2021年04月07日

株価リスクの低下は先行不透明感の払拭と同義か?

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

2レバレッジ要因と事業リスク要因をどのように分離するか(事業リスクの推定)
事業リスクは、社会や経済環境の変化、また投資家の認識の変化によっても変化する。日々変化するリスクを表現する代表的なモデルにGARCH(1,1)モデルがあり、以下のように定式化される。
 
式1
これを、事業リスクに当てはめれば、が時点tにおける事業リスクで、が時点tにおける企業価値の変化率2である。ωは事業リスクのスケールを決定づけ、αとβは直前の企業価値の変化率や事業リスクが次の事業リスクに影響を及ぼす程度を表現する。企業価値の変化率は株価変化率から導出し、その詳細は後述する。GARCH(1,1)モデルでは、事業リスクは直前時点での事業リスクが高いほど高く、また直前時点での企業価値の変化率の絶対値が大きいほど高くなる。また、経験則として価格変動率の絶対値は同じでも、ポジティブな情報により資産価格が上昇した場合に比べて、ネガティブな情報により資産価格が下落した場合の方が、その後のリスクは高くなる傾向が知られている。この傾向を反映すべくGARCH(1,1)モデルを拡張した以下のGJRモデルを採用し、事業リスクの変動パターンを表現する。
式2
は、が負の場合に1、それ以外の場合に0の値をとるダミー変数である。企業価値が上昇した時は倍、企業価値が下落した時は倍を加算することで、企業価値が下落した時ほど事業リスクが高まりやすい傾向を表現する。
 
最後に、株価変化率から企業価値の変化率を導出する方法を、図表4(右)を用いて説明する。企業価値が負債に比べて十分大きい場合、株式の価値を示す線の傾きはほぼ1(角度45度の直線)である。つまり、株式の価値の変化分と企業価値の変化分は等しい。2章でも説明したように、分子である価値の変化分が同じであれば、株価変化率と企業価値の変化率の比は、分母である株式の価値(縦軸)の逆数と企業価値(横軸)の逆数の比に一致する。つまり、株価変化率を企業価値と株式の価値の比(企業価値÷株式の価値)で割ることで、企業価値の変化率を導出できる。しかし、企業価値が低いほど株式の価値を示す線の傾きは小さくなり、株式の価値の変化分は企業価値の変化分とは一致せず、企業価値の変化分に株式の価値を示す線の傾きを乗じた値と一致する。この影響を考慮するためには、株価変化率を企業価値と株式の価値の比(企業価値÷株式の価値)で割った上に、更に株式の価値を示す線の傾きで割る必要がある。ここで、時点tにおける負債比率の高さに依存するもの(企業価値÷株式の価値×株式の価値を示す線の傾き)を、時点tにおける株価変化率をとすれば、式2は以下のように、書き換えることができる。
式3
時点tにおける企業価値の変化率が、平均0、標準偏差の正規分布に従うという仮定の下、株価変化率、株式時価総額、負債の時系列データ(日次)を用いて、日々の事業リスクを推定する。この結果を用いて、株価リスクの推移と負債比率の高さを表すレバレッジ要因と事業リスク要因の把握が可能になる。
 
 
2 正しくは、企業価値の変化率の誤差項(企業価値の変化率と企業価値変化率に対する直前の期待値との差)であるが、当レポートでは、企業価値変化率の期待値を0%と仮定しているため、企業価値の変化率と一致する。

4――株価リスクの推移と、レバレッジ要因、事業リスク要因

4――株価リスクの推移と、レバレッジ要因、事業リスク要因

今回は、個別企業ごとに日々の事業リスクを推定する代わりに、業種全体を一企業に見立て事業リスクの推定を試みた。株価変化率は東証業種別株価指数変化率を、株式時価総額は採用銘柄毎に求めた発行済み株式数と浮動株比率と株価の積の総和を、負債は採用銘柄毎に求めた負債(直近公表値)と浮動株比率の積の総和を用いた3

図表5は電気機器、情報・通信業、化学の3業種を対象に2006年~2010年と2016年~2020年のデータを用いてそれぞれ推計した結果である。3業種全てにおいて、極端な変化率データを除いて算出しても2016年~2020年の株価リスクは2006年~2010年の株価リスクよりも統計的有意に低いが、その要因は異なる。

