2021年03月29日

なぜ韓国では不動産価格が高騰し続けているのか

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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韓国ではこのところ、韓国政府の強力な不動産規制政策とコロナ禍による景気の不確実さにもかかわらず、不動産価格が高騰を続けている。さらに、最近は宅地開発などを手がける公共機関である韓国土地住宅公社(LH)の職員らが2018年から2020年の間において、ソウル郊外の住宅開発対象に指定された地域の土地を発表前に不正に購入していた疑惑が発生し、文在寅大統領の支持率は3月3週目には34.1%まで低下した。2017年5月の文政権発足以降、最も低い支持率だ。なぜ韓国では不動産価格が高騰し、政権の支持率にまで影響を与えているのだろうか。
韓国における文在寅大統領の支持率

現在の状況

現在の状況

韓国不動産院(旧韓国鑑定院)が3月11日に発表した月刊住宅価格動向によると、2021年2月の全国の住宅価格は1カ月前に比べて、 0.89%上昇した。また、2021年2月の不動産価格指数(住宅)は、108.1(2017年11月=100)で、地域別には韓国の行政首都ともいわれている「世宗特別自治市」の指数が 141.2で最も高く、次いで大田市(128.0)、京畿道(114.1)、大邱市(114.0)、ソウル市(112.1)、仁川市(110.2)の順で上昇幅が高かった。
韓国における地域別不動産価格指数(住宅):2017年11月=100
このように、不動産価格指数(住宅)だけをみると、ソウル市や首都圏(ソウル市、京畿道、仁川市)のアパート(日本のマンションに当たる。以下、マンション)価格は大きく上昇していないように見える。それでは、なぜマスコミはソウル市や首都圏のマンション価格が大きく上昇していると騒いでいるのだろうか。
 
韓国の国土交通部は、文在寅政権に代わってからソウル市のマンション価格は14%上昇したと発表した。しかしながら韓国不動産院のホームページに公開されている共同住宅実取引価格指数をみると、ソウル市のマンションの売買実取引価格指数(2017年11月=100)は、文在寅政府が誕生した2017年5月の95.4から2021年1月には149.1となっており、約1.56倍上昇している。
 
また、市民団体の経済定義実践市民連合は10月16日に、文在寅政府が発表している公示地価は実際の取引価格35%水準の金額しか反映していないとする公示地価の問題点を指摘した報告書を公表した。この数値は、李明博政府の44%、朴槿恵政府の43%よりも低い水準だ。
 
さらに同団体が1月に発表した報告書によると、ソウルの25坪のマンションの売買価格は、2003年1月の3.1憶ウォンから2020年12月現在11.9億ウォンに、約18年間で3.8倍(8.8億ウォン)も上昇したことが明らかになった。文在寅政府が誕生した2017年5月から2020年5月までのソウルの25坪のマンションの売買価格の上昇率は53%に達する。さらに、政権別に見たソウルの25坪のマンションの売買価格の上昇率は(大統領に就任した年の1月と退任した年の1月までの上昇率、文在寅政府は2017年1月~2020年12月)文在寅政府が82%で、廬武鉉政府の83%に迫る。
 
同団体は年収の30%を貯蓄した労働者が、ソウルの25坪のマンションを購入するまでにかかる期間を推計しており、文在寅政府では118年となり、歴代のどの政府よりも長くなったと主張し、現政権の不動産政策の失敗を強調した。
 

なぜ不動産価格は上がったのか

なぜ不動産価格は上がったのか

文在寅政府は、就任初期から不動産価格の安定を目指し、6.17不動産対策、7.10不動産対策、8.2不動産対策等25回にわたる不動産対策を実施した。しかしながら、ソウルを中心とした不動産価格、特にマンション価格は下がるところか、むしろ大きく上がっている。なぜこのような現象が起きているだろうか。
 
まず、不動産価格が上昇した原因として考えられるのが首都圏への人口集中が続いていることと、それにより住宅に対する需要が供給を上回っていることが挙げられる。ソウル特別市、仁川広域市、京畿道で構成されている首都圏の面積は韓国全体面積の11.8%に過ぎないものの、首都圏の人口は増え続け、ついに2019年時点での首都圏の人口は人口全体の半分を超えることになった。このように首都圏の人口が増え続ける理由は、首都圏の経済規模が大きくなり、雇用が量・質ともに首都圏以外の地域を上回っていることに加え、名門大学への進学率が高い高校や有名塾等の教育インフラが整備され、子供の大学進学等に有利であるからだ。
 
