。新築ホテルの中には、建物自体は完成しているが、難しい市況の中での運営をさけ、営業開始を延期した施設もある。
図表1 世界の観光客数の実績値(エリア別、前年比)
また、オータパブリケイションによると、2021年1月の稼働率は、東京が19.5%、札幌が17.2%、大阪が25.8%となった(図表2)。北海道では例年は人気のある年末年始のスノースポーツや修学旅行などの予約のキャンセルが相次いだ。最もホテルの数が多い東京都では、人の集積を避ける動きが継続し、緊急事態宣言の再発令により、平日・週末問わず稼働率が伸び悩んで深刻なダメージを受けている。大阪府では関西国際空港の就航便が国内外とも欠航が多く、緊急事態宣言の再発令で休業を余儀なくされたホテルも多い。

日本国内のホテルの全客室数に対する割合は、東京都が11%、北海道が7%、大阪府が7%と、3都道府で4分の1を占めている。ホテルが集積する東京の浅草、北海道のニセコ、大阪の難波などでは価格や顧客獲得の競争が激しくなっているが、観光客数が停滞している状態では、収益改善のためにとれる手段は少なく、早期の観光客数の回復を祈るしかない状況にある。
図表2 世界の観光客数の実績値(エリア別、前年比)

3. 世界の観光客数回復の予測

3. 世界の観光客数回復の予測

しかし、2021年のホテルの先行きはまだまだ厳しい。UNWTOが、2021年1月に公表した、世界の国際観光客数の予測では、標準シナリオ(シナリオ2)では、2021年累計は2019年累計の半分にも満たず、コロナ禍前の状況に戻るのは2023年末になると予測されている。また、楽観シナリオ(シナリオ1)では2022年末頃に、悲観シナリオ(シナリオ3)では2024年末頃に、2019年の水準にまで戻る見通しとなっている(図表3)。
図表3 国際観光客数の推移と予測
さらに、UNWTOがアジアの観光関係者に行ったアンケートでは、「自国の国際観光の回復開始時期」について、2021年第4四半期と答えた人が22%、2022年と答えた人が64%と、世界のエリア別では、最も保守的な回答となっている(図表4)。2019年の訪日外国人客数のうち、84%はアジアからの来日であり、訪日外国人客数の回復は、世界の平均的な時期より遅くなる可能性がある。
図表4 自国の国際観光の回復開始はいつ頃だと思うか

4. 国内観光市場の強さが早期回復に寄与か

4. 国内観光市場の強さが早期回復に寄与か

今後について明るい希望が持てる情報としては、コロナ禍前の日本の宿泊施設への延べ宿泊者数は、日本人が8割、外国人が2割であるということである。また、経済協力開発機構(OECD)の公表などによる観光消費は、日本全体の観光消費額のうち84%が国内観光客による消費であり、世界的に見ても、中国、ドイツに次いで国内観光市場が強い(図表5)。

観光客数は一様に回復するのではなく、(1)観光客の居住地付近の旅行、(2)国内の旅行、(3)隣国や関係の深い国への旅行、(4)世界各国への旅行の順に、近くから遠くへと徐々に回復することが予想されるが、国内観光市場の強さは、ホテル業績の早期回復に寄与するだろう。

しかし、日本のワクチン接種状況は、世界各国のなかでは、やや遅れているようである(図表6)。また、感染症拡大により国内観光客の増加が制限される可能性や、ワクチン接種の普及が早い国に比べて、国際観光客数の回復時期が遅れる可能性も想定される。
図表5 各国の観光消費額の実績値(国別、前年比)
図表6 人口に対するワクチン接種の割合
加えて、2021年は金融機関のホテルに対する融資姿勢が変化するか否かに注意が必要であろう。2020年は金融機関の企業に対する融資姿勢が硬化しなかったため、当面の資金を融資によって調達したホテルも多かったと思われる。だが、臨時の融資の多くは1年から1年半程度の短期であることが多く、1度目の緊急事態宣言から1年が経過した今、金融機関が融資の貸出期間を延長するか、一部でも返済を打診するかを判断する時期が近いと推定される。

仮にUNWTOの予測の通りであるとすると、今後、数年間はホテルの売り上げが回復しないかもしれない。その間を耐えきることができる見込みが低いほど、金融機関に借入金の返済を迫られる可能性が高くなる。2021年のホテルは、財務・支出・キャッシュの安定性の確保、短期・長期を見据えた社内構造改革などの守りの姿勢が必要となるだろう。

今後のホテル業界の経営環境としては、ワクチン接種の普及やコロナ禍の収束の程度に応じて、国内若年層から、国内のワクチン接種済の年齢層、国内旅行客全体、近隣の国々からの観光客、国際観光客全体へと、主な宿泊ターゲット層が目まぐるしく変化するものになると思われる。こうした中、いくつかのホテルでは、コロナ禍の影響をあまり受けない一部富裕層向けのサービス強化等の顧客ターゲットの見直しや、ニューノーマル対応としてワーケーション・オフィス・サービスアパートメントなどの用途へのハード面での改装や新しい宿泊プランの開発といった様々な収益改善の試みが行われている。2021年のホテルの運営には、今まで以上に経営環境変化を踏まえた経営戦略が求められることになるだろう。
 

5. 終わりに

5. 終わりに

コロナ収束後は、世界的に経済が少なくとも今の状態よりは改善し、長期的には成長を続けるものと思われる。従って、いつか再びホテルは多くの顧客を迎え、業績が回復し、魅力的な投資先となることが期待できる。

しかし、世界において国際観光客数がコロナ禍前の水準に戻るのは2023年末との予測があることに加え、訪日外国人客数の回復は、世界の平均的な回復時期よりも、遅れるかもしれない。仮に外国人向けの施設であっても、当面は国内観光客の獲得に努力する必要がある。また金融機関の融資姿勢の変化の有無にも注意が必要である。

2021年のホテルの運営には、生き残りのために、財務の安定化、ハード・ソフト両面の構造改革、顧客ターゲット層の戦略的見直し、従業員のモラル維持など、攻守のバランスの取れた経営手腕が問われることになるだろう。
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   准主任研究員

渡邊 布味子 (わたなべ ふみこ)

研究・専門分野
不動産市場、不動産投資

(2021年04月12日「不動産投資レポート」)

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