電気機器(上段)は事業リスク(青)自体も低下しているが、レバレッジ要因(赤)も低下している。株価リスク低下のおよそ4割はレバレッジの変化で説明ができる。

情報・通信業(中段)は、レバレッジ要因は低下しておらず、株価リスク低下は事業リスクの低下に起因しているようだ。

一方、化学(下段)は、事業リスク自体はさほど変化しておらず、株価リスク低下はレバレッジ要因の低下に起因しているようだ。コロナ・ショック時の株価リスクはリーマン・ショック時ほど上昇していないが、事業リスク自体はコロナ・ショック時もリーマン・ショック時と大差なかったことが分かる。つまり、観測不能な事業リスク(投資家の事業リスクに対する態度)の代わりに株価リスクを用いて、なんらかの意思決定を行う場合、リーマン・ショック時もコロナ・ショック時も事業リスクは同程度なのに、誤った意思決定をしてしまった可能性が有る。

レバレッジによる日次株価リスクの低下の影響は、会計上の数値を基準に評価すると極めて軽微であったが、株価に織り込まれる情報を勘案すれば、決して小さくない。業種によって異なるものの事業リスク要因をやや下回る程度の影響がありそうだ。とはいえ、株価リスクの低下の主たる要因は事業リスク要因である。10年間でビジネス環境が大きく変化した可能性も否定できないが、10年前との比較では、投資家がリスクを小さく評価している、もしくは投資家が将来をより楽観的に捉えていると解釈する方が自然である。
【図表5】 株式のリスク(年率換算後)とレバレッジ要因と事業リスク要因の推移
さて、投資家は企業価値に占める負債の割合を考慮して取引しており、結果としてレバレッジと株価リスクとの間の正の相関関係を生み出すのだろうか。図表5の結果は、株価変化率、株式時価総額、負債の時系列データ(日次)を用いて推計した結果に過ぎないのだから、仮にレバレッジと株価リスクが無関係なら、株価リスクとレバレッジから推定した事業リスクとそれに基づく上記の解釈は信ぴょう性を失うこととなる。そこで、試しに時々のレバレッジを考慮せず、株価変化率だけの時系列データ(日次)を式2に当てはめて株価リスクを直接推定したところ、当てはまり具合が明らかに劣化した。これより、レバレッジと株価リスクには一定の関係があると言えそうである。
 
3 ただし、未上場の政府保有株式については、株式時価総額及び負債算出の際に勘案・調整している。
 

5――最後に

5――最後に

本稿の目的は、10年前と比較して株価リスクが低下した要因の把握である。結論として、借入金を返済して財務体質を強化する動きや近年の株価上昇による資本構成だけでは、株価リスクの低下を説明することはできず、投資家が想定する事業リスク自体も低下したと考えられる。ここで、気になるのは10年前の投資家が悲観的で、事業リスクを過大に評価していたのか、それとも近年、投資家が楽観的になり、事業リスクを過小評価しているかであろう。残念ながら真の事業リスクは観測不能なので断定はできないが、筆者は10年前において、投資家が事業リスクを過大評価していたのではないかと考えている。リーマン・ショックという未曽有の経済危機とも言われた当時の市場環境を考えると当たり前にも思えるのだが、2016年~2020年の事業リスクは10年前と比較すると低いが、同様の手法で推定した2011年~2015年の事業リスクとの比較では高い水準にある。この水準上昇を踏まえると、近年、投資家が事業リスク自体を過小評価しているとは考えにくい。

事業リスクは2006年~2010年から2011年~2015年にかけて低下し、その後2016年~2020年にかけて上昇に転じているのに、図表1に示した通り、株価リスクは2006年~2010年、2011年~2015年、2016年~2020年と時が経過するにつれて継続的に低下している。つまり、株価リスクが低下しているからといって、先行き不透明感が払拭されて投資家の事業リスクに対する態度が改善されつつあるとは限らない可能性があるということだ。投資には美人投票といった側面があり、他の投資家の動向のも運用成果に影響を及ぼす。今回の結果は、株価リスクにだけ着目していると、他の投資家の態度の変化に気づくのが遅れ、思わぬリスクを抱える可能性があることを示唆している。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2021年04月07日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【株価リスクの低下は先行不透明感の払拭と同義か?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

株価リスクの低下は先行不透明感の払拭と同義か?のレポート Topへ