実際、2019年におけるGRDP(地域内総生産)や活動企業数に占める割合は首都圏がそれぞれ51.8%と52.5%で首都圏以外の地域を上回っている。また、2020年に大学受験をした高校3年生1000人当たりのソウル大学に入学した学生数は、ソウル市が14人で最も多く、最も少ない忠清北道や蔚山市の3.1人より4.5倍も多いことが明らかになった。学歴社会と言われている韓国ではソウルやソウルへ近接している新都市に居住することは、子供の将来のために選択すべき最優先の選択肢として認識されている。さらに一人世帯を中心に世帯数が増加したことも住宅に対する需要を増やす背景になっている。
 
しかしながら、文在寅政府は不動産価格が高騰する理由を不動産投機をする輩の仕業と判断し、供給を減らす政策を実施する。その結果、2015年に765,328戸であったマンションを含めた全国の住宅建設の認可数は2020年には457,514戸まで減少した。特に、ソウル市の認可数は2017年の113,131戸から2020年の58,181戸へと、ほぼ半分近くまで減少した。
 
不動産価格が上昇した次の原因としては、規制強化を中心とした不動産政策が失敗したことが挙げられる。文在寅政府は不動産価格を安定させるために、就任した2017年の5月から今年の2月まで総25回の不動産対策を実施した。しかしながら、まだ大きな成果はなく、2020年以降は伝貰1やマンションの価格が上昇し、支持率下落につながった。
 
文在寅政府は就任1年目に、多住宅保有者に対する譲渡所得税の重課が適用される調整対象地域を追加指定した「6・19対策」、ソウル全体を投機過熱地区として11区を投機地域に指定した「8・2対策」、多住宅保有者が賃貸事業者に登録して住宅を賃貸した場合、財産税や所得税などの税金や健康保険料を減免する「賃貸住宅登録活性化政策」等の多様な政策を実施した。その中でも12月13日に施行された「賃貸住宅登録活性化政策」が注目を浴びた。同制度の施行以降、2018年1月から7月までの新規賃貸事業登録者数は80,539人に達する等伝貰物件が増え、伝貰指数2は文在寅大統領の就任直後であった2017年6月の106.0から2018年6月には88.5まで低下した。
 
しかしながら、与党である「共に民主党」を支持する支持層を中心に、賃貸事業者に対する税制優遇措置に反対する声が高まった。結局、韓国政府は2018年9月13日に政策の内容を修正し、税制優遇措置を縮小する決断を下した。肝煎り政策を自ら蹴とばすことにより、不動産政策に対する文在寅政府の信頼性は大きく失われることになった。
 
不動産関連税率を引き上げた政策も失敗したと評価されている。2020年8月4日に開かれた国会では所得税法、法人税法、総合不動産税法の改正案が成立した。所得税法改正案では、2年未満の短期所有の住宅と住宅の複数所有者の調整対象地域内の住宅に対する譲渡税重課税率を引き上げ、法人税法改正案では、法人が所有する住宅の譲渡税の基本税率に上乗せする法人税の追加税率を、現行の10%から20%に引き上げた。
 
また、総合不動産税改正案では、3戸以上または調整対象地域に2戸の住宅を所有する人に対し、課税標準区間別に税率を現行の0.6~3.2%から1.2~6.0%に大きく引き上げた。住宅に対する総合不動産税は課税対象額(課税標準)に税率をかけて算出する。韓国政府は、不動産関連税率を引き上げると、多住宅保有者が税金に対する負担増加を回避するために住宅を市場に手放すことを期待した。しかしながら、韓国政府の期待とは異なり、所有者はいつか政権が変わると不動産政策も変わり、税の負担が軽くなると共に不動産価格も上昇すると考え、市場に不動産を手放す人は少なかった。
 
さらに、冒頭で言及した「住宅賃貸借保護法」いわゆる「賃貸借3法」のうち、「契約更新請求権」3と「伝貰・月貰4上限制5」が施行されてから、伝貰物件が急激に減り、伝貰価格が跳ね上がる「伝貰大乱」が起きた。韓国不動産院の全国住宅価格動向調査によると、ソウル市のマンションの伝貰受給指数は2020年7月の117.5から2020年12月には133.5に上昇した。ソウル市の伝貰受給指数133.5は統計を発表してから最も高い数値である(2021年2月のソウル市の伝貰受給指数は126.3)。
 
上述した内容以外にも低金利が長期間続いたこと(韓国銀行の政策金利は0.5%)、市中に供給された通貨量が増加したこと、民間を中心とした再建築や再開発が継続的に規制されていたこと、不動産貸出を規制したこと等が不動産価格を上昇させた原因として考えられる。
 
文在寅大統領は1月18日に開かれた新年記者会見で「今まで不動産投機を防ぐための対策を主に実施したものの、不動産の安定化は成功できなかった」と不動産政策の失敗を事実上認めた。そして、2月4日には公共部門を中心に住宅建設を大幅に加速し、2025年までにソウルに32万戸、ソウル以外の地域に51万戸の住宅を建設すると発表した(2・4対策)。
 
文在寅政府が次々と不動産対策を発表しているものの、今後不動産価格が安定し、マンションの供給が増えると予想する人は多くないだろう。その理由は文在寅政府に代わって以来、住宅建設の認可件数が大きく減少したからである。今から認可件数を増やしても供給量は増えず、実際に供給量が増えるのは早くてもこれから3~4年後である。また、本文でも言及したようにソウルを含めた首都圏中心の経済が改善されない限り、ソウルやその付近の不動産価格の上昇を防ぐことは難しい。さらに、今後も一人世帯が増加すると予想されており、住宅に対する需要はしばらくの間は減らないと予想される。
 
文在寅政府は、今まで不動産価格を安定化させるために規制を強化してきた。また、今後も投機を抑制するために、公共部門を中心に再開発や再建築を進め、不動産関連税率も現在の水準を維持する方針である。なぜか強硬策に偏っているような気がして心配である。
 
今年と来年の住宅の建設量を大きく増やせないことを考えると、住宅市場に供給量を増やすためには多住宅保有者の積極的参加を誘導する必要がある。そのためには強硬策のみならず懐柔策も必要だろう。
文在寅政府の主な不動産政策
さらに、冒頭で言及した韓国土地住宅公社の新都市土地投機疑惑により、国民の多くは不公平感や怒りを感じている。不公平感や怒りは心の病気である「鬱憤」6につながる恐れがあり、「鬱憤」を感じる人が増加すると、与党「共に民主党」が今年4月のソウル、釜山のダブル市長選のみならず、来年の大統領選挙で受ける打撃は大きいだろう7。韓国政府は、間違いを寛大に受け止め、国民が求める公正な社会を実現し、国民の鬱憤を解消するために、骨身を削る努力をしなければならない。
 
※本稿は、「高騰続く韓国マンション価格 文在寅政権の対応>後手に」『週刊エコノミスト』 2021 年 4月6日号 に掲載されたものを加筆・修正したものである。
 
1 伝貰:借主が契約をする際に住宅価格の5~8割程度のお金を貸主に預ける韓国独特の住宅賃貸制度。
2 伝貰指数の範囲は1~200で、数値が高いほど供給不足を、低いほど需要不足を意味する。
3 契約更新請求権とは2年の契約期間終了後、賃借人が希望する場合1回に限って2年間の契約更新を請求することができる権利である。家主は、住宅に家主やその直系尊属・卑属が実際に住む場合を除いて契約更新請求を拒否することができない。
4 月貰:毎月決められた額の家賃を払う制度
5 伝貰・月貰上限制:家主と賃借人が再契約をするときに、賃貸料の値上げ幅を、従来の賃貸料の5%以内に制限する制度
6 ドイツのシャリテ大学のミハエル・リンデン教授や研究チームは、鬱憤を「外部から攻撃されて怒りの感情ができ、リベンジしたい気持ちになるものの、反撃する力がないため、無気力になり、何かが変わるという希望も無くなった状態に屈辱感まで感じる感情」であると定義している。
7 韓国における鬱憤の現状については、金 明中(2019)「鬱憤社会、韓国:なぜ若者は鬱憤を感じることになったのか?」研究員の眼、2019年11月15日を参照すること。 https://www.nli-research.co.jp/files/topics/63011_ext_18_0.pdf?site=nli
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2021年03月29日「基礎研レポート」)